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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
天下布武編(永禄8年~)
191/284

159. 根来衆と坊官

 二条城が完成するまでは細川邸が仮御所だ。

 とにかく急ピッチで建築が進められているため、資金繰りや職人たちの手配に必要資材の調達などなど仕事が山のようにある。当然ながら、将軍である義昭にそっち方面で割り振られることもなく、主不在の屋敷でぽつんと留守番だ。

「尾張守。暇なのだが、何をすればいいと思う?」

「そこの白頭巾と鍛錬したらどうですか」

「分かった」

 京屋敷を持たない俺も、細川邸に逗留している。

 敵が海の向こうにいるせいで、さしあたって打つ手がない。畿内に潜伏している残党を片付けたところで、三好三人衆が戻ってきたら同じだ。俺は畿内の情報を把握し、西国方面の情報を調べることから始めた。

 毛利家はともかく、黒田家はまだ勢力が小さい。

 光秀が寄越してくれた斎藤利三という男によれば、長曾我部元親も土佐統一すら果たせずにいるようだ。それでは三好三人衆を何とかしてくれ、なんて頼めない。嫁同士が親戚だから仲良くしようぜと言ったところで、裏を疑われるのがオチだ。

「尾張守。暇なのだが」

「掃き掃除でもしてろ」

「分かった」

 やっぱり海側の防衛線強化しかない。

 既に到着している佐久間隊に畿内の巡回を、丹羽隊には摂津三守護の兵力底上げを頼んだ。戦はまだ先だと聞いてガッカリしていた柴田・森隊は、大和国へ向かっている。松永弾正が不在になっては戻ってくる筒井軍を何とかしなければ、大和国の平穏は訪れないのだ。

 甲斐国で足止めをくらっている半兵衛が蜂蜜飴を所望してきた。

 奇妙丸と松姫の婚儀が今日にも行われそうな勢いだと訴えているわりに、不平不満でぶーたれているのが目に浮かぶ超大作は今、また増えてきた貢物の山と一緒くただ。頑張ったのは俺じゃないのに、京へ戻ってきただけで浮かれムード再びである。

 何なんだ、一体。

 岐阜に戻って三好三人衆が再来すると困る奴らが、必死に俺を引き留めにかかる。いっそ京屋敷を作ればいいとか、出資は某がとか、いい候補地があるとか、実に姦しい。余計な金があるなら洛外の復興に使えよ。中心地だけ綺麗になっても仕方ないだろ。

「尾張守」

「やかましい! そんなに暇なら、風呂でも磨いてろっ」

「本願寺の宗主が来ているぞ」

「へ?」

 風呂だな、と呟いた義昭の背が煤けて見える。

 ほんのちょっぴり罪悪感が沸いてしまったが、俺だって指示書と計算書類と陳情がどんどん届られてくるから手が離せない。せっかく将軍家がバックについたんだからと、貨幣の流通増加と関税撤廃なんか思いついた俺の馬鹿。

 商人たちには感謝され、役人どもには睨まれる。

 袖の下で個人的にぬくぬくできても、市場価格が下がらないうちは国が豊かにならない。そもそも贅沢品では腹が膨れない。蜂蜜や砂糖は別だよ、当然だろ。

「織田殿」

 のそっと部屋に入ってきた巨躯に目を細めた。

「おう、顕如。久しいな」

「久しい、という程でもないのである」

「相変わらず堅苦しいなあ。っと、今度はお供と一緒なんだな」

下間頼廉しもつまらいれんと申します」

根来衆ねごろしゅう津田監物つだけんもつ

「織田信長だ。坊官と僧兵か」

 あまり嬉しくない組み合わせだ。

 それぞれ仕様の異なる僧衣を纏っているが、頭は見事にツルッツルである。三人の中では頼廉が一番若く見えた。丁寧で品のある物腰のわりに、鋭く見定めるような目を向けてくる。同じように好意的とは思えない表情の根来衆の男は、雰囲気が傭兵に似ている。

「紀伊国の根来衆って、本願寺と仲いいのか?」

「特に」

「拙僧が助力を頼んだのである」

「へえ」

「私も今後は、織田様の手足となって働きます。よろしくお願いいたします」

「え、あ? どうも、ご丁寧に…………じゃねえだろ!! 顕如! てめえ、何考えてやがるっ」

「拙僧の願うことは唯一つ」

 知っているだろうと言わんばかりの顔に、俺は浮かせた腰を下ろした。

 じーっと見つめてくる津田監物の目が怖い。見定めるとか、観察しているとか、そういうんじゃなくて純粋に見ているだけなのだ。傭兵人形って売れそうにないな。

 俺はがしがしと頭を掻く。

「忘れちゃいねえよ。矢銭も、ちゃんと受け取ったしな」

「物は言いようである」

 顕如が笑い、俺も笑った。

 池田城での会談後、将軍家名義で本願寺へきちんと請求したのだ。ちょうど二条城建設で大わらわだったため、本願寺からの詫びとして受け入れられたと聞いた。堺の知り合いからは物資調達の融通を利かせてもらっている。

 天王寺屋が泣いて喜んでいたそうなので何よりだ。

 それはそうと根来衆といえば、紀伊国で雑賀衆と並んで鉄砲の名手とされる。信長狙撃事件の実行犯らしい雑賀孫市は、雑賀衆の長だ。ここにいる津田監物は根来衆の長なのだろう。彼らが伊賀甲賀の関係だと困るので、雑賀衆のことは言い出せなかった。

「とりあえず、頼廉は加賀の一向宗が大人しくなるまでの契約。根来衆は信長個人と契約し、仕事に見合った報酬を払う。それでいいか?」

「……臣従は求めないのか」

「面倒なのは嫌いなんだよ。紀伊国は畠山氏の土地だ。今のところは、敵対したくない」

「分かった。それでいい」

 あっさり契約成立した根来衆と違って、頼廉は困惑気味だ。

「傭兵扱いは、ちょっと……」

「何を細けえこと言ってんだ。本願寺だって地方に坊官を派遣するだろ? 織田領にも一向宗の民がいるんだ。そいつらの担当官だと思えばいい。任期が長すぎると思うなら、定期的に本山へ戻る契約に」

「契約を結びたいわけではありません。顕如様の願いだから、叶えたいと思うのです」

「そんなに好きなら、傍を離れない方が幸せだと思うがねえ」

少進しょうじんがおりますので問題ありません」

「あ、そう」

 本人たちが納得しているなら、それ以上は野暮だ。

 歴史と異なる形になってしまったが、本願寺勢力と戦わずに済むのは素直に嬉しい。十郎が敵対する動きを見せているので、長島一向一揆は起きるかもしれない。

「顕如は、証意っていう坊主のことを知っているか?」

「無論」

「そうか。なら、いい」

「長島であるか」

「加賀の前に、そっちを何とかしなきゃならねえんだ。悪いな、俺がしくじったせいで一向宗と戦うことになるかもしれん」

「証意殿は、織田様のことを高く評価しています。側室のこともご存知ですし、一揆が起きるほどにはならないのではありませんか? それとも、他に何かあるのでしょうか」

「あるといえば、ある」

 歴史のことを言うつもりはない。

 義昭に前世のことをチラリと話しただけで、六条御所が燃えた。さすがに爺の時と違って、沢彦の暗躍を疑っていない。小木村の政秀寺は常に見張っている。動きがあれば、すぐ俺の所へ報せが来るようになっていた。

 これ以上、前世のことで嫌な思いをしたくない。

 話すと悲劇が起きるなら、もう誰にも言わないことにする。せめて帰蝶だけにはと思ってきたが、帰蝶を失ったら生きていけない。彼女はかけがえのない存在だ。

「とりあえず、俺が京を離れても大丈夫なようにしたい。何か案はあるか?」

「城を造る」

 事も無げに津田監物が言った。

「琵琶湖の近くがいい」

「近江は浅井領なんだが」

「南近江は織田領。甲賀除く」

「いやいや、本当に近江一国任せるって言っちゃったしな」

「紀伊のどこかにする?」

 こきっと首を曲げる仕草がロボットっぽくて、普通に怖い。

 紀伊国は畠山領だという常識がすっぽ抜けているんじゃなかろうか。確かに紀伊国が織田領になれば、阿波国や淡路島へ向かう中継点が得られる。水軍を効率よく運用するなら、海沿いの地域は確実に確保しておきたい。紀州の梅も美味いし。

「分かった。報酬を期待する」

 交渉が成立してしまった。

 俺、紀伊国には手出ししないって言ったぞ。なんでこうなるんだ。将軍家に関わって以来、話の展開がぶっ飛びすぎる。俺、ノブナガなのに意味が分からない。

 誰か説明してくれ、プリーズ。

下間頼廉...剃髪して刑部卿と号す。石山本願寺の坊官。同族に下間頼龍、下間仲孝。

 本願寺勢力の中で、顕如本人に従う数少ない人間ということで推挙された。真面目で実直だが、臨機応変に対応できる柔軟な思考の持ち主なので顕如の信頼も厚い。


津田算正(かずまさ)...通称は監物。根来寺にある僧坊の一つ、杉の坊を拠点とする。根来寺西口の旗頭とも。

 生きるために鉄砲術を学び、津田氏を守るために顕如の誘いに乗った。織田軍としては、必要な時だけ出動する傭兵集団という形で参加する。

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