18. 馬廻り衆
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俺の頭上よりも高いところで、きゃっきゃっとはしゃぐ子ども。
「つぎね、つぎは……あっち!」
「…………」
「ええと、正直すまんとは思っている」
「若様が頭を下げられることは何もございませぬ」
長秀、それは怒っているっていうんだぞ。
すっかり拗ねてしまった子供を宥めるうちに、なんと肩車を所望されてしまった。父親が生きていた頃、一度だけしてもらったことがあるそうだ。本人ではなく、まだ小さかった弟が。
このやせ細った子供の家族はもういない。
俺が村にやってきてから、何人かの死体を見た。子供が独りぼっちになったのは、それより前のことらしい。父親は少し前の戦に出て、帰ってこなかった。母親と弟はある日突然、ぴくりとも動かなくなった。
死んだ村人はどうしたのかと聞けば、村の外れを示した。
調べさせたところ、大量の骨が見つかった。
それらをまとめて穴を掘り、埋める。一人ずつ墓を作ってやることはできないが、寺へ持っていくよりはいいだろう。本来はそうするのがいいと分かっている。
だが子供の泣きそうな顔を見ていると、村から遠い寺まで運ぶのは躊躇われた。
運ぶ手間も省けたし、これはこれでいいんだと言い聞かせる。
脳裏に、毒で死んだ娘のことが浮かんだ。
「俺は馬鹿で、どうしようもないダメ人間だ」
はっきりと口にする。
長政たちが驚いた顔で見ているが、気にしない。
「武芸も大して上達しないし、勉強もサボってばかりだ。沢彦の説法は面白いが、眠くなる。村を救う有効な手も思いつかないくせに、見捨てることができない。信行のことも」
素行の悪さだけでなく、考えの甘いところも家臣たちは見抜いたのかもしれない。
あれでも、おそろしい親父殿について時代を生きてきたのだ。
信行を担ぎ上げようという考えもまた、生き延びるための策なんだろう。だが、俺には乗っかってやる義理も筋合いもない。歴史が変わることだけは、ダメだ。
俺が織田家を継いで、周囲を蹴散らして、上洛して――。
「若様は、いつも遠くを見つめておられますな」
「悪いか? 次期当主たるもの、先見の明を持てと爺にはよく言われるぞ」
「間違っているとは申しませぬ。ですが、たまには下を見るのも肝要かと存じます」
言われるまま、足下を見る。
茶色の地面がある。
草の一本も生えていない痩せた土地だ。石みたいに固くて、人力で掘り起こすのは女子供の力で難しい。耕すついでに区画整理して、灌漑を取り入れる。灌漑事業の詳細はよく分からないから、詳しそうで理解が早そうな奴を探してくるのが先か。
言うは易く、行うは難し。
「とりあえず、やってみるしかないな!」
「それがしもお付き合いいたします」
「おう、頼もしいな」
「それがしもおつきするー」
「…………」
「…………」
「お前は女の子だから、それがしとか言うな。わたし、とかあたしって言え」
「あたち?」
ちょこんと首を傾げる。かわいいな、うん。
今日は端切れを合わせた着物を纏っていた。裁縫の得意な女たちが、あっという間に何着も仕上げてくれたのだ。これは内職の代価として、いくらか払っている。
噂を聞きつけてか、色々な仕事を請け負いたいという話が舞い込むようになった。
まだ一週間も経っていないんだがな。
順調すぎて、ちょっと怖い。
「共同住宅、早くできるといいな」
「はい」
「みんなでいっしょにすむの? ノブナガもいっしょだよね」
「若様は城に戻られる」
「えーっ」
長秀の固い声に、子供が抗議の声を上げた。
途端にわらわらと小さな生き物が群がってくる。さっきまで仕事をしていた大きな子供も、親にくっついていた幼い子供も一緒くただ。
「お、お前らどうした!?」
「ノブナガ、帰っちゃうやだ」
「いっしょがいい」
「あそんで」
「おなかすいた」
「やだー!」
うん、要領を得ない。
思い思いのことを叫ぶので、どう答えればいいか分からないぞ。発端となった子供は、長秀の上で泣くのを堪えている。こいつが一番、まともに喋られるんだがな。
識字率の低さは、知性の低さにも繋がると思う。
統治者には都合がいいだろう。
文字が書けるというだけで、ステータスになる。身分が高い、偉いんだと告げるだけで民はひれ伏す。どう偉いか、どれだけ偉いかは関係ない。理解もできない。働けと言われても、言われただけのことしかできない。腹が減っても、どうすれば食べ物にありつけるのか分からない。
そして飢えて、死んでいく。
病気になった時も、薬の存在や症状に対する処置を知らなければ悪化するだけだ。昔は平均寿命が極端に短かったというのも、医学が一般的に広まっていないから。沢彦のような博識人間がたくさんいれば違うんだろうが、坊さんの数も限られている。
辺境に行けば行くほど、寺は少ない。
「ん? 待てよ」
「いかがなさいましたか」
「なあ。こいつら全員、舎弟に」
「お止めください」
「最後まで言わせろよ」
「尾張の民のうち、子供がどれだけいるとお思いですか。その子供をすべて舎弟になさるおつもりか」
ぐっと詰まった。
長秀の言いたいことが分かってしまう。同情や哀れみで、特別贔屓する対象を作るなというのだ。贔屓は嫉妬を生む。まして身分の低い農民を重んじれば、武家の反発は必至だ。
士農工商、という身分制度がある。
武士の次に農民、そして職人や商人たちといった感じに身分が下に進む。これが確立したのはいつの時代だったか覚えていないが、武家よりも農民が下なのは変わらない。
「しゃてー」
「なる!」
「そしたら、おなかいっぱいになる?」
「なるー!」
子供たちが騒いでいる。
やせ細った手の全てを、握ってやることはできない。
俺の体は一つきり、手足は二本ずつ、頭が一つで胴も一つだ。縋ってくる手を掴もうとすれば、触れることも叶わなかった手がある。
この村を救えば、別の村も救えと言われるかもしれない。
「万」
「はい」
「俺はこいつらを舎弟にするぞ」
「若様!?」
「まあ、聞け。ずっと考えていることがある。俺にはやるべきことが山のようにあるが、この体が一つしかないために手が回らない。そして、ここにたくさんの手がある」
「農民ですぞ」
「ああ、農民だ。戦になれば、足軽として駆り出される」
一領具足を始めたのは長曾我部元親だった。
兵農分離――戦専門の常備兵と、農業専門の民に分けること――が進んできた頃に、自分の土地を持った足軽を育成し始めたんだったか。今の足軽は基本的に、土地を持たない。こうして耕している田畑はあくまでも間借りしているものだ。
先祖代々の土地とかいっても、開墾した民は豪農になっている。
ワンランク上の農民ってことだよな。実際に田畑で作業するのは小作人の仕事だ。雇われの身なので、その土地に根差しているわけじゃない。ヤバくなったら逃げるし、上の事情で仕事場を奪われることもあるわけだ。
なんで、そういうのは知っているかって? 知り合いに詳しいのがいんだよ。
織田信長も専用部隊みたいなのを創設したらしい。その名も――。
「馬廻り衆を作りたい」
俺はずっと考えていた。
圧倒的に手が足りない。手駒が欲しい。
一益の滝川氏は忍一族かもしれないが、伊賀甲賀ほどの力は持っていないだろう。戦国大名のほとんどがお抱えの忍集団を持っているのに、俺だけいないのはおかしい。情報不足で、それこそ歴史通りに49歳の人生を終えるなんて絶対に嫌だ。
「馬廻り……、今は藤吉郎がおりますが」
「そうだ。猿に管理させる。今もちょいちょい木下家の人間が来てくれているだろ。まとめて面倒を見ると言えば、猿が勝手に知恵を働かせるぞ」
「ふむ」
長秀が子供たちを見やった。
鋭い視線が合うと、たちまち逃げていく。
中には俺の陰に隠れようとするのもいて、くすぐったさを我慢するのが非常に難しい。ええい、どさくさに紛れて尻を触るな。足に巻きつくな。歩けなくなるだろうがっ。
「女もおりますが」
「内職をさせる。具足の手入れは女にもできる。裁縫の技術は大したもんだ、ってお前も褒めていたじゃねえか。できなきゃ諦める。この中の何人かが使い物になりゃあいい」
「あたち、がんばるよ!」
元気のいい声がきっかけとなり、子供たちが一斉に騒ぎ出す。
キラキラとした目を向けられるのは悪い気がしない。子供らしいと思う。最初にこの村を来た時、まさしく生き地獄だった。飢えて、死ぬだけの人間が走り回っている。
自分で意思を訴えてくる。
「がんばったら、ごはんをたべられるんでしょ。だからがんばる」
「ああ、そうだ。働かざる者食うべからずだ」
頭を撫でてやると、嬉しそうに笑った。
それは飢饉の村で、初めて見る曇りない笑顔だった。




