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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
天下布武編(永禄8年~)
161/284

134. ふっきれた二人

腹芸が苦手なのは作者の方です。

追記:ご指摘を受けて、一部表現を修正しました

「やばい、寝そう」

「若様たちが見ておられますよ!」

「……おう」

 何度も言われ続けると、効果が薄れるんだよなあ。いや、うん。頑張ろう。

 奇妙丸なら、本当に小部屋に控えているかもしれない。泣きそうな顔の甚九郎と、呆れはてて能面みたいな顔になっている帰蝶が容易に想像できる。我らが織田家嫡男は一体、何を目指しているのだろうか。

「恐れるな、与一郎。あれはただの寝不足だ」

 義輝が隣へ話しかけると、上品な笑みを浮かべた男が数度頷いた。

「ああ、そうでしたか。追手と間違えて、今にも襲いかからんとしているのかと思ってしまいました。非礼をお許しください、上総介殿」

「……怒っちゃいねえよ」

 ダメだ、本当に眠すぎて頭が働かない。

 将軍の知り合い、つまりは公方様が隣に座るくらいの身分なら公家階級だ。流れるような台詞にも、やんわりとした牽制が含まれていて適度に眠気を覚ましてくれる。完全覚醒には程遠いが、油断ならない相手だということは分かった。別に俺が身分に弱いからじゃない。

「名は」

「はい、細川兵部大輔藤孝ほそかわひょうぶのだいすけふじたかでございます。末席ではありますが、先代様にお仕えしておりました」

 すげえ大物キター!!

 幕府からの追手に公家を使うとか、さすがは腐っても幕府!

 小一郎め、幕府からの「客」だって最初に言ってくれれば――……ああ、違った。俺が「追い払え」とか言ったせいだ。責任転嫁いくない。

 あっさり覚醒する俺、やっぱり身分に弱い臆病者チキンハート

 さらっと出てきた「先代」って、そこに座っている頭巾男のことだよな。誘拐された将軍様を連れ戻しに来たのかとも思ったが、さっさと新しい将軍かざりを用意する方向に定まったらしい。

 それもそうか。

 義輝が将軍位返上して幕府終了のお知らせを出したら、大いに困る奴らがいる。身分に弱い俺は、権威にすがろうと思っちゃいない。朝廷は今後のためにも残っていてほしい。民主主義はもっと近代化が進まないと、泡沫の夢で終わる。

 俺は混沌の時代を推奨したいわけじゃない。

 このクソみたいな乱世を、とっとと終わらせたいだけだ。

 俺が織田信長だから天下獲りにいくぜ、と思いきってしまわないのがダメ人間の俺である。いつまでウジウジしてんだって話なんだろ。知ってる、分かってるよ。だが一気に手を広げたら、細部に目が届かなくなる。ある程度の違いはあっても、貧富の差が開きすぎるのはダメだ。

 信長が作った天下餅、秀吉がこねて、家康が食った。

 歴史がその通りになっているのなら、その通りに進めていくだけだ。だが秀吉や家康が、俺の身内をナイガシロにするようなことだけは、絶対許さん。だから本能寺の変で死ねない。

 長生きして、孫や嫁とキャッキャウフフするんだ。

「……上総介殿? あの、何か気になることでも」

「三郎、よもや寝ているのではあるまいな」

「寝てねーよ。おかげさんで」

「間延びした物言いは、三郎が眠気を我慢している証拠だ」

「眠れない、とは……何か気になることでもあるのですか? 義輝様から話を伺ったところ、特に問題はないということでしたが」

「待て、与一郎。何故、そこで余を睨むのだ」

「その胸に手を当てて、ようくお考えになれば気付いていただけると信じています」

「余は何も悪くないぞ!」

 なんだこれ。主従漫才か。

 後から聞いたところ、二つ年上の細川様が「前しか見えていない」将軍のサポート役になってから苦労続きだったようだ。ちゃんと手綱を握っておけよと言いたいが、三好・六角・細川が睨み合っている状況では生き残るので精一杯だったかもしれない。

 甘いか? 甘いな。

 剣豪将軍っていうあだ名も、なんだか褒め言葉じゃないような気がしてきた。尾張のうつけ、と同じくらいの微妙な匂いを感じるぞ。

「それで、細川様は一体全体何をやらかしに美濃くんだりまで、はるばるいらっしゃったのかを尾張のうつけにも分かりやすーく教えてもらえますかね」

「殿、せめて餅に包んでください」

「御公家様と喋るの初めてなんだよ! ほっとけ!!」

 長秀は、こんらんしている。

 餅に包んだら、無駄にめでたくなるじゃないか。

 それにしても御公家ほそかわ様は驚き方まで上品だ。軽く目を見開いて、わずかに首を傾げたのも一瞬のこと、すぐに穏やかな微笑に戻っている。正座の見本みたいな座り方は、胡座が一般的である武家の中ですごく目立つ。それでいて自然に溶け込んでいる。

 うむ、上手く表現できないのが口惜しい。

 とにかく上流階級っぽいオーラがにじみ出ている。って、おかしいな? 隣で肩身狭そうにしている将軍様もやんごとなき血筋だろ。武家の棟梁だからって、俺たち側に馴染みすぎだ。

「そういえば、上総介殿は回りくどいやり方を嫌う方でしたね」

 まるで独り言を呟くように細川様が言う。

 驚かないぞ。一度は上洛し、将軍の謁見を望んだ身だ。俺のことは調べられる限り調べ尽したに違いない。特筆するような情報といったら家督争いで兄弟喧嘩していたことと、ほぼ運だけで義元の首を獲ったことくらいか。隠居爺の首を獲ったくらいじゃ、今川軍を下したことにならない。

 その証拠に現当主・氏真は健在、駿河・遠江の両国は今川家の支配下にある。

 尾張国の発展にしても、十年がかりのゆっくり進行だ。

 今まで停滞していた文明がちょっと進んだくらいで驚いていたら、近代の変化についていけなくなる。ああ、その頃には俺たち全員死んでいるか。

「では、私から問いましょう」

「聞こう」

「次期将軍の後見人として、幕府を支えていただけませんか?」

「さっき先代様と言っていたのは、そこの頭巾男のことだろ。京の町の異変についてはまだ詳しい報告を聞いていないが、うちに単独特攻しかけてくるとかアンタも大概だな」

 細川様はすうっと目を細めた。

「つくづく腹芸が苦手な人ですね。それでよく、今まで生きてこられたものです」

「そりゃあ頼もしい側近たちがいるからな。さっきの質問だが、俺は面倒事が大嫌いだ。自分たちのことで手一杯なのに、化け物の巣に飛び込む勇者でもない」

「幕府の権威にすがろうとした人間の言とも思えませんね。あなたに尾張守護職を与えたのは、こちらの義輝様だということをお忘れですか」

「その義輝様を夜陰に紛れて消そうという輩がいたんだが、アンタはどっち派だ?」

「それは余も聞いてみたい」

「義輝様」

「与一郎はまだ、三郎の問いかけに答えておらぬであろう。質問を質問で返しておきながら、相手の非礼をあげつらうなどお前らしくもない。何を焦っておる?」

「私は焦ってなどおりませんよ」

 細川様の微笑みは一瞬の揺らぎもない。

 そして完璧すぎるからこそ、疑いが確信に変わる。なけなしの記憶によれば義輝が邪魔になったから、松永久秀によって暗殺されたはずだ。今回の首謀者は三好三人衆らしいが、同じようなものだろう。六角よりも織田を頼らなければならないほど、このお公家様は困っていらっしゃる。

 桶狭間の戦い以前の俺なら、歴史のせいにして疑問も抱かなかった。

 暗殺計画を実行する前に何らかの打診はあった、と思う。義輝はそれを蹴ったから、強硬手段に出たと考えるべきだろう。後釜候補がいないとは考えにくい。

「後見云々はともかく、次期将軍ってのは誰になるんだ?」

「義輝様にお子がいらっしゃらないので、弟である覚慶かくけい様に戻っていただくことになります。ただ……」

「仏門に入った奴を連れ戻さなきゃ駄目なら、とっとと潰せよ幕府」

「殿!」

「そうですね。幕府がなくなった後、上総介殿が代わりに天下統一を目指すというのなら一考の余地はあるでしょう」

 ぽかんとする俺、ぽんっと手を打つ義輝。

「その手があったか、与一郎! よくぞ申した」

「おい、そこの馬鹿主従」

「なんだ、三郎。臆病者だからと慎重になりすぎるのは感心せんぞ。なに、案ずるな。其方の行く手を阻むものは、余の刃にて切り払ってやろう」

「ちょっと誰か、この馬鹿公方を止めろ!」

「僕も公方様――あ、元公方様か――に賛成。天下獲っちゃいましょうよ、信長様」

「お前はそればっかりだな!!」

 慌てているのは俺だけで、誰もが細川様に賛同している。

 おかしい、何故だ。どうしてこうなった!?

 俺は美濃攻略すること自体、舅殿から始まる因縁を理由にしないと動けなかったというのに。これから尾張国と同じレベルに引き上げるだけでも、何年かかるか分からない。九鬼の鉄甲船も作り始めたばかりだし、国外貿易なんて夢のまた夢だ。俺の美食探求は始まったばかりなのに、天下とか天下とか――。

「兄上」

「なんだ、三十郎」

「織田家で天下統一したら、心置きなく諸国漫遊の旅ができます。兄上の野望は早めの楽隠居なんですから、それまでに自由に行き来できる環境を整えておくと便利ですよ」

「…………諸国漫遊の旅」

「兄上は東にも西にも、いろんな美味しいものがあるって言っていたじゃないですか。私も食べてみたいです。兄上しか知らないなんて、狡いですよ」

「……美味しいもの」

「そういえば、堺商人が珍しい茶道具を見せてくれたよ。大陸で作られた青磁の壺だって。濃姫様達が喜びそうな甘味も、交渉次第で用意するって言ってたなあ。でも高いんだろうなあ」

「お濃が喜びそうな甘味」

「甘味でしたら、数年前に京の町へ来ていた宣教師が……かすていら、というものを土産に持ってきてくれましたね。あれは実に不思議な食べ物でした」

「カステラ!? その宣教師はどこ行った!」

「京の町を追い出されて、九州へ」

「誰だ、追い出した奴ああぁ!! ド阿呆かー!」

 なんということだ。トコロテンとの再会が遠のいた。

 キリスト教で怖いのはプロテスタントであって、キリスト教そのものじゃない。

 確かに切支丹による一揆もあったが、あんなものは一向宗に比べれば可愛いかわいい。俺の記憶が確かならば、江戸時代に入ってからの話だ。今は関係ない。明貿易はどうしても仏教が色々と邪魔するものの、宣教師が持ち込んでくる文化は今後の日本を大きく変える。

「上総介殿、一つ提案があります。聞いていただけますか?」

 思いっきり吠えた俺に、細川様があやしい笑みを向けてくる。

 うむ、儲け話のにおいがするぞ。

「聞こう」

「幕府の権威よりも、食べ物に大変興味をお持ちであることは分かりました。私にも少なからずツテがあります。義輝様がこちらにいらっしゃることですし、ついでに覚慶様も匿っていただけませんか?」

「断る。そんなことしたら、三好家を敵に回すじゃねえか」

「残念ながら、三好家だけではありませんよ。武田殿と親しくなさっていることを、上杉殿が大変不快に思っていらっしゃると抗議の文が届いております」

 軍神キター!!

 龍と虎が相性良すぎて何度も喧嘩いくさしているのは有名な話だ。最初は互いの陣営に助けを求めてきた奴らが原因で、次からは挨拶代わりに合戦していたような気がする。領土拡大が目的じゃないなら、何度も同じ合戦場でやる必要もない。別の場所から攻めればいいだけだ。

 えっと、つまりは何だ?

 敵の敵は味方、三好と上杉が手を組む可能性もあるっていうことか!?

「私の頼みを聞いてくださるのなら、三好家の動きを逐一報告いたします」

「抑えてくれるんじゃないの!?」

「残念ながら、そこまでの力はありません。せいぜい周囲の有力大名に協力を仰ぐのが関の山でしょう。不甲斐ないことです」

 周囲ってのは六角や北畠、畠山に朝倉とか言いませんかね。

 不甲斐ないどころか、めっちゃ怖いぞ細川家。逆らったらダメだ。

 それに伊勢や志摩の国人衆たちは、幕府の権威に対して靡くかどうか分からんしなあ。早々に下山甲斐守をコキ使うことになりそうだ。そういや、服部党を潰さないと協力体制はお預けだと言われていたんだっけ。いかん、忘れてた。

 はーっと溜息を吐いた。

 信純を見やると、いつもの笑みがある。長秀は瞑目している。半兵衛や信包たちは言わずもがなであり、義輝に至っては期待に満ち満ちた目をこちらに向けてくる。

 決断は俺に任せるってか、ハイハイ。

「面倒を見るだけでいいんだな?」

「はい。覚慶様がこちらへ移った後は、如何様にも」

「14代目を継ぐ可能性は」

「今後の状況によりますが、私の全てで実現させたいと思っております。上総介殿には最後の将軍の後見人として、その任についていただくことになりましょう」

「……分かった」

 江戸幕府の終焉は大政奉還によって為された。

 後世の評価はさんざんなものだが、徳川家の将軍も色々大変だったのかもしれないな。その決断がなかったら、江戸が火の海になっていたとも伝わる。京の町は数十年前に起きた戦乱で、火の海になった。火の粉は各地に飛び散って、盛大に炎上している。

「信純の言っていた、わくわくする感じが余にも理解できたぞ」

 空気読めよ、元公方。

 隣で笑顔の種類を変えている二歳年上の腹心に気付いていないのか。どうにも子供っぽいというか、無邪気というか。将軍の血筋として生まれなかったら、大人になる前に死んでいる。

「義輝」

「なんだ、三郎。余に何を命じてくれるのだ?」

 キラッキラの笑顔が眩しい。何を期待しているのか聞きたくない。

 命を拾った代わりに、大事なものを捨ててきてしまったようだ。将軍として謁見の間にいた時はもっと威厳たっぷりで、雲の上の存在っていう感じがしたんだがなあ。

「何でもするか?」

「命の恩人であるからな。ついでに織田に降ってもよいぞ」

「義輝様、本気ですか」

「うむ」

「よし、決まりだ」

「決まりですね」

 俺と細川様の心が一つになった瞬間だった。

義輝「これを被るのか? 頭巾ではダメなのか」

ノブナガ「月○仮面や怪傑ハ○マオーも装備した(かもしれない)由緒あるマスクだ」

義輝「そんな大事なものを余に預けるというのか?」

ノブナガ「あんたしかいない」

義輝「分かった。心して被ることにしよう」

一同(ええーっ、今ので分かったのか?!)


細川藤孝...後に幽斎と号す。通称は与一郎、兵部大輔。

 義輝の腹心だったが、永禄の変後は覚慶のために奔走する。ノブナガのことは長益を通じて知っていたが、扱いやすい相手なのに予想外のことをやらかすので対応に困っている。今後のことを考えて、なんとかして織田家との縁を切らぬようにと必死。

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