70. 大筒
少し余裕が出てきました(書き手と主人公の心に)
リア充爆発した。
前世でさんざん呪ってきたツケが回ってきたのだろう。人を呪わば穴二つというが、本当にそうだった。因果応報、自業自得。巡り巡って、時空さえ超えるのだから怖すぎる。
今朝の観音様を拝まなかったせいだな、これは。
赤ん坊と一緒に寝るからという断り文句に頷かなければよかった。今夜は絶対に川の字で寝る。どう考えてもリア充です本当にありがとうございます。
「ボフ……ッ」
なんということだ、黒い息が出た。
きっと顔も煤だらけだ。髪の毛がアフロになっていたら完璧なのだが、さすがにそこまでお膳立てはしてくれなかった。ちぢれた毛を直す方法は俺も知らないので、とても助かる。
三十郎改め、信包が慌てて駆け寄ってくる。
「兄上、大丈夫ですか?」
「お前こそ大丈夫か」
「言いつけ通り、そこに隠れていたので」
「ああ」
そういえば、そう言ったような記憶もある。
素直でいい子ちゃんなところは信行に似てきた九郎と違い、信包は自ら最善を模索できる要領のいいタイプに育ちつつある。上二人の弟は知能派で、下二人の弟は肉体派だ。それぞれ文官、武官の道を志していると聞いた。
暇さえあれば寝ている又十郎と違い、信包はじっとしていない。
貞勝から与えられた課題を全て終えて、城下へ向かう俺についてきたのだ。
とにかく面白いことや、興味がわきそうな何かに対する嗅覚がすごい。ちなみに又十郎は食べ物と睡眠に関する欲が、ダントツで強い。そのせいで彦七郎の影が薄い、のは横に置いておく。
もうもうと立ち込める煙に顔をしかめながら、それを見やった。
「失敗ですか?」
「ん~、そうとも言えんだろ。なあ」
「何かが違う。何かが分からん」
腕を組み、唸るドワーフ風の男。
髭面のどっしり体型なのに、やたらと背が低いのだ。鍛冶師の仕事が背を丸めている体勢を長時間維持するため、遺伝子レベルで最適化されたのかもしれない。槌を振るう腕は丸太よりも太いし、燃え盛る炎に顔を近づけても平気らしい。
同じ人間とは思えない頑丈さだ。
「構造の問題ではないでしょうか」
「構造?」
「型に溶かし入れる鋳造ではなく、刀などを作るように鋼を打つんです。確か、そうすることで鋼本来の強さが増すんですよね?」
「なるほどな。やってみよう」
すたすたと歩いていく背を呆気にとられて見送った。
さて俺たちは一体、何を作っているのか。
ずばり、大筒である。
武器商人たちに聞いてみたところ、俺のイメージしている大砲はまだ開発されていなかった。中世ヨーロッパでは作られていたように思うが、海を渡ってくるにはまだまだ時間がかかるようだ。とはいえ鉄砲が伝来し、火薬も量産されている。
やってやれないことはない。
石火矢というものを参考に、とりあえず作ってみた。
見た目は火縄銃を大きくしたような形だ。砲弾をこめる穴が上にあって、後方の導火線に火をつけることで筒から弾が飛び出す。筒の方向と角度で、飛距離と着弾点が変わる。
最終目標は、キロ単位の飛距離を持つ大砲だ。
どんな堅牢な城も、城壁をぶっ壊されたら侵入されてしまう。絶対と信じていた守りが崩れれば、心も折れる。兵たちが投降すれば、将は何もできない。
ヤケになって単騎特攻もあるかもしれない。
そんな馬鹿には鉄砲が有効だ。一発命中させるだけでいい。
非道? 戦に人道論を説いていられるか。戦をしたがる奴は食うに困って追い詰められているか、欲を出しているかのどちらかだ。命じられるまま戦に出て、死んでいく民の方がよほど報われない。
戦が早く終われば、死人も減らせる。
負ける戦はしたくないが、勝てばいいってものでもない。
そんなわけで、信盛が世話になったという鍛冶師を訪ねたのだ。うちの側近が世話になった礼を言いたかったのもあるし、土管や農機具の恩恵は尾張国内に留まらない。
なんと加藤という鍛冶師は、刀匠だったという事実が判明。
ついでに秀吉の母方の親戚だった。そして専門外なのに、大筒の件も了解してくれた。
実はスゴイ木下家に頭が上がらない。
話を戻そう。
俺たちは内側から弾けた筒部分を見下ろした。
風で煙が流れていったおかげで、中を覗き込むことができる。まだ触れるほど冷めていないが、鉄が大輪の花のように裂けていた。花弁の長さが爆発の凄まじさを物語っている。
「爆発するってことは、熱膨張に耐えられなかったっていうことか」
「ねつぼうちょう、ですか?」
「火は熱いだろ。火薬を詰め込むことで、より強い炎が生まれる。大筒は鉄の玉を火薬の爆発する勢いで、より遠くへ飛ばす武器だ。金属は熱を通しやすく、熱を与えることで膨らむ。今ある形を維持できなくなったら、……ボンッだ」
びくっと体を震わせる辺り、信包もまだ子供である。
さっきは賢しげに意見を述べていたくせに、おそるおそる砲身を見つめていた。作り方から変えてみる、という発想は根拠があったものではなさそうだ。
信広といい、信包といい、織田家は直感も強いらしい。
「兄上」
「なんだ?」
「このようなものが、本当に必要なのですか。今回の爆発は大したことがありませんでしたが、これ以上大きなものになると試し打ちするだけで小屋が吹き飛びますよ」
「それなんだよなあ」
試し打ちをしない武器は実用化できない。
練習するだけなら火薬を使わなくてもできるが、どれだけ飛ぶかは一通りやってみなければ分からないことだ。試行と改良を重ねて、はじめて実用化にこぎつけられる。
現代の日本文化は、本当にすごかった。
便利すぎて気付かなかったが、その便利さは叡智と根気の塊だ。
ちなみに今回試作した大筒もどきは、土管の作り方と火縄銃の仕組みを合わせてみた。土管は砂利を混ぜた鋳型である。火縄銃も同じく鋳型で作られ、連射には向かない。
違う、逆だ。連射しない前提だから、鋳型でも何とかなったのか。
「おうっ。てめえら、いつまでそこにいるつもりだ!」
「おっちゃん」
「こんだけの大きさを鍛えるにゃ、大量の鉄がいんだろうが。それを鍛えることも考えりゃ、何日あっても足りねえぞ。ぼさっとしてねえで、とっとと鉄持ってこい!」
「分かった、また来る」
「ばっきゃろう! 二度と来んなっ」
怒られてしまった。
何故かくすくす笑っている信包と一緒に城へ戻る。
もう一人で馬に乗れるため、護衛をほっぽって飛び出すのも慣れたものだ。城下周辺までと決めているので、恒興たちには何とか納得してもらっている。信光叔父貴から那古野城での一件が伝わり、林兄弟処罰すべしとの意見が強い。
こっそり放逐したら、何を言われるか分かったものではない。
だが、俺はやる。
織田本家のことで理解した。潰すときは、まとめて潰さないと禍根が残る。温情をかければ改心する者もいるが、九郎のように巻き込んでしまうのが一番怖い。
「兄上は本当に、人心を掴むのが上手いですね」
「んあ?」
「……すみません、考え事の邪魔をするつもりはなかったんです」
「いや、気にするな。加藤のおっちゃんのことか?」
木下家の人間がそう呼んでいるので、俺もついつい気安くしてしまう。
身分の隔たりを気にする家臣たちはいい顔をしないが、信包は那古野村で慣れているようだ。恒興のように理解を示してくれる側近もいるし、俺はこのままのスタイルを貫く。
言いたい奴には言わせておけばいい。
それでまた林兄弟のような人間がわいてきたら、その時に考える。ああいう輩は俺が品行方正な真面目人間であっても、何かしら不平不満を言っていたに違いない。どうしても合わない人間というのはいるものだ。
「その……あの人に『二度と来るな』と言われた後、兄上がしょんぼりしているように見えたので。あの人なりの気遣いだということを、教えたくて」
「ああ」
「奇妙丸が生まれましたが、兄上は織田家の要です。兄上の真似はきっと誰にもできません。つまらないことで怪我をしたり、命を落としたりするのは」
「信包」
「はい」
「俺の野望は、楽隠居だ」
信包がぽかんと口を開いたままになり、手綱が滑り落ちた。
「……は、い?」
「息子が生まれたのは第一歩だな。嫁と孫に囲まれた老後を暮らすのが、俺の夢」
「そ、それは普通すぎませんか」
「俺らしくないか?」
「兄上が抱く野望なら上洛や、天下統一の方が似合うと思います」
上洛は達成できそうだが、言わないでおく。
ストレスを感じることも増えてきたので、食生活の充実を図りたいのだ。特に砂糖の取引は重要だと思っている。新鮮で豊富な魚、もとい強い水軍もほしい。ヒノキ風呂に入りたいので、檜が多い森も視野に入れている。
どうせ天下統一の一歩手前までいくのだ。
ただ史実通りになぞっていくには、俺の知識が足りなさすぎる。野望達成を目前にして、うっかり死ぬのは御免だ。ましてや、帰蝶や身内が危険な目に遭うのも絶対避けたい。
「似合うか?」
「ええ、とても」
そんな風に煽ててくれる弟がいると、本当に目指したくなる。
「諸国の大名たちを顎で使う兄上が見てみたいです」
「どんな独裁君主だよ!」
前言撤回。
俺のイメージが独り歩きしているようなので、堅実な道を歩もうと思う。
加藤のおっちゃん:小話集「木下家の人々」に出てくる加藤とは別人だが、この人も木下家の身内。清正の父は「おじちゃん」と呼ばれている。
工房では、たまに小さいのがコソコソしているようだ。
以下、雑感。
持ち手部分を木製にして、短筒にした方が早く仕上がるかな。
この話のタイトルは抱え大筒(小脇に抱えて放つ)だったので、大砲のような大きいものではないです。でも国崩しが発明される前の大筒は、ガスの噴出がすごかったらしい。
パチンコやボーガンみたいなものも考えていますが、複雑なことを考えるのが苦手な頭では限界があるようです。口惜しや。




