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対価と悪魔の囁き

作者: 真実

初めての執筆であるため、素人の作品だと思って、暖かく読んでいただければ幸いです。


「通り魔」とは、通りすがりに突発的に他人に暴行を加えることである。その由来は、まるで悪魔の囁きに突き動かされたように衝動的であることからこの犯行の名に悪魔の「魔」が使われたと言われている。

                   -某雑誌より-

 この一文をみた時、僕、都内の公立高校に通う2年、高山たかやま 佑樹ゆうきは1年前に出会い、3か月前に別れた女性のことが頭に浮かんだ。

 彼女との出会いはファミレスだった。僕は高校に入って初めての中間考査が迫っていた為、放課後にクラスメイトの数人とファミレスで勉強していた。フリードリンクのコップ片手に各々苦手科目を教えあったりして、今までと同じように過ごしていた。

「ふざけないでよ!」

 突然女性の高い声が店内に響き渡った。その声に店内は静まり、ウェイターを含む全員が動きを止め、同じところを見た。もちろん、僕たちも。その場所では一組のカップルが向かい合わせに座っていて、眉をつり上げて女性が無表情の男性を責めていた。しかも、その席は僕らが座るテーブルの右斜め前の二人掛けテーブルで思ったより近距離だった。その距離の近さと切羽詰まった状況に心音がはね上がった。全員が男性の反応を待っていると、ようやく男性は口を開いた。

「悪いが、お前との付き合いはこれまでだ。今後一切関わる気は無い」

 男性はそれだけ言うと椅子から立ち上がり、そのまま店内を出て行った。女性は「ちょっと」と言いながら、出て行った男性を追いかけた。その男女が出て行ったあと、店内の空気は数秒固まっていたが、少しずつ動き出し、出て行った男女について話し合う人、パソコン等の作業を再開する人といろいろだった。僕たちも前者の方で男女のことを「あの男ひでぇ」などと男性を非難したりしていた。僕はそんな周囲の声を聞きながらも動くことができず、じっと先ほどの男女が座っていたテーブルを見つめていた。そこに、ウェイターがそのテーブルを片付けていて、テーブルの片隅に置かれていた食事代を記載した注文書を持ち動かないことに気づいた。僕は、そのウェイターの今後の行動が気になり、クラスメイトが声をかけてくるのも聞き逃すほど、見つめていた。すると、その動揺していたウェイターに他の女性が声をかけた。中背中肉という平均的な体、顔も特にこれといって特徴が無く、ジーンズに七分のTシャツの女性で学生ならば日陰側にいるような女性だった。店内が騒がしい為、会話は聞き取れなかったが、その女性はひと言、二言そのウェイターと言葉を交わした後に、その注文書を受け取り、自分の分も合わせて会計に持って行った。僕は、その女性の行動が気にかかり、無意識のうちに席を立ち、彼女を追いかけた。店を出ると6月という梅雨のらしく生暖かい風が体にかかる中、女性が歩いて行った方向に走ったが、その先の分かれ道でどちらに行ったのかわからなかった。そのことに僕は気持ちが沈みながら、ファミレスに戻ると、クラスメイトの一人がスマホ片手に声をかけてきた。

「どうしたんだよ、佑樹。動かないと思ったら、急に走り出して。今、ラインしようと思ってたんだよ。」

「あー、ごめん。ちょっと気になったことがあって。あと、今日はもう帰ろうと思うんだけど、いいかな?」

「なんか、疲れてるな。いいよ。どうせ、俺らも店出ようと思っていたところだしな。ほら、お前のカバン」

カバンを手渡してくれたクラスメイトに「ありがとう」と礼を言い、彼らとともに会計をして店を出て、僕は帰路に着いた。

 僕の家は両親とも働きに出ている共働き、家族は僕と両親の一般家庭で、高校から徒歩30分のところにある高層マンションの2階の4DKに住んでいる。僕は帰宅し、自室に入るとカバンを机においてベッドに寝転び、天井を見上げながら、今日追いかけた女性のことを考えた。僕の中では、人の会計を払った彼女の心境が理解できず、ただぼーっと女性の姿だけを思い浮かべ、脳裏に焼き付けていた。

 次の日、休日のため、学校が無く両親がそろって家に居た。身支度をして居間に行くと、二人がテレビを見ながら楽しそうに会話をしていた。

「おはよう。二人とも早いね。まだ、7時前だけど、もう朝ごはん食べてるの?」

僕の声掛けに二人は微笑みながら返してきた。

「おはよう。佑樹も少し朝寝坊していていいんじゃないか。お父さんは今日が楽しみで早く目が覚めてしまっただけだよ。なんたって、今日は珍しくお母さんと佑樹、家族がそろう休日だからな。」

「おはよう、佑樹。あら、貴方嬉しいこと言ってくれるじゃないの。私も今日は楽しみだったわよ。私たち以心伝心ね。」

「そっか。それなら、それでいいんだ。」

両親の相変わらずな様子に僕は納得し、顔を洗ってから母の作った卵焼きと味噌汁を食べた。

「そうだ。もうすぐ試験だから、今日夕方からファミレス行ってくる。クラスメイトと勉強会で、晩御飯もそこで食べてくるから、用意はいらないよ。」

僕の言葉に両親は頭を垂れた。

「そっか、今日は久しぶりに家族そろったから、夜は外で食べようかとお母さんと話していたんだがな。」

「そうよ、今日ぐらい勉強お休みすればいいじゃないの。あまり根を詰めすぎもよくないわよ。それに、そんなに責任感じなくてもいいんですからね。貴方は責任感が強いところがあるから、心配だわ。」

「心配しないでよ、お母さん。僕はそんなに責任感じてないよ。ただ、勉強で知識を得られることが好きなだけだよ。本当に心配しないで。」

僕の言葉を聞いても母の憂い顔はあまり晴れなかったが、納得はしてくれたのか、父と母は苦笑を浮かべた。それから、僕はなんとなく居心地が悪くなり、その場から逃げるように自室に籠って勉強を始めた。

母の言ったことが頭を離れないため、それを忘れるように勉強に励み、そのところどころに頭に浮かび上がるのは、やはり昨日見た女性のことだった。その中でも、僕の手は動いていてノートには数式、歴史人物、化学記号等が次々に書いていた。その女性にもう一度会いたいが為に、両親に嘘を言ってしまったが、なぜか彼女に会えるかもしれないという期待が大きく罪悪感は感じなくて夕方にいそいそとファミレスに向かった。ファミレスに着くと、夕食には早い為、まだ客足はまばらで昨日の騒動を起こした男女カップルの席に偶然にも案内された。僕はすぐにフリードリンクを取ってきて、ノートと教科書を開いたが、そこには目を落とさず周囲を見渡した。すると、気になっていた女性は僕の左斜めの4人掛けテーブルに座っており、2人の男性の向かいに座ってPCを操作しながら真剣に話をしていた。時々、そのPC画面を相手に向け、男性2人は画面を指さし、何やらアドバイスをしているようだった。その様子を見て僕はだんだん眉が吊り上っていくのを実感しながらも、いつもの顔に戻せないことに心が揺れていた。この時、僕は初めて自分の中に"動揺"を感じていたんだ。それから、彼らの会話が終わるまで、僕は彼らから目を離さず、飲み物すらも一滴も口にしなかった。そして、彼らはお互いに頭を下げ、男性2人は帰っていき会計をして店を後にした。女性が一人残り、PCに向かい再度文字を打ち始めた。彼女のことが気にかかり、僕は思い切って彼女に声をかけようと決心し立ち上がり、ゆっくりと彼女に近づいた。

「あの、すみません。」

僕はなるべく優しくそして少し震えた声で女性に声をかける。しかし、女性はPCに夢中で全く気付かないので、次は少し大きな声で声をかけたが、それでも彼女は微動だにせずにPC画面に夢中だった。僕は少し心の中に負の感情が溜まって、彼女を夢中にさせているPCを悪いと思いながらも後ろから覗き込んだ。そこには、文章がワードシートの中にびっしりと詰まっており、その内容を読んでいくと思わず声が出た。

「愛シリーズ。」

その呟きは聞こえたようで、女性はPCを閉じこちらを振り向いた。その顔は目を見開いて驚愕を表していた。

「何で分かった?というか、貴方は誰ですか?」

「すごい!こんなところで作家の角谷すみや わたるに会えるなんて、感激しています。」

「ちょっと、私の答えになってない。何勝手に相席してるんですか?」

「良いじゃなですか。貴女と話したいんです。少し付き合ってくださいよ。」

僕は憧れの作家に会えて興奮が収まらず、今までの緊張や負の感情が嘘のようになくなり、自然と彼女の向かいの席に半ば強引荷物を持ってきて座った。女性、作家の航、は相手がまだ成人前の男性だからか、諦めて僕の相席を許した。ちなみに、「愛シリーズ」とは、日本で最も売れているミステリー系小説であり、幅広い層に人気でシリーズは11に達しているにも関わらず、一向に売上が落ちずシリーズ10までドラマ化されている大ヒット小説である。僕はその小説を全シリーズ読破しており一ファンであった為、心臓は大きく早くなり続けている。

「それで、私に話って何?私もう帰ろうと思っているんだけど、手短にお願い。」

「作家の角谷先生ですよね?僕ファンなんです。今月に次刊が出版されると聞いて楽しみなんですよ。」

「ありがとう。あなとのように若い人でもあの本を読むんだ。ちょっと意外。」

「そんなことないですよ。あの小説を読まない人はいないです。」

「そう。話それだけなら私もう帰ってもいい?」

「待ってください。聞きたいことが多くあるんです。それに答えてほしいです。」

「わかった。何を聞きたい?」

あっさりとOKを出した彼女の眼は何の感情も含まれておらず、淡々と事務的に答えていることは明白だった。僕は少し眉が下がりそうになったがポーカーフェイスで何とか笑顔を保った。

「作家名は本名ですか?」

「航は"わたる"ではなく、"こう"と呼むのが本名。」

「へぇ、そうなんですか。僕、この名前見たときに貴方を男性だと思っていました。」

「みんな、そうだと思う。私も小さいころは自分、男だと勘違いしていたから。」

「ぇ・・・。っじゃあ、僕昨日この貴女をこの店で見かけていて、貴女の他人の料金も払っていた行動が気になっていたんです。何で、知り合いでもない他人の分まで払ったんですか?」

「えっと、その部分見てたんだ?あれは"相応の対価"だから払おうと思っただけで、普段はそんなこと絶対にしない。」

「えっと、"相応の対価"って、どういうことですか?」

「あれは、あの男女カップルの行動が執筆の為の材料になったから、その対価なんだ。」

「それは、あの男女カップルの会話を聞いていたってことですか?全部?」

「昨日、私あのカップルの運よく隣の席だったから、どうしても書けなかった男女の会話部分は彼女たちの会話を基に書けた。その対価。」

「つまり、貴女は第三者だったわけですか。だから、貴女の小説は第三者目線なんですね。」

「そうだ。私に主人公やサブは無理だからモブとして彼らの日記をつけているようなものだ。」

「そんなことないと思います。誰だって、自分で物語の主人公になれるはずです。どうしてそう否定するんですか?」

「ははっ。私には無理だよ。否定ではなく現実的と言ってくれないかな?君のようにはなれない。」

「・・・・・」

僕は彼女、航の言葉に疑問しか浮かばなかった。まるで、何かを諦めている様な彼女に。僕もあまり人のことは言えないけど、彼女ほど自分という存在を否定したことはなく、むしろ、自分にできることをいつも探す努力をして現在の自分がいると思っている。航は努力をしているにも関わらずその努力をまったく認めていないようであり、そんな航を僕は変えたいと思い、彼女をじっと見つめた。

「航さん、もし、僕が執筆の材料になったら、僕に何をしてくれますか?」

「そうだな。・・・どのくらいの材料になるか分からないから、判断しようが無いが君の望む何かを一回だけ君に払おう。私は一応現在のところはお金には困っていないから。それで、どうだろうか。」

「分かりました。その条件で貴女が良いなら、僕には願ったり叶ったりですから。では、このファミレスで毎日会うっていうのはどうですか。もちろん、お互いに都合のいい時間で15分でも30分という短い時間でも必ず。」

「分かった。そうしよう。じゃあ、私は帰る。」

航が席を立った瞬間、僕は急いでカバンからスマホを取り出し、彼女に声をかける。

「ライン交換しませんか?連絡手段がないと不便ですし。」

航はスマホをじっと見て、動かない為に、僕の体温が下がった。

「ごめん、スマホ持っていないから、PCのメールアドレス渡す。」

「・・・えっと、じゃあ、このメールに連絡します。」

航が渡してくれた名刺にメールアドレスが書いてあり、少しほっとした。

航は名刺を渡すとすぐに店を出ようとレジに歩き、その姿に僕は「また明日」と声をかけた。その声に彼女はこちらに向いたがすぐに足早に立ち去った。僕はすぐにアドレスを"航"の名で登録し、そのアドレスを見るだけで彼女とのつながりを得られて満足感に満たされ、その日は勉強せずにご飯も食べずに家に帰り、眠った。僕にとって、この日人生で初めての恋を知った瞬間だった。

 次の日から、僕と航は毎日ファミレスの同じ席で会って話をした。その間に航の日常を少し知ることができた。彼女は僕と一つ違いの高校2年だけど、とある理由から高校に行かずに日夜を問わず締切に追われる日々を送っていた。そして、彼女は一人暮らしであるにかかわらず、一戸建てに住んでおり、ファミレスまでバスで1時間かけて通っていた。僕はそのことを知った時、彼女の生活には突っ込まなかったが、それでも毎日1h通うのは申し訳ない為、会う場所を変えるか提案したが、6年はこの生活で問題ないと反論され、言いかえしができなかった。6年前は"愛シリーズ"の1作目発売時期の為、彼女はその頃(当時11歳)の時からで慣れているようだった。それから、学校に通っていないのに僕の宿題で誤りがあれば、教えてくれる為彼女の頭の良さに驚かされた。それでも、彼女のおかげで、出会いから半年たって、僕は学年1番から落ちたことはなく、両親や学校のクラスメイトは毎日のようにファミレスに通う僕を不思議に思いながらも何も言うことはなかった。しかし、成績が急に上がった僕への妬みか、最初にファミレスに一緒に来ていたクラスメイトは誰も話しかけてこなくなり、僕は航に夢中だったから気にしていなかったが、学校ではほとんど孤立状態だった。それでも、僕は学校に通うより航に会う時間を優先し、学校もきちんと通い終わるとすぐにファミレスに向かった。僕の中はもう彼女に話す話題を考えるのに必死だった。その話題も相変わらず、彼女はPC画面を見ながら、少し相槌を打つぐらいだが、自分のことを聞いてくれるのが分かって毎日歓喜に満たされた。僕は最初航に自分という存在を認めてほしくて彼女を助けたいと思ったのに、今は自分が自分の価値を彼女のおかげで見出していることに気づきながらも、彼女も僕との出会いをそう思ってくれているものだと、ただただ願うようになった。しかし、それが勘違いだと気づいたのは、一学年が終わる3月の卒業シーズンで3年の卒業式が行われた日だった。その日は珍しく航から会う時間を指定してきた為、僕は期待でいっぱいで卒業式の間、ずっとそわそわしていた。その卒業式が終わり、卒業生に用事もなければ式場の片付け係でも無い為、教室に駆け足で戻り、カバンを持ってファミレスまで駆け込んだ。息は少し乱れていたが、すぐに通常通りになり店内を見渡し、いつもの席に航がいるのを見つけるとそこまでいそいそと口角を上げて少し弾んだ声をかけた。

「こんにちは。航さん。今日はどうしたんですか?いつものPCは?」

「こんにちは。今日はお礼を言いに来た。君のおかげでいい小説を書けた。今日は君に対価を支払おうと思って仕事は持ち込んでいない。」

「・・・"対価"?」

「忘れた?君が私の執筆の材料になれば君の望むものを一回だけ叶えようって言ったじゃないか。さぁ、君は何を望む?」

僕は航の眼が寂しさも何の感情もなく、最初と同じ事務的に話していることに気づいてしまった。結局、彼女にとって僕はただの執筆の道具であり、それ以上でもそれ以下でもないことにただただ愕然としていた。そんな僕とは異なり彼女は僕に問いかけてきた。

「どうしたんだ?遠慮はいらない。どんなものでも手に入れて君に贈ろう。言っただろう?私は君よりお金はあるから、何でも言えばいい。」

「本当に何でもいいんですよね?何でも僕にくれるんですよね。」

「あぁ。等価交換だからな。」

僕が意を決して航に真剣に言った言葉も、彼女にとってはただの対価の支払いらしく、その彼女の言動に僕の心は負の感情に支配された。僕は今とても眉を吊り上げていることは自覚していても、航の表情は一切動揺を示していなかった、そのことがなお一層僕の心を負が蝕む要因だったかもしれない。

「では、ここを出ましょう。」

僕は立ち上がり、航の腕を掴みそのまま支払いを済ませ店を出て、近くのビジネスホテルに連れ込んだ。今は閑散期らしくちょうどダブルの部屋が空いていた為、そこに航を連れ込み、すぐにベッドに押し倒し、彼女の上に伸し掛かった。彼女はそれでも表情を一切変えようとしなかったが、ただ、ほんの少しだけ眉が吊り上っただけだった。それぐらいしか航の心を揺さぶれない自分の存在に僕は怒りではなく痛みを覚えた。ただ、涙は出なかった。

「僕が今から何をしようとしているのか分かりますか?」

「あぁ、まぁ、そういう小説を書いたことがあるから。経験はないが。」

「普通抵抗とかしませんか?初めてなんでしょ?」

「いや、別に抵抗とかは全くする気は起きない。"対価"を支払うと決めたのは私自身だしな。」

「また、"対価"ですか?じゃあ、貴女は小説を書く為なら誰かとこういう行為をしても仕方ないということですか?自分の気持ちはないんですか?」

「私にとってはそういうものだよ。小説を書く為なら、何を犠牲にしてもかまわない。それに、私は小説を書く人生を歩むと決めた時に既に"自分"という存在を殺して生きることを決めている。」

僕は航の言葉を聞いて航のことを何もわかっていなかったことを今更気づかされた。それと同時に航の覚悟の強さに僕は胸を打たれ、航の覚悟と反対のことを望んでしまったことに申し訳なさが募った。そして、そんな航を手放したく無いとも思い、彼女が僕を忘れないための彼女の心に一生残る傷を残すことを決心した。心の中では傷ではなく、一生彼女の隣にいることを望んでいたはずなのに・・・。きっと、僕は今日この機会を逃せば航はもう僕に会わないことを本能的に察していたんだと思う。

「じゃあ、航さんをください。僕への"対価"はそれがいい。」

「分かった。」

航が頷くのを確認し、僕は彼女の血色の良い唇を貪った。僕も経験は無い為、ただ本能のままに航の身体を直に触れて暴いて貪った。ただただ獣のように目の前の相手との子孫を残すための行為で、相手の反応お構いなしに、僕の物を彼女の中に無理やり入れて、彼女は初めての証をベッドに残した。僕と航は日が昇るまで交わり続け、航が気を失ってから僕も体力の限界で暗闇に落ちて行った。その時にただ、目の前の存在が愛おしいのと彼女がきれいだと、それだけを思った。

 結局、その日の朝目覚めると、予想通り航はおらず、痕跡は彼女が初めてだったというベッドに残る赤い痕だけだった。僕は朝帰りで家に帰ると、両親は仕事に行っておらず目を腫らして居間のテーブルで待っていた。僕の姿が見えると二人とも僕を抱きしめて僕を大きな、そして暖かい腕の中に包み込んだ。僕は両親に航のことは内緒にして、友人の悩み相談ということにして謝った。

「心配かけてごめんなさい。でも、ありがとう。」

「何を言っているの?心配するに決まっているじゃない!私たちの大切な存在なんだから。でも、今後は連絡してね。」

「うん、無事でよかった。今日はもう学校お休みしなさい。連絡入れといたから。」

「うん、ありがとう。お父さん、お母さん。」

その後は普通に春休みを過ごし、クラスは普通から特進に移動になり、全く違うクラスでの生活が始まった。

 それから、今まで航という存在に出会えておらず、僕をモデルにしたという小説もあの時から発売された彼女の作品から探し当てられていない。そして、探し物途中に何となく手に取ったこの雑誌で悪魔の囁きに最初に負けたのはきっと航なんだろう。小説に人生を捧げる代わりに、人との本当の意味での交流を"対価"という囁きに彼女は未だに縛られているのだろう。しかし、それが彼女の名を今もまだ残し続けている。そして、僕もきっと彼女を手に入れたいという囁きをあの時聞いたのかもしれない。人は突発的に人生の中で何度かはその囁きに耳を貸すことがあるだろうが、それと比較にならない程、彼女は人生で毎日その囁きを聞き続けている。そして、それが彼女、角谷 航、の本心ならば、それを受け入れられる人間に僕は成長することを誓っている。その努力が僕が君を手に入れる為の"対価"だと思うから。あの3カ月、いや出会った1年前からずっと、それだけが僕の悪魔の囁きだから。

 


この度初めて投稿させていただきました。

心に何か一言でも残せれば幸いです。

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