その9 思惑のさなかに――奪三振王、本領発揮――
約2ヵ月ぶりの投稿になってしまいました。大変申し訳ありませんでした。
「負け……、ちゃった」
琉球水産ベンチ裏。具志川は泣き崩れていた。
「く……」
慶良間はその姿を直視できない。彼女に慰めの声をかけるチームメイト。しかし、彼はその輪に加われなかった。
(約束を破った男に、彼女を慰める資格など、ない)
彼は拳を握り締め、その場を離れた。
「最終的に点差は開いたが、実力に大して差はなかったな」
スタンドで振り返る古川。その視線の先では、準々決勝の抽選が始まろうとしていた。
その数分後。組み合わせは以下と決した。
大会12日目
第1試合 佐賀市商(佐賀)対{天理天道学社(奈良)―春堂(大阪)}の勝者
第2試合 安土城学園(滋賀)対{北龍(南北海道)―阪神翼陵(兵庫)}の勝者
第3試合 総城学園(茨城)対光志館(大分)
第4試合 菊川昭栄(静岡)対{佐渡島(新潟)―中京崇城(愛知)}の勝者
そして、それぞれの相手が決まった瞬間、各人の思惑が甲子園を覆う。
(勝負は準決勝以降。だが、手は抜けないな)
総城監督、春田が。
(来たな。最大の正念場。なんとしてでも、勝つ!)
安土城、加田が。
(ふん、全員叩き潰すまで!)
天理天道、宮沢が。
(ついにこの次。だけど……)
右腕に目をやりつつ、佐渡島の宮本が。
(まあ、頑張ってみるか)
中京崇城の<天才>、前田が。
(安土城か……。面白い相手になったな。だがその前に、阪神翼陵だな)
北龍のエース、押本が。
(あの人の次なんて、考えてなかった。全力でぶつかるだけだ)
阪神翼陵、谷岡が。
しかし、その中でも時は流れる。
「監督。今日からは完投します」
そう言い残して、宮沢のスパイクが大地を踏む。
グラウンドの熱の高まりと共に、第2試合が近づいていた。
天理天道学社高校エース、宮沢誠也。ここまでの2試合、14イニングを投げて失点0。奪三振は27。そして3戦目となった春堂戦、いよいよ本領を発揮した彼の実力が猛威を振るった。
「な!」
鋭い目を持つ勝田が。
「ちっ!」
昇竜戦の活躍を買われて5番に入ったパワーヒッター久坂が、彼の気迫の投球の前に、次々と斬り捨てられる。
その結果、打線は5回終了時点で宮沢にパーフェクトに抑えられ、正確無比のコントロールを持つ神楽も、天理天道に3点のリードを許していた。
「5回を終えて8三振。今日も相変わらずじゃのう」
記者席で飄々と小林が言い放つ。しかし、そこに沢井が疑問を投げかける。
「球速は押本の方が早いんですよね。どうして彼の方が三振を取れるんですか?」
「ピッチャーというのは、球速だけじゃない。彼の場合は、直球の伸びと重さ、そして変化球のキレがその投球を恐ろしいものにしている」
会話に割り込んだ古川が、あっさりと、そして分かりやすくその疑問に答えた。
「なるほど……」
沢井はうなずくことしかできなかった。
「監督! 俺達に行かせてください!」
春堂ベンチ。一部の選手達が騒ぎ始めていた。昇竜戦終了後のわだかまりが、その後の監督の説得にもかかわらず、ここに来て吹き出してしまった。
1年生3人も、責任を感じているのか、何も言わない。
「むう……。どうしましょう」
監督は悩んでいた。このまま行くのか、それとも代打を出すのか。そこに吉永が声をかける。
「監督、このまま終わるくらいなら、ベンチも含めて全力で行きましょう」
その声を聞いた数秒後、監督が顔を上げる。その瞳に、苦悩の色はもう無い。
「ここからは私の采配に従ってもらいます。いいですね」
「ウス!」
今、チームがひとつになる。その声に背中を送り出されるかのように、監督は伝令を送り出した。そしてウグイス嬢の声が流れ出す。
「春堂高校、選手の交代をお知らせします……」
「とっくに遅えよ。スイッチが入っちまったからな」
その声を耳にしながら、宮沢は呟いた。
「くそおおお! 何の役にも立てなかったじゃねえか!」
試合終了後、上級生達が記念の土を掘り返す中で、久坂は地面をその拳で叩いていた。悔しさがあふれ出し、地面の色が変わっていく。そこへ不意に背後から1本の腕が伸び、彼の顔を上げさせる。
「泣くなとは言わん。残り2年で強くなり、また戻ってこればいい。その時にこそ、頂点に立つんだ。俺達の手で」
勝田だった。見れば彼の顔にも涙が流れている。しかし、その顔は前を向いている。離れて立つ神楽も同じだった。
「ああ、やってやるよ」
彼は腕で顔をぬぐう。その目は明日を早くも見ていた。
「やれやれ。完投するほどでもなかったが……、あの3人、今後が怖えな」
宿舎への帰路、誰にも知られぬように宮沢は呟いた。9回12奪三振、被安打3ながら、その内の1本を勝田に許し、久坂にはあわやホームランの大飛球を打たれ、点を取ったとはいえ、神楽のコントロールには驚かされた。
「まあ俺は今年で卒業だ。優勝するだけよ。ここからは全力だ」
彼の目には一点の曇りもなかった。