17. 村の再建
今日も今日とて、俺は村へ向かう。
やりたいこと、やるべきことは山のようにあるが、俺の体は一つしかない。一度に三つや四つのことを並行思考で進められるチートスキル持ちなら、この難関もあっさりクリアできただろう。
俺の舎弟たちは力仕事に強くて、頭脳労働に弱い。
三国志でたとえるなら、董卓が死んだ後の劉備だ。
頭のいい軍師がいないばっかりに、あちこちを転々とし、大事な仲間と生き別れたり、三国最強の男に裏切られたり、暗殺されかけたり、追いかけられたり――。
諸葛亮が仲間に加わった後も、逃げてたんだっけか。
イイコトないな、劉備。
それでも仁君というだけで英雄の一人に名を連ねているんだから凄い。いや、実際に凄いこともしたかもしれないが、三国志はあんまり詳しくないしなあ。漫画やアニメを見たのだって、ずいぶん昔のことだ。
「思えば遠くへ来たもんだ、ってな」
仁君どころか、魔王を名乗っちゃうんだぜ。
本来なら立場的にも曹操を見習ってみたいが、相変わらず頭脳派が絶対的に少ない。仕方ないので、猿知恵を借りて村の再興にいそしんでいるわけだ。
「若様、こっちの家もぶっ壊していいんですか?」
「三郎様! ありました、川!! 今日は魚っすねっ」
「ノブナガ、木の実とってきた。たべられる?」
「そこの子供、信長様とお呼びしろ」
「恒興、うるさい」
「な、何故私だけが!?」
「ツネオキ、うるさい」
「き、ききき……きさっまあぁ!」
元気な奴が多いと、賑やかになるなあ。
秋の収穫期を過ぎたばかりなので、田んぼは寒々しい姿をさらしている。せっかくなので整地して、ちゃんとした水路も作ることにした。飢饉の原因は米の不作だ。聞けば、若い労働力がほとんど残っていなくて、女子供と老人だけで作付けを行っていたらしい。
この時代の農作業はほぼ手作業だ。
牛馬も、それなりに裕福な家じゃないと飼えない。
そこで村全体で飼える仕組みを考案した。
痩せた牛一頭がせいぜいだが、仕方ない。収穫期を迎えるまでの食料やら、村人の衣類に至るまでを用意したら莫大な金が必要になったのだ。
ほぼツケである!
沢彦の立会いの下で証文も書いたので、商人たちも何とか頷いてくれた。
実はあの和尚、すごく有名な高僧らしい。
はあ、臨済宗? 知らない名前ですね。なーんてぼやいたら、その場で説法を聞かされた。たまたま行き会った人々は拝んでいた。みなさん拝む前に、廃嫡寸前でも織田家の長男が地面に正座していることに疑問を持とうぜ。
まとめて拝まれてるみたいで、すごくいたたまれないんだが。
……という黒歴史は横に置いといて。
おもむろにメガホンを構えた。
「松。壊す家は俺じゃなく、村人たちに確認しろ」
「はっ」
「犬は釣り竿持ってけ。釣った分の一割は食ってよし」
「よっしゃー!」
「一益、お前は犬のサポートに回れ。見張りだ」
「承知」
ハリセン同様、厚手の和紙を贅沢に使った特製メガホンだ。
散居村のあちこちに散らばっている奴らへ声を届けるため、俺が夜なべして作った。いや、嘘です。作成時間はあっという間でした。速乾性の高い糊やホッチキスがないので、紐を巻きつけて固定している。
多少の歪みはご愛敬。
いいんだよ、織田信長が不器用でも。歴史が変わるわけじゃないんだから。
「万。木材は足りそうか?」
「強度に不安はありますが、冬を越す程度には何とかなりそうです」
村のはずれに建築中の少し大きな家。
村長も既に亡く、風雨を凌ぐには心もとない家ばかりだ。ただでも弱っている村人たちが確実に冬を越せるようにするため、仮設の共同住宅を用意することにした。
長秀が家の構造を覚えたので、現場監督兼主任である。
「あとの問題は屋根……っと、瓦じゃなくて草を使っているんだな。茅っていうのか? それを育てるエリアも確保しておくには、…………うん。やっぱり地図はあった方がいい。一益に作らせるか」
蔵や城壁に塗る漆喰は泥を固めたものだ。
いや、何か混ぜていたような気がする。沢彦に聞いてみるか。俺が一人ブツブツ呟いている傍から、あり合わせの木板で屋根が形成されていく。
「はあぁ、信長様は博識じゃのう」
いつの間にか、傍に人語を話す猿がいた。
犬・松・万の三人は、利家たちのそっくりさんだ。こっそり集まっていた週一会議と違い、村の復興作業にはどうしても舎弟たちの力が必要だった。本人たちが熱烈に希望したというのもある。
だが表向きは疎遠のままであるので、よく似た他人ということにした。
傾奇者らしい派手な衣装を着た御曹司たちはここにいない。
少しずつ肌寒くなってきたというのに、片袖を脱いで見事な筋肉美をさらしている若衆がせっせと働いているだけだ。ちなみに俺も労働に加わっていないだけで、格好だけは地味である。
ふふふ、門番に誰何される程度には変装も完璧だ。
「信長様? わしの顔になんかついておりますか」
「うむ。お前だけはどうしようもないな」
どこからどう見ても、まごうことなき猿顔。
見咎められたら人間じゃない、猿だと言い張れば通じるだろうか。いや、大事な舎弟の子分をそんな風に扱うのはダメだ。どれだけ猿っぽくても、猿と呼ばれていても、彼は人間だ。
「……あ、あの、そんなに見つめられると照れます」
「名前なんだっけ」
猿がずっこけた。
「日吉じゃ! あいや、木下藤吉郎と名乗っております」
「猿でいいよな、猿で」
「の、信長様ぁ」
どうせ改名するんだから、別にいいだろ。
この情けない顔をする猿には、木下家がある村における農作業について情報を集めてもらっていた。ついでに冬も育てられる作物があればよかったんだが、心当たりはないらしい。冬は家にこもって内職をするのが一般的だという。
「あとは賦役です。大した収入にはなりゃせんが、ないよかマシってやつですな」
賦役に出向くのは男だ。
そして村には、ほとんど男がいない。この時代の農民は、農閑期に足軽として戦に参加する。生きて帰ってくれば報奨もあるが、死んだ場合は通知と最低限の金が払われる。この村みたいに町から遠く離れた土地だと、金よりも男手の方が大事だろう。
それでも命じられたら逆らえない。
美濃国は、彼らにとって仇になるのか。
俺が廃嫡すれば、蝮の娘との結婚もフイに……いやいや、それだと歴史が大きく変わってしまう。数百年先の未来のためにも、俺は織田家を継がなければならない。
「うーん。内職、なあ」
「村の人間から冬の間、何をしていたかを聞くのが早いでしょうなあ。金になりそうな仕事を教えても、モノになるかどうかは分からんし」
「……木の実」
しまった、こいつを忘れていた。
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主人公が偉そうに劉備のダメ出ししていますが、作者は三英雄の中でも劉備が一番好きです。




