49. 二人の叔父
戦論については、とてもざっくりしているのでツッコミ不可です
規模については時代劇の万単位による派手な戦が印象に残っているため、千に満たない数は「小規模」という認識をしています
今更だが、戦の規模は金だ。資金力が大いに影響する。
大領地を治める大名が動けば大戦になり、地方豪族程度の小領主なら小競り合い程度で終わる。親父殿は小競り合い以上、大戦未満の戦を重ねてきたわけだ。
赤塚、萱津の戦いはどちらも小規模な戦だった。
相手が土豪の一族だから当然である。
ちなみに俺も尾張国の一部を治めるだけの小領主なので、多くの兵を動員できない。それでも正徳寺会見の後、舅である蝮の道三から軍備の質を褒められたのだ。
いやあ、見栄張ってよかった。
さあ、楽しい戦後処理の時間が始まるよー。
小規模の戦とはいえ、死傷者の把握は時間がかかる。今のうちに部隊の再編を考えた方がいいかな。大軍を動かせる頃には、文官の過労死が増えるかもしれない。
先のことは後回しだ。
ややこしい論功行賞を考えるのは面倒なので、貞勝たちに丸投げする。異母兄の信広に当主代理を任せ、補佐に勝介をつけた。これなら古参の家臣たちからも文句は出ないはずだ。
弁明しておくが、仕事をサボりたいからじゃない。
俺には俺にしかできない役目があるのだ。
しばらく歩いて人払いをした部屋の一つに、湯呑を手にした上品な男がいる。ぴんと伸びた背筋に信念の強さを感じた。こちらの足音に気付いて、ゆっくりと振り向く。
「お待たせして申し訳ありません、信光叔父上。退屈だったでしょう?」
「ああ、そのように頭を下げずともよい。今は三郎殿が現当主、わしはちゃんと認めておる」
「ありがとうございます」
微笑みに微笑みで返し、当主の位置に座る。
温和で優しそうな印象を受けるが、信次叔父貴と同じく親父殿の弟だ。
同腹かそうでないかで扱いが変わるというが、俺が生まれる前のことだから知らない。その辺のことは俺専用情報ソースも分からないようだし、平手の爺に聞こうとも思わなかった。
「まずはお礼を言わせてください。叔父上が来てくださらなかったら、こんなに早く城を取り戻すことはできなかったでしょう」
「それもわしが褒められる筋ではないな。勘十郎殿がせっつくので仕方なくよ」
「信行が?」
「意外か、三郎殿」
「いえ、柴田勝家の姿があったのでもしやと思っておりました」
この喋り方、舌が疲れるな。
深く悩めば凶悪な顔だが、愛想笑いを浮かべると実に無害な地味顔になる。
家臣に侮られやすくなるから、怖い顔のままでいてはどうかと笑ったのは信盛だったか。例のごとく恒興が噛みついて、犬松コンビのようなじゃれ合いが始まる。とはいえ、信盛の方が恒興で遊んでいる感じだ。毎日どちらかの組み合わせがやり合っている。
暇か? 暇なのか、お前らは。
騒ぐなら俺のいない場所でやれと言ったら、おとなしくなった。
どうせ数日しかもたないので、あまり意味はない。城内が静かなのはいいことです、と貞勝に皮肉を言われた。
「権六か……。三郎殿は、あれをどうするおつもりかな?」
「どう、とは」
質問の意図が読めずに、俺は困惑する。
鬼柴田で有名な織田家を代表する猛将だ。
今は信行についているのも家老としてだけでなく、俺が当主に相応しくないと思っているから。これまでに何度か顔を合わせたが、その強い目でじーっと観察されている気がした。
とにかく織田に仕える家臣は厳つくて、髭で、目力のある奴が多い。
反面、当主一族に連なるものは全体的に細身で美形だ。俺の筋肉が残念な出来なのも血筋のせいである。ムキムキマッチョに憧れた子供時代は、もう遠い昔だ。
50目前のおっさんが中身である時点で、純粋な子供ですらなかった。
「敵将首を獲る勲功を立てたのは事実。だが、大きな褒美は避けた方がよかろう」
「いえ。もう発表してしまいましたので、修正も撤回もしません」
「三郎殿」
「心配しすぎですよ、叔父上。勝家は単独手柄ではありません。中条秀正なる者と共に討ち取った由、配下の者より確認済です。二人の褒美に差をつけたとあっては、かえって信行に対するアテツケを疑われましょう」
「なんと、そこまで考えておいでか」
助言してくれたのは平手の爺だが、黙って微笑んでおく。
日本人最大の武器である愛想笑いは同族にも有効だ。
ちなみに嫁には「気持ち悪い」と非常に不評である。渾身のイケメン顔のつもりなのだが、嫁の感性はちょっと分からない。
「折り入っての話とは、そのことでしたか」
「うむ。この混迷を極める時代に、清廉な信行殿では務まらぬ。三郎殿も幼き頃にはそれはもう手の付けられぬ無法者であったが、こうして立派な大人になられた」
父によく似た顔で褒められた。
嬉しくないわけではないが、尻の辺りがむずむずする。最初にあっさり言えた礼がなかなか出てこない俺に何を感じたのか、すっと信光叔父貴の表情が変わった。
「それと、忠告をしておこうと思うてな」
俺も居住まいを正し、先を促す。
「聞かせてください」
「信次には気をつけよ」
「え」
「あれは其方を恨みに思っておるぞ」
「…………」
「わしの言葉、信じられぬか?」
「信じる、信じないではありません。実際に行動を起こすか、否かだと考えます」
叔父貴が訝しげな顔になる。
獅子身中の虫を進んで飼うと言っているようなものだ。
山口親子の離反より、今川軍が尾張国へ侵入したのは今年の春である。状況が悪化すれば、もっと離反者が出てくるかもしれない。現状で今川と織田には、大人と子供くらいの差がある。
ここは織田家が一つにまとまるべき、というのが常識だろう。
まとまりようがないんだよな、どうあっても。
信行は相変わらず話を聞いてくれないし、取り巻きが鬱陶しいし、本家は黒幕が自ら出てきてチョッカイ出し始めるしで、対今川に集中できない。
美濃の斎藤家が姻戚関係でよかった。
義兄の義龍はともかく、舅殿は個人的な交流もある。これだけ尾張国内がグダグダになっていても傍観してくれているのは、帰蝶のまめなメール交換も大きい。
本当に、平手の爺はいい仕事をしてくれた。
このまま天寿を全うしてほしいものだ。
「仮に信次叔父上が離反を考えたとしましょう。本家は未だに、又代の坂井大膳が権力を握っております。信行もこの状況で、私と喧嘩するほど能天気ではありません。そして大和守と手を組んだなら……、その時は」
ごくりと飲み込んだ。
元服を済ませるまでお市と信行以外は、ほとんど顔も知らなかった。
実の両親ですら、愛情らしい気持ちを抱いたことがなかったのだ。今も親父殿に感じているのは先代としての尊敬。
それなのに叔父貴の命をどうにかするのが辛い、などと――。
「いらぬ老婆心であったな」
「叔父上」
「ご安心めされよ、三郎殿。再び窮地に陥ったなら、わしが今回のように馳せ参じよう。権六は勘十郎殿の家老ゆえ確約はできぬが、なに。わしの武勇もなかなかのものよ。それに三郎五郎殿もおられる」
すっかり調子を取り戻したようだ、と付け足す言葉に慈愛を感じる。
信広が初陣を果たす前から知っていてもおかしくない。子供時代から変わらぬ性なのか聞きたかったが、なんとなく止めておいた。
「叔父上も頼りにしていますよ」
「兄も頼りにしてやれ。あれは単純ゆえ、大層喜ぶぞ?」
朗らかに笑う叔父貴につられて、俺も笑う。
安心する一方で、油断はするなともう一人の俺が囁く。
知っていたはずだ。前当主に忠誠を誓っていても、現当主に不満を抱いている者がいることを。
抱き枕でなく、嫁を抱きしめて寝る晩には不寝番が控えている。
俺の命を狙っている者は、相変わらずいるのだ。
「覚えておきます」
信次叔父貴は今、伊賀守と共に療養している。
回復するのを待って松葉城、深田城の当主に戻す手筈も整えておいた。
そうそう、その二つの城を迅速に奪還できたのは二面作戦を決行できたからだ。即座に準備できる全戦力をもって出陣したものの、軍師がいない俺たちでは勢い任せの突撃しかできない。
道中で行き合った信光叔父貴の部隊は数百を超える部隊だった。
俺と信広は叔父貴に同行することを決め、勝介や舎弟たちに那古野城から連れてきた部隊の指揮を任せたのだ。周囲に障害が少なく、攻めやすい平城だったのもある。ほとんど味方の損害もなく、勝利を収めることができた。
信光叔父貴には感謝してもしきれない。
だから疑うことが、心苦しい。
何故、こうも早く合流できたのか。俺には滝川一族がいるように、叔父貴にもそういった者たちがいるかもしれない。
確証がないから、信じきれない。
むしろ、明確に疑いの種を示してくれた方が安心できる。世間話に移りながら、俺は内心そっと溜息を吐くのだった。
嫁には不評の「当主バージョン(外交向け)」
隣に座らせると、ものすごく機嫌が悪くなる(気持ち悪すぎて、鳥肌が立つらしい)
中条家忠:本作では「秀正」の方で登場。小一郎、左近将監とも。
家督を継ぐ前からの家臣だが、ちょっと影が薄いかもしれない。敵将首をとる戦果を挙げ、勝家ともども信長から褒め言葉をもらう。




