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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
天下布武編(永禄8年~)
192/284

160. 神の使いは河童頭

 ふと思い立って俺は、二条城建築現場に来ていた。

 臨時収入があったおかげで、完成予定はかなり早まったらしい。あと二か月もあれば落成式も行えそうだ。満足げな顔をして頷くのは俺、じゃなくて義昭。

「ちゃんとした御所ができるのは、素直に嬉しいと思う」

「よろしゅうございました」

「尾張守。その話し方、気持ち悪いから止めぬか」

「殴っていいですか」

「い、痛くしないのなら……」

 と言って目を瞑るので、肩を掴んで反転させた。

 その背に向かって、頭を下げる。

「申し訳ありませんでした」

「尾張守?」

「こっち向くなよ。まだ話は終わってねえ」

「わ、分かった」

「可能性に気付いていたのに、馬廻衆を配備させる程度で済ませたのは俺の落ち度です。敵を徹底的に潰し尽くす覚悟が、俺には欠けている。そのせいで、義昭様を危険に晒しました。貴重な人材を失うことになりました」

 死亡者はたった二人、されど二人。

 細川様によれば、若狭国は反織田勢力に傾きつつあった。

 俺も若狭衆の何某、としか知らない。彼らにとってはそうじゃなかった、ということだ。長政の親父が暗躍しているのか、六角親子のせいなのかは分からない。光秀に言われるまでもなく、俺の甘さが招いたことだ。否定も弁解もできない。

「二条城は、御身を守るための盾です」

「…………」

「ですが、忘れないでください。どんな堅城も、内側から崩されれば脆い。義昭様ご自身も、日々の鍛錬をお忘れなきように。そして臣下に媚びることなく、臣下を重んじ、時には厳しく接することも覚えてください。それらの全てが、御身を守る盾になりましょう」

「あいわかった」

 返事は一言だけ。

 その一言がどれほど重いかを、俺たちは知っている。背負いたくて背負った重荷じゃないが、やすやすと下ろせる荷でもなかった。義昭の進む道は、茨だらけだ。せめて少しでも傷つかないようにするのが、俺の精一杯だ。

 俺には俺の守るべきものがあるから。

「ああ、完成が待ち遠しいな」

「なんなら手伝いますか」

「うむ。それがな……、丁重に断られた」

「当たり前だ、ド阿呆」

「むむう」

 誰も彼もが忙しそうに走り回っている。

 将軍家が所有するに相応しい造りにするため、腕に覚えある職人たちを全国から呼び寄せた。細川様をはじめとする目利きの達人が厳選したから、相当素晴らしいものができるだろう。俺が作るなら実用性重視でいくところを、将軍家の威光を示すために華美な様式も取り入れる。

「殿、ちょうどいいところに」

「ん?」

 足早に近づく信盛に、片眉を上げた。

 そういえば長秀とツートップ体勢で、二条城建築の陣頭指揮を任せていたんだった。見覚えのある奴がちらほらと現場にいるのも、織田の者を使っているせいだ。佐久間一族の何でも屋業は、京でも健在である。

 その信盛の後ろに、見覚えのある黒い服がいた。

「ドロステン!!」

「イエ、違イマス。わたしノ名前ハ、るいす・ふろいすデス」

 顎がかこん、と落ちた。

 外国人を見るのが初めてらしい義昭は固まっている。宣教師の一団が京に滞在していた頃は興福寺にいたから、存在くらいしか知らなかったのだろう。肌は白く、目や髪の色も全く違う。顔の造形に至っては、日本人が「平たい顔の民族」と呼ばれるくらいだ。

 日本人から見れば、欧米人は彫りが深くて鼻が高い。

 天狗とは似ても似つかない。どちらかといえば、河童である。

「ハジメマシテ」

「お、おう。初めまして、だな」

 ドロステンといい、フロイスといい、日本語が上手すぎるだろ。

 俺たちが呆然としている間に神の祈りを捧げ、にこにこと笑いかけてきた。今生で二人目の外国人遭遇に否応なくテンションも上がる。目の前の宣教師を見つめているうちに、じわじわと実感を帯びてきた。

「お、尾張守」

「裾を引っ張るな。のびるだろ」

「こ、怖くないのか? 大丈夫なのか」

「あー」

 意地悪したくなったのは一瞬だけで。

 邪気の欠片もないフロイスの前では、自分が途方もなく穢れた人間に思えてくる。煩悩まみれの欲望だらけである自覚はあるし、戦続きで数えきれない人間を殺してきた。清廉さとは程遠く、死んだら地獄行きは確定だろう。

 勢いで背に両翼が飛び出しそうな、とは言いすぎか。

 どうせリアル天使を拝むなら、お冬やお市にやってほしい。白いドレスでお目見えした日には、赤い噴水をお約束する。いや本当に煩悩だらけだな、俺。

「ドロステンは息災か?」

「そくさい」

「元気かって聞いたんだ。というか、宣教師の一団は九州にいるんだろ。他のお仲間はどうしたんだ? あんた一人か」

「ハイ。先日、ヨウヤク堺ヘ着キマシタ。わたしノ言葉、大丈夫デスカ」

「問題ない。オッケーだ」

「ヨカッタデス」

 さすがに流暢とは言い難いが、聞きづらくもない。

 俺の予想通り、漂流してきた日本人から日本語を教わったようだ。その日本人は通訳として九州のどこかにいるらしい。ヨーロッパから複数の船が日本列島に来ている、ということだ。

「コノ城ハ、信長様ノ城デスカ?」

「違う。二条城は、将軍のおわす城だ。義昭様」

「う、うむ」

 背を押して前に進ませる。

 緊張しすぎて呂律が回っていない上に、公家流の挨拶はフロイスには難しかった。困った顔をする二人に見かねて、俺が通訳する。そこで分かったのは、フロイスの母国語が英語じゃなかったという衝撃の事実だった。

「まさかのポルトガル人」

「いえずす会ニハ、様々ナ国ノ人ガイマス。創始めんばーノ一人である、ざびえる司祭ハばすく人デシタ。日本人モ、タクサンイマス」

「それはまことか」

「嘘ハ言イマセン。ソレハ、罪深キコトデス」

 十字架を手に、フロイスは強く言う。

 彼は正真正銘の聖職者だ。

 おそらくは政治的やり取りも、一般的な言葉の駆け引きも好まないか、全く知らないのだろう。建築現場に来たのは偶然かもしれないが、俺がいる日でよかったと思う。馬鹿正直に俺の所在を訪ねて回って、ろくでもない奴らに捕まったとする。下手をすれば外交問題に発展しかねない。

 傍に控えていた信盛が耳打ちする。

「妙覚寺にて、お部屋の準備が整った由。後はそちらでご歓談を」

「ああ、分かった。邪魔をしたな。怪我にはくれぐれも注意しろよ」

「心得てござる」

 頼もしく応じる信盛と入れ替わりに、松千代たちがやってくる。

 フロイスがにこにこと挨拶してくるのを、珍しくオドオドしながら返していた。

 移動中もどこか遠巻きにしていたのは仕方ない。その代わりに俺は、フロイスと存分に話をすることができた。ドロステンは博学で、異なる言語の聖書を何冊も持っていたらしい。日本語の聖書も作っていいかと問われ、是非にと言っておく。

「殿、よろしいのですか?」

「何事も勉強だ」

「はあ」

 当たり前のようについてこようとした義昭は置いてきた。

 フロイスには悪いが、キリスト教を積極的に広めたいとは考えていない。九州にいるイエズス会のことを聞く度に、微妙に言葉を濁すのも気になった。良くない噂が流れている可能性もある。組織が大きければ大きいほど、様々な思惑が交錯するものだ。

 坊主にいい奴も悪い奴もいるように。

「おやっ、信長様。そちらは宣教師殿ではございませぬか」

 坊主の噂もしていないのに、話好きの坊主が出てきた。

「日乗……、出待ちのファンみたいなことをするなと言ってるだろ」

「いえいえ、そんな! 出待ちではございませぬ。お帰りをお待ちしていた次第にございます。いや、全く偶然にも妙覚寺へおいでになるとは露知らず」

 よく回る舌が日乗上人の取柄だ。

 坊主の説法というよりは噺家に近い。

 この時代にそういう職業があるのかはともかく、朝廷にも顔が利くらしいということで出入りを容認していた。その日乗上人が立て板に水のごとく喋り倒すのを、フロイスはとても興味深げに眺めている。日乗上人は早口だから、ほとんど聞き取れていないかもしれない。

「日乗」

「はいはい、なんなりとお申し付けください」

「フロイスと弁舌を戦わせる気はあるか? キリスト教と仏教の違いを明確にしてみたい」

「それはそれは願ってもないことにございます」

 手を擦り合わせて日乗が言う。

 その目は何故か敵意に満ちて、フロイスをじろっと睨んだ。会話がほとんど理解できていないフロイスは不思議そうに微笑んでいる。

「フロイス、日乗と宗教について話し合ってほしい。できるか?」

「モチロンデス。仏教ニハ、トテモ興味ガアリマス」

「……偉そうに」

「日乗」

 小さなボヤキもしっかり聞こえている。

 慌てて頭を下げた日乗だったが、次の瞬間にはすっかり宗教家の顔だ。フロイスもすっと表情を引き締めて、互いの間で見えないゴングが鳴り響いた。

その後

ノブナガ「おいコラ、抜刀するな! 熱くなりすぎだろっ」

日乗「止めんでください! 私にも引けぬ時があるのですっ」

ルイス「…………」

ノブナガ「そっちも(殉職の)覚悟決めてんじゃねー!!」


というやり取りがあったので、日乗上人は織田関係建築物の出入り禁止令を出されました。ついでにルイス・フロイスには護衛がついて、そのせいで周囲からは「信長のお気に入り」認定されたとか。



朝山日乗...皇居の修復を奏上したことを機に、日乗上人と名乗る。

 出家するまでに色々やらかして、出家した後も色々やらかした人だが弁舌家としては一流。キリスト教が嫌いだったのか、宣教師(とキリシタン)とは相容れなかったようだ。

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