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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
天下布武編(永禄8年~)
199/284

166. 殿中御掟

 貞勝が集めた面子はバラエティに富んでいた。

 近江から浅井長政と蒲生賢秀、三河から徳川家康、伊勢から北畠具房と神戸具盛、そして何故か龍興と長益も同席している。ダイエットに成功した具房は細マッチョになり、龍興は第二の頭巾男になっていた。長益の袖をずっと掴んだままなんだが、何がどうなっているのか。

 我が弟は俺の視線に対して、静かに首を振った。

 聞くな、ということか。了解。

「では始めよう」

「私から発言いたしますが、よろしいでしょうか」

「吉兵衛か。許す」

「はい。まずは近況から――」

 そういえば上洛して以来、定例評議会に出ていない。

 俺がいなくても会議を進めることはできるので、評議会の長を尚清が務めているらしい。長秀や信盛が固辞したため、家老職についたばかりの尚清に回ってきたのだ。ちなみに長近と秀隆は多忙を理由にまんまと逃げた。

 定宗と違って、飯尾家の当主は頼まれると断れないタイプである。

 俺が不在の岐阜城で城代も務めている尚清から、岩村城の遠山景任とおやまかげとうが不穏な動きをしていると報告があった。岩村遠山氏は、美濃国が土岐氏の治政にあった頃からの武家である。一時は土岐氏と並ぶ力を持っていただけあって、厳密には織田家臣には含まれない。信元と同様に、親信長派の勢力として存在していた。

「やはり武田が動くか」

「信玄殿と義兄上は同盟関係にあるはずです。遠山大和守の独断では?」

「そうだとしても、東美濃は甲斐に近い。信玄が駿河侵攻を推し進めたことからしても、領土拡大を図っているのは間違いないだろう」

「いえ、既に駿河は武田領になりました。甲相駿同盟は事実上決裂し、北条家は武田家と敵対する意思を明らかにしています。氏真殿の妻は北条氏康殿の娘です。家族の絆を何よりも重んじる北条家は、これ以上の侵略を許さないでしょう」

「だからって西にこられても困る」

「ええ、……そうなんですよね」

 しょんぼりと肩を落とす家康の気持ちも分からなくはない。

 ヤル気満々の上杉とて、いつでも戦ができるわけじゃないのだ。関東の豪族たちがもう嫌だと言えば、途端に足並みが揃わなくなる。今は北条家もヤル気になっているため、東の強豪がタッグを組んで虎を睨んでいる状況だ。

 甲斐国は貧しい。

 いつだったか、お艶が「森と山しかない」とぼやいていた。頻繁に物資の供給を行っているから織田領へ攻め込んでこないだけで、独立したばかりの三河国は格好の餌食だ。しかも尾張式農業が浸透しつつあるので、美味しくなるのを待てばいい。

 きっかけさえ分かれば、三方ヶ原の被害を抑えられるかもしれない。

「……やはり父のせいでしょうか」

「長政殿?」

 この中で「父」が存命なのは長政以外に、賢秀と具房だけだ。

 武士として戦い、あるいは誼を通じて織田家臣になった。長政は父を追放して家督を継いだことになっているが、本当は違っていたのである。正確には長政に家督を継がせたいために暴走した浅井家臣がいて、今は長政への反発心から前当主の久政と結びついている。

 それを聞いた時、俺を睨んでいた何某の顔が浮かんだ。

「そもそも私が義兄上のところへ向かったのは朝倉家の、宗滴そうてき殿の言葉があったからなのです」

「え」

「宗滴殿は病で亡くなる前、あと三年生きたかったと。織田上総介の行く末を見たかったのだと言い残したそうです。宗滴殿ほどの人物に期待される男とは一体、どんな男なのかと――」

「いつ亡くなったんだ、宗滴殿は」

「天文24年長月のことでした」

「そう、か」

 その年のことなら、よく覚えている。

 織田家待望の嫡男・奇妙丸が生まれた年だ。

 ついでに弟たちも元服したり、俺が暗殺されかけたり、清州城下の整備を進めたり、大砲に進化する前の大筒を開発したりと忙しい日々を送っていた。あの頃はまだ、自分の手の届く範囲が小さかった。

 やりたいことはたくさんあるのに、遠い未来を何より怖がっていた。

 そんな俺を見ていてくれた人がいたのか。今更、なんだか胸が熱くなる。

「兄上。宗滴殿は世が世なら、朝倉家を継ぐ御方でした。孝景殿の死後、兄の氏景殿が家督を継がれましたが、実質的な政務・軍事は宗滴殿が執っていたようです」

「宗滴殿は、祖父の恩人なのです。宗滴殿の助けがなければ、父や私は生まれていなかったでしょう。父はいつか受けた恩義を返さねばならぬ、と繰り返しておりました」

 北近江で浅井家と六角氏が争っていた頃のこと。

 朝倉家は六角氏に味方をしたが、浅井家当主だった亮政のこともよく助けたという。そこに政略的狙いがあったとしか思えないのだが、受けた恩は忘れられないというのも理解できる。新興勢力にすぎず、六角氏を正面から打ち破ったわけでもない織田家と親しくしたくないのも感情論だ。

「それで?」

「え」

「長政はどうしたい。ここには源五郎と吉兵衛がいるが、他は元々織田家と関わりのなかった家柄ばかりだ。それも北畠、蒲生は弾正忠家よりも格が上」

「一色氏もいれてくれぬか」

 ぼそりと誰かが言ったが、スルーである。

「天文24年、越後の虎と共に宗滴殿が対峙したという加賀一揆衆は、いずれ信長が平らげる相手よ。長政の親父が過去の恩を大事にするように、俺は俺の誼を重んじる」

「…………義兄上、私は」

「一つ、よろしいですか」

 貞勝を真似て、具盛が挙手したので発言を許した。

 口を開く前に挑むような目を長政へ投げたのは、これから発する言葉をきちんと理解させる意図があったのだろう。家康は何やら考え込んでいるし、賢秀はすっかり傍観者の態である。

「もしも浅井が朝倉と組んで織田と敵対するのなら、我ら伊勢衆は一丸となって相対すると宣言しましょう。それは我らが受けた恩義に報いるためではありません。この乱世を生き抜くために、正しい道であると信じているからです。そうですね、具房殿」

「う、うむ! その通りだっ」

 慌てて頷いている具房はともかく、北畠家は茶筅丸が婿入りしている。

 俺が出陣するとなれば、動かないわけにもいかないだろう。それだけの軍事力を朝倉家は有している。織田家との戦いに乗じて真宗教団が動くなら、それはそれで好都合だ。

 どっちに味方するかで、今後の方針が決まる。

「ついでに言っておくが」

 青ざめた顔の長政が、のろのろと顔を上げた。

 悩みすぎて頭がおかしくなっているらしい。俺は声を立てずに笑う。

「親父を何とかしろ、は聞かんぞ。信長と戦いたいなら、それもいいだろう。ただし、どちらを選んでも我が妹は返してもらう。幸いにして、子は生まれていないようだからなあ? 今度こそ幸せにしてくれる奴に任せる」

「市は、私の妻です!」

「嫡男いるだろ。前妻の行方は知らんが」

「な、ぜ……それをっ」

「俺を見くびってくれるなよ、長政。兄と慕ってくれるのは嬉しいが、馴れ合いたいだけなら妹ごと縁を切る。俺の兄弟に、そんな腑抜けた奴はいねえんだよ」

「それって、対武田の防波堤になれってことですよね。ハァ」

 張り詰めた空気をぶった切ってくれたのは家康の呑気な台詞だった。

 わざと悪役っぽく場を盛り上げたのに、こいつは何を考えていやがるんだ。確かに三河国が防波堤になってくれたら助かるなー、くらいは考えている。色々援助しているのも、東国に強豪がごろごろいるせいだ。過去の教訓から、国を豊かにすれば狙われにくいと知った。交渉の場が与えられるなら、生き延びる道はあるということだ。

 いや、まあ……今川義元は別だが。

 その後のことを考えれば、富国強兵は理にかなった方針である。

「武田氏といえば、若狭衆は上洛命令に応じたのか?」

「いいえ、朝倉義景殿も沈黙を守ったままです。最初の上洛の件で、公方様の救援を断ったのが尾を引いているかと」

 貞勝の回答に、思わず眉が寄る。

 おいおい、織田の前に朝倉頼って断られたのかよ。細川様はそんなこと一言も言わなかったが、少しでも心証を悪くしたくなかったからか。最初から断れない状況だった気もするので、将軍家の依頼を突っぱねられる朝倉家が羨ましい。

 東国の雄たちは忙しくて上洛どころじゃない。

 そんな中、颯爽と現れた輝虎は凄いとしか言いようがなかった。あっちに転生していたら、今頃は生きる屍になっていたかもしれない。直江状の兼続辺りは、うちの貞勝と同じポジションだろう。なんかそんな気がする。

「そういや、賢秀たちは義昭様に会ったのか?」

「謁見は済ませておりますよ。本当は、鶴千代も連れて行きたかったのですが」

「……首に縄をつけてでも連れていけ」

「岐阜城で勉学に励んでいるということで、無理に呼び戻すのも如何なものかと」

「連れていけ」

 お冬が危ないんだ。

 文通で絆されたお五徳と違って、実物がいるだけに厄介だ。嫌よ嫌よも好きの内といって、帰蝶みたいにツンデレ姫として覚醒したら俺が泣く。もう手元に残っているのはお冬だけだ。帰蝶はまだ懐妊する気配はないし、吉乃は体力的に無理だろう。奈江は帰蝶に遠慮して、あんまり触らせてくれない。

 イチャイチャするくらいなら大丈夫なんだがなあ。

 岐阜城に帰りたいなあ。

「それでですね、信長様」

「んだよ、具盛」

「紀伊国にはいつ攻め入りましょうか」

「獲らねえよ!?」

「国人衆はともかく、畠山氏が邪魔臭いんですよ。九鬼殿は熊野別当の後継を名乗っておりますし、熊野三山には前もって寄進をすることで味方へ引き入れられましょう。西国へ水軍を回すことも考えて、紀州征伐はなかなか実入りの多い戦になると思います」

 紀州に実と聞いて、梅が食べたくなる。

 だが宗教関係は迂闊に触ると火傷をするのだ。

「美濃の延暦寺でド阿呆が一悶着やらかして、寺領返還したばっかなんだぞ。この畿内――特に大和国――でも寺社を焼いたから、警戒心が高い今はそっち系に手を出したくない」

「成程。ほとぼりが冷めるのを待つ、ということですか。出過ぎたことを申し上げまして、恥じ入る思いです。今は但馬国ですね」

「だから、なんでそうなる!!」

「尼子残党を織田傘下に入れたと聞きました。出雲国で彼らが武力蜂起した際、山名氏が援助を申し出たそうです。このことから、毛利家との関係はよくないと思われます」

 ぐうと唸った。

 なんでこう、次から次へと戦しようぜ! っていう話になるんだ。戦まみれの親父を反面教師として、なるべく穏便に平穏な半生を送って謀反のない老後を目指していたのに。歴史の大きな流れを変える気はない。隅っこの陰で、ちょっとだけ長生きさせてもらえれば十分なんだ。

「それはそうと最近、公方様のなさりように苦情が出ているようです」

「ああ、毛利からも釘刺された」

 今度は賢秀かと思いながら、陰鬱な気分で頷く。

 お手紙公方を目指せって言ったのは誰であろう、俺だ。ちゃんと覚えている。あの馬鹿公方は素直に御内書というお手紙を各地に送りまくった。上洛指示だけじゃない。俺が懸念していた武田と上杉の仲裁をする文書も送っている。

 それはいい。まだマシな方だ。

 将軍として京から動けないのなら手紙を出すしかない。将軍職という重荷から解き放たれた義輝は喜々として歩き回っているが、義昭に同じことをやれとは言えなかった。

 問題はそっちじゃない。

 貞勝が本当に話したかった件も、賢秀と同じ内容だった。

「動けないからって好き勝手やってもいいわけがねえ。何考えてんだ、あいつは!!」

 俺が洛外の整備に着手していたのを真似して、洛中に手をつけ始めた。

 もちろん使うのは舎人や公家衆のツテだ。俺の真似をして、積極的に訴訟なんかを受け入れ始めたせいで、二条城に謁見を求める長蛇の列ができた。そんな中、上洛命令に従って洛中入りした輝虎は呆れ果てて越後へ帰ってしまった。

 だから、どうしてそんなにフットワーク軽いんだよ。

 自分のことは自分でやろうとするので、二条城の使用人たちにサボる奴が出てきた。仕事がないんだから仕方ないとはいえ、探せばいくらでも仕事はあるのだ。与えられた仕事だけをこなしてきた従来のやり方に慣れすぎて、義昭が考える在り方との落差も生まれている。

 説明しないから伝わらないのだ。

 目指すは織田流とばかりに急激な改革を進めているつもりが、全く進んでいない。義昭だけが一人で空回りしている。光秀や細川様たちには苦情が殺到し、そっちへの対応でてんてこ舞い。織田の京屋敷にビックリした俺が慌てて臨時休暇を与えたため、話せる相手はこっちかと貞勝に矛先が向いたというわけだ。

 ん? 間接的に俺が原因なのか。

「もはや義昭様を止められるのは、信長様以外におりません」

「言いたいことは分かるがよ、吉兵衛。俺にどうしろって言うんだ」

「『六角氏式目』のようなものを出してみますか?」

「…………アレか」

「ええ、アレです」

 胡乱な目になる俺に、賢秀が深く頷いてみせる。

 署名した者の一人として、その効力はよく分かっているのだ。義治がやらかした観音寺騒動に対する処置だったため、俗に『義治式目』とも呼ばれている。ざっと目を通したが、あんなもんを家臣から出されたら終わりだ。

 議会の不信任案か、下剋上による強制退場の方がマシである。

 よく受け入れたよなあ、義治。奴はマゾか。

長政が残念なイケメンと化していますが、彼もやればできる子なんです。開き直るか、割り切ったら強いタイプで、家康みたいなポジションを狙って連敗中。具盛も別の意味で「常に崖っぷち人生」なため、ノブナガへのアピールは欠かしません。

具房のダイエット秘話や、龍興(改)のエピソードは気が向いたら書きます多分

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