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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
雌伏編(天文13年~)
24/284

18. 馬廻り衆

5万PV突破、ありがとうございます!

 俺の頭上よりも高いところで、きゃっきゃっとはしゃぐ子ども。

「つぎね、つぎは……あっち!」

「…………」

「ええと、正直すまんとは思っている」

「若様が頭を下げられることは何もございませぬ」

 長秀、それは怒っているっていうんだぞ。

 すっかり拗ねてしまった子供を宥めるうちに、なんと肩車を所望されてしまった。父親が生きていた頃、一度だけしてもらったことがあるそうだ。本人ではなく、まだ小さかった弟が。

 このやせ細った子供の家族はもういない。

 俺が村にやってきてから、何人かの死体を見た。子供が独りぼっちになったのは、それより前のことらしい。父親は少し前の戦に出て、帰ってこなかった。母親と弟はある日突然、ぴくりとも動かなくなった。

 死んだ村人はどうしたのかと聞けば、村の外れを示した。

 調べさせたところ、大量の骨が見つかった。

 それらをまとめて穴を掘り、埋める。一人ずつ墓を作ってやることはできないが、寺へ持っていくよりはいいだろう。本来はそうするのがいいと分かっている。

 だが子供の泣きそうな顔を見ていると、村から遠い寺まで運ぶのは躊躇われた。

 運ぶ手間も省けたし、これはこれでいいんだと言い聞かせる。

 脳裏に、毒で死んだ娘のことが浮かんだ。

「俺は馬鹿で、どうしようもないダメ人間だ」

 はっきりと口にする。

 長政たちが驚いた顔で見ているが、気にしない。

「武芸も大して上達しないし、勉強もサボってばかりだ。沢彦の説法は面白いが、眠くなる。村を救う有効な手も思いつかないくせに、見捨てることができない。信行のことも」

 素行の悪さだけでなく、考えの甘いところも家臣たちは見抜いたのかもしれない。

 あれでも、おそろしい親父殿について時代を生きてきたのだ。

 信行を担ぎ上げようという考えもまた、生き延びるための策なんだろう。だが、俺には乗っかってやる義理も筋合いもない。歴史が変わることだけは、ダメだ。

 俺が織田家を継いで、周囲を蹴散らして、上洛して――。

「若様は、いつも遠くを見つめておられますな」

「悪いか? 次期当主たるもの、先見の明を持てと爺にはよく言われるぞ」

「間違っているとは申しませぬ。ですが、たまには下を見るのも肝要かと存じます」

 言われるまま、足下を見る。

 茶色の地面がある。

 草の一本も生えていない痩せた土地だ。石みたいに固くて、人力で掘り起こすのは女子供の力で難しい。耕すついでに区画整理して、灌漑を取り入れる。灌漑事業の詳細はよく分からないから、詳しそうで理解が早そうな奴を探してくるのが先か。

 言うは易く、行うは難し。

「とりあえず、やってみるしかないな!」

「それがしもお付き合いいたします」

「おう、頼もしいな」

「それがしもおつきするー」

「…………」

「…………」

「お前は女の子だから、それがしとか言うな。わたし、とかあたしって言え」

「あたち?」

 ちょこんと首を傾げる。かわいいな、うん。

 今日は端切れを合わせた着物を纏っていた。裁縫の得意な女たちが、あっという間に何着も仕上げてくれたのだ。これは内職の代価として、いくらか払っている。

 噂を聞きつけてか、色々な仕事を請け負いたいという話が舞い込むようになった。

 まだ一週間も経っていないんだがな。

 順調すぎて、ちょっと怖い。

「共同住宅、早くできるといいな」

「はい」

「みんなでいっしょにすむの? ノブナガもいっしょだよね」

「若様は城に戻られる」

「えーっ」

 長秀の固い声に、子供が抗議の声を上げた。

 途端にわらわらと小さな生き物が群がってくる。さっきまで仕事をしていた大きな子供も、親にくっついていた幼い子供も一緒くただ。

「お、お前らどうした!?」

「ノブナガ、帰っちゃうやだ」

「いっしょがいい」

「あそんで」

「おなかすいた」

「やだー!」

 うん、要領を得ない。

 思い思いのことを叫ぶので、どう答えればいいか分からないぞ。発端となった子供は、長秀の上で泣くのを堪えている。こいつが一番、まともに喋られるんだがな。

 識字率の低さは、知性の低さにも繋がると思う。

 統治者には都合がいいだろう。

 文字が書けるというだけで、ステータスになる。身分が高い、偉いんだと告げるだけで民はひれ伏す。どう偉いか、どれだけ偉いかは関係ない。理解もできない。働けと言われても、言われただけのことしかできない。腹が減っても、どうすれば食べ物にありつけるのか分からない。

 そして飢えて、死んでいく。

 病気になった時も、薬の存在や症状に対する処置を知らなければ悪化するだけだ。昔は平均寿命が極端に短かったというのも、医学が一般的に広まっていないから。沢彦のような博識人間がたくさんいれば違うんだろうが、坊さんの数も限られている。

 辺境に行けば行くほど、寺は少ない。

「ん? 待てよ」

「いかがなさいましたか」

「なあ。こいつら全員、舎弟に」

「お止めください」

「最後まで言わせろよ」

「尾張の民のうち、子供がどれだけいるとお思いですか。その子供をすべて舎弟になさるおつもりか」

 ぐっと詰まった。

 長秀の言いたいことが分かってしまう。同情や哀れみで、特別贔屓する対象を作るなというのだ。贔屓は嫉妬を生む。まして身分の低い農民を重んじれば、武家の反発は必至だ。

 士農工商、という身分制度がある。

 武士の次に農民、そして職人や商人たちといった感じに身分が下に進む。これが確立したのはいつの時代だったか覚えていないが、武家よりも農民が下なのは変わらない。

「しゃてー」

「なる!」

「そしたら、おなかいっぱいになる?」

「なるー!」

 子供たちが騒いでいる。

 やせ細った手の全てを、握ってやることはできない。

 俺の体は一つきり、手足は二本ずつ、頭が一つで胴も一つだ。縋ってくる手を掴もうとすれば、触れることも叶わなかった手がある。

 この村を救えば、別の村も救えと言われるかもしれない。

「万」

「はい」

「俺はこいつらを舎弟にするぞ」

「若様!?」

「まあ、聞け。ずっと考えていることがある。俺にはやるべきことが山のようにあるが、この体が一つしかないために手が回らない。そして、ここにたくさんの手がある」

「農民ですぞ」

「ああ、農民だ。戦になれば、足軽として駆り出される」

 一領具足を始めたのは長曾我部元親だった。

 兵農分離――戦専門の常備兵と、農業専門の民に分けること――が進んできた頃に、自分の土地を持った足軽を育成し始めたんだったか。今の足軽は基本的に、土地を持たない。こうして耕している田畑はあくまでも間借りしているものだ。

 先祖代々の土地とかいっても、開墾した民は豪農になっている。

 ワンランク上の農民ってことだよな。実際に田畑で作業するのは小作人の仕事だ。雇われの身なので、その土地に根差しているわけじゃない。ヤバくなったら逃げるし、上の事情で仕事場たんぼを奪われることもあるわけだ。

 なんで、そういうのは知っているかって? 知り合いに詳しいのがいんだよ。

 織田信長も専用部隊みたいなのを創設したらしい。その名も――。

「馬廻り衆を作りたい」

 俺はずっと考えていた。

 圧倒的に手が足りない。手駒が欲しい。

 一益の滝川氏は忍一族かもしれないが、伊賀甲賀ほどの力は持っていないだろう。戦国大名のほとんどがお抱えの忍集団を持っているのに、俺だけいないのはおかしい。情報不足で、それこそ歴史通りに49歳の人生を終えるなんて絶対に嫌だ。

「馬廻り……、今は藤吉郎がおりますが」

「そうだ。猿に管理させる。今もちょいちょい木下家の人間が来てくれているだろ。まとめて面倒を見ると言えば、猿が勝手に知恵を働かせるぞ」

「ふむ」

 長秀が子供たちを見やった。

 鋭い視線が合うと、たちまち逃げていく。

 中には俺の陰に隠れようとするのもいて、くすぐったさを我慢するのが非常に難しい。ええい、どさくさに紛れて尻を触るな。足に巻きつくな。歩けなくなるだろうがっ。

「女もおりますが」

「内職をさせる。具足の手入れは女にもできる。裁縫の技術は大したもんだ、ってお前も褒めていたじゃねえか。できなきゃ諦める。この中の何人かが使い物になりゃあいい」

「あたち、がんばるよ!」

 元気のいい声がきっかけとなり、子供たちが一斉に騒ぎ出す。

 キラキラとした目を向けられるのは悪い気がしない。子供らしいと思う。最初にこの村を来た時、まさしく生き地獄だった。飢えて、死ぬだけの人間が走り回っている。

 自分で意思を訴えてくる。

「がんばったら、ごはんをたべられるんでしょ。だからがんばる」

「ああ、そうだ。働かざる者食うべからずだ」

 頭を撫でてやると、嬉しそうに笑った。

 それは飢饉の村で、初めて見る曇りない笑顔だった。


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