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海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
17/28

5−2

「どうしてオレに、絵を渡したのか」

 酒の勢い、それとも他に何かあるんだろうか。自分の一番大切にしていた絵。そんなものを簡単に人にあげれるものなのか。

「絵を大切にしてくれる、そう思ったんじゃない」嵐山京子は言った。でも、本当にそれだけなんだろうか。

「何で俺なんだ?」

「じゃあ、もらわなければ良かった?」

「いや」そうじゃない。

「でも、何か違う。あまりにも簡単過ぎないか」そう、簡単だ。あまりにも。



「来て」嵐山京子は立ち上がった。振り向いて、奥の部屋に入った。その先は海の絵の部屋だ。

「早く!」嵐山京子の声が聞こえてくる。

 僕は嵐山京子の後を追った。何か月かぶりに入る沖田広海の海の絵の部屋は、前に入った時と同じだった。

 壁中埋めつくしてある海の絵も、一枚だけ欠けてある部分、沖田広海が近藤にあげた夕焼けの海の絵が収まっていた部分の空白も全く同じだった。

 部屋の真ん中にイーゼルがあった。

 イーゼルの上に絵が載っていた。イーゼルに向き合うように椅子があった。近藤は部屋に入ると描きかけの絵の前に立った。

 そして椅子に座った。絵は描きかけだった。海の絵だった。 



 絵は広がる砂浜を見渡していた。砂浜の両側は(がけ)みたいだった。桟橋(さんばし)と小さな小屋があって、海に太陽の光の帯が伸びている。夕陽の砂浜の絵だった。

 部屋の真ん中にあるイーゼルと描きかけの絵は、沖田広海の忘れ物のようだった。

 以前と全く変わらない部屋の中で、嵐山京子は押し入れに頭を突っ込んで何かを探していた。

「え~と、どれだったかな」

「これじゃないし」

「あーあ、何やってんだろう?こんなの見せたら広海怒るだろうな」

 嵐山京子のこもった声が聞こえてくる。

「あったあった」押し入れから嵐山京子は出てきた。手には何枚もの絵を持っていた。

「これ、何かわかる?」

 見せられたものに、僕は言葉が出せなかった。



 嵐山京子が持ってきたもの。それはズタズタに切り裂いてある何枚もの海の絵だった。それも全部、僕がもらったものと同じ、夕焼けの海の絵だった。

 切り刻まれた夕陽の海の絵。徹底的に切り裂かれている。

 背筋が寒くなった。

 殺された人を見せられた、ズタズタに切りつけられた人を見せられたような気分だ。もちろんそんな人は見たことはない。

 でもズタズタに切り裂かれた人を見させられた気分だった。

「ひどいでしょ、残酷でしょ、誰がやったと思う?」

 切り裂かれた絵。こんなことができるのは、よほど、この絵が憎い、嫌いな人間なんだろう。

 しかし、なぜ沖田広海が描いた切り裂かれた絵が、沖田広海の部屋から出てくるのだろう?

「広海がやったのよ」嵐山京子の声は冷静だった。「広海がしたの自分で」そしてくり返した。

「これも」次に嵐山京子が見せたもの。それは画用紙に描かれた海の絵だった。ズタズタに引き裂かれた夕焼けの海の絵、僕がもらった海の絵。



 画用紙に描かれた海の絵。どれもまったく一緒の絵だった。ただ画用紙の絵だけ違う。他の夕焼けの海の絵よりも、僕がもらった絵以上に、鮮やかというのか、強烈だった。それに画用紙に描かれた夕焼けの海の絵の方が古いような気がした。絵の具が剥げていたり、手垢で汚れていた。

「これは・・。全部、同じ絵じゃないか」嵐山京子は画用紙に描かれた夕陽の絵をひっくり返した。手垢や絵の具で汚れている絵の裏の端のほうを指さした。

 そこには、小学校の名前と、「おきたひろみ」という名前と「金賞」と描いてある判子が押されていた。その横には、毛筆で明らかに大人の字だとわかる「沖田宏美殿」という筆跡があった。字が違う。「広海」じゃない「宏美」だ。本名が書いてあった。



「これはねえ、広海が小学校二年生の時に市だか県だかの絵の大会で賞を取った絵なのよ」嵐山京子は再び絵を見せた。

「小学校二年の時に、こんな絵を描けておまけに賞までもらったら、周りはどう思うかわかるでしょ?将来は画家だとか、天才だとか。とにかく(はや)し立てるわけよ。まあ、舞い上がっちゃうのもわからないでもないけど。

 広海はねえ、今までプレッシャーの中で生きてきたんだって。絵は描きたい。周りが評価してくれるような絵は描けない。でも絵は描きたい。自分が思ったものを描けないっていっていたわ。周りが評価してくれないって。家族や先生、周りの人間を納得させるだけの絵が描けないって。

 大屋さんが二億の値段を付けたのは、この絵のコピーなのよ。コピー」嵐山京子は淡々と語った。

 夕陽の海の絵。僕がもらった絵、アオヤマ・スミレが盗んだ絵。それがコピーなのか。

「でも、広海は言ってた。嬉しかったって。コピーでも私の絵に、感動してくれた人は初めてだって。

 親は賞を取ったことは喜んでくれたけど、絵に感動はしてくれなかった。

 今まで賞を取れるとか取れないとか言う人はたくさんいたけど、やっと理解してくれる人が出来たって。私は正直、広海の絵のすごさとか、良さとかが良くわからないのよ。でも、大屋さんは違ったって。いつも言ってた。理解者が出来たって。でも・・」

 嵐山京子は絵を元の場所に戻した。



「悔しいっても言ってた。コピーだからって。皮肉よね。広海がおおっぴらに絵を描けるキッカケを作った絵なのに、広海はいつまで経ってもこの絵を超えられない。いつもそう言っていたわ。多分、あの絵が盗まれたとき、すごく複雑だったと思うの。盗まれた絵は今まで最高の評価を受けたもの。でもコピー」嵐山京子は言った。

「広海は何度も何度も同じ絵を描いちゃ、破って描いちゃ破って。そんなことしていたのよ。

 一度、広海が自分で描いた絵を切り刻んでいる所を見たことがあるの。怖かった。広海じゃない、何か別人が切り刻んでいるみたいだった。

 見てられなかった。自分の描いた絵を切るなんて。何度もやめさせようと思った。でも、広海はやめなかった。この絵を見るたびに切り裂こうとして・・」嵐山京子の声が静かになってゆく。

読了ありがとうございました。

まだ続きます

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