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勘違いの行方  作者:
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勘違いの行方ーーー倉本の場合

なんだか当初と予定が狂いました。

「ねぇ、伊月いつきくん。またお願いしていいかな?」


少し甘えを残した可愛らしい声に耳を傾け、そのまま笑顔を作って頷くと、片山藍子かたやまあいこは嬉しそうに笑った。

「これ、ね。営業部でまわしてほしいの。見た人には印鑑押してもらって。最後に私まで提出して」

「おう。期限、明後日までか」

「うん。忙しいところ申し訳ないんだけど、よろしくね」


控えめに笑う藍子は、ウチの会社で“嫁にしたいNo.1”なだけあって美人で可愛い。焦げ茶色の長めのボブに、綺麗な白い肌。後輩の七瀬ななせが「まじ片山先輩美人っす。化粧落としても、チョーきれー」と社員旅行の後で言っていたから、素が整っているのだろう。


美人で可愛いってすごくね?


いまだに残っている紺のベストとスカートの制服は、藍子のスタイルをより良く見せる。


腰細くね?

足きゅっとしてね?

胸あるよな?


そんなわけで、藍子は独身男達の憧れマドンナだった。





「倉本~、見てたぞ」

「うわっ、なんすか井上さん」

後ろから腕をまわしてきた直属の上司、井上さんがにやにやといやらしい笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。

「いやー、藍子ちゃんは相変わらず可愛いなぁ」

「井上さん、それセクハラっすよ」

「えっ?まじ?」

聞かれてねぇよな?と辺りをきょろきょろするところが、この人の憎めないところだ。

「“伊月くん”とか呼ばれてでれでれしてたろー?」

「別にいつもと変わんないっすよ」

そう言いながら、こっそり優越感に浸る。


10人程いる同期の中で、藍子は俺だけを下の名前で呼ぶ。いつもお願いをしてくる。飲み会の席は、自然と隣になることが多い。



ーーーこれってさ、そういうことだろ?



社内恋愛は面倒だ。周りに隠したり、バレたらからかわれたり異動したり。

営業部の俺と、物流管理部の藍子。

幸い、部署が違う。だが、付き合ってるとなれば、担当を外されてしまうだろう。そうしたら、姿を見ない日の方が多くなってしまう。



ーーーそんなの、モチベーションあがんねぇよなぁ。



そうなってくると、結婚を前提としてが、妥当か。

社会人5年目。友達も、何人かは結婚してる。年齢的にもおかしくない。

稼ぎはいいとは言えないけれど、同じ会社にいる藍子のことだ。そんなの、俺よりも知っているだろう。


昼は手作りの弁当。

趣味はセルフネイルとウィンドウショッピング。

洋服だって、ベーシックなアイテムを、センスよく着こなす。



ーーー金のかからない、いい女。



ーーー完璧じゃないか。



あとはタイミングだ。

藍子だって、俺が言うのを待ってるだけで、そのつもりでいてくれている。


「おい、倉本。3番に電話。XXコーポレーション様から」

「うっす。ーーーお電話代わりました、倉本です。お世話になってます」




そうだ。来月のボーナスのタイミングで、藍子にプロポーズしよう。結婚を前提に、なんてそれと同じ意味だろ?金も入るから、指輪も買ってやれる。


藍子、泣くんじゃね?


あーすげー見てぇ。










「えー、この度、物流管理部の片山さんがご結婚することになりました。片山さんは寿退社される予定です」

「朝礼のお時間いただき、ありがとうございます。引き継ぎについては、後程後任者と各部署をまわらせていただきます。残り少ないですが、どうぞよろしくお願いいたします」




ーーーは?


周りがわぁと盛り上がり、フロアが拍手で包まれる。

本気で悔しがってる奴もいるようだが、俺は違うだろ?


は?結、婚……?藍子が?

誰と?




え?え?藍子って、俺のこと好きなんじゃないのか?




ほんのり頬を染めて、笑いながら周りの質問に答えている藍子は、本当に幸せそうだ。


ーーーえ?


「なんだよ、倉本。知ってたんだろ?教えてくれよ」

「あ、いや」

「お前ら、仲良かったもんな」

“仲良し”という言葉で片付けられるのか。

あんなに、俺を特別扱いしたのに。



なんなんだ。なんなんだよ。






「あ、片山せんぱーい」

後輩の七瀬と、営業部を代表して祝いの花を渡しに、物流管理部を訪れた。営業部とは違って、人のいる率が高いので、七瀬の声に視線が集まる。(営業は外出していることが多いので、そもそも人がいる率が低い。)

藍子は、隣の席の後輩に説明をしていたのを中座して、こちらに来た。

「どうしたの?伊月くん、七瀬ちゃん」



ほらまた。名前で呼ぶ。



「営業部からお祝いっす。ご結婚おめでとうございます」


七瀬が差し出した花束は、ボリュームは控えめながら品がよく、藍子が持つとより空気を華やかなものにした。

そうして、目に入ってきたのは、キラキラと輝く、婚約指輪エンゲージリング



ーーーまじかよ。



俺のボーナスなんて吹っ飛ぶくらいの、指輪。

そんなに存在を主張しなくてもいいのに、と俺はひとり心の中で悪態をつく。



ーーー藍子にはもっと、似合うもんがあんだろ。



控えめで、可愛くて、美人で。

そんな大層なもん、好みじゃねぇだろ。


「伊月くんも、わざわざありがとう」

「……別に」


うまく、言葉が出てこない。むすっと黙り込んだ様子に何かを感じとったのか、藍子は七瀬の方へ話をふる。

七瀬は俺の隣でへらへら笑っていて、その姿にもいらっとしてくる。




「あの……」

「え?」

「営業部の、伊月さんですよね?片山先輩の後任の、矢坂やさかです。これからよろしくお願いします」

いつの間に近づいてきていたのか、先ほど藍子と話をしていた隣の席の後輩ーーー矢坂さんというらしいーーーがお辞儀をした。

藍子よりも小柄だが、目をひくのはそのボリューム感のある胸元。お辞儀をしたことによって、たぷんと揺れるそれに、気分が上がる。



ーーーこんな子いたっけ?



藍子の後任だと言っていた。ならば、今後たくさん話すことになるだろう。


「あ、ごめん。ぼーっとして。こちらこそよろしく」

にっこりと最大限で笑ってやる。はにかんだ笑顔が可愛い。



ーーーこの子はこの子で、テンションあがるな。



矢坂さんは小柄だが、少しぽっちゃりめで、抱き心地が良さそうだ。

そんな下世話な感想に、口元がゆるむ。




……その姿に、七瀬は呆れたような視線を向けていたなんて知らずに。




倉本くんは婚期遅そう。

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