【100ブックマーク登録記念小話】 百回目のプロポーズ
たくさんのブックマークありがとうございます!
感謝の気持ちを込めて、ちょっとした小話を書いてみました。
いちおう先に断っておきますが、夢オチです。
本編とは全く関係ない内容なので、それを踏まえた上でお読みください。
こまけーことはいいんだよ、が合言葉です。
放課後になれば、校舎の外は一気に賑やかしくなる。
部活動に励む者、帰路を急ぐ者、寄り道をしようと考えている者と様々な生徒たちを影で見送って、校門周辺が静かになるのを待った。
彼女は騒がれるのも、目立つのも嫌がる。
部活動のない日は、図書館で時間を潰してから一人で帰る。華やかな外見と、はっきりした性格のせいで周囲から遠巻きにされているのも知っていた。
花の香りが近づいてくる。
決戦の刻は今! ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
「ぼっ、……お、俺と結婚してください!!」
「お断りよ」
「そこをなんとか」
「しつこい」
「じゃあ、友達からのお付き合いで!」
「とっくに友達でしょう、私たち」
打てば響く冷ややかな声で、彼女はそう言った。
真っ赤な薔薇の花束を見つめ、そこから一本だけを引き抜く。
そのたおやかな手を傷つけないように棘を全て抜いてしまおうと思ったのだが、薔薇本来の姿は棘があるものだと諭されてからは最低限に留めている。
要するに何度もこうして、薔薇を持ってプロポーズしている。
そうするのが礼儀だと教わったからだ。
彼女は一応、受け取ってくれる。プロポーズは毎回断られているが、それで諦めるようなら、最初から好きになったりしない。もう半分くらいは意地になっているのも自覚している。
薔薇を持つ美しい人は言った。
「私ね、トルコキキョウの方が好きなの」
「今度持ってくるよ!」
「似合わないでしょ」
「いやまあ、花束が似合う男はイケメンに限るとは思う。君が内心でキモイとか思っていても、こうして会話に付き合ってくれるだけで、俺はすごく嬉しいし」
「友達だもの。当然じゃない」
「そ、そうか。友達だもんな!」
冷や汗を流しながら、俺はぎこちない笑みを浮かべた。
何を隠そう、友達いない歴イコール実年齢である。そんな俺がプロポーズするに至った経緯は、山よりも高く海よりも深い理由があるのだが割愛する。とにかく、一目惚れだった。その日から、彼女しか見えなくなった。
色々すっ飛ばしていると、弟妹から怒られた。
でも俺は止まれなかった。
だって俺がモタモタしている間に、彼女が誰かのものになったら嫌だ。美人で可愛くて、はっきりと物事が言えるのに気遣いもできて、薔薇を持つ姿がべらぼうに似合う。
「ちょっと聞いているの?」
「……ハッ」
氷のような目に見つめられて、ゾクリと震える。
「さよなら」
「ま、また明日!」
颯爽と立ち去っていく背を、陶然としながら見送った。
いつの間にか花束がなくなっていて、空っぽになった手で力なく振る。彼女は一度も振り返らなかったが、風に揺れる黒髪がきらきらと輝いていた。真っすぐで、自然な黒が美しいと思う。
化粧をしていないのに、白い肌がなめらかで綺麗だ。
きちんと切り揃えられた爪も清潔で……って、本人がいなくなっても回想に浸っていたら、ただの変態だ。いつか逮捕される、と真面目な顔で警告したのは弟の信行だった。
「帰蝶とキキョウ、似てるけど。シャレじゃないよな」
好きだと言うのなら、花束にして持っていこう。
トルコキキョウは花屋にきっとあるはずだ。彼女に似合わないなんてこと、絶対ない。そう確信していた俺だが、花屋で実物を見たときには可愛らしさで身悶えしそうになった。
もちろん、可愛いのは彼女のことである。
「ただいまー」
夜間バイトを終えて、ぐったりとした体を引きずりながら二階へ向かう。
階段から左手が俺の部屋で、右手に並んだ二つの部屋が弟妹に割り当てられた部屋だ。長男である俺の部屋だけが少し広い。それを不満に思っている信行がときどきチクリと刺してくるのだが、隣は物置部屋である。可愛い妹が隣にいる方が、絶対いいと思う。
それなら交換するかと話は進んだのだが、肝心の妹による猛反対で終わった。
『恥ずかしいから嫌!』
フラれ続けている兄ちゃんが恥ずかしいのか。
あるいは妹が思春期に入って、女らしい恥じらいを覚えてしまったのか。まさか学校で好きな男ができた、とかじゃないだろうな。妹の市は身内贔屓を抜いても、めちゃくちゃ可愛い。幼稚園の頃からナンパ被害がひどくて、一人では街を歩けないくらいだ。
変なオッサンまで出没するので、警察のお世話にもなっている。
もちろん被害者は妹だ。
情操教育は将来のために必須とはいえ、そういう方面で詳しくならないでほしいと切に思う。とにかく幼い頃からの経験が仇になって、妹は男嫌いの傾向がある。お兄ちゃんさえいればいいとか嬉しいことを言ってくれるが、兄は二人いるんだぞ。分かっているのか、妹よ。
「お兄ちゃん、お帰り!」
「ぐふぅ」
噂すれば影である。
バーンと扉を開けて、可愛い妹様の登場だ。
「……市。兄さんは疲れているんだから、もう少し静かに開けろと言っているだろ。それから走っていってダイブするな。トドメを刺してどうするんだ」
「えー、昔からやってることじゃない。ねえ、お兄ちゃん」
「…………」
「あれ、お兄ちゃん寝ちゃった?」
寝ていない。だが、疲労のせいで今にも寝てしまいそうだ。
妹の子供体温的な温かさと柔らかさが、布団を被るよりも絶大な安眠効果を発揮している。言っておくが、俺は変態じゃない。目に入れても可愛いと思っているのは市にも、信行にも胸を張って言える。
まあ、信行はおふくろが異常に可愛がってるからな。
俺が愛情表現しようとすると、すぐ嫌そうな顔をして逃げていく。一体、おふくろに何をされているんだ。インモラルな話はないと信じたい。そういう家庭じゃないはずだ、うん。
ゲームや漫画の影響を受けすぎているかもしれない。
夜間バイトを続けているのはプロポーズのための資金稼ぎもあるが、大半が娯楽費で消えていく。バイトOKな学校でよかった、としみじみ思う。俺からゲームを奪ったら、滓しか残らない。
「また振られちゃったのかなあ。お兄ちゃんも一途だよね」
「僕たちの家はただでも警察に知られているんだ。行きすぎて、ストーカー被害として逮捕されるのだけは避けてほしいね。そもそも二桁以上ふられても諦めない、って異常」
「お兄ちゃんを悪く言わないで。……怒るよ?」
「はいはい、僕が悪かった。そりゃあ、僕だって兄さんの恋が成就すればいいなとは思っているんだ。でも相手が悪すぎる。ちょっと調べたけど、あまりいい噂を聞かない」
「悪女なの?!」
「市、どうしてそこで目をキラキラさせるかな」
「リアル悪女見てみたいっ」
「ダメだよ。曲がりなりにも、兄さんの想い人なんだから」
「むう」
市は不満げに唇を尖らせているのだろう。
それにしても信行が、彼女の素行調査をしているのは初耳だった。
心配してくれるのは嬉しいが、悪い噂はあくまでも噂だ。実際の彼女は心優しく美しい人だと説明しなければなるまい。いや、それで信行が彼女に惚れたら大変だ。なにしろ信行は、学校内でファンができるくらいのイケメンなのである。
万が一にも彼女が信行に惚れたら、どうしよう。
結婚するなら、家族に会わせないわけにはいかない。結婚式で花嫁が奪われるような体験はドラマだけにしてほしい。どうしよう、今から不安になってきた。
「そろそろ兄さんから降りて。完全に寝落ちしてるっぽいし、そのまま朝まで寝かせてあげよう。夕飯はもう冷めちゃったから、朝に温め直すしかないな」
「あははっ、豪華な朝ごはんになるね」
「大したものは作っていないけど」
「パパもママも帰りが遅いんだから、仕方ないよ。あたし、信行ちゃんのゴハン好き!」
無邪気な市の言葉に癒される。
そうか、今日は俺がバイトの日だったからな。気を利かせた信行が飯を作ってくれたようだ。まだ小学生の市が台所に立つのは危険すぎる。夕飯の時間は確保できるようにシフトを調節しよう、と眠りに落ちそうな頭で考えた。
「できれば僕のことも兄と呼んでほし……、何でもない」
「信行ちゃん?」
「布団をかけるから、どいて。部屋に戻っても煩くしないように」
「信行ちゃんのが煩い。小姑みたーい」
「はいはい」
パチン、と電灯が消える。
おやすみなさい、と二人分の声に押し出されるように深い眠りへと落ちていった。
「という夢を見たんだが、どう思う?」
柔らかな膝の感触は再び眠ってしまいそうなほど心地がいい。
だが、ニヤニヤ笑いが気に食わないという理不尽なお言葉と共に、照れ隠しの一撃をもらってしまった。そして俺はまた、眠りの淵に沈んでいくのだった。
今度はどんな夢を見るのだろう。
懐かしくも、不思議な夢の続きでもいいかな。
あまりにも嫁の出番が遅すぎるので、こんな話が生まれてしまいました。
どう考えてもご都合主義すぎる内容ですが、後悔はしていない。
以下、現代設定用の登場人物について
織田信長:文武両道のイケメンと超絶美少女の身内がいるせいで、己のことを平凡で地味な高校生だと信じている。その正体は、学校の内外に多くの舎弟がいて、ヤクザ(父親のことだが、大いなる誤解)にも通じている裏世界の若きリーダー(と思われている)。
仕事でほとんど家にいない両親の代わりに、幼い頃から弟妹の面倒を見てきた。おかげで家事全般はそれなりに得意。
とあるきっかけで帰蝶に一目惚れして、即プロポーズしたが即拒否。どうしても諦めきれない主人公は週一間隔で挑戦を続けている。
斎藤帰蝶:学園では氷の女王と呼ばれている。親の道三には黒い噂が絶えないため、親しく付き合っている友人はごくわずか。こっそり憧れている生徒は多い。
校門プロポーズも、影のファンクラブが統率して「周囲にギャラリーがいない状態」を形成、二人の行く末を温かく(?)見守っている。
織田信行:2つ下の弟。スポーツ万能、成績優秀、料理もできるイケメン。
曲がったことが嫌いでまじめすぎるために敵を作りやすいが、一年生にして次期生徒会長の呼び声が高い。
織田市:5つ下の妹。愛くるしい外見に合わず、腹黒い一面もある。二人の兄の影響を受けて、したたかな性格に育ちつつある。