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その8 激突!

 安土城学園宿舎。闇に染まった室内で、黙想にふける男が1人。

(今日勝てば後3つ。そろそろ時間だな)

 男が目を開ける。その目は鋭く光り、強い意志を感じさせる。

「行くか」

 男は立ち上がる。彼の向かう先には共に戦う同志達がいる。安土城学園野球部主将、加田茂の闘いは、既に始まっていた。


「約束の為にも、絶対に、勝つ。勝つんだ」

 甲子園の空に向かって1人呟く慶良間隆一。その目には熱き魂がこもっている。やがて視線を戻し、球場に入る慶良間の後姿に、具志川があの日から少し伸びた髪を風になびかせながら、憂いを込めた目を向ける。

(お願い、勝ち続けて……)


 目標と約束。願いと誓い。

 それぞれの思いから頂点のみに焦点を定めた男2人が、その勝敗を分かつのは――


 大会11日目第1試合

 琉球水産(沖縄)―安土城学園(滋賀)


 <近江の闘将>と急成長中の有力捕手。2人の激突は昨日のハイライトテレビでも注目され、大勢の観客が朝早くから詰め掛けた。

 そして1回裏の安土城の攻撃、早くも試合は動く。ツーアウトからチーム初ヒットが飛び出して4番の加田が打席に立つ。

「……」

 盛り上がる自軍スタンドを背景に、加田は侍の雰囲気をまとってボックスに入る。

(なるほど。すさまじい殺気だ)

 その姿に慶良間は戦慄を覚えた。思わず体が震えそうになる。

(だが、抑えなければ勝ちはない! 来い!)

 ミットを叩いて自身と投手に気合を入れ、大きく内角へ構える。そして球はそこに狂うことなく襲い掛かる。

(内角低めにドンピシャ! これならいける! 絶対にいける!)

 空振りを確信する慶良間。だが、その瞬間、加田の殺気が彼を襲った。

(!)

 彼は一瞬、自らが斬られた錯覚を覚えた。しかし、加田のバットは慶良間ではなく、白球を捕らえていた。

 甲高い音を残して白球は空を駆ける。そして、ランナーは2塁からホームへと向かう。

「バックホーム!」

 大声で指示を飛ばす慶良間。その指示に答えるかの如く、球はホームへ返される。それをしっかりと捕球する。

 だが、ランナーはためらい無くスライディングで突っ込む。

(加田の打ったこの一撃、無駄にはしねえ!)

「真っ向勝負か! 来い! 俺は勝つ!」

 その姿にグローブを構えて立ち向かう慶良間。2人がぶつかり、土煙が舞い上がる。 

 いくばくかの間の後、土煙が晴れ、現れた2人の姿。そのとき、慶良間のグローブからボールは零れ落ちていた。

「セーフ、セーフ! 安土城学園、思い切りの良いスライディングで先制点を奪いました!」

「よし!」

 2塁上でガッツポーズをする加田。しかし、激闘はまだ、始まったばかりだった。


 加田のタイムリーの後は後続が絶たれ、1―0のまま迎えた3回表、8番に座る慶良間がこの試合初の打席に立つ。ここまでノーヒットの琉球水産打線。初ヒットへの期待にスタンドが沸く。

「……」

 無言のまま打席に入る慶良間。その目線はサードを守る加田に向けられている。

(安土城は奴が核。早いうちに奴を破る! そして勝つ!)

 そして――

「慶良間打った! 打球は加田の頭上! ジャンプはわずかに届かない! 琉球水産、初ヒットが長打になりました!」

「っしゃああ!」

 2塁に滑り込み、雄叫びを上げる慶良間。してやったりと、笑みが浮かぶ。そしてこの直後、タイムリーが出て彼は同点のホームを踏む。

「なるほどな……」

 ホームに帰り着く慶良間を見ながら、加田が呟いた。


「貴様には俺と同じ臭いを感じる」

 4回裏、ランナーを1人置いて再び迎えた加田の打席。突然加田が慶良間に話しかけた。だが、慶良間はそれを無視してミットを構える。

「無視か……。まあいい。男とは、そういうものだ」

 彼の視線は自軍ベンチに向けられていた。


 2年前――。

 加田は、強肩強打のサードとして、数々の名門校から誘われていながらそれを蹴り、苦楽を共にしたシニアの仲間達と共に安土城学園に進学した。決して強い学校ではなかったが、互いにこの誓いを立て、猛練習を積んだ。

<こうして同じ学校に来たからには、頂点に立つ>

 そして彼の存在は、各地の優秀な下級生達を引き寄せ、今年ついに甲子園への道を開いたのだ。


(誓いを守るは男の定め。だからこそ、同じ臭いの貴様は倒す!)

「喝!」

 その一声と共に バットはまたしても白刃と化し、思いを込めた打球が、バックスクリーンに突き刺さった。


(何もかも無くなった……。約束も、今年の夏も……)

 歓声が遠い。何も聞こえない。慶良間はただ立ち尽くしていた。


 123456789T

琉0010000102

安10020111X6


 彼のリードはことごとく安土城ナインの結束と執念の前に破られ、反撃はわずかに8回表に彼が執念で打ったタイムリーのみ。

「……」

 無言で慶良間の後姿を見る、具志川の目にも涙がたまっていた。

「そういうことか……」

 3塁側ベンチで様子を見ていた加田が、かすかに呟いた。

(約束とは難しいものだ。だが、今回は俺達が勝った。それだけだ。その悔しさは大切にしておけ)

 彼は後ろを向くと、そのままベンチを後にした。


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