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海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
20/28

6−1

 電車は南へと走っている。都心から離れるにつれて、窓の外の景色からビルの姿が減り、空が広くなっていく。



 嵐山京子と近藤春人は隣あったシートに座っていた。近藤の座席の足下には大きな風呂敷包みがあった。絵が入った平べったい包みがあった。

 窓際の座席に座っている嵐山京子は音楽を聴いて流れて行く窓の外の景色を見ていた。近藤は雑誌を読んでいた。記事を目追い、ページをめくる。

 近藤春人は嵐山京子にこれまでの顛末(てんまつ)を詳しく話した。絵を見つけてから、アオヤマ・スミレの事、僕らがアオヤマ・スミレに調べられてきたこと、などを。



「じゃあ、あのガイジンさんは最初から広海の絵を狙っていたってことね」嵐山京子はそれだけ言った。



 確かに、嵐山京子の言う通りだと近藤は思った。あのアオヤマ・スミレはまさしく確信犯だと近藤は思っている。そのわりに、あのガイジンが沖田広海の突然の失踪(しっそう)をまったく読めなかったことはどういうことなのだろう。

 ひょっとすると沖田広海の失踪も、僕たちがこうして沖田広海を探しに行くことも、あの外人には予想できることだったのかも知れない。



 停車駅が増えてきた。終点が近い。だが、窓の外には相変わらず町並みがあった。

 品川から京浜急行に乗ること一時間余り。目的地もまだなら海も見えない。

 なぜ、沖田広海は絵はがきを出したのか?それも僕と謎の外国人アオヤマ・スミレ宛に?親友の嵐山京子のもとに届くのならわかる。なぜ、僕に届いたのか。

 第一、自分の意志で消えた人間が、手紙など出すものなのか。



 近藤は沖田広海の絵はがきを見た。海の絵。それもかなり描き込まれたペン画。波のうねりや砂浜、岩肌までしつこいくらいに線が重なっている。神経質な絵。近藤はそう思った。

 今まで見てきた沖田広海の絵にあった暖かさや強烈さとは全く違う。極限までリアルを追求した絵、というのか。見ていてアラ探しをしたくなるほどリアルな絵。

 近藤春人と謎の外国人で画商のアオヤマ・スミレに届いた絵はがき。どっちも図柄が違っていた。



 近藤の元に届いたものは、だだっ広い海岸が続いているだけのもの、

 アオヤマ・スミレの元に届いたものは、灯台の頭の部分が手前にあって、その向こうに、岩場のある海が広がっている絵だった。



 二枚の絵がどこの海で、どこの海岸で、どこの浜辺で、どの灯台なのかはわからない。それ以前に、本当にある海なのか、それとも沖田広海の空想の世界の海なのか、それすらもわからない。沖田広海は海が見えない部屋で海を描く画家だ。送られてきた絵はがきの景色が実際にあるとは言い切れない。届いた絵はがきの景色も、沖田広海の中にだけある、どこにもない海の絵なのかもしれない。

 それでも探しに行かないと。沖田広海を。

 絵はがきの絵だけで場所を特定して、沖田広海を捜すことは不可能に近かった。

 唯一の手がかりは、郵便の消印。消印の日付は二日前。

 場所は神奈川県三浦の三崎という所。その場所に、今も沖田広海がいるという確信は、まったくなかった。



 消えた沖田広海。

 送られてきた絵はがき。



 絵はがきに描かれたリアル過ぎる海の絵。

 ズタズタに切り裂かれた過去の海の絵。近藤にはそれらを結ぶ線も見えなければ、点も見えなかった。

 車内アナウンスが、終点を告げた。二人は終点で電車を降りた。 改札を出ると、終点三崎口の駅があった。

 三崎口の駅前は、おおよそ、海に近い駅とはいいがたいものだった。海辺の観光地にありがちな干物や、海産物だのを並べた店もなく、目立つものと言えば、バスのロータリーと案内板くらいだった。二人は、しばらく改札を出たまま駅の回りを見ていた。




「とりあえず・・」先に動いたのは嵐山京子だった。彼女はバスの案内表示の前に歩いた。僕は後に続いた。

 嵐山京子はバスの案内板を指で追った。行き先は表示されているが、地名だけではさっぱりわからない。嵐山京子は、バスの案内板の隣に立っている観光地図を見た。現在地を探す。

 一つわかることがある。三崎口の駅は、海へと突き出た三浦半島のほぼ中央にある。東の海にも、西の海辺へも、南の海にも同じくらいに距離がある。5キロくらいはあるだろうか。歩くのには少し距離がある。




「バスに乗らないとダメみたいね・・・」嵐山京子は案内板を振り返った。案内板の上には、城ケ島、油壺、三崎港、剣崎、海を連想させる名前が点在している。それも海沿いに。

「これ見てよ。灯台だって」嵐山京子の指の先に、それはあった。

 城ケ島灯台。絵はがきの一枚には、灯台の絵があった。駅からはかなりの距離がある。

「行ってみよう」嵐山京子は言うが早く、案内板を離れてバス停に並んだ。バスを待つ間、二人の会話はなかった。ただ、並んでバスを待っていた。

 バスが来た。嵐山京子は客のいないバスに乗り込んで、窓際の席に座った。近藤は嵐山京子の隣に座った。

 バスが動き出した。ロータリーを出て、緩やかな坂道を上って行く。

 気づいたことがあった。このバスは、上り坂と下り坂を走っていることが多い。それもカーブの道を。この辺りの地形は起伏が多い。




 スーパーもあればコンビにもあるしファミレスもある。当たり前だが、ここにも住んでいる人がいる。観光地であるはずなのに土地で生活する人の匂いが直に感じられた。このバスに乗っている乗客の大半は地元の人に違いない。現地の人にとっては、ここは生活する街で、僕たちにとっては海を見に訪れた街ということだ。ただ、それだけのことだ。

 細く長い坂道を下り終えると港があった。白い船が、先頭を岸につける形で整列している。陸地のほうに(へこ)んでいる細長い港だ。

 三崎港。整列した船が並ぶ港は「ああ、海に来たんだな」と目で判らせてくれる。

 海は目の前だ。

読了ありがとうございました。

まだ続きます

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