20. 野盗の襲撃
累計ユニーク1万人突破していました。ありがとうございます!
いよいよ冬の足音が近づいてきた。
薪ストーブすら存在しない時代で、暖をとれるものといったら火鉢だ。カイロ代わりの温石だって、持ち歩くにはちょっと重い。一個で我慢するには寒すぎる。
舎弟どもは乾布摩擦がブームだ。
ふんどし姿の野郎どもが、鼻息荒く手拭いを扱っている様は見ているだけで暑苦しい。湯気が立つくらいの勢いでやっているが、参加したいとは思わない。一度だけ試したが、体が温まるどころか肌がボロボロになった。むけるのは尻の皮だけで十分だ。
そのうち丈夫になって、気持ちよくなるというのは成政の主張。
別の意味で顔を赤くしているのかと疑いたくなるが、本人の尊厳のためにも黙っておこう。仮にそういう趣味に目覚めていたとしても、俺は協力できない。拝まれてもしたくない。
「食べ物、あんまりなかった」
しょんぼりと項垂れるのは、幸だ。
俺が飴をやった村の子供といえば分かるだろうか。子供たちの中でも一番舎弟たちに懐いていて、物覚えもかなりいい。それに気付いた沢彦が、色々教えているようだ。
食べられるキノコや野草の見分け方は、幸が一番得意になった。
そんなわけで日々の食料調達に、村から近い山林へ出かけている。もちろん一人で行かせる真似はしない。薪に使える枯れ枝集めたり、川で魚を釣ったりする担当がついていく。
「幸のおかげで、備蓄に余裕がある。冬を越すくらいはいけるだろ」
「うん……」
ひもじい思いをした経験から、食べ物の話題はとてもデリケートな部分だ。
今も状況は全く改善されていない。
凍えて死ぬのだけは避けられたというだけで、春になってからが勝負どころだ。それでも雪が積もらないのなら、やれることはやっておきたい。猿に灌漑について聞いてみたところ、見当もつかないということだった。
田んぼの近くに小川が流れている理由までは知らなかった。
そこで「助けて、沢彦先生!」である。
「灌漑……ほう、三郎様も考えましたな」
「稲作業がこれだけ広まっているんだから、灌漑事業は昔からあったはずなんだよ。不作になるのは天候や自然の要因だけじゃなく、水田の整備がちゃんとできていないからだと思う」
「そこまで分かっているのに、灌漑が分からないと」
「その可哀想なものを見る目は止めろ。言葉の意味は分かんだよ! どうやって水路を引くか、どこまで田んぼにしていいのかっていうのがさ」
「好きになさればよろしい」
「あのな、沢彦」
「村の再建は、三郎様の肩にかかっているのです。そして、ここにいる者たちの中で最も身分が高いのも三郎様。であれば、思いつくままに作り直していっても誰一人文句は言いますまい」
「それでまた、不作になったらどうするんだよ」
小さくて恨めしい声が出てしまった。
そうだ、俺が積極的に参加せずに田んぼも放置してきた理由はこれだ。
手を加えなければ来年の収穫も不可能だというのは分かりきっている。だが蔵から無理にコメを出させて、先行出資として色々借りたものを返せるだけの収穫は見込めない。それこそ現代日本でやっている稲作をそのまま取り入れない限り、絶対無理だ。
こうなってくると、無性に逃げ出したくなる。
見なかったふりをして、時間が経過するのをじっと待つ。
そうしたら、そうしたら村は全滅しているだろう。幸も皆も死んで、廃村が残る。舎弟たちも俺を見限って、俺は独りぼっちになる。いや、嫡男ですらなくなれば武士でもなくなるのか。
「っだー!! 五郎左……はいねえのか。半介!」
「はっ」
「俺を殴れ!!」
「承知!」
直後、すごい衝撃が来た。
俺の代わりに、歯が一本飛んでいった。たぶん親知らずだ。歯医者もない時代に歯を抜く方法なんて怖い想像しかできなくて放置していたアレが、空高く舞う。
「なんだっけな。下の歯は投げろとか、上の歯は埋めろとか」
「大御ち様の教えでござるか」
「いや、もっと古いやつ」
前世のことを表すなら、その言い回しが合うと思った。
俺たちが半介と呼んでいるのは佐久間信盛。何度も追い返しているのに平然と村に現れて、とうとう完全に舎弟の一人として居ついてしまった若武者だ。ちなみに佐久間家当主の座も譲られたそうで、これで誰にも文句は言わせないとか威張っていた。
ムカついたから、ハリセンで叩いておいた。
「若様!! お耳に入れておきたいことが……くっ、遅かったか」
「えっ、何? 何があったんだ、五郎左」
見廻りに出向いていたはずの長秀がこちらへやってくるなり、がくーっと両膝をついた。
単純に、そこで力尽きた感じではないな。
俺の顔を見てから、おかしくなった。つまり俺に何かあった。うん、何があったのか、全く心当たりがないな。親知らずが一本抜けたくらいだ。
「てめえ、半介。なに自然な感じに三郎様に寄り添ってやがんだ。ぶちのめされてえのか……って、三郎様!? 顔が腫れてるっすよ」
「うむ。力いっぱい殴れ、と命じられたゆえ」
「紛らわしいことをするんじゃねえ!!」
おっ、長秀が復活した。
信盛と全力でジャレ始めたので、呆然としている利家から聞くことにした。
「何があった」
「はい。野盗っす」
「……悪い、端的すぎて全く分からん」
「えーと、あー……いつだったか、野盗が出没して関所を抜けたばかりの商人たちが襲われたー。とかいう話があったじゃないっすか。アレっすよ。なんか一番厄介な方が、この近くで悪さしているそうっす」
「被害に遭った人間に話を聞くことはできるか」
「あ。その、全員死んでたそうで」
「そうか」
見知らぬ彼らに、黙祷を捧げる。
前世でも毎日人が死んでいた。だが、それはひどく現実味の薄い話であって自分に関わるようなことはなかった。いつか死ぬと分かっていても、それが明日か今日かという問題を突きつけられたのは病気なってからだ。
病死と、殺人は違う。
この手も、とっくに血で汚れている。
初陣のことはほとんど覚えていないが、ちっとも楽しくなかったのは確かだ。この時代に生まれ変わってから、何人もの死体に触れた。若様だからやらなくていいと言われても、棒切れみたいに立って見物しているのだけは嫌だった。
「犬」
「わんっ」
反射的に手が出た。なんでだろうな。
「松、猿、一益、それから恒興も呼んでこい。幸、そこで聞いていたな。ガキどもを共同住宅から出すんじゃねえぞ。大人もだ。俺がいいと言うまで、絶対に出てくるな」
「ごはんは?」
「作ったのを届けさせる。そう長くはかからない、安心しろ」
「ん」
さて、何日かかるか。
罠を張って待つのが一番確実だが、この村を嗅ぎつけられると厄介だ。いつものように領民からの陳情で、物好きな若様が動いたことにしなくてはならない。
「一益がいれば、斥候に向かわせるんだがな」
今は城に詰めている。利家が戻るまで、しばらくの猶予があった。
「殿、妙案がござる」
「却下」
「な、なにゆえかっ」
「その『わしにいい考えがある』って顔する時には、たいてい周りの人間巻き込んでえらい目に遭うって相場が決まってんだよ。だから採用不可。万、行け」
長秀は片眉を上げて、こちらを見た。
自分がそういうのに向いているとは思っていないからだろう。
「半介は『次期当主』を守るだろうが、この先は俺たちの領分だ」
「成程。御意のままに」
長秀はとにかく器用で、文武両道の男だ。
舎弟たちの中で最も信頼を置いている、といってもいい。俺は有能なだけの人材は必要としていない。身分の隔てなく、俺の意図を汲んだ上で立ち回れる手駒を求めているのだ。
頼もしい背を見送っていると、信盛が例の目力で睨んでいた。視線の向く先も、山林。
面白くなりそうな予感がした。
幸:村の子供。名前がなかったので、信長が名付けた




