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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
天下布武編(永禄8年~)
165/284

【閑話】 茶人たちの集い

いつもの他者視点の回

※堺の方便が分からないので、作者の馴染みある口調にしています。いくらなんでも訛りが酷すぎる、などのご指摘は謹んで受けます

 そこは狭く、薄暗い部屋だった。

 何も知らない者がそこを覗いたなら、あまりの不気味さに這う這うの体で逃げ出していっただろう。そこには窓もなければ、引き戸もない。そこにあるのはコポコポと音を立てる茶釜、幽霊を描いた掛け軸、小さく黒い塊のような香炉、曼殊沙華を飾った花瓶、他にも茶室には定番の品々が見受けられる。

「珍しいですね、あなたから声がかかるとは」

「引きこもりみたいに言わないでください」

「ふふ、これは失礼を。あまりにも兄弟仲がよろしいので、嫉妬してしまいました」

 からかうような口ぶりに、若い声は応じない。

 短い沈黙をおいて、しゃがれた声が「用件は」と呟いた。

「兄上に協力してほしいのです」

「……難しいな」

「ああ、簡単なことやないで」

 しゃがれた声に、快活な声が続く。

 四畳半の部屋は四隅に蝋燭が立てられ、床に行灯がぼんやりと照らす。それでも昼か夜か分からない屋内は、膝を詰めて話し合う四人の男たちの影で揺れた。互いの表情がかろうじて分かる程度の薄闇で、穏やかな笑みを浮かべた男が口を開く。

「利は、あるのでしょうか」

「我らに? それとも」

「全てに」

「……欲なことだ」

「私には今の三好に、先があるとは思えないのです」

「兄にならばある、と? それは身内の欲目というものでしょう。確かに最近、頭角を現しつつあるという点は認めますがね」

 皮肉めいた声に、若い声は静かに笑った。

「分かりやすく欲を示す者にも、色々あるみたいですよ。私には兄がいたので、それほど新鮮な驚きではありませんでした」

「……天下を望む者、望まぬ者。さて、あれはどちらか」

「望まない者」

 しゃがれた声に若い声が応じ、残る二つがわずかに揺れる。

 それは驚きによるものか、呆れたためかは判別し難い。野心ある者ほど付け入りやすい相手はいないのだ。どんな相手かを探りつつ、こちらの利が得られる選択を求める。四人の男たちはそうやって、自身の地位を確かなものにしてきた。

 それぞれ生業とすることは違えど、機を見るに敏である。

 だから若い声の呼びかけに応じた。

 儲け話のにおいがした。

「さてはて、どうしたものか。悩ましいですね」

「……ぬけぬけと」

「しっかり顔売って、厄介事と一緒に巻き込んだそうやな? 招集をかけたんは結局、そちらさんの都合やろ。こっちまで巻き込むんは筋違いというもんや」

「面白い人ではありますよ。腹芸が苦手だと言っている割に、こちらの痛いところを平然と突いてくる。なかなか油断のならない相手です」

「ほお」

「……津島はどうする」

「これからの動き次第だと思っています。少なくとも津島の方々は、皆さんが思っているほど織田贔屓ではありませんよ。そこに利があるから、関係が成り立っているのです」

「それを信じろと言うのんは、いくらなんでも」

 カタン、と音がした。

 たちまち緊張感が増す中、若い声が呟く。

「秋の夕暮れ」

 すると外の声が応じた。

「雪間の草」

「……魚屋、戻ったか」

「ええ、少し急いで来ましたので。幽斎様、旅装束のままで失礼いたします」

「かまいませんよ。ご苦労様でした」

 戸口とも呼べない小さな入口から、するりと痩躯が現れる。

 平伏する動きに合わせて、蝋燭の火が大きく揺れた。白い手が柄杓を取り、道具たちの影が屋内に踊り始める。五人に増えた男たちはしばらく、誰も口を開かなかった。

 ほどなく、ふんわり爽やかな香りが立つ。

 一人ずつが茶碗を手にして、再び白い手に戻った。

「ふう、かたじけない。生き返りました」

 しみじみと呟く声に、若い声がくすりと笑う。

「大げさですよ。それほど緊張しましたか?」

「何度か、ひやっとさせられました。しかし不思議な魅力をお持ちだと思います。あれは確かに、直接会ってみないと分からないですね」

「……ほう、魚屋がそこまで言うか」

「噂だけやと、このご時世に合わんようなお人やけどなあ。ほんで、土産はどうしたんや。何か取引でもしてきたんやろ?」

「ええ、有楽の茶をいただいてきました。天目茶碗と引き換えに」

「はあ?!」

「騒ぐな。……見苦しい」

 しゃがれた声に咎められ、快活な声がたちまち勢いをなくす。

 訪れた沈黙は微妙な空気を含んでいたが、他の三人が何かしら発言することはなかった。湯が沸き立つ、コポコポという音だけが屋内に広がっていく。人が増えたことで、先程よりも少しばかり暑くなったような気もする。

「いや、せやかて。なあ?」

「天目とは、随分と高く買ったものですね。私も魚屋のことは言えませんが」

「値すると思いました。有楽様の口切りの茶事にも招いていただきましたので、詳しい話はそれからでも遅くはないと」

「はああぁ?!」

「やかましい」

「なんやの、それ! ズルいわ。酷いわ! そないな話になるんやったら、うちも一緒に行くんやったわ。めっちゃ損した気分やで」

 一頻り騒いで、快活な声は口を閉じる。

 ゆっくりと一同を見回したのは何を読み取ろうとしてなのか。始末を終えた白い手が膝へ戻っていき、若い声がゆっくりと切り出した。

「もう一度言います。兄上の、助けとなってください。私からは大したものを出せませんが、兄上は必ず労に報いてくださいます」

「魚屋は有楽の茶を受け取った時点で、取引が成立したようなものですからね。これから多くの利を得ることができるでしょう」

「ああもう、ほんまやで! 有楽様のこと疑うつもりやないけど、やっぱり根回ししとったちゃいますのんっ」

「できませんよ。根回しをしたら、兄上は正直に話しちゃいますから」

「……阿呆なのか。いや、大うつけと呼ばれる所以か」

「ありえん。ありえへん…………それ何度も聞いとるけど、信じられんわ」

「だから言ったでしょう? 腹芸が苦手な人だと」

「ええ、本当に。どの状況にも対応できるよう考えていたのが、なんとも馬鹿馬鹿しくなりました」

 ひどく混乱している二人に、苦笑を隠せない三人。

 それが渦中の人と実際に会ったか、そうでないかの違いだった。有楽の茶はここ数年で、茶人ならば誰でも欲しがる名茶として知られている。薫り高く、すっと通る苦みの中に隠れた甘みは、心を包み込むかのように優しい。ただ美味しい茶ならば、他にもある。伝統と実績を合わせた銘茶に並ぶ、というほどでもない

 ただ一度知ってしまったら、もう一度飲んでみたくなる味なのだ。

 特に有楽本人の手で淹れた茶は至高である。

 まことしやかに広められた噂は茶人たちの心を掴み、密かに繋ぎをとろうと躍起になっている。だが「有楽」という人間はどこにもいない。所在地とされる長島は、茶の栽培に向かない。

 徹底した情報統制の裏には、堺を本拠とする商人の姿があった。

「はあ……やっとれんわ、ほんまに」

「無理を押して、というわけではないので」

「いやいやいや、儲け話を前にして引き下がったら堺商人の名がすたる! これでも天王寺屋の看板背負っとるんやで。ああ、でも三好様の目を盗んでっちゅうのんは骨が折れる」

「やるしか、あるまい」

「せやなあ。あっ、魚屋みたいに抜け駆けとかナシやで!」

「知らん」

「私を引き合いに出さないでもらえますか。行かないと決めたのは、天王寺屋さんですよ」

「うるっさいわ! 自慢の勘が鈍るんは、今回限りやっ」

「…………」

「おい、おいっ。今井の! 抜け駆けは、ナシ、やで?!」

「知らん」

 賑やかに騒ぎ出した三人を見やりつつ、静かな声が茶を所望した。

 白い手が再び動き出して、茶の香りがまた一段と濃くなる。

「ふふふ、面白くなりそうですね。長益」

「はい、藤孝様」

 織田源五郎長益、後に有楽斎と名乗る青年はふんわりと微笑んだ。

藤孝「そういえば、君の兄上は南蛮の言葉をどこで覚えたのですか?」

長益「さあ? ちょっとした単語と挨拶くらいなら、他の兄たちも知っていますよ」

三人「ナ、ナンダッテー!?」


茶室内では天王寺屋、魚屋、今井(納屋)、有楽、幽斎と呼び合っているようです

それと茶室に飾るものとして、幽霊の絵や曼殊沙華は相応しくありません。あえて演出として用意してみただけなので、どうしても納得いかない場合は「何も見なかった」ことにしてください…

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