5−4
頭が、グルグル回り始めた。
絵はがきと消印。
消えた沖田広海。
送られてきた絵はがき。
沖田広海がどこにいたか。その手がかりが出てきた。あるのはたった一枚の絵はがき。
「ちょっと」近藤は嵐山京子だけを呼んだ。アオヤマ・スミレから少し離れる。
「なに」嵐山京子は聞いた。
「どうする」近藤は嵐山京子に聞いた。
「どうするって?」
「探すか?」
「探すって、広海を」嵐山京子の言葉に、近藤はうなずいた。
「本気で言ってるの、それ」
近藤はうなずいた。
「どうやって?」近藤は絵はがきを裏返して消印を指さした。
「これだけで?無理よそんなの。ドラマじゃないんだから。そんなの無理よ。きっと帰ってくるよ」
「本当に、そう思うかい」近藤の問いに嵐山京子の顔が困った顔になった。
「でも、探すなんて無理だよ」
「じゃあ、このまま彼女と会えないで、そのまま留学に行かれてもいいのか」近藤は嵐山京子を説得した。嵐山京子の顔色が変わる。
「広海は、そんなやつじゃない」嵐山京子は言った。「留学なんて、行かないよ」ぽつりと付け足した。
「でも、彼女にとっちゃチャンスなんだぜ」
「大屋さん、あんな人の言うこと信じてるの?」嵐山京子はアオヤマ・スミレの方をちらりと見た。
近藤はうなった。強盗まがいのことをして、平然としている謎の外国人集団を頭から信じろというのは無理だ。だが、彼らというかアオヤマ・スミレという外国人女性が沖田広海の絵を高く評価しているというのは良くわかる。
「何を二人でナイショ話してるの?」アオヤマ・スミレが割って入った。
二人は、アオヤマ・スミレの方を向いて、愛想笑いを作った。
「どうするのよ、大屋さん」ヒソヒソ声で嵐山京子が言った。
「探そう」同じくヒソヒソ声で近藤は答えた。
「マジで言ってんの?」
「マジで言ってんの」
「どうして?」
「どうしても」知る必要があった。
少なくても僕には、知る必要があった。
なぜ、彼女は僕たちの前から姿を消したのか。
なぜ、僕に絵をくれたのか。
僕には知る必要があった。頭がものすごい速度で回転しているのが自分でわかった。頭が冴えていた。
「アオヤマさん」僕は、アオヤマ・スミレと取引きをするつもりだった。
本当の所、外国人が何を考えているのかわからない。でも、沖田広海を探してくれというのはわかる。うまく取引きをすれば、力にはなってくれるかもしれない。
「僕らで沖田広海を探してきます」僕は言った。
「ちょっと、大屋さん、そんなこと言って大丈夫なの」嵐山京子の言うことはもっともだ。それでも、僕は嵐山京子を下がらせ、黙らせた。
「ただ、頼みがある。あの夕陽の海の絵を返して欲しい。
あの絵の所有者は僕です。彼女から僕がもらったものだ。あんたの店のウインドーに飾ってある、あの絵。あれは俺のもんだ。だから返して欲しい」僕の言葉をアオヤマ・スミレは黙って聞いていた。
「あんたが警察から保護したのでも、盗んだんでも構わない。でもあの絵の持ち主は俺だ。
俺が沖田広海からもらった絵だ。
あの絵は沖田広海にとって特別なものだ。
あんたにとっちゃ金儲けの品物の一つでしかないかも知れないけど、あの絵は特別なんだ、沖田広海にとって。
それに、オレたちは沖田広海が今どこにいるか知っている」これはハッタリだった。
「あんたは、沖田広海を留学させたいんだろう。オレたちが彼女を連れてくる。そのためには、あの絵が必要だ。だから、あの絵を返してくれ。何度も言うけど、あの絵の所有者は俺だ。あんたじゃない」ここまで言い切った。言ってしまうと簡単のように思えた。言ってしまった者勝ちだ。
アオヤマ・スミレは深く息をついた。
「見事でした大家さん」そして拍手を始めた。間の抜けた拍手だった。
「外国人の私にそこまではっきりと主張した日本人は大家さんが始めてです」アオヤマ・スミレの拍手が終わった。
「ヒロミの行方を失ってしまったのは私たちの組織のミステイク。
わかりました。あの夕陽の海の絵を返しましょう。
その代わりに、ヒロミ・オキタを連れてくること。期限は明日の夜の十二時まで。四谷の私のお店に連れてくること。
あの絵をどうするか知らないけど、大家さんに返します」アオヤマ・スミレは言った。
「ただし、ヒロミ・オキタを探してくること。そうでないと実費をペイしてもらいます。日本的な曖昧な結果では解決しません。
絵は明日、私のお店に取りにくるように。時間は朝の十時からオープンです」それを言うとアオヤマ・スミレはミニクーパーに乗って帰っていった。すっかり夜になった住宅街にミニクーパーは轟音を立てて走っていった。
近藤は手に持っている絵はがきを見た。それはモノクロの夕暮れとわかる海の絵が描かれていた。
読了ありがとうございました。
まだ続きます




