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海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
1/28

1−1

初めて書いた小説です。

なので時代背景などは古いです。でもレトロでもないです。

時系列的には短編「海の絵がある部屋」のあとのお話ですが、書いたのはこっちが先です。

 その店は坂の途中にあった。



 原宿駅から緩やかに伸びる表参道の歩道に並ぶ露店の中の一つだった。

 絵を売っている。大きいサイズの絵ばかりで、卓上のものや、小さめのポスターサイズのものは一つもなかった。絵はどれも海の絵。海の絵が置いてある店だった。



「気に入ったのがあったらいってね。安くしとくから」

 店の主人は、深くかぶった黒のキャップのつばをあげた。

 大きな木の箱に腰をかけたまま、店の主人は立ち止まったスーツ姿の客を迎えた。店の主人は女だった。



 平日でも原宿の表参道は人が多かった。足早に歩くビジネスマンから、学生服の集団、時間に余裕のない人間から、暇を持て余している集団までが一つの坂道を行き来していた。




 気に入ったもの・・・か。

 客の男は改めて店の商品を見回した。

 普段は絵なんかまるで興味がなかった僕が、なぜこの店に立ち止まったか、それは僕にもわからない。ただ、偶然に絵を並べた店があったから、それだけだ。別に、絵には興味はなかった。

 ほんの偶然だった。

 

 絵には値札があった。その値札には「時価」と書かれている。どの絵にも「時価」の値札が付いていた。

 絵の値段で「時価」とはどういうことなんだ。それが気になった。

「この、時価ってのは?」

「ああ、その事」店の女の子は言った。

「それはお客さんが値段を決めてください、ってことかな。お客さんが十万の価値があると思ったら、十万円。

 百円の価値しかないと思ったら百円でいいってこと。

 もし、二人のお客さんが同じ絵を欲しいってことになったら、二人でオークションしてもらうの。ウチは同じ絵は二枚ないから」

「だから時価なのか」

「そ。わかってくれた」

「もし、俺が百円で買うといったら、ほんとうに百円で売ってくれるのかい」僕は絵の一枚を指さした。

「もちろん。でも私だったら百円の絵を、それもこんなに大きな絵を満員電車で持って帰るなんてズクはないけどね」店の女の子は楽しそうに僕に言った。

「消費税は別でもらうよ」そう言って彼女は微笑んだ。

 なるほど。そんな事をいうくらいだから売っている絵には自信があるんだろう。




「みんな海の絵なんだね」

「そ。海の絵しかないの」

「これ、全部自分で描いたの」

「そ。自分で描いたの。全部ね。どう?ゆっくり見ていってよ」

 僕は海だらけの絵を見回した。

 昼間の海、夕焼けの海、朝焼けの海、夜の海、流氷のある海、吹雪の海、凍りついた海、凪の海、時化の海、砂浜の海、岩場の海、崖の海、港のある海、どれも海の絵。海の絵に囲まれた店。

 その海の絵はどれもが高い所にある部屋の窓や、崖の上から海を見下ろした絵だった。その絵の構図は、実際にはありえないような高い位置から海を見下ろしていた。広い海の姿を凝縮させた、海の絵だった。



 一枚の絵が目についた。その絵は、女の子の足もとに置いてあった。夕陽が差し込む両開きの出窓の向こう、ずっと遠くに赤く染まった海がある絵だった。部屋の出窓と、遠くに見える海、それと夕焼けの空がある絵。外国。そんな言葉がぴったりくるような絵。その絵が目に止まった。

「気に入った絵があったら言ってよ」店の女の子は言った。

「そうだね・・・」僕は店の女の子の足もとにある、夕陽の絵を指さした。

「その絵」僕は夕焼けの海の絵を指さした。見ると絵には値札がなかった。「時価」という値札もない。

「そう・・・」女の子は自分の足もとの絵を見た。

「もし、あなただったら」いいながら女の子は自分の足下にあった夕陽の海の絵を持ち上げた。「この絵にいくら出す」

 女の子が僕に問いかてくる様子はすごく嬉しそうだった。



「いくらか?」言ってはみたものの困ってしまった。

 僕は絵にはまったく縁がないし、ほとんど興味もない。こうして絵を見ていることすら奇跡みたいなもんだった。

 その僕が立ち止まって見ているくらい、その夕陽の絵は簡単に言うと目立っていた。



「買わなくてもいいから試しに値段、出してみてよ」

「一万円」なぜかその値段が出た。

「その値段じゃ売れませんお客様」店の主人はお客の出した値段を否定した。

「どうして。客の言い値が売値なんだろ」

「でもダメ」店の主人は譲らなかった。「ねえ、一応私も商売やってるの。慈善事業やってるんじゃないの。いくら言い値が売値って言ってもねえ。ダメなものはダメ。それに・・・」

「それに・・・」

「絵の価値がわからない人には売らないのよ」

 カチンときた。道端の、それも露店で、価値があるかもわからない素人の商品を売っている人間に「価値のわからない人」などと言われた。

 初めてだ、そんなこと言われたのは。

 食い物屋に入って、「味のわからない人間には料理は出せない」なんて言われたようなもんだ。

 それが物を売る店のすることか?




 そりゃ確かにオレは絵には疎いし、美術なんてものには特に興味はないし、成績も悪かった。それでもきれいな絵とそうでない絵くらいはわかるつもりだ。

「じゃあ、いくらだったらいいんだ」まともに相手にするつもりはなかった。とはいえ、言われっぱなしも腹が立つ。

 客の反応に店の主はニヤリと笑った。「ねえ、あなたさぁ。自分が大金もちの美術品の収集家になったつもりで張ってみてよ」店の主人は言った。

「大金持ちの美術家収集家・・・」お客の男はくり返した。

「じゃあ大金持ちになったつもりで」男は右手を広げて突き出した。

「五十万!」彼女は首を横に振った。

「ぜんぜんダメ」そっけない言葉を返す。

「ぜんぜんダメ?」男は言った。

「じゃあ八十万。いや百万でどうだ」

 女の子はニヤついて首を横に振っているだけだった。「じゃあ百二十万」

「二百なら決まりだろう」

「問題外!」

「問題外?」




 客の男は腕組して考え込んだ。店の主人は客の男を値踏みするように眺めている。表参道の途中で始まった「競売」の様子に、いつの間にか人だかりができていた。

「ぜ~んぜんダメ。桁が違うわ、桁が。あなた、大金持ちだったら、もっとドカーンとだしてみたら。ドカーンと」

「それじゃ」僕は言った。

「二億四千万でどうだ」

「二億四千万!郷ヒロミみたいね。でもダメ。売らないわ」クスクス笑いながら女は言った。

「からかってごめんね。この絵は売り物じゃないのよ。ほら、値札ついていないでしょ。これ、私の一番のお気に入りなのよ。御守りみたいなものなの。いくらお金積まれても売らないの。からかってごめんね」

 店の女の言葉に、男は呆気にとられていた。

「でも、それだけの値段をつけてくれたのは、あなたが初めてよ、お客さん」店の主人はお客の男に言った。



「よかったら、もうちょっと見ていってよ」

読了ありがとうございました。

1−2へ続きます

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