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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
躍動する闇編(天文23年~)
82/284

68. 懺悔

恒例のイチャイチャ回。

読み飛ばしても大丈夫です

 幸の見つけた薬草が効いて、帰蝶は徐々に回復していった。

 一時は危ぶまれたものの、母子ともに安定した生活を送っている。とはいえ、体に負担をかけるのは絶対にダメだ。今日も今日とて嫁の様子を見に、奥へ渡る。

 床に臥すこともなくなったので、華やかな小袖姿が目に眩しい。

 緩めた帯は大きなカーブを描き、座っているだけでも辛そうに見えた。俺はいつものように肩へ手を回しながら、子を宿す腹を撫でる。

「でかくなったなあ」

「……毎日朝晩来なくてもいいのに」

「一日中くっついていたいのを我慢しているんだ。褒めてくれてもいいぞ?」

「嫌」

 ぷいっとそむける頬に口づける。

「あなた!」

「いちゃつくのは、私が消えてからにしてくださいませんかねえ」

「いたのか」

「いましたよ、最初から!!」

 べしべしと床を叩いて、由宇が激おこアピールをする。

 懐妊が分かってから侍女を二人ほど増やしたが、乳兄弟でもある彼女は何かと世話を焼きたがった。帰蝶が初産というだけでなく、一度体調を崩したのも過保護になる理由の一つだ。

「時間になったら呼ぶから、恒興とでも遊んどけ」

「遊びません。二人っきりにしてさしあげるのも、姫様のためですからね! けっして、殿様のためではありませんからね。そこのところをよーくご理解あそばせっ」

「口が過ぎますよ、由宇」

「申し訳ございません。それでは御前を失礼いたします」

 ぶっすー、とむくれたまま出ていく。

 淑女らしからぬ足音が聞こえてきて、思わず噴き出した。

 老獪な蝮と、その娘であり愛弟子でもある帰蝶の傍仕えにしては、随分と顔に色々出やすい娘だ。年下の主人の方が、よほど落ち着いている。

「くっくっく」

「仕方のない人」

「いやあ、悪い。からかうと面白いから、つい……な」

「…………本当に、何もないのよね」

 問いかけというよりも、自分に言い聞かせるような呟きに笑みをひっこめた。

 妊婦がかかる精神的な病、マタニティブルーだろうか。胎児の発育を促すためにも、あまり部屋の中でこもりっきりというのもよろしくないらしい。とはいえ、年が明けるまで寝込んでいた帰蝶に外は勧められない。

 なにせ、今は雪のちらつく冬なのだ。

「どうやったら、お濃は俺の気持ちを疑わなくなるんだろうなあ」

 わざと軽い調子で呟いて、首筋に頭をすりつけた。

 寒い季節なので、後ろからすっぽり抱き込んでも怒られない。帰蝶は平均体温が低いタイプのようで、一緒に寝る時は積極的にくっついてくるのだ。ただし、本人が寝ぼけている時に限る。完全に覚醒すると逃げを打つので、すかさず捕まえるという定番のやり取り――…も、今はお預けだ。

 高確率でその気になってしまうため、今は寂しい一人寝が続いている。

 彼女に元気な子を産んでもらうためだ。俺はできる子、我慢の子。

「あなた」

「お濃、ごめんな」

「…………」

「噂だけじゃなく、俺自身の行動が不安にさせているのは分かっているんだ。この間、那古野村へ行ってきた時……九郎を危険に晒しちまった」

「でも、二人とも(・・・・)生きて帰ってきたわ。賭けに勝った、ということでしょう?」

「ああ」

 やっぱり知っていたのか。

 ぬくもりを深く抱きこんだまま、溜息を吐く。

 あそこで死ぬつもりだったのかと問われたら、否と答える。死ぬのは怖い。痛いのは嫌だ。ましてや、自分で腹を切り裂くなんていうスプラッタ体験なんかしたくない。

 あの場にいた全員に口止めはした。

 帰蝶も、他言はしないはずだ。尾張を蝮の餌にするつもりなら、もっと早い段階にいくらでも方法があった。この愛しい存在は、俺だけのものだと断言できる。

 生まれてくる子には悪いが、こればかりは譲れない。

「あなたは勝てない戦をしない。勝てる自信が持てない賭けには乗らない。丹羽殿がそう言っていたわ」

「それを信じてくれるなら、なんで浮気を疑うんだよ……」

「だって、女の人が好きなのよね?」

 悲しいかな、即座に否定できなかった。

 俺だって健全な男である。ハーレムに興味がないわけじゃない。

 それに前世では「リア充爆発しろ」の呪文を唱え続ける魔法使いだった。今だってモテているわけじゃない。政略結婚の相手に一目惚れして、帰蝶も俺のことを好きになってくれたから、幸せな今がある。

「お濃以外はどうでもいい」

「また、そんなことを」

「だから、なんでそっち方面に限って俺を信用してくれないんだよ」

「それ以外なら、全面的に信用しているわ」

「全部がいい。お濃、ちゅーしよう。ちゅー!」

「きゃっ」

「煩悩滅殺!! てんちゅうううっ」

 違う、そっちのちゅーじゃない。

 脳天を強打されて仰向けに転がりながら、俺は嫁を決して離さなかった。

「ああっ、姫様!」

「俺の心配もしてくれよっ」

「ケダモノの心配はいたしません。さっさと離れてくださいませ」

「俺、この城で一番偉い人だぞ!? そんでもって、お濃は俺の嫁!」

 嫌だ、絶対離さないぞと抱きしめる。

 ついでに足も絡めちゃおうかなという邪念が通じてしまったのか、腹からゲシゲシと我が子が蹴ってきた。元気なのはいいが、父親の敵に回るとはいい度胸だ。生まれてきたら覚悟しろよ。ビシビシ鍛えて、マッチョメンにしてやる。

 娘なら絶対甘やかすな。世界一のお姫様にするんだ。

「あなた、離れて」

「ハイ」

 すぐさま離れる俺を、呆れ顔の由宇が睨んだ。

「どうして、姫様の言うことだけは素直に聞くんでしょうね」

「俺の嫁だから」

「殿様には聞いておりません」

「由宇。軽々しい口を止められないのなら、本当に側室へ召し上げてもらいなさい」

「嫌です!!」

「ここまで強く拒絶されると、いっそ清々しいなあ」

「不敬行為を咎められて手打ちにされた者もいるの。皆に示しがつかないわ。側室が嫌なら、美濃へ帰し――」

「申し訳ございません。二度と、二度としませんから、お傍に置いてください」

「今日はもう休みます。床の用意を」

「はい……」

 しょぼりと項垂れた彼女の背は、哀愁が漂っている。

 性格はあれでも、仕事はきっちりできているのだ。きゃんきゃん噛みついてくるのも、子犬が吠えているようにしか感じない。それに「不敬行為」も奥の間だけだ。

 部屋の外では、きちんと礼節をわきまえた行動をとっている。

「なあ、あまり怒ってやるなよ」

「他の侍女に対する示しがつかないから、言っているの。今まではよかったけれど、これからは由宇だけが傍仕えじゃなくなるのだから」

「なるほどな」

 あまり分かっていないが、とりあえず頷いておく。

 女の世界は魑魅魍魎が跋扈する魔窟だと聞いたことがある。帰蝶は彼女の為に、あえて厳しい言い方をしたのだ。もしかしたら影で苛められているのかもしれない。

 平手の爺の一件から、帰蝶は独自の調査網を持つようになった。

 那古野城のことも、そのツテで報告を受けたのだろう。

 俺は俺で、本当にヤバくなったら一益が助けてくれるという期待もあった。だが一益は土壇場で俺しか助けない。九郎が治らない傷を負うか、最悪死ぬ可能性は認めたくなかった。

 とまあ、後からなら何とでも言える。

 確かなのは俺が嘘を吐かなかったことで、美作守に隙ができた。

 本当に諦めてしまったなら、俺は迷わず切腹する。諦めていないから、俺はフリだけで相手を欺いた。肝心な部分を言わなかっただけで、あれは俺の本心本音だ。

 信長ならそうしただろう、という推測でもある。

「あなた」

 揺れる瞳が、こちらを見つめた。

「たとえ絶対に負けない賭けだとしても、あなたの命を賭けるのだけは……やめて」

「お濃」

「わたくしに信じてほしいなら、約束して」

 白い手に絡めとられて、俺たちは体を寄せ合う。

 少しの間離れただけなのにもう冷えていて、寒いなと思いながら手を回した。彼女はその手を膨らんだ腹へと導いていく。

「この子と、わたくしに誓って」

「誓う。俺は死なない、お濃と一緒に楽隠居する野望があるからな!」

「わたくしは真面目に話しているのに」

「俺だって真面目だぞ」

 心外だと返せば、知らないわと拗ねられた。

 その晩は久しぶりに二人一緒に布団へもぐりこむ。邪な念がわく度に腹からツッコミが入るため、俺は般若心境を唱えることなく眠りについた。


信玄に会いたくて、こっそり甲州梅買い付けに行こうと思いましたが止めました。

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