表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
飛翔編(永禄2年~)
159/284

132. 将軍暗殺

注意:歴史上の人物観(主人公から見たイメージ)には偏りがあります

 事の発端は何かと問われれば、多くの人が「権威の失墜」と答えるだろう。

 何の話かって、もちろん落日間近の幕府である。

 稲葉山城を飛び出した俺は、いつしか四騎の集団に囲まれていた。半兵衛、信包、信純、そして尚清だ。馬に乗った俺を見てすぐ、自分たちも馬に跨って追いかけてきたらしい。すこぶる身軽な分だけ馬の勢いは凄まじく、懐がめっぽう寒い。

「一つ聞いてもいいかなあ」

「何だ」

「信長様はどうして、公方様を助けようとするの?」

 皆の疑問を代表した半兵衛の問いかけに、俺はしばし考えた。

 暗殺されるかもしれないと聞いて飛び出したのだから、やっぱり俺は公方様を死なせたくないと思っている。将軍のいそうな場所は大体分かっているので、一直線に駆け抜ければいい。

 問題は尾張守護職ごときが何だ、と門前払いされることだ。

 将来的に天下人一歩手前まで行く織田信長も、今はまだ尾張と美濃の二国を統治下に置く戦国武将である。ちょっと名が知れつつあるだけで、明日にはどうなっているか分からない。

 公方様が俺の顔を覚えているかもあやしい。

「助けたいわけじゃない」

「えっ」

「たぶん、な。俺のことを認めてくれたから、嬉しかったのは本当だ。尾張守護職の座が、咽喉から手が出るほど欲しかったとは言わん。権威にすがろうなんて、最初から考えていなかった。あった方が何かと都合がいい、っていう程度だ」

 ついでに名乗りを上げる時に、語呂が良くてイイ。

「幕府なんざ、さっさと潰れた方がいい」

「兄上、それでは日ノ本が更に混迷を極めてしまいます」

「もうあちこちで戦乱が起きているんだ。ちょっと悪化したくらいじゃ、どうってことはねえ。むしろ縋るものがなくなってからが本番だろう。バラバラになった国を一つにまとめて、天下獲ってやるっていう気持ちにもなるってもんだ」

「まるで他人事だね、信長様」

「他の人がやりゃいい。俺は、美濃と尾張で手一杯だ」

 本当にそうか? まだまだ物足りないんじゃないか。

 俺の中で嘲笑う声がする。どうせ内政は家臣に丸投げしている。やりすぎは毒になると知った以上、あまり革新的なことは進められない。俺はのんびりと状況を眺めていればいい。

 本当に、そう思っているのか?

 今年で32歳になった。タイムリミットまで、残り17年だ。俺自身に限っていえば、それまでに楽隠居してしまえば何とかなる。ただし俺の代わりに、奇妙丸が狙われるかもしれない。

 ふとした拍子に思い出す。

 あらゆる意味で勝てないと思った沢彦の、笑顔だ。

 坊主嫌いになるきっかけでもあるが、沢彦のおかげで今の俺がいる。何でも容赦なく叩き込んでくれたから、前世の知識を抱えながらも折れずに生きていける。坊主は嫌いだが、仏教は生きるために必要な教えだと思っている。

「幕府もそうだ。世の中を上手く動かすには必要だが、なくても困らないモンだ」

「それでも兄上は、公方様を助けようとするんですよね」

「いいや?」

 それは違う。たぶん、違う。

「悪いな。俺自身、よく分かってない」

「それでも殿の向かう先が将軍のおわす御所であるなら、付き従いましょう」

「尚清……」

「これでも細川京兆家の血を引く者です。通行手形の代わりにはなれますよ」

 そういえばそうだった。

 親父殿の代に、織田家と細川家に交流があったらしいことは聞いている。傀儡管領と化した今はともかく、ブイブイ言わせていた頃にどうやって婚姻関係が成り立ったかは不明だ。つくづく親父殿はとんでもない人物だったと思う。

 人脈が豪華すぎる。

 それを俺が台無しにしちまったので、草葉の陰で激怒しているかもしれない。

 尾張国は河内郡を残すだけ。知多郡は水野家の管轄だが、友好関係にある。三河国は家康の今後次第だとして、今川氏真とは仲良くなれそうにもないな。親の仇と手を組むのは嫌だろう。甲斐国と北近江に関しては「今のところは」という注釈が付く。

 伊勢と伊賀も、九鬼水軍や忍たちの活躍次第か。

 あれ? 意外に勢力範囲がすっごく拡大しているぞ。六角氏を何とかできれば、朝廷ともつながりができるんじゃなかろうか。いや、その前に幕府だ。あと貿易も何とかしたい、自力で。

「半兵衛」

「なーに?」

「又六郎に言わせると、六角氏の新当主は大したことないそうだ。お前もそう思うか?」

「そうだねえ。先代に比べると、って感じかな。それに三好長慶が死んだことで、幕府に近しい有力者層に変化が起きたから」

「長慶が死んだ?!」

「あ、うん。去年、病で」

 初耳だ。

 というか、去年は武田と浅井の相手をして終わった気がする。小牧山城も完成して間もない頃だったし、南近江や周辺まで気が回らなかった。これからはもっと広い視野で情報を集められるようにしないとダメだ。やっぱり伊賀忍の協力が不可欠になるな。

「ついでに教えておくと、長慶の前に細川晴元殿も亡くなっているよ。尚清殿の母方の祖父にあたる。もう一つの細川家も、将軍に仕えているらしいけど」

「暗殺に巻き込まれたらまずいんじゃないのか、そいつ」

「ありうるかも」

 どこまでも軽い半兵衛に、眉が寄る。

 親戚筋の尚清がいるのに配慮が足らんぞ。そっちの話題を出した俺が悪いのかもしれないが、将軍家とその周辺に関する情報整理をしなければ動けない。

「三好家の後継は?」

「嫡男が早世して、弟の子供である義継が養子となって家督を継いだみたい。実父も病死していて、後見人に三好家重臣の松永久秀と三好三人衆が立った。まあ、この松永って人が、黒い噂ばかりでね」

「暗殺を計画しそうな?」

「うん。もしも本当に将軍が暗殺されるんだとしたら、この三好家重臣の彼らだと思う」

 爆弾正が出てきたな。

 さすがに松永久秀の名前は、前世の俺も知っていた。茶人で風流を好み、織田家臣だった頃に平蜘蛛茶釜へ火薬を詰め込んで爆死した武将だ。信長に二度裏切っても許されて、大事にしている茶道具を渡したくない一心で諸共に散った苛烈な人物として伝わっている。

 やだなー、そんな危険人物と知り合いたくないぞ。

 美濃三人衆は織田家臣に加わったが、三好三人衆は悪人っぽいから嫌だ。将軍暗殺計画の首謀者だというなら尚更、嫌だ。明智光秀が家臣にならなくても、そいつらが俺を殺すかもしれないじゃないか。どうしよう、怖すぎる。

 そんなに喧嘩売ろうとしているのか、俺は。

 京の町を目前にして、帰りたくなった。

 寄り道どころか、ほとんど休まずに馬を走らせ続けてきたから早いのなんの。身なりを整えるためにも、町に入ってすぐの宿で休憩する案が出た。全員が疲れきっていたので、異論はない。こんなこともあろうかと、帯に金子を仕込んでいた信純の機転には頭が下がる。

「三郎殿の側近をやっていると、何かしら備えをするようになるんだよ」

「ああ、なるほど」

 温く微笑んでいる尚清、お前も織田家重臣だっていうことを忘れるなよ。




 夜の京は魑魅魍魎が跋扈する異界だって、誰かが言ってたんだ。

「だから来てみただけなんだー!!」

 小声で叫ぶ器用な俺、ノブナガ。

 手先は不器用ですが何か? ついでに今回も見事なまでに方向音痴能力を発揮してしまった。俺のステータスが後ろ向きにチートすぎてヤバい。何がヤバいって、命がヤバい。

「もはや、これまでか」

「いやいやいや、諦めるのは早すぎんだろ!」

「だが、……そうだな。お前だけでも逃げるがいい。余に地獄まで付き合うことはない」

「ド阿呆!! めっちゃ台詞が矛盾しとるわっ」

 ぎゃいぎゃいと噛みつくのは俺のスタイルじゃないはずなんだが。

 薄く微笑み、悟りの境地を開いている御方には通じていないようだ。腹立つなあ。イライラすんなあ。ハリセン持ってくればよかった。手には抜き身の刀(血まみれ)しかない。これを振るったら、スッパリ逝くじゃねえか。実行犯を大喜びさせてどうする。

「ん?」

 今、閃いた。

「どうした、三郎」

「死んだことにすりゃあいいんじゃね?」

 俺が何を言っているのか分からないのだろう。

 怪訝そうな顔をしている高貴な御方こそ、何を隠そう時の征夷大将軍・足利義輝公にあらせられるぞ。ああ、舌を噛みそうだ。なんで、こんなことになってんだろうな。本当にな!?

 説明しよう!

 京の町へ到着したものの、眠れなくて夜の街に繰り出す。→とりあえずウロウロする。→観光気分で、どこかの庭に入り込む。→肝試しの最高潮で、生きた将軍様と遭遇。→絶賛襲撃中。イマココ!

 己の引きの良さに身震いするぜ。

 スマホがあれば、信純たちを呼び出せるのに。俺一人じゃあ、義輝様を守りながら逃げるってのは無理すぎる。火事場の馬鹿力的な覚醒進化して、第六天魔王爆誕しないかな!? いや、俺のことだけどねっ。

「ええい、どこに逃げた!?」

「探せ、探せっ」

 賑やかな暗殺集団の声がしたので、俺たちは影に潜む。

 俺は途中参加だから、定番の「御命頂戴」を聞いていないんだよなあ。ウロウロしていたら、抜き身の刀を持った将軍様とご対面したわけで。ついでに「持っておれ」とか言われて、その辺に刺さっていた刀を渡されました。即戦力認定ありがとうございます。

 剣術凡人レベルに無茶ぶりすんなよな!?

 達人から見れば、誰でも同じに見えるとかかっ。

「ふ、ふふ……」

「公方様?」

 急に笑い出すとか怖い。

「将軍であろうと努力し続けた結果が、これか。結局は傀儡のまま、何も成せずに終わるというのか。余は、何のために」

「将軍以外の何かになるためじゃねえの?」

「馬鹿なことを。余は将軍になるために、育てられてきたのだぞ」

「世の中はなるようにしかならねえんだよ。歴史の大河はそうそう流れを変えねえもんだ。ちっぽけな人ごときがどんなに足掻いても、結果は変わらねえ。だから『何のために生きるか』なんて愚問も愚問、他人に答えを求めようとした時点で意味がねえ」

 義輝が口を開きかけたのは、反論するためだったのか。

 ふっと吐き出した息の続きを見守っていた矢先、不幸にも追手の誰かと目が合った。相手は俺を知らないし、俺も相手のことなど分からない。それでも互いに敵だと確信した。

 そいつが腹に力を込めて、吠える。

「いたぞ!!」

「チッ」

 呑気に見つめ合っている場合じゃなかった。

 俺は義輝を背に庇い、振り下ろされる刃を受けた。同時に背後でも似たような音がする。偶然にも俺たちは背中合わせになって、追手の凶刃を受けていたのだ。膠着状態になったところを蹴り飛ばし、体勢が崩れた頭から切り捨てた。ぬるりと滑って、斬れ味の悪さに不快感を覚える。

 左文字なら、国重なら、もっと――。

「三郎殿!」

「その声、又六郎!?」

「こっちだよ。早くっ」

 考えるよりも体が動いていた。

 義輝の手を掴むなり、声のする方向へ走る。後ろで戸惑う気配、増えた怒号、ここじゃない場所で剣戟の音がする全てを無視して、俺は夢中で足を動かした。義輝の手だけは決して放すまいと、何よりも神経を尖らせて集中する。

「離せ!! その手を放すのだ、三郎っ」

「…………」

「聞こえておるのだろう?! 余にも先程の声が聞こえたぞ。お前の迎えが来た。お前は助かったのだ。それで良いではないか」

「よかねえよ」

 全然、ちっとも、これっぽっちも良くはない。

 振り払おうとする手を必死に掴んで、へし折る覚悟で力を込めた。不敬だか無礼だか知らん。義輝が本気になれば、俺の手か自分の手を切り落としてでも逃げられる。この場合の「逃げる」は「生きる」と真逆だ。

 そんなのは絶対に認めない。何のために京まで来たか分からない。

 確かに助けるのかと問われても返事ができなかった。腹の中も頭の中も探ってみたが、はっきりとした答えが出てこなかった。それでも現実はこうなった。

 義輝は苛立って、まだ言い募る。

「お前が言ったのだぞ、三郎。歴史の大河はそうそう流れを変えぬ。余がここで奴らに討たれ、死ぬ定めというのならば」

「やかましい! 黙ってついてこいっ」

 御所を出て、宵も更けた闇の中で声を張り上げる。

「いいか、公方様。あんたは俺の獲物だ。こうやって捕まえてる限りは大人しく従え」

「それでは三郎まで」

「信長様!」

 往生際の悪い義輝の口上を遮って、京の町に馬の群れが現れる。

 ほぼ鞍のない裸馬だが、贅沢が言える状況でもない。馬とは別方向から信純と信包が走ってくるのを見つけ、俺は知らないうちに笑っていた。

「ナイスタイミングだ、半兵衛」

「殿。必要になるかもしれないからと、竹中殿に言われて持ってきたのですが」

「縛れ、尚清」

「し、承知しました」

「猿轡も忘れんなよ。ああ、抜き身だから鞘がないと、馬が危ないな。半兵衛、何かないか?」

「ええ、そこまで考えてないよ。しょうがない、僕が一本持つね」

「おう」

 ほどなく全員が馬上の人となった。

 一番若い信包に無体は働かないだろうという判断で、義輝を同乗させる。我が弟は初めて見る将軍に緊張しながら、手綱をとった。俺はそれを見てから、馬の腹を蹴る。

「はあっ」

 美しく整備された町並みに、馬蹄の音が高らかに鳴る。

 今夜のことは将軍誘拐事件、あるいは暗殺未遂事件と後世に伝わるのだろうか。いっそのこと、首謀者たちが「義輝は死んだ」と触れ回ってもいい。その方が面倒は減る。

「ねえ、どっちに向かうの?!」

「岐阜だ!」

 万が一の可能性を、俺は否定しない。

 もしも俺のことを調べるか、顔を知っている奴がいたとしたら、本拠地に何かしらの策を打ってくるだろう。刺客かもしれないし、幕府筋の使者かもしれない。前者の場合は身内も危険にさらされる。

 だが岐阜城なら、小牧山城から従軍してきた織田勢しかいない。

 もし城仕えの者にまで手を出す無差別殺人指向なら、俺もそういう方向で対応する。爆弾正のあだ名で知られる男のことを、今生の俺は知らない。会ったこともない。家臣に加える予定もなければ、どう関わっていくかも考えていない。

「三好家に因縁ができちまったな」

「六角氏が喜ぶんじゃない?」

「その六角と浅井も色々あんだろうが」

「モテモテだねえ、三郎殿」

「野郎にモテても嬉しくねえや」

 何故か楽しそうな信純にむすっとしていると、別方向から呼ばれた。

「三郎」

 義輝だ。縛られた公方様が、こっちを見ている。

「其方、織田弾正忠信長であったか」

「そうですよ、公方様。尾張守護職をくれたお礼に、獲ったばかりの城へ案内します。難攻不落の堅城と評判なんで、内装はともかく安心して休めるかと思いますよ」

「岐阜城といったか。そのような城は聞いたことがない」

 あはっと半兵衛が軽やかに笑う。

 信純が、尚清が、信包がそれぞれに感情を乗せた笑みを浮かべている。そんなことよりも、今頃気付いた。猿轡噛ませとけって言ったのに、めっちゃ将軍よしてる喋ってるじゃねえか。外したのは信包だな?

 俺の睨みに肩を竦めた弟は、それでも手綱はちゃんと握っている。

「前は稲葉山城と呼ばれていました。でも、岐阜城の方が素敵だと思いませんか?」

「まあ、確かにな。短くて覚えやすい」

「公方様は、兄上と同じことを言うんですね」

「そうなのか?」

 ええと、ここはノーコメントで。

次から新章に入りますっ


追記:九十九茄子→平蜘蛛茶釜へ変更


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ