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戦場のブラッドノーツ  作者: 紙風船
1/1

プロローグ

どうしてこうなったのだろう―――


この場所に来るまでに何度そう思ったことか。


幾千もの死体が地面を多い尽くし、血を吸って赤く染め上げていた。


剣と盾がぶつかる音がすぐ近くで聞こえる。


俺は戦争がしたくて軍になんて入ったわけじゃないのに……


なのに、一体なんで―――




時は四ヵ月ほど遡る。


暦は十二月を過ぎ、士官学校の周りは薄っすらと積もった雪が軍靴によって踏みならされていた。

士官学校の訓練に天候、気候は関係ない。

雨が降ろうが、灼熱の太陽に焼かれようが関係なく行われる。

そしてそれは雪の降る今日も同じである。


青年ハング・ユーステスは白い息を吐きながら訓練に精を出していた。

士官を養成する学校とはいっても、実地訓練なども当然行われる。


指揮官とは戦場の味方全てを統括する仕事――

つまりは誰よりも兵に詳しくなくてはならないのだ。


そのため実地訓練で、何をすればどれくらい兵の負担になるかとか、そういったことを士官候補生は直に経験することとなる。


とはいえ一年生ならともかく、三年間ここで過ごしてきたハング達にとってみれば大したことのない訓練だ。

大したことなさすぎて顔に出さないようにするのが大変なくらいである。

そういった余裕や退屈を態度で表そうものなら、


「おい! 何を欠伸などしておるか! たるんどる! 連帯責任として二班はその場で腕立て百回! 」


思ったそばから、ハングとは別の班の生徒が指導教官から怒鳴られていた。

それも腕立て伏せのセットときたものだ。

二班の生徒は欠伸をしたであろう生徒を睨みながら腕立てを始め、それを遠巻きに見ている別の班員は『やっちまったなぁ』という憐れみの視線を投げかけるのであった。


そんな教官の怒鳴り声ももう聞きなれたものだ。

入学したてのうちは面食らったし、実際泣いてしまう生徒だっていた。

そして、その教官の怒声を聞くことができるのもあと少しだ。




来年の春――


ハング達、三年生は士官学校を卒業し部隊に配属される。

まだ配属先などはいっさい知らされていないが、成績優秀者は毎年王国の中枢に配置されることが多い。

おそらくハングもまたその例に漏れず中枢に配置されるだろう。


というか、配置されなければ困るのだ。

王国中枢に配置され、昇進を重ねる。

それがハングの思い描く理想である。


辺境の地に配属された場合、戦時中ならともかく、平時の現在では昇進は並大抵のことでは適わない。

ハングのように、貴族ではない一般階級の士官候補が出世するには、王国中枢に配属されることが一番の近道である。

出世して階級が上がれば、それだけ給金も増えるし福利厚生なども手厚くなる。

そのためにハングは人一倍、いや人の数倍の努力をしてトップの成績を維持し続けてきたのだ。


ハングは人一倍の努力家であると同時に、人一倍の野心家でもあった。

いずれはこの国のトップとは言わずとも、首脳陣の中くらいには並んでやる。

そしてこの腐った国を根本から変えてやる。

士官学校に入る以前からずっと思っていたことだ。


この国は貴族には優しいが、一般階級層には優しくない。

貴族という権限を使えば軽犯罪程度なら見逃してもらえるし、賄賂の横行などは頻繁に行われていると聞く。

衣食住に贅沢を凝らし、休日は娯楽にふける。

そんな貴族に対して、一般階級では満足に医療を受けられない家庭も少なくない。

それくらいこの国では階級差が激しい。


そしてハングの育ってきた家庭も例に漏れず、一般階級のそれであった。


古い寂れた本屋。

父と二つ歳の離れた妹が一人。

母と四つ離れた弟はハングが10歳になる前に流行り病で亡くなった。

食べ物に飢えるということはなかったが、お世辞にも豊かとは言える暮らしではなかった。


そして、それこそがハングが士官を志した原点でもあった。


役人や内政官はほぼ全てが例外なく貴族で構成されているが、軍人は貴族や一般階級関係なくなることができる。

そして軍の上層部ともなれば必然的に大きな権力も手に入る。

ハングが目指したのはまさにそこだった。


だからこその士官学校。


普通に軍に志願して入ると二等兵からなのに対して、卒業すれば少尉の地位が確約されている士官学校を目指すのは必然だった。

ただ貴族出身者なら推薦さえあれば入れるのに対して、一般階級出身者にとっては極めて狭い門ではあるが、持ち前の勤勉さで無事に合格したハングは入学後も文武ともに優秀な成績を残し、後は卒業を迎えるだけになっていた。




それは欠伸のペナルティである腕立て伏せの回数が残り半分ほどになった時のことだった。


実地訓練の指導教官とは別の若い教官が校舎の方から急ぎ足で向かってくる。

その表情にはどこか焦りと、そして緊張が見てとれた。


そして今まで腕立て伏せをしている生徒を厳しく叱咤していた指導教官も、その若い教官が向かってきたことに気づく。

若い教官が指導教官の耳元でおそらく重要な案件であることを知らせると、指導教官の顔つきも目に見えて強ばっていくのがわかった。


そして全てを聞き終えると、ハング達の注目を集めるために大きめに咳払いをして、


「諸君! 本日一四○○(ひとよんまるまる)に隣国オウギュスト帝国が宣戦を布告した。これより我がイーシア王国は戦時下へと突入する。以後、心して日々を過ごすように! 」



その言葉で、ゆっくりと運命の歯車が動き出す。




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