表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
雌伏編(天文13年~)
45/284

36. 抱き枕、再び

 外の明るさに、朝が来たのだと感じる。

 待て、なんか妙だ。俺の本能が警告を発する。

 ベッドのふかふか感からオサラバして何年も経つが、やけに固い。そして腕の中が柔らかい。いい匂いもする。天日干しにした太陽の匂いじゃなくて、柔らかな芳香だ。

 ちょっと……いや、かなり酒臭い。

「サケ?」

 魚の鮭ではない、念のため。

 目を開けた途端に、俺脳内エマージェンシーが鳴り響いた。パトカーについている赤いアレがぐるんぐるん回っている。色即是空、空即是色。

 どうして、こうなった。

「う、んん……」

 悩ましげ声の後、もぞもぞと動く肢体。

 上もヤバいが、下もヤバい。

 ぼかして説明すると、絡まっている感じがする。切実な問題として今すぐ飛び起きたいくらいなのだが、それは俺の窮地を明らかにする行為だ。崖っぷちでガタガタ震えながら、半歩下がるようなものだ。

 荒くなる息を止めるべきか。いや、遠からず俺が死ぬ。

 激しく踊りだす心臓を止めるべきか。間違いなく、俺は死ぬ。

 残念ですが、死亡フラグしかありません。白衣を着た眼鏡のおっさんが、表向き沈痛そうな顔で宣告する。ちょっと待て、何か余計なのが混ざっている。

 落ち着け、俺。オーケー、冷静になろう。

「……おはようございます」

「オハヨウ」

「どいてもらえるかしら」

「もちろんだよ、ハニー」

 目覚めの一発は慈悲の欠片もないくらい、熱く激しかった。




 行く先々で、誰も彼もが顔をそむける。

 いいぜ、笑えよ。

 存分に笑えばいいだろ。指を差して大爆笑したからって、片っ端から無礼討ちにする暴君じゃない。だから我慢なんかするなよ。体に悪いぜ?

「ふん」

 ぽくぽく、と馬の蹄が長閑な音を立てている。

 横座りしている嫁は、どうあってもこっちを見たくないらしい。筋肉痛になりそうな体勢を意地で維持している。これは洒落などではない。嫁の涙ぐましい努力を描写しているのである。

 泣きたいのはこっちだっつの。

 じんじんと疼く頬にはでっかい紅葉が刻印されていることだろう。

 舎弟改め、織田信長御家来衆が揃って笑い転げてくれた。地位をランクアップする代償に、俺への敬意や謙虚な気持ちを消滅させてしまった気分だ。

 あえて言おう、不可抗力である。

 誓いの盃を交わして、酒宴に突入したところまでは覚えている。

 運び込まれてくる酒樽を次々空けて、とうとう酔い潰れてしまったのだろう。生まれて初めての朝帰りは二日酔いと共に、なんて素敵すぎる経験じゃないか。

 古寺の中は酒の臭いが充満する酷い有様だった。

 ふらふらと出ていく家臣の諸君は、さながら墓地から甦った死者のごとしだ。そういえば、恒興と小姓を置いてきてしまった。子供じゃないんだから、自分で戻ってくるだろう。

「あー」

 頭がガンガンする。

 なんとか身なりを整えたものの、着替えずに寝てしまったので多少ヨレている。帰蝶も一人で直すのは限界があったようで、漂う空気からして「何かありました」と白状しているようなものだ。

 俺は般若心経を唱えている。

 円周率なんざ、最初の部分しか覚えていない。

 俺の煩悩むすこを封じるには、般若心経が一番効く。どういうわけか、300文字足らずの経文を丸暗記しているのだ。沢彦は臨済宗の僧であるし、般若心経が教えに含まれていても不思議ではない。

「あなた、抱き枕がないと眠れないって本当だったのね」

 思いっきり噎せた。

「い、いきなり何を言い出すんですか、帰蝶さん」

「妙な話し方をしないで。気持ち悪い」

「ひどい!」

「わたくしは夜のうちに、城へ帰りたかったのだけど」

「ごめんなさい」

 ここはひたすら謝るに限る。

 酔い潰れた俺がしっかり抱きしめてしまったせいで、動くに動けなかったそうだ。助けを求めようにも、次々と脱落していくので諦めたという。胸に忍ばせた短刀でブスリ、とやられなくてよかった。体の感覚からして、抱きしめる以上のことはしていない。

 何も、なかった、はずだ。

 チラッと帰蝶を見る。夫なのに無視された。

「お濃、のうのう。悪かったってばよ」

「妙な呼び方をするなら、金輪際返事をしないわ」

「ごめんなさい」

 惚れた弱みである。

 彼女の気の強いところも、美人なところも、頭がいいところにも惚れている。

 前世を含めての初恋だ。遅れてやってきたのに、一目惚れした。政略結婚が当たり前に通用する時代じゃなかったら、何回でもプロポーズしては断られていただろう。

「抱き枕かあ。そういえば親父殿にポイされて以来、作っていないな」

「手作り、なの?」

「簡単だぞ。綿布団を紐でぐるぐる巻きにするだけ」

「……それがないと、眠れないの? 本当に?」

「まあ、寝つきは悪くなる。なんだかんだで寝る暇がない日もあるし、どうしても睡眠時間を確保したい時は気絶する」

 帰蝶の目がまん丸になった。

 ちょっと気の抜けた感じがとても可愛い。やっぱり、うちの嫁は最高に可愛い。お市ほど可愛い存在はいないと思っていたが、甲乙付けがたい可愛さだ。

「呆れた」

 やっとそれだけを言った彼女は、本当に呆れている。

 後日、匿名で抱き枕が届いた。

 綿布団を紐でぐるぐる巻きにしただけの簡単抱き枕だったが、すごくいい香りがする。

 そこで俺は、この抱き枕に「蝶」の絵を入れた。三角形を二つくっつけただけの不格好な絵柄は、のちに小姓たちの間で謎の暗号として広まっていくのだった。

ツンデレの定義が行方不明です。誰か探してください


ノブナガ発明品?「抱き枕・蝶」...これを抱いて眠ると、嫁の夢が見られる

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ