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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
尾張統一編(天文20年~)
59/284

48. 信長、起つ

タイトル詐欺です。

戦描写は苦手なので駆け足

 同年8月の那古野城――。

 戦後処理がなんとか片付いた頃、またしても俺の甘さが裏目に出た。

 和解したと思っていた山口親子がやらかしたのである。

 本家の動きも不穏さを増す中、今川軍の相手もしなくてはならない。療養中に親父殿を罵った俺が、まさしく同じ境遇に立たされるとはなんとも皮肉なことだ。

 しかし今川軍の相手をするには、那古野城の守備が手薄になる。

 まだ幼い異母弟たちや、お市を危険に晒すのはダメだ。帰蝶は一人でも何とかやれそうな気もするが、そんなことを言っている場合ではない。俺が当主になってから、支配地はどんどん削られる一方だ。このままだと税収がやばい。貞勝の目が怖い。

 今後のことを話し合うため、俺は長秀たちを緊急招集した。

 すっかり見知った面子に加え、新入りや古参の家臣(おっさん)連中が一堂に会する。

 古寺で定期的に集まっていたことを思い出し、なんだかくすぐったい心地になった。もっとも古びた木の板が今にも抜けそうなボロ寺と違って、この広間は重厚な襖と欄間が施された立派な部屋だ。支柱だって、相撲力士がどついたところでビクともしない。

 ニヤニヤしたくなる顔を引き締め、わざとらしく咳をする。

「あー、集まってもらったのは他でもない。今日は」

 血相を変えた信広がどかどかと駆け込んでくる。

「おい! 大高城、沓掛城が今川軍の手に落ちたぞっ」

 ざわっと場が揺らいだ。

「の、信広様!?」

「何だ、俺がここに来ては拙いことでもあるのか」

「そ、それはその……」

「兄貴、その知らせはいつ?」

「ちょうど城門をくぐるときにぶつかってな。ちょうどいいから、俺が代わりに伝えてやると言って聞き出したのだ」

 信広とぶつかった伝令が不憫でならない。

 いらぬ怪我を負っていなければと思いつつ、騒然とする広間は今川軍のことでもちきりだ。信広も話に加わるつもりのようで、端の席に腰を下ろした。

「拙いことになりましたな。沓掛城は交通の要衝にござる」

「義元め、一気に上洛する腹積もりか。小癪な……!」

「だから申し上げたのです。山口左馬助ともども、あの場で討ち果たすべきと」

「新参者は黙っとけ!」

「止めろ、内蔵助。ハンニャも勝手に発言するな。場が混乱する」

「くっ」

 まだ何か言いたげな般若介だったが、勝介の睨みで大人しくなる。

 義元の狙いは上洛で間違いない。幕府に代わって天下取りを狙っているのかどうかは知らないが、尾張国を傘下に収める気でいるのは明白だ。

 親父殿の広げた領地はかなり小さくなってしまった。

 織田信長与しやすし、と考えていてもおかしくない。桶狭間の奇襲戦はそういう心理も利用したのか。さすがはチート……って、他人事じゃないんだった。

 そしてまた、伝令が駆け込んでくる。

「申し上げます!!」

「今度は何じゃっ」

「坂井軍の襲撃を受け、松葉城、深田城ともに落城っ」

「城主である伊賀守と信次様はどうした!?」

「いえ、そこまでは……」

「報告大義である。下がってよし」

「はっ」

 立て続けの悪い知らせに、ざわつきが収まらない。

 二人とも織田姓を名乗る武家であり、信次は親父殿の弟だ。つまり俺の叔父にあたる。

「坂井殿、まさか…………そのようなことに、なるとは」

「爺、大丈夫か?」

「お気遣いありがたく存じます。坂井殿の暴挙、止められなかったことが悔やまれてなりませぬ」

「山口親子の裏切りを受け、今が好機と見たのであろう。そう落ち込むでない」

「しかし内藤殿」

「成程。まさに、今が好機でござる」

 信盛の言葉に皆が注目した。

 俺なら内心ビクッとしそうなものだが、佐久間一族の長はニヤリと笑ってみせる余裕がある。利家たちがワクワクしているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。

 お前ら分かっているのか。襲撃を受けたんだぞ。

 なんで嬉しそうにしているのか分からない。

 いや、なんとなく分かる。奴らとの付き合いの長さで、分かってしまった。信盛があんな風にニヤニヤ笑っている時は、ろくでもないことを考えている。

「取られたなら取り返せばよい。城の一つや二つ、軽いものでござる」

 何故か自信満々に断言する。

「無論、今川勢にとられた城ではござらぬ。あれもまたいずれは取り返す機もありましょう。今は我らが殿を無能と侮る、大和守に一泡吹かせてやるが必定。そう愚考いたす次第でござる」

「一応、大和守信友は織田本家の当主なんだが」

「敬意を払うべき主はお一人、我が殿だけでござる」

「傾いてんなあ、半介。カッコイイぜ!」

 信盛は清々しいほどに悪びれない。

 オッサン連中は苦々しい顔をしているものの、家督を継ぐ前みたいに不平不満をまき散らさない。俺を当主として仰ぐ覚悟ができているからだろう。那古野城に集まった時点で、信行からは敵対視されるらしい。

 正確にはその取り巻きからだが、広い意味では同じことだ。

 俺は今でも信行と話がしたいと思っている。お市にまで呆れた顔をされるようになってしまったが、身内同士で争っていてもダメなのだ。

 それが分からない人間が、織田本家と織田家臣にいるわけで。

「……爺」

「はい」

「坂井大膳は、主をよく立てる忠臣か?」

 平手の爺ははっとして、俺の顔を見つめる。

「いいえ、お家のためならば手段を選ばぬ男でございます」

「本格的に俺のことが邪魔になったか。守護職を傀儡化して、主君まで意のままにしようと考える男なら、庶流の一奉行にすぎない分家など潰してしまえになるわな」

 あるいは信行を代わりに、当主へ据える。

 弾正忠家の家臣どもと同じだ。扱いやすい神輿を飾りたいだけで、その先のことはちっとも考えていない。今川家が攻めてきたら、あっさり恭順の意を示すだろう。そこで命が助かっても、今まで通りにはいかない。

 それは竹千代の松平家が証明している。

「一部の人間にはもう伝えてあるが、俺は尾張国を統一するぞ。異論は認めん。時期を逃せば、今川家に潰されるだけだ。俺は親父殿から、尾張の行く末を託された。尾張の虎の遺志を継ぐ!」

「そこな佐久間の流言に踊らされ、主家に刃を向けるおつもりか」

「叔父貴を見捨てるわけにはいかんだろ。それとも伊賀守と叔父貴の命をもって、今後の安寧を願ってみるか? どっちにしろ、今川が脅威であることは変わらんぞ」

「既に手遅れやも……」

 ぼそりと誰かが呟いて、またざわめきが大きくなる。

「それならそれで大義名分が立つ! 議論はこれで終わりだ。明朝には出立する。我こそはと思う者は、戦の準備をせよっ」

 そこまで言い切って立ち上がった俺を、小姓たちが慌ててついていく。

 ちなみに橋介と利家だ。

 二人とも子供みたいに目を輝かせている。あ、信広もだ。戦は殺し合いだというのに、こいつらは本当にわかっているのだろうか。いや、分かっているのだろう。信広は久しぶりの実戦だし、橋介は赤塚の戦いに参加している。

 あの時も、今回も味方同士の戦いだ。

 親父殿の代から関係がギスギスしていたというし、あちらは味方と思っていないのだろう。あるいは主家のブラフとも考えられる。

「そん時ゃそん時か」

「殿? 何か気になることでもございましたか」

「ん~、まあな」

「信長様には、オレがいるから心配無用っすよ! どーんと任せてください」

「ああ、頼りにしている」

「っす!!」

 おかしい、人間であるはずの利家が猛然と尻尾を振っている。

 この時は気合入っているなー程度にしか思わなかった。利家にとって、長らく待ちかねた初陣だ。他の同期に後れを取っているのが我慢ならなかったのだろう。


 翌日の未明、那古野城を出た俺たちは反撃を開始。

 あっという間に二つの城を取り返し、坂井甚介なる敵将を討ち取った。

 いくら城同士が比較的近かったとはいえ、数日かかるところを一日で成し遂げたのだ。もちろん信広や信盛たちの策が功を奏した、というのもある。俺も出陣したが、大将は後ろでどーんと座っているを体現するだけで終わった。

 采配を振るうまでもなく、織田軍の勢いは坂井軍を蹴散らしてしまったのである。

 敵大将首である坂井大膳は落ち延びて、清州城に戻った。

 人質となっていた伊賀守、信次叔父貴はともに無事であったことも喜ばしい。

 ブラフでも何でもなく、いきなり攻め込まれて応戦する暇もなかったようだ。俺の――というよりは御家来衆の――迅速な働きに、一定の評価が加えられたのは言うまでもない。


話が終わった後で、兄貴は「末席に座るとは何事か」と内藤さんに怒られる。

大人しくしていたのに怒られるなんて理不尽と思っていたら、今度は拳骨をもらうというオチがあるんですが割愛。織田軍はなんだかんだで手や足が先に出る。


次話では萱津の戦いについておさらいしつつ、今度こそ今川軍の尾張侵攻が始まります

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