205. 天をも欺く大芝居
今日も今日とて朝早くから傍に控える明智十兵衛。
「…………は?」
たっぷり贅沢に時間を使ったあんぐり十兵衛。
驚きすぎて口を閉じるのを忘れている。というのも、俺がトンデモナイことを提案したからに他ならない。織田の者たちは俺の言動に慣れきっているせいもあって、なかなかに新鮮な反応だ。一人でニヤニヤ笑い始めたら「何か企んでいる」徴らしい。
それ、頭のオカシイやつだと思われてない? 俺、だいじょうぶ?
命の心配よりもケツの心配をしなければならないのに、頭の心配までしたくはない。いつの時代でもカネと権力を握っている者は魅力的に映るのだ。とはいっても、馬鹿犬を含めた元舎弟たちは子供時代からオカシイやつらだった。
急に泣き出したり、叫んだりしていた。
「ああ、なんだ。土地柄か」
声に出してみると、妙にしっくりきた。
「一人で納得しないでいただきたい! 私はまだ、あなたの言わんとするところまで察する領域には達していないのです。その代わり……とは申し上げたくはありませんが、ご説明いただければ側近以上の働きをしてみせましょう」
「お、おう? やる気十分だな、金柑頭」
「十兵衛とお呼びください」
「え、ヤダ」
何も考えずに即答したら、ぶんむくれた子供みたいになった。
意外にこいつって、感情豊かで表情くるくる変わるやつなのだろうか。ぎゃんぎゃん喚いているところしか見たことがないのだが、周囲の評価は「冷静で聡明、そこそこ情に厚い」という。野心があるわけでなく、純粋に将軍義昭を支えようとしていた。
(その忠誠心が俺に牙をむくのか)
何のために? パワハラに堪えられなかったからか、幕府を潰したからか。
「通称で呼ぶのは普通だろ。俺、そういうのキライ」
「側近の皆さまには通称で呼んでおられるではありませんか」
「ええい、恒興みたいな駄々をこねるな!」
特にコダワリなんてないのに、こうも食い下がられると余計に呼びたくない。
それに話が完全に逸れちまった。金柑頭のくせにフリーズ期間が長すぎるのだ。漬けておけば美味しくなる果実と違って、人間の方は面倒臭さが増す。
大体、金柑に話す予定はなかった。
たまたま目に入ったから、話してみようという気になっただけだ。来たるべき時に備えて一線を引くのではなく、抱きこんでしまえばいいのではないかと――。
「……信長様」
「んだよ」
「今、この時期に新たな城を築くということは、公方様への宣戦布告と受け取られても仕方なきことにございます。松永・三好が畠山を攻めてから間もありませぬ。帝の勅令を無視することにもなりましょう」
「戦のための城だと、誰が言った? ほんっとーに察しが悪いな、金柑頭」
「ぐっ」
悔しそうに声を詰まらせる光秀はあんまり悪くない。
それがこの時代の常識だ。そして俺が常識破りの型破りな第六天魔王様だと、ちゃんと理解できていないらしい。所属が変わって十日かそこらで慣れろ、というのも酷な話か。本物の信長なら、そんな無茶ぶり余裕だろうなと思いつつ小心者な俺には無理だった。
「美濃から京まで遠すぎんだよ。中間地点に城があったら、道程が半分で済むだろ」
「! 経費の削減にもなりますね」
「近江国周辺はまだ戦火の爪痕が残っている。街道整備もこの際、一気に進めておきてえんだ。道が広くないと、でかい荷物が運べない。物流が滞るってことは、遠方への伝達も遅れるってことだ」
「なるほど。美濃尾張が急速に発達したのは、主要な街道を整備したからなのですね。関所を減らし、数多の道標を設置したのも人民を思う故の施策! 国を守るためと称して悪路を重んじるは愚の極み。主要な街道の周辺は見晴らしも良く、兵を伏せることもできませぬ。賊も隠れることができないため、村の安全も確保できる。外への警戒をしなくていい分、各々の仕事に専念でき、より質の高い作物が得られる。尾張の民は平和ボケしていると影口を叩く者もおりますが、その平和の礎を築いたのは」
「ストップ。マテ、だ。いい加減ダマレ」
扇子で金柑デコを叩いて、強制終了させた。
可愛さあまって憎さ百倍の逆みたいなことが起きている。前世では当たり前だったことを、この時代で実現しようとしてみただけだ。俺の理解度・記憶力が心許なかったのもあって、叶わなかったことの方が多い。
同時に、やりすぎたとも思っている。
あれだけ歴史が変わることを恐れていたのに、文明の発展を大きくゆがませた。できるかなと思ったらほんとうにできちゃった、と笑っていられたのは昔の話だ。そのせいで今川義元に目をつけられ、虎のおっさんには色々やられて、軍神とは呑み友だ。畿内の狸共に白羽の矢を立てられて、すっかり中央政権に関わる身分になってしまった。
間接的にとはいえ、天皇直々の手紙が届く有り様だ。
(あー、うちのバカ息子は皇族がいる寺をツブしたこともあったな)
全く、どえらいところまで来てしまった。チキンハートな俺には荷が重い。
それでも今更、引き下がれやしない。細川様の謀略で、義昭のことも見捨てられなくなっている。奴が一人で幕引きできないのなら、手を貸してやりたいと思っている。
「これは機密事項なんだがな……。近々、大規模な軍事演習を計画している」
「軍事演習、でございますか」
俺がこそっと耳打ちすれば、光秀はぽそっと小声で応じた。
「大規模といいますと、信長様御自ら出向かれるので?」
「おう、対戦カードは足利家vs織田家だ。俺が出るなら、ば……公方様も出ないわけにはいかないだろうからな。ついでに民の避難訓練も兼ねるか」
戦をやる度に、戦争孤児やら難民が増えても困る。
それが世の常、人の業と流してしまうのは容易い。死ぬべき人間を生かす可能性はあるが、どうあっても大きな流れは変えられないと俺は知っている。要するに、だ。結果的に光秀が「謀反を起こした」ことになればいいのだ。
さーて、場所はどこがいいかなあ。
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「宇治がよろしいかと存じます」
相変わらず腹の底が読めない柔和な微笑みを浮かべ、細川様は言った。
すっかり忘れていたが、光秀と細川様は将軍家で繋がっている。今では主君と仰ぐ相手を信長に切り替えた、という点も同じだ。光秀自身は京奉行である貞勝と色々な打ち合わせ中だが、細川様に軍事演習のことを知らせたらしい。
(そういえば、光秀の娘も美少女らしいなあ)
宝珠のように美しいから「珠子」と名付けられたと聞く。
美しさなら織田家も負けていない。お市も、その娘たちも美人揃いだ。マダムキラーな弟、いつの間にか親衛隊ができていた我が子たち。周りは皆、美形。俺だけが平凡、もやしっこ三郎。ちなみに自虐ネタとして使っていた「モヤシ」は、なんと薬扱いだった。道理で反応が鈍いわけである。
(暗所で大豆を育てるだけだし、水管理をしっかりやれば作れるかも?)
問題は腐りやすいことだが、育ったらすぐ食べるようにすればいいか。
必ず火を通すように徹底すれば、ある程度の食中毒は防げる。そして何よりも、料理のレパートリーが増える。モヤシは貧困の味方だ。早速、栽培計画を練らねば。
「信長様、全く聞いておられませんね?」
「……あ、あー、宇治川を渡るのは結構つらくないか」
川を挟んで両軍が睨み合うのは、よくある戦の光景だ。
宇治川は琵琶湖から大阪湾へ流れ込む大きな河川で、鰻がたくさんいる。いきなり二条城へ攻め込んでも軍事演習にならないので、ある程度の広さは必要だ。畿内は長らく戦火にさらされてきたので、復興が遅々として進まない。駐屯していた織田勢がいなくなると、途端にやる気をなくす地域もあるらしい。
「殿は槙島をご存知ですか? 宇治川が流れ込む巨椋池の北にある城なのですが」
「俺はあんな巨大な湖を、なんで池と呼んでるのか理解に苦しむ。中にいくつも浮き島ができていて、長島もビックリな状況じゃねえか」
「長島は複数の川が重なった結果、中洲ができているので巨椋池と異なります。……話を戻しますが、槙島城主真木島昭光は公方様から偏諱を受けた幕臣なのです」
「巻き込まない手はない、ってか」
「宇治川と巨椋池に囲まれた天然の要害でございますれば、追い詰められた公方様が最後の砦として頼っても不思議ではありますまい。まずは二条城から出ていただき、槙島へと追い込みます。洛外の者たちは慣れておりますゆえ、こちらからの避難指示は必要ないでしょう」
「直しかけた町をぶっ壊すと言われてんのに、名案だなって俺が頷くと思ったか」
「戦に犠牲はつきものですよ、殿」
俺は答えず、目を眇める。
考えていることはお見通しであることくらい、最初から分かっていた。先の小競り合いに端を発する、織田家と将軍家の軍事演習という名の合戦絵図。自軍で兵士を鍛える訓練と、そもそもの意味合いが違うのだ。
朝廷は、俺と義昭が仲良くすると困る。
義昭は、もう幕府の人間を抑えきれない。そもそもが担ぎ上げられた急造の神輿だ。俺が全力でバックアップに努めたとしても、既に屋台骨がぼっきり折れていた。義輝が暗殺された時点で、足利幕府は終わっていたのだ。
貴族位なんぞいらんという主張も、変に曲解されている節がある。
「こんだけ期待されたら、天下獲りにいくしかないよなあ」
「おお、ついにご決断なされましたか」
「……嬉しそうな顔してんじゃねえよ、狸が。義昭には隠居してもらうが、将軍家に繋がる勢力はいくらか削いでおく必要がある。それが終わったら、西か」
「東はいかがなさいますか?」
「雲が動くのを待つ」
顕如不在の本願寺勢も気になる。
石山付近に動きなしと報告を受けているが、将軍家とやり合うことになったら動くかもしれない。あくまで「軍事演習」と言い張っておく。ちっとも信じる気がない細川様には「天下獲り」と言っておく。
「軍団の再編が必要だ。次の結果如何で、調整することになるだろうな」
「御意」
「あ、それから佐和山の方に連絡頼む。安土計画、始動だ」
「皆も奮い立ちましょう」
上機嫌で去っていく細川様を見送り、一人になってから肘置きに寄りかかった。
ああ、緊張した。怖かった。ダメです認められませんなんて言われたら、どうしようかと思った。あそこで「天下獲り」と言わなければ、細川様は頷かなかっただろう。後で光秀が憤慨するのは織り込み済みだ。
怒鳴り込んできたところで、上手く言いくるめる。
どうやら常識破りでも、きちんと筋を通せばいいらしい。人民のために世の中を良くしたいという気持ちは本物だと思う。根が真面目過ぎて、ふざけ放題あそび放題の俺が気に食わなかっただけなのだろう。
将軍家への忠誠心も完全に失ったとは思えない。
義昭を殺すと言えば、たちまちに不信感を募らせる。どうにも注目されているというか、値踏みされているというか、執拗に観察されている気がしてならない。
「明智十兵衛光秀、せいぜい上手く『裏切って』みせろよ……?」
奴の行動が、俺たちの命運を分ける。




