その7 夢の架け橋
大会10日目、3回戦に突入した激闘は、さらに壮絶さを増していく。その中で第1試合に登場した総城学園は、苦戦しながらもベスト8の1番乗りを果たした。
しかし第3試合、春の王者が窮地に追い込まれる。
「8回を終えて現在3―1。選抜覇者菊川昭栄、とうとう追い込まれました!」
「ここで真の実力が試されますね。菊川は」
「そうじゃのう」
スタンドの古川、小林も眼が離せないといった様子でグラウンドを見る。しかし、9回裏、彼らは信じられない事態と遭遇する事になる。
9回裏。ツーアウト1、3塁。ツーアウトまでは手も足も出なかった彼らだが、そこから四球で出塁すると、次の打者が長打を放ち、この最後にして最大のチャンスを引き込んだ。同点へ、逆転へ、必死の声援を送るスタンド。しかし、菊川の監督はここで代打を送り込む。それはなんと、今夏初打席の選手だった。
「普通はまずこんなことないですよね。まさか……勝負を諦めてしまったのでしょうか?」
沢井が問うが、小林がそれを即座に否定する。
「いや、違うな。奴ら、恐らく切り札を送り込みやがった。よく見ろ。あの代打の目は決して死んでない。何かが起こるぞ。わしの勘だがな」
その発言はある意味菊川らしいと言える、最も衝撃的な形で実現することになった。
天駆ける白球が、風に乗ってスタンドに飛び込む。その瞬間、試合は、あまりにも出来過ぎで、そして壮絶な幕切れを迎えた。勝者となった者にも、敗者とされた者にも、信じられない事態。だが、時に事実は恐ろしい物を生み出すのだ。
「まさか、サヨナラホームランとはな……」
興奮に沸くスタンドの中で、古川が呆然として呟く。カウント2―1から、内角へ放たれた白球を思い切りすくい上げた一撃。それは風に乗り、菊川昭栄の夢をつなぐ架け橋となったのだった。
高校野球史に、間違いなく名を残すであろう逆転劇を成し遂げた彼らは、喜びに溢れた顔で自らの校歌を斉唱していた。確かな王者の姿が、そこにはあった。
「菊川昭栄、やはり強い。だが、隙はある。『高校野球』をすれば勝てる。絶対に勝てる」
「なるほど。頂点への障害のひとつにはなりうるな。だが、決して道は譲らん」
スタンドから観戦していた春田が、押本が、改めて己の意思を強固にする。夢をつなぐ架け橋は、一方でさらなる激闘を招く使者ともなりつつあった。
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