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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
飛翔編(永禄2年~)
154/284

128. 堂洞の戦い

戦描写は苦手で(以下略)

 気持ちが落ち着いて、己の所業が恥ずかしくなってきた。

 地面に引っくり返って喚きながらジタバタするとか、俺は駄々っ子か。いいトシして何やってんだと一頻り自己嫌悪に陥ってから、こっそりと本陣へ戻った。大暴れしながら飛び出していったので、被害を受けた者に謝りたい気持ちもあったが、頭を下げたら負けだという気もする。

 特に織田軍は攻める側である。

 総大将の俺が気の弱いところを見せるのは、士気にかかわる。いや、大暴れした時点でかなり士気を削いでしまったかもしれない可能性は、ちゃんと分かっている。

「はああぁ」

「落ち着かれましたか?」

「……長近か。格好の悪いところを見せたな」

「いえ、殿ならば怒っても当然だと思います。それで、一つ提案がございます」

「何だ?」

「わしを堂洞城へ行かせてくだされ。岸信周きしのぶちかに降伏を促してまいります」

 岸信周は、佐藤家の八重緑を養女として迎え入れた男だ。

 そういえば彼女を救出するための手段は整ったのだろうか。もう時間がない。今夜中に堂洞城へ辿り着かなければ殺されてしまう。俺はさして身軽でもないし、城へ忍び込む手段など持ち合わせていない。

 信周が同盟破棄されても、人質を殺さない性格であればいいのだが。

 しばらく考えて、俺は堂洞城へ向かう許可を出した。

 とりあえずの時間稼ぎくらいにはなるだろう。猿喰城はまだ残っているし、加治田城の佐藤親子は俺たちが来ると信じて粘っている。加治田城と堂洞城は隣り合っているくらいに近い。

 猿喰城にも長く時間をかけていられない。

「水と兵糧を止めれば、降伏してくるか」

 いつもの独り言をこぼしてから、ハッとした。

 軍議をしている場所へ駆けこんでいき、置き去りにされている地図を覗き込んだ。これはひょっとすると、いけるかもしれない。ちょうど恒興たちも入ってきたので、俺は指示を出す。

「猿喰城を落とすぞ」

「い、今からですか!?」

「砲撃予定時刻は明日の未明だ。準備に時間がかかるからな」

「しかし……っ」

「長近が時間を稼いでくれるが、それまで何もしないわけにもいかんだろ。猿喰城を落とすのに兵を消耗したくない。城攻めはまだ始めてないだろうな? 包囲している兵を巻き込む可能性がある」

「すぐに呼び戻します!」

 数人がバタバタと出ていく中、宗吉と秀吉が残った。

「アレの出番が欲しいのである」

「信長様! わしにも何か手伝わせてください」

「抱え筒か……まあ、どさくさ紛れに使えんこともない」

 鉄砲以上に火傷の危険があるため、本音を言えばあまり使いたくない。

 それこそ玉砕覚悟の死兵が持ち出すようなシロモノだ。武将クラスの人間が使っていいものじゃない。宗吉に抱え筒のことを教えたのは、実際に持ち運びができるか確認するためだった。

 道中でやたら興味を示していたが、実戦に使いたいと言い出すとは。

「一発程度なら、問題ないのである」

「いやまあ、確かにそうだけどよ」

「わしも信長様の新兵器を使ってみたいのう」

「……分かった。一発だけだぞ」

 三台の大砲による一斉射、抱え筒の二人で威嚇攻撃。

 城壁を破壊できればよし。ビックリ仰天して白旗を上げてくれれば尚良し。それでも抵抗の意志を見せるなら、兵糧攻めだ。威力、飛距離ともに未知数なので結果が予測できない。

 今までも博打の真似事をしてきたが、今回は分の悪い賭けになる。

「なーんて、思っていた時期もありました」

 猿喰城主は轟音にびっくりして、真っ先に逃げ出したのだ。

 ちなみに大砲は見事に外れ、抱え筒は城壁にめり込んだだけという残念な結果に終わった。わざわざ伊木山から移動して、宝積寺山という小高い丘から狙ったというのに。

「降伏してこいよ。……殺さないから」

 先に降伏してきた鵜沼城主・大沢ナントカは縛って、伊木山砦へ置いてきた。

 何故か拷問を受けたような腫れた顔で項垂れていたので、見張りを殺して逃げ出すこともないだろう。俺が近づいただけで震えが止まらなくなるくらい、織田軍が怖いらしい。

 鎧をガシャガシャ言わせながら、長秀が近づいてきた。

「殿! 敗残兵は、堂洞城へ逃げ込んだようです」

「長近はまだか?」

「はい、見ておりません」

 説得に手間取っているのかもしれない。

 長近は蜂須賀と同じく、美濃出身の武将だ。知り合いが何人かいてもおかしくない。狙撃未遂事件の実行犯とおぼしき奴らも、長近と顔見知りだったようだ。俺は寛大なので、過去についてとやかく言うつもりはない。

 面と向かって刃を向けてきたら、その時はその時である。

「ふむ」

 抱え筒を使った宗吉たちも、大砲を担当した足軽隊も幸いにして無傷だ。

 猿喰城に伏兵が残っていないか警戒しながら、城内を探索する。兵糧や金目の物はしっかりいただいていく。火事場泥棒と言わないでくれ。戦後処理の一環として、戦場になった地域へ還元しなければならない。

「おっ、漬物発見」

「お待ちください。今、毒見を」

 ぼりぼり……うん、漬け具合がイマイチ。

 これはやっぱり素材の差だろうなあ。塩と麹を使っているから旨み成分は出ているが、野菜本来の味がしないから減点だ。美味い食事によって健全な肉体は作られるのである。

「信長様!!」

「行儀が悪いって? もうやんねえから、怒るなよ」

「たった今、金森様が戻られました! 岸信周の子・信房は降伏勧告を拒否。息子の首を刎ねて、徹底抗戦の意志を見せたそうですっ」

「…………救えない馬鹿だな」

 伝令からの報せを受け、ぽつりと呟く。

 主君に忠誠を誓い、最後まで屈しない覚悟は立派なものだ。武士の誇りを感じる。だが、そこまでする意味があるんだろうかとも思う。龍興に対して個人的な恩義があるとか、先祖代々続いた家柄の矜持を守りたいとか、尾張のうつけなんぞに従うのは真っ平御免とか、岸方にも言い分はあるだろうから、これ以上何も言わない。

「伊木山に戻るぞ!」

「ははっ」

 仕方ない、仕切り直しだ。




 相手が徹底抗戦を決めたなら、城を包囲する必要がある。

伊木山(この)砦を補強しておくか」

 近くに犬山城があるとはいえ、兵を詰めておける場所は多い方がいい。長期戦が確実となった今は尚更、その必要性が高くなった。長秀たちに命じて、ハリボテ砦をまともな仕様に変更する。

 十日ほどで完成させるとか息巻いていた。やっぱり織田軍コワイ。

 堂洞城の動きを注視しつつ、大砲も布で隠して持ち帰った。

 壊滅的に命中率が低いのが最大の難点だな。もっと数を増やさなければ意味がない。抱え筒は未使用分が三つあるので、戦略のうちに入れる。騎馬よりも、弓と鉄砲だ。

「攻城戦に、カタパルト……いや、バリスタが有用かな」

「池田様、ばりすたって何じゃろうの」

「私が知るわけないだろう! 五郎左にでも聞け」

「一言で説明すると、巨大な弓だ」

「そのようなものが城攻めに役立つのですか?」

「うーん、どうだろうなあ」

 曖昧な返事をすれば、秀吉と恒興が顔を見合わせている。

 前世はミリオタじゃなかったし、そもそも兵器に興味がなかった俺はバリスタの実物を見たことがない。名称と、大体の仕組みを知っているだけだ。どこぞの戦争で使われていた、という史実と共に。

「松明投げ込んだ方が、手っ取り早い気もするぞ」

「じゃあ、そうしようかな」

「戻ってきていたのか、又六郎」

「ただいま。元鵜沼城主を、犬山城まで護送してきたよ」

「ご苦労」

「すぐに開戦するかと思ったけど、睨み合いになっているみたいだねえ。こっちが仕掛けない限り、あっちも動かないつもりかな」

 のほほんとした台詞の裏に、長期戦を厭う響きがある。

 籠城された場合、どうしても時間がかかってしまう。鵜沼城・猿喰城の二つは早く片付いたおかげで、兵の疲労も軽微だ。交戦していないので、死傷者も出ていない。

 互いに余力がある状態で戦うと、甚大な被害が出てしまう。

 できるだけ犠牲を少なく抑えようとすれば、必然的に時間を浪費することになる。俺が小牧山城にいる家族を想うように、信純もお艶に逢いたいのだ。

「どうせ兵糧攻めにしても餓死寸前まで耐えるんだから、城に籠れないようにするしかないよね。ありったけの松明を放り込んで、燃やしちゃおうよ。城がなくなれば、出てくるでしょ」

「加治田の娘はどうなった?」

「ああ、ちゃんと助けたよ。随分憔悴していたようだけど、この戦場に置いといても邪魔だから。今頃は犬山城に着いているはずさ」

「そうか」

 生きていたんだな、よかった。

 俺はホッと息を吐く。怒りに任せて救出命令を出したが、我が子を切り捨てて抗戦の意志を示すような奴だ。見せしめに殺すくらいのことはやりかねない。あるいは人質を奪われたから、長近の降伏勧告に応じなかったのか。

 どちらにせよ、もう結果は決まった。

「各隊の準備が整い次第、堂洞城を攻める。相手は死兵だ、油断は死に繋がると思え。手加減無用、三方から苛烈に攻め立てよ。名を惜しむな、命を惜しめ! 守るべきものを守るために、織田の意地を見せつけよ!!」

「おおーっ」

「猿! 又六郎と共に工作部隊を編成しろ。松明はいくらあっても困らん」

「ははあっ」

「五郎左、恒興! お前たちは鉄砲隊、弓隊を率いて前線に向かえ。足軽隊の一部は投石衆と合同訓練をしていたな? そいつらは工作部隊に組み込め。加治田からも兵を出させろ。地元民しか知らない道を使い、進入路を確保する」

「承知っ」

「かしこまりました」

「それから孫九郎は……」

「残る抱え筒、持ってゆくのである」

「好きにしろ」

 気に入ったらしい。

 それぞれが命令を帯びて出ていく中、宗吉が喜々として抱え筒を取りに行く。

 加藤印の大砲と同じく前から弾を装填し、後方に仕込んだ火薬が爆発する勢いで飛ばすものだ。必然的に筒部分はとんでもなく高温になってしまうため、藁や布でグルグル巻きにする。

 燃えにくい素材、何かあったかなあ。

 いつか火だるまになる人間が出てきそうで怖い。

 というか、今のところは宗吉くらいしか抱え筒を扱えない。秀吉は一回で懲りたようだ。工作部隊の方が性に合うとばかりに大量の松明、油をたっぷりしみこませた矢まで作らせている。

「信長様!」

「おう、又助か。どうした」

「どうか私にも弓隊を率いる許可をお与えください。小隊でかまいません。必ずや戦果を挙げてみせますっ」

「許す」

「ありがたき幸せ!」

 勢いよく頭を下げたかと思えば、すぐさま取って返す。

 平時には瓦版作成や、俺の半生記のための取材に奔走しているせいで忘れていた。あいつ、斯波氏の家臣時代は弓の名手と謳われていたのだ。愛用の大弓は久しぶりに見る。

「ああ、なるほど。バリスタの構造もあんなのか」

 実際はもっと複雑かもしれないが、大体のイメージはできた。

 任意の地点へ運ぶことが大前提なので、大砲と同じように荷車みたいな足が必要になる。大きな車輪は移動に便利である反面、グラつきやすい欠点がある。微妙に角度を変えれば精度も上がるだろうし、発射の反動でブレない固定方法も大事だ。

 考え事をしながらウロウロしていると、法螺貝が鳴り響いた。

「馬!」

「はっ」

「槍!」

「ここに」

「出陣!!」

 叫びながら、馬の腹を蹴って飛び出していく。


  ワアァーーッ


 たちまち堂洞城の周辺は乱戦状態に陥った。

 日中でも分かる赤い火が、次々と城内に放り込まれている。一筋の矢が大きな弧を描いて、どこかへ落ちた。途端に爆発音が立て続けに起きる。轟音と炎に追い立てられて出てきた敵兵は騎馬の突撃を受け、抱え筒の音の代わりに鉄砲隊の攻撃が始まった。

 俺も馬を操って、片っ端から兵を貫いていく。

 この状態で白兵戦をやろうものなら、たちまち雑兵と一緒くたになってしまう。ひいひい言いながら傍を離れない無文字の旗印(を持つ足軽)と共に駆け回った。

 視線はずっと、堂洞城に固定している。

 とうとう正面の門も開いた。

「恒興ィ!!」

「今だ、城内になだれ込めーっ」

 今日も俺のメガホンは好調である。

 黒のうねりが炎上する城を侵食する様を、俺はじっと見つめた。黒母衣衆は連れてきていないので、兵たちの鎧が黒いのだろう。旗印は混雑していて、総突撃が始まったことを物語っている。

 激戦の末、数刻後に織田軍は撤収した。

 堂洞城を守っていた岸家は一族郎党全てが討ち死。女子供も関係なく、武器を振るって戦って果てたという。敵ながらアッパレ、などと褒める気にならなかった。

「死ねば皆、無価値だ。……くだらねえ」

 ぺっと吐き捨てた。

 そんなに織田軍へ降るのが嫌なら、民を巻き込むな。負けると分かりきった戦を仕掛けるな。もう無理だと分かった時点で、城に火をつけて自分たちだけが死ねばいい。

 くだらない、と俺はもう一度呟いた。

 戦に勝って浮かれる気持ちはたぶん、一生理解できないかもしれない。

鵜沼城主の大沢サンは秀吉の降伏勧告に折れて、命乞いのために伊木山砦(城)へ来たのですが、ぶちキレたノブナガに遭遇して(何故か)蹴るわ殴るわされて「拷問を受けたような」顔になりました。

知識チートしないって言った手前、ふんわりイメージで武器作るのってものすごく大変ですた……

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