〔5〕
気の早いお客がそろそろ集まり始めた。
客の相手を理由に『ゆりあらす』オーナーの父親は、いそいそとウィスキーを取りだす。
「今日は、冷え込むからなぁ……外からのお客を、早く暖めて差し上げないと」
母と杏子の冷たい視線を意にも介さず、悦に入った面持ちで小さく咳払いする父親に、「はいはい」と呆れた返事を返しながらも母は、つまみを見繕うためにキッチンに入った。
杏子も手伝いに行こうとしたが、来客を告げるドアベルの音が聞こえて玄関を覗く。
「こんにちは、おじさん」
「やあ、遼くん、須刈くん! 外は寒かっただろう、はやく入って暖炉で暖まるといい。杏子、彼らにコーヒーを入れて差し上げて」
「はぁーい!」
嬉しそうに返事をして、杏子はキッチンに引っ込んだ。
コーヒーを乗せたトレーを手に杏子が戻ると、リビングには遼しかいなかった。
『ゆりあらす』リビングにある立派な暖炉は、その実、大型のファンヒーターである。その前に立った遼は、上に飾られた帆船模型を見つめていた。
大貫の、一番の自信作だ。
吹き上げる風で赤みの差した顔には影があり、杏子は声をかけられない。
こんな時、優樹が側にいれば緊張しないで何か言えるのにと思う。
コーヒーをテーブルに置き顔を上げると、その音に気付いて振り返った遼は、いつもの優しい笑顔だった。
「アキラ先輩は?」
「田村さんと一緒に、事務室にいるよ。アキラ先輩が持ってきたプログラムソフトを、早速入れてみるそうだから」
「何のソフトなの?」
「画像管理だと言ってたな」
ああ、と、杏子は納得する。
最近デジカメで撮った写真の整理に、父が四苦八苦していたのを知っていたからだ。どうやらアキラ先輩に助けを求めたらしい。
「あのね、遼くん。あたし……」
クリスマスプレゼントを渡すチャンスかも知れないと、杏子は思った。しかし、いま見た遼の顔を思い出すと、言い出しにくい。
「なに?」
「あっ、ううん。何でもないの……」
優樹のいるときに一緒に渡そうと、杏子は思い直す。今の遼は、何だか近づきにくい感じがした。
「ああ、杏子。いま優樹から電話があって、これから館山でバスに乗るそうだからバス停まで傘を持っていってくれないか? どうやら妖しい天気になってきたからな」
リビングに戻ってきた父親に言われ、杏子は口をとがらせる。
「あたし、母さんの手伝いがあって忙しいんだけどなぁ。少しぐらいの雨なんか、あいつには何ともないと思うけど?」
「まあ、そう言うな。外は寒いからな、雨に濡れたら風邪を引く」
困り顔をされて、仕方なく引き受けようとしたとき。
「僕が行きます」
遼の言葉に、杏子は慌てた。
「ちょっ、待ってっ、遼くん。いいよ、あたしが行くから……」
しかし遼は、既にコートを手にしていた。
「杏子ちゃんは、小枝子さんの大事なアシスタントでしょう? 僕は手伝えることないし、ちょっと暖房にのぼせちゃって外の風にあたりたいんだ」
「じゃあ頼むよ、遼くん。杏子、優樹の傘を出してやって」
「……はぁい」
杏子は遼の後から玄関に向かった。
外はいつの間にか、すっかり暗くなっている。冷たく強い風が渦巻く吹き溜まりには、窓から漏れる明かりにきらきらと輝き、舞い上がり、宙に踊る雪が集まっていた。
「やっぱりあたしが行くよ、遼くんはお客さんなんだから家で待っていて」
「もう外も暗いし、この天気の中、女の子を外に待たせて家にいることなんか出来ないよ。バスも遅れるかも知れないしね」
風に負けないように傘の柄を短く持ち、エントランスから外に踏み出した遼に、思いついて杏子は叫んだ。
「あっ、お願いだから、ちょっと待って!」
急いで食堂に戻り、用意しておいた紙袋を取って戻る。
「あっあのこれ、していって!」
もどかしげに紙袋を開き、中から取りだしたのは草原のような、若草色の編み込み模様の入った白いマフラーだった。
「クリスマスプレゼントなんだけど……」
俯きがちに消え入りそうな声でそう言うと、遼が優しく微笑んだ。
「ありがとう、嬉しいよ」
早速首に巻いてくれたのを見て、かあっ、と、顔が熱くなった。が、はっとしてもう一つの袋を差し出す。
「これ、優樹の分。あいつ、すぐひがむから、ついでに編んであげたの。寒いから、持っていってあげて」
遼は紙袋を受け取り、バス停に向かった。
上手くプレゼントが渡せて、杏子は嬉しくなる。こっそり自分用に編んだお揃いのマフラーは、お日様みたいなオレンジ色の編み込み模様だ。
それをして、遼と並んで歩けたらな……と、うっとり考えながら杏子はドアを閉めた。