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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
雌伏編(天文13年~)
17/284

12. 尾張の虎、激怒する

ご指摘を受けまして、村への距離を修正しました。

戦国時代の単位は国によって大きな誤差がありますので、本作では一里=36町(約4km)として統一します。

 帰ってきたら、仁王像が門前に立っていた。

「よくものこのこ顔を出せたものだな、この大うつけめが!」

「へぶっ」

 なにか大きくて熱いものが顔にクリティカルヒットした。

 そして空飛ぶ俺、アイキャンフライ。

 なんだかな、人間って羽がなくても空を飛べるらしい。利家じゃないが、一つ賢くなった気がする。いや、違うだろ。脳に悪い刺激ばかり与えて、これ以上馬鹿になったらどうするんだ。

 ちなみに落下したところに一益がいた。

 広げた腕に、ちょこんと収まるもやしっ子三郎。

 ああん、ときめいちゃう! って思うか阿呆。礼を言うのも忘れ、思いっきり暴れて下ろしてもらった。ふう、嫌な汗をかいちまったぜ。

「それほど城は窮屈か! 縁談が嫌ならば、そう言え。わしの前でばかり従順なふりをしおって、馬鹿にするのも大概にせよ」

「親父殿、何を仰ってるか分かりません」

 父として尊敬はしていないが、分家の当主として接しているつもりだ。

「昨日、貴様の部屋を訪ねたらコレがあった」

「げ」

「病で伏せているなどとわしに嘘を吐いたな、三郎?」

 地を這うような声は、俺の脳内を素通りする。

 夜なべして作った抱き枕ちゃん一号が、見るも無残な姿になってしまったのが悲しくて仕方ない。綿入りの布団一枚を贅沢に使った一品だというのに。

 俺は、これがないと眠れないのだ。

 夜に忍び込む暗殺者の凶刃も防いでくれるスグレモノである。

 前世を通じて、俺に手芸の嗜みなんてあるわけもない。慣れない手作業で縫い目はガタガタ、度重なる襲撃であちこち穴だらけ。なあんだ、地面に転がされて汚れているだけだった。

 いや、待て。なんだこれ。

「……顔が書いてある」

「若様の代わりに床で伏せている影武者がいなかったので」

「恒興いいいぃ!!」

「八つ当たりは止めてください。発案は一益ですっ」

「一益ううううぅ!!」

「茶番はもうよいっ」

 はい、ごめんなさい。

 親父殿の顔が赤黒くなっていて、浮き出た青筋がぴくぴくしている。あれって血管だよな。ぷちって切れたら、大変なことになるんじゃないのか。

 それだけ怒らせたのは俺だということに、やっと気付いた。


『国境とはいえ、往復に何日もかかりますよ?』

『よし、明日から流行り病で寝込むぞ』

『死にますよ!?』

『悪運が強いから死なない。ちゅーわけで、寝床の偽装ヨロ!』


 臣下の失態は主の責任だ。

 軽い気持ちで偽装依頼した俺もだが、まさか親父殿が見舞いにくるなんて思わなかった。ここに五郎左がいたら「硯事件」を思い出したかもしれない。

 奴は元服以来、疎遠になっている設定だ。

 ここにひょっこり現れたら不自然になってしまう。

「申し訳ありません」

「謝って済む問題か! このわしを謀った罪、どう償うつもりだ」

「……っ、俺にできることなら何でも致します」

「言ったな、三郎」

 声の調子がガラッと変わり、俺は生唾を飲み込んだ。

 また何か飛んでくるかと身構えているのだが、親父殿は素手だ。後ろに控えているおっさん連中も何か手にしている様子はない。ものすごく見下した視線がちょっと腹立つな。

「三郎」

「はっ。い、言いました!」

「ならば、申し付ける。ここから数里先の村が飢饉であえいでおるそうだ。こちらとしても年貢を納めてもらわねば困る。三郎、織田家嫡男としてこの問題を解決せよ」

「……へ」

「期限は翌年の秋とする。失敗すれば廃嫡である。よいな?」

「しょ、承知いたしましたあっ」

 修羅の国の人怖い。視線で殺せる。

 ジャンピング土下座する俺の後ろで、一益と恒興が慌てて土下座している。地面に額をこすりつけ、這いつくばる姿はさぞ滑稽でおかしなものだったのだろう。頭上から嘲笑がいくつも降り注いでくる。

「うつけ殿も、大殿には敵いませぬなあ」

「左様。さすがに廃嫡は怖いのでしょう」

「最近は特に目に余る行動ばかり……。苦言を呈しても聞いていただけず、ほとほと困っていたところです。さすがは大殿。償いの方法も、理に適っておられる」

「いっそ信行様に次期当主の座を譲られては」

「ははは、気の早いことを。大殿は未だ壮健であられる。慌てることはあるまい」

「それもそうですな、ははは」

 耳障りな笑い声が遠のいていくのを待って、俺はようやく顔を上げた。

 もう、そこには誰もいない。

 門前の騒ぎを聞きつけてか、警備の兵士や小作人たちがそこかしこに見える。俺が首を巡らせると、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「あの調子だと、今日中に噂が広まっているな」

「止める?」

「いや、放置。信行には悪いが、浮足立ってくれた方がやりやすい。手筈はいつも通りに」

「御意」

 軽く頭を垂れた一益がその場から消えると、耐えきれなくなった恒興が叫んだ。

「若様!! 何故、そのように落ち着いておられるのですかっ」

「まあ、腹は立つよな。好き放題に言ってくれたし」

「仮にも嫡男に対する言葉ではございませぬ!! あろうことか、廃嫡まで決定事項のように話すなど。不忠者の誹りを受けてもおかしくない所業でございますぞ」

「しくじったら廃嫡決定。何も間違っちゃいない」

「若様っ」

 ほとんど悲鳴である。

 恒興は声変わりがまだ終わっていないため、声がキンキン響く。

 伝令にはちょうどいいかもしれないが、二日酔いの日には拷問でしかない。そういえば、この時代に未成年は酒を飲んではいけないっていう風習はない。

 酒か。

 前世で唯一の愉しみだったからな。与えられた任務達成の暁には、祝い酒として皆で飲み明かすのもいいかもしれない。そう思うと、俄然やる気が出てきた。

「よーし、やるぞ!」

「若様」

「んだよ、恒興。気合いを入れるのに付き合え」

「いえ、飢饉の村を救う方法にアテがあるのかと思いまして」

「………………」

「………………」

「あるわけないだろ、そんなの」

「はああぁ!? ど、どうするんですか。廃嫡されますよ。廃嫡されたら、嫡男じゃなくなってしまうんですよ。若様が若様じゃなくなったら、これからどう生きればいいんですかっ」

「まあ、落ち着け」

 懐を探ったが、空振りだった。

 あのハリセンは、国境の草庵で蝮にプレゼントしたんだった。

 嬉々として臣下に使い倒すか、存在すら忘れていくかのどちらかだろう。あげたものを返せというのもおかしいし、また作ろう。今度は色々なサイズで研究してみるのもいい。

 仕方ないので、べしっと額を叩く。

 俺ばかり頭にダメージを追うのは不公平だからな。

「痛いですよ、若様……」

「あいつらに招集をかけろ。まずは情報を集める。あと猿を城に呼べ」

「さ、猿? 芸でも仕込むんですか」

 芸は芸でも腹芸だ。

 人たらしで有名な奴なら、役に立つに違いない。

 年貢関連のことで考えていたこともある。飢饉で苦しんでいるという村は、農村のモデルケースとして生まれ変わらせようじゃないか。あくまでも俺の計画が上手くいけば、だが。

「転生者としての底力、見せてやんぜ……」

 クククと笑う。

 この時の俺は、まだ何も知らなかったのだ。

 この時代の飢饉がどんなものか、貧しい農村がどれほど悲惨なことになっているのか。たかが城の周辺を見廻っただけで、俺は農村の実態を詳しく知っているつもりになっていた。

 すぐにでも向かおうとした腕を、恒興が掴む。

「お待ちください」

「なんだよ?」

「すごく言いにくいのですが、お顔が倍ぐらいに膨らんでおります」

「なるほど」

 俺は頷いた。

 確かにさっきから顔がおかしい。そっと触ろうとして、止めた。そうして誘導されるままに井戸まで歩いていき、桶に映った顔を見て思わず叫んだ。

「ア○パン○ンは、お前だ!!」

「ううっ、若様……認めたくないんですね、おいたわしい」

 恒興の声が震えている。

 だが、さっきから目を合わせない理由を言ってみろ。怒らないから言ってみろ。首を振ってちゃあ分からんじゃないか。さあ言え。ぱんぱんに膨らんだ顔がおかしすぎて腹がよじれるってな!!

 ちくしょう、泣きたいのはこっちだ。


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