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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
雌伏編(天文13年~)
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1. 雌伏の時

※某ゲームのちょびヒゲ猫とは無関係です

 年号は天文、時代は室町。

 十数年続いて京の町を焼き尽くした応仁の乱も、今は昔。燻る火種は各地に散り、じわじわと混迷の影が忍び寄ろうとしていた。


 ところで、尾張国には「大うつけ」と呼ばれる悪ガキがいる。その名を――。

「吉法師さまー! 吉法師さばあああぁ!!」

「っだー、うるせえっ」

「痛いっすよ、吉法師様」

「ワンワン吠えるな、犬」

「わんっ」

 嬉々として吠えた阿呆の頭に、鉄拳の褒美をくれてやる。

 どうしてこんなのに懐かれたか本当に分からない。過去を思い返しても、切っ掛けが分からない。いつの間にか傍にいて、立派に舎弟気取りである。

 いや、人間ですらない。犬だ。

 普通は怒るだろ。なんで喜ぶんだよ、マゾか。

「吉法師さま、暇っす。遊ばねえんですか?」

「だが断る」

「暇で死にそうっす!」

「大丈夫だ、死にそうな気がしていても死なない。人間、そんな風にできてる」

「へー! オレ、一つ賢くなったかも」

 あっけらかんとした声に、思わず半眼になった。

 こいつが人間でなく、本当に犬だったら――ちぎれんばかりに振りまくる尻尾が見えただろう。残念ながらそんなものは当然あるはずもなく、尻尾代わりの髪がぶんぶん揺れている。

 俺はそれを、下から眺めていた。

 川の土手は涼しく、柔らかな緑が(ツッコミで)疲れた体を受け止めてくれる。

 青い空はどこまでも続いているのか。こんなにも、めちゃくちゃ広いだなんて知らなかった。日によって青の濃さも違う。雲の形だって毎日変わる。全然見飽きない。

「いーい天気だなあ」

「そっすねえ。で、遊びに行きましょうよ。吉法師さま」

「黙れ」

「………………」

「………………」

「なーなー、吉法師さまよー」

 いっそ口を縫い止めてやろうか。

 おかしいだろ、なんで『マテ』即終了するんだよ。一瞬黙っただけじゃねえか。こいつが真性の馬鹿だ。うつけは、犬だ。犬千代だ。

 そう、前田犬千代というのが喧しい人間の名前だ。

 犬千代だから犬と呼んでいる……わけでなく、犬っぽいから犬である。これが加賀前田藩の祖・前田利家の少年期というのだから驚きだ。ほぼ間違いないと確信しているが、やっぱり疑わしい。

 そもそも輪廻転生とか、普通にありえんだろ。

 なんで過去世に戻ってんだよ。

 転生って、前の人生より未来に生まれ変わるって意味じゃないのか。


 あー、要するに。

 俺には前の人生の記憶がある。いわゆる転生者ってやつだ。

 不慮の事故だか突然のハプニングだかでお亡くなりになったわけでなく、自称神様とご対面したわけでもなく、それなりに生きた人生の終焉を自覚したらこうなっていた。

 吉法師、将来の織田信長だぜ。信じられるか?

 俺は信じなかった。しかも赤ん坊からスタートなんていうイージーモードじゃない。三日間の高熱から衝撃の目覚め、ですらなかった。馬から落ちて、頭どころか尻をしこたま打ったら思い出したんだ。信じられるか?

 俺は信じたくなかった。

 まあ、今川の人質時代なんて経験したくなかったからな。我が家に戻ってきた辺りで思い出せてよかった。お公家様の対応なんて知らねえよ。

 ムシャクシャしたので、清州城でボヤ騒ぎを起こしてやった。

 後始末? 親がやるだろ、俺は未成年だぜコノヤロー。


 閑話休題。

 ある程度、心身育ってからの出遅れスタートだ。

 おまけに高熱を出す以前の記憶がすっ飛んでいる。思い出したのにすっ飛んでいる、は紛らわしいか。なくなったのは吉法師本来の記憶だ。落馬の衝撃で丸ごと抜け落ちたんだとしたら絶望しかない。馬鹿の一つ覚えみたいに呼び立てる犬千代がいなかったら、自分の名前すら分からなかっただろう。

 ちなみに家臣連中の名前は、犬千代にコッソリ教えてもらった。

 頭がカラッポの馬鹿かと思ったら、記憶力だけはいい。小姓という身分を利用して、片っ端から織田家の人間に会わせた。仲がおよろしいのねー、なんて皮肉も言われたが。

「今日は城めぐりしないんすか?」

「一通り会っただろ。もう十分だ」

「えー。おっさんたちの顔が面白いのに」

 ぷふっと噴出した。

 後ろに控えていたくせに、よく見ていやがる。俺を見るおっさん連中は大まかに分けて二種類いた。苦言小言を呈してくるタイプと、無視を決め込むタイプだ。俺は嫡男だっていうのに、早々に見切りをつけられているらしい。

 更に細分化できるが、それは横に置いておく。

 犬千代が面白いと言っているのは、名前を憶えられていないことに憤慨したオッサンだろう。ものすごい大音量で一喝されたのは俺なので、奴にとっては他人事だ。不可抗力なんだから仕方ないだろって、そんな理屈は通じないか。

「性格悪いな、お前」

「吉法師様には言われたくないっすよ! あだっ」

「口は災いの門って言うんだよ。覚えとけ」

「っす!!」

 犬千代の賢さが2上がった。

 返事だけは一人前なんだよな、返事だけは。

 キリッと表情を引き締めた奴に笑って、俺はまた空を見上げた。

 こんな風にのんびりできるのは今のうちだけだ。織田信長の名は有名すぎて、その人生もよく知られている。こんなことなら、もっと真面目に歴史を学んでおくんだった。戦国時代を重点的に。


以下どうでもいい(本編に関係ない)設定


主人公(前世) ...ただのへぼゲーマーなのにヲタクと呼ばれ避けられ、リア友も恋人もいない歴イコール実年齢のまま49歳の孤独な人生を終える。

ハマったゲームは特になし。面白ければ何でもいい雑食派。

下請け業者の従業員を辞めて以来、アルバイトで食いつなぐ。

学力学歴はそれなり。病気知らずの健康体であったはずだが、平均年齢へ届く前に病死。死因はストレス性とも。一人っ子で両親は既に他界。葬儀は顔も知らない親戚によって恙なく終えたが、主人公の知るところではない。


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