その4 『新球』
「あー……、疲れた」
試合終了後、クールダウン、インタビューを終えた神楽が今にも死にそうな声でぼやく。おそらくは集中力を使い切ったのだろう。
「ったく、よく言うぜ。俺達を散々動かしといて」
「はははは!」
そこに久坂が横槍を入れ、皆が明るく笑う。試合の内容はともかく、今は誰もが勝利の喜びに浸りたかった。
「春堂か……。ま、あの程度ならどうにでもなるだろ。さて、戻って練習するか」
己の予想を裏切る結果にもかかわらず、宮沢は冷静を保ち、そのまま球場を去る。その姿を目にした押本が言葉を残す。
「宮沢が春堂をなめたままだったら、面白いものが見れそうだったが、あの様子だと、それはもう無いな」
その声は寂しそうでもあり、ライバルの真剣さを喜ぶ様でもあった。
第3試合の衝撃もそこそこに時は流れ、宮本率いる佐渡島の登場した第4試合、またしても彼の芸術が観客を沸かせる。しかし相手は仮にも甲子園までたどり着いた、県の代表校。翻弄されながらもランナーを出し、追い詰める。
「仕方ないなあ。未完成だけど『あれ』、使うか」
4回表。ツーアウトランナー2塁の状況に彼は決意する。しかし、投げ始めたそのフォームに変わりは無い。そして、放たれた球にも。
(いつもの遅いストレート。もらった!)
球の速さから球種を確信した打者がバットを出す。だが、球は手元でわずかに変化する。
(え?!)
芯で捕らえるはずだった球は鈍い打球音をバットに与えてグラウンドに転がった。
「あれは、もしや……。手強い男だ」
そのシーンを見た押本が呟く。彼は宮本を<投手の一つの形>として認め、できることなら闘いたいとさえ思っている。しかし、そのときの展開を想像すると、彼の心は静かに震えた。
「ようやく見れたか。宮本の『新球』」
満足そうに語る古川の横で、沢井が隣に座ってしまった先ほどの声の主を手で示して言う。
「あの、こちらの方は一体……」
「後で話すから、とりあえず失礼の無いように頼む」
「はあ……」
古川が冷たく質問をはね返した横で、1人の老人が、何か言いたそうにこちらを見ていた。
その後も宮本は『新球』の幻影と変化球、直球を巧みに使い分け、8回まで無失点で到達する。
その間、佐渡島はいつものように足と粘り、バットコントロールで攻め続け、何とか2点を奪う。
しかし9回直前。
(ん? 右腕が……)
宮本がその右腕に<何か>を感じ取る。
「どうした?」
仲間が声をかけるが宮本は笑って返す。
「いや、何でもないよ。大丈夫」
彼は明るく言い切った。しかし、そこにはわずかな影があった。