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『一人だけの物語』

作者: れのん

想いを伝えずに終わるのは

過去の自分にも失礼だって。


誰かの目に触れて、何かの意味をもてたら

私は願い事を小さく呟いて、胸の中にしまう。この想いを今は忘れぬように、そしていつかは忘れられるように。


 上を見上げると瞬く星空。少し夜の風が冷たく感じられた。私が住んでいる伊勢は田舎なので少し歩けばすぐ開けた場所に出る。ここもその一つだ。


まだ自然が残る川のほとりに腰を掛ける。ふと普通のおしゃれな女の子だったらきっと服が汚れると言ってそんな事はしないのだろうな、となんとなく思った。


あいにく私はそんなおしゃれとは無縁の存在だった。本の読み過ぎで度の強いメガネを掛けていたし、丈の短いスカートなんてはいたこともない。唯一私が褒められた事があるのは、長く伸ばした黒髪だ、けどそれもただ切るのが面倒で伸ばしていただけだ。


 そう、この髪を褒めてくれたのは――




「遥って、綺麗な髪してるよな。なんかただ黒色っていう訳じゃなくてさ、夜、夜の色みたいな」

きっと彼は何気なく、言っただけなのだろう。それでも私は、容姿を褒められた事など無かったためひどく吃驚した。


 私は彼を見つめてしまった。彼は私の視線に気づいたのか私を見た。視線が重なったのはほんの一瞬で、私の方がすぐに顔を伏せていた。なんだかとても恥ずかしかったのを覚えている。


――褒めてくれたのは昴だった。


 あれから時は流れた。きっともう彼はその事など覚えていないだろう。何度も何度も星が昇り、そして沈んでいった。


 私たちはだんだんと大人になっていった。昴は少し筋肉質になって背も伸びた。私は少しは女らしい体つきになった。変わってないのは、私の髪の長さぐらいだった。


 けれど昴はもう直ぐこの町から居なくなる、親が遠くの町へ転勤するのだそうだ。


 もうどこか遠くへ行ってしまう。どんなに手を伸ばしても届かない、はるか遠くへ。

空に浮かぶ星のように、私がどんなに会いたいと思っても二度と会うことはないのだろう。



彼がこの町から居なくなってしまう、その時私は何を思うのだろうか? 分からない、分かりたくない。その事を考えるのはすごく怖い事の様に思えた。


私はケータイを取り出した。電話帳から彼の番号を呼び出した。それを見つめる。

暗い夜の闇の中、それは青白く光っていた。進んでしまったら引き返せない。決して後戻りはできない。それを表しているかのような静けさであった。


きっと伝えない方が賢明な判断なのだろうとは思う、けれどそれは彼にも、何より過去の私にも失礼な気がする。私は彼の事を好きでいる自分を否定したくはない。ただ理屈ではなく感情でそう思えた。


通話のボタンを震える指で押す。川が流れる音と夜風が草木を揺らす音に、電話のコール音が混じりだす。彼が通話ボタンを押すまでが永遠の様に感じられた。


その永遠を断つ様に、コール音が消え、「はいもしもし」という声が聞こえた。私の心臓の鼓動は途端に電話の向こうの彼にも聞こえるのではないかと思うくらいに自己主張を始める。


「もしもし、昴くん。覚えていますか? 久遠遥です。今時間あるかな?」

と、心臓の高鳴りを精一杯抑えて聞くと。


「ああ遥か。覚えているも何も長い間、同じクラスだろうに。何もすることが無くて適当に何度も読んだ先週のジャンプを読むぐらいには暇だよ」

ちなみに今週のはまだ買ってない、と加えた。


覚えていますか、あなたが何気なくほめてくれたこと。アレから髪型も、髪の長さも変えてないんだよ?

気づいてる?


「じゃあ、星が見えるところに行ってもらって良い?」

私が一歩踏み出す為に。あなたが居なくなっても後悔しない為に。


「ああ、今日は七夕だったな。すっかり忘れてた」

彼のその声がした後、少ししてガラっと、窓と網戸を開けるような音がした。


「とりあえずベランダに出てみた」

と彼は言った。




「ねぇ……。昴くんてさ、もうすぐこの町から出て行っちゃうんだよね?」


彼は一呼吸置いてから

「そうなるね。親父が大阪に行くことになってな」

と言った。


「大阪かぁ、遠いね……。とっても」

溜め息を飲み込んで続ける。


「きっとこんな綺麗な星空はそこでは見れないよ。知ってる? 都会に行くと星があんまり見えなくなるんだって」


「同じものを見ているハズなのに、見え方は違うなんて、なんか不思議だよな」

きっと私と彼は今同じように夜空を見上げているのだろう、なんとなくそう思った。


二人で見上げた夜空は黒に染まっていた。その中に小さな光が、いくつもきらめいていた。

この輝きを忘れたくない。そう思った。


「そうかもね。きっとこの夜空はここでしか見れないんだ、それで私たちが今見ている夜空も少し違うのかもね」


「ねえ、昴くん。ちょっとだけ聞いてほしい話があるんだ」

その声に彼は答えなかった。私の声は少し震えていたような気がする。


「知ってるかもしれないけど、私は、君の事が好き。たまに一緒に帰った時は、すごくドキドキした。少し喋っただけでとっても楽しかった。君を見てると胸が痛んだ。昴くんは覚えてないと思うけど、君に髪を褒められた時、あなたを好きになったんだ――」


だから――

 行かないでなんて言えない。付き合ってくださいとも言えない。


「好きでした。ずっと前から、今までも」


どうかせめて―― 気持ちを伝える事だけは許してください。


「遥さん。ありがとう……。ごめんね」

最後の一言だけで伝わった。いや、そう言われる前に分かっていた。昔から、彼を好きになった時から、分かっていたのだ。胸が苦しかった。けれど不思議と泣くことは出来なかった。


「こちらこそごめんね。そしてありがとう――」


聞いてくれて、好きで居させてくれて、ありがとう。



 そうして、電話を切った。きっとこの先、私が彼の電話に掛ける事も、彼の電話から掛かってくることも無いのだろう。不意に冷たい夜風が水面と草木を揺らし、私の夜色の髪を優しく撫でた。


 空を見上げると、無数の星が瞬いていた。それを見てるとなんだか無性に孤独感が込み上げて来た。

不思議と今まで出なかった涙が溢れ出てきた。


短冊にも書かずに、胸の中にしまっていた『想いを伝えられますように』、その願い事は私の心に苦い痛みを残しながら叶った。



好きでいさせてくれてありがとうって気持ち

共感できる人も、できない人も


読んでいただいてありがとう

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 青春とはキラキラと美しく儚い。 遥の心情が伝わって来る作品でした。
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