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海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
21/28

6−2

 バスは細長い港に沿った道を進んだ。

 港沿いから山道に似た坂を登り切ると、目の前の景色が広くなった。先には長く伸びる道があり、それは島へと続く橋になっていた。

 見晴らしが良くなった。景色が開放される。橋は海の上を渡っている。

 右を見ても左を向いても海が見える。高台からの眺めがあった。

 海の遠くには冬だというのにヨットの白い帆が浮かんでいるのが見える。良く晴れ渡った景色の中にある海は遠くまで青い。




 バスは橋を渡り、大きなカーブをゆっくりと下ると、その先に街が見えた。

「町があるね」流れて行く景色を見ながら嵐山京子は言った。「広海もここに来たのかな」そしてポツリと言った。

「この辺で降りてみようか」僕はブザーを押した。

「灯台までまだあるよ」嵐山京子が言った。

「街から探して見ようよ」バスは次の停留所で停まった。

 二人はバスを降りて、バスが走っていった方へと歩いた。



 二人が降りた城ケ島の町は、三崎駅前と比べると開放感があった。平面的な高い建物の少ない町に、白い太陽の光がまんべんなくあった。冬のチカチカする日差し。広い、海色をした空と、海の姿が町の背景になっていた。風はない。潮の匂いは少ない。

 二人は城ケ島の町を歩いた。小さなガソリンスタンドがあった。屋根がなく給油器が一つだけあるガソリンスタンド。スタンドの奥の道路の先には停まっている船が見える。



 バスの走り去った道の両側を歩いて行くと土産物屋とわかる店が増えた。店先には、イカやタコ、魚の干物がむき出しのまま網の上に並べてある。店の脇の道では海苔を干している。海辺の街らしい景色が目に入ってくる。しかし潮の匂いは感じられない。

 賑やかになってきた街を、嵐山京子は足早に、近藤春人は、その後ろを歩いていた。





 二人はバスの停留所に歩いて着いた。終点の停留所だった。待合室があり、二人が乗ってきたバスが停まっていた。

 停留所の先には、海が見える。停留所の左には門のような形をしたビルがあり、「灯台入口」と書いた大きな看板があった。

 バスの停留所の周りは「まぐろ丼」「海鮮定食」「お食事処」の青地に赤文字ののれんとのぼりを付けた店に囲まれていた。




 嵐山京子は、キョロキョロと辺りを見ていた。近藤春人は町をゆっくりと見回していた。

 随分と、賑やかな所だな。

 僕たちは手近の観光案内板の前に立った。見ると城ケ島は長崎の出島みたいな形をしていた。今、僕たちはこの島にいる。

 案内版には灯台、馬の背、白秋碑、ウミウ展望台と言った文字が並ぶ。やはり目立つのは灯台だ。

「灯台のほうに行って見ようか」

 近藤と嵐山京子は灯台入口へと向かった。

 灯台に向かう道にも海産物を並べた土産物屋が多くあった。食べ物もあり、工芸品も並んでいた。平日、しかも昼だというのに観光客の姿が多かった。団体ツアーでもあるのだろうか。集団で土産物屋をひかやしている。




「結構、人多いね」観光中の集団を横目に嵐山京子は言った。

 まったくだ。みんな似たような格好をした観光客に混じっている僕たちは、この場所ではかなり浮いている。

 こんなところに、観光地全開の場所に沖田広海は本当にいたんだろうか。ちょっと考えにくい。

 観光客の間を抜けて歩いていくと、それとわかる建物の後ろ姿が頭上に見えた。

 灯台だった。切り立った岩山のてっぺん辺りに灯台の後頭部が見えた。灯台は港の先にあるような細長い建物ではなく、岩山の上に灯りの部分が乗っかっているだけだった。

 灯台の頭からとても急で上がりにくそうな階段が伸びている。

 近藤と嵐山京子の二人は急で歩きにくい階段を上った。二人は灯台の頭の部分を回って正面に出た。

 二人の目の前に海があった。海が広がっていた。

 二人は海を見下ろしていた。強い風が吹きつけていた。二人のコートが猛烈にバタバタはためいている。嵐山京子の赤毛が波打っていた。

 近藤は平べったい風呂敷包みが風で飛ばされないように持つ手に力を入れた。近藤は海を見ていた。海はどこまでも広がっていた。



 嵐山京子が急に動き出した。絵はがきを手に持って灯台の周りをウロウロする。

「ねえ、大屋さん見て」嵐山京子は絵はがきを近藤に見せた。「これ、実物。本当にある景色よ」嵐山京子は興奮している。


 実物?本当にある景色。僕には嵐山京子の言っている意味がよく分からなかった。


「わからない?広海はここで、この場所で、この絵はがきの絵を描いたのよ。あの、海を見れば何もしないで見てるだけの広海が、ここで、絵を描いたの。実物の絵。他の絵描きにしてみればスケッチなんて大したことないけど、広海にとってはすごいこと。だって、目の前にある海の絵を描くなんて今までなかったのに」

 見なくても描けた海の絵を、実物を見ながら描こうとしている。

 今まで海に来れば眺めているだけだったのが、実物を描くようになったってことか。空想の中の海の絵じゃなく。本当にある海の絵を。




「この辺なのかな」嵐山京子は、絵はがきと同じアングルを捜していた。

 灯台の頭が手前にあり、向こうに岩場のある海が広がっている。

 嵐山京子は片目を閉じて絵はがきと、自分の目の前にある景色を比べていた。

「ここね、ここから広海はこの絵を描いたのよ」嵐山京子は自信ありげだった。「なんだかパズルみたいね」

 嵐山京子が見つけた絵のポイントに立ってみる。少しひざを折って、彼女の、沖田広海の目線に合わせた。ピッタリだった。絵はがきの絵と、目の前にある景色が一致した。




 沖田広海はこの場所に来て、ここで絵はがきの絵を描いた。

 それは多分当たっている。



ただ、今はこの場所には沖田広海の姿はなかった。もう、この場所にはいないのかもしれない。僕はそう、何となく思った。

 沖田広海はここにはいない。でも、それを親友の嵐山京子に言うだけの自信も根拠もなかった。

「ここで待ってみようか」

「待つって?」

「広海、出てくるかもよ。待っていれば、絵、描きに出てくるかもしれないよ」嵐山京子は自信あり気だった。


 ここで、沖田広海の出没を待つってことか。まるで動物みたいだ。


「ここには来てるんだしさ、広海ここで絵描いてるんだし」確かに。あちこち動くのは利口じゃない。

「場所的にはピッタリじゃん」風が強く吹きつける海を見たまま、嵐山京子は言った。

 僕は風が強く吹きつける海を見た。遠めに見ると観光客が磯遊びをしている。

 本当に、沖田広海はまだここにいるのだろうか?

読了ありがとうございました。

まだ続きます

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