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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
飛翔編(永禄2年~)
153/284

127. 信長、キレる

 新築の小牧山城には謁見の間がある。

 これまでも城主が謁見用に使っていた部屋はあったのだが、外部の人間を招くための専用部屋を新設したのは理由がある。いや、ほら……割り込んでくる奴とかいるからさ。

 臣下の躾がなっていない田舎者よと笑われたくない。

 しかも織田流の躾は物理である。たまにリアルで人が飛ぶ。

 なんか現代日本でもそういうシーン見たことあるなあと思ったが、あくまでも創作の世界に留まっていた。銃火器や事故で人間が飛ぶのとは違う。昔の人間コワイ。

 さて、話を戻そう。

「上総介信長である。遠路はるばるご苦労であった、使者殿」

 今の北近江って、周囲は敵だらけだろ。

 どこを通ってきたんだよ、何企んでいるんだよ吐けやオラ。という内心の訴えが届いたようで、浅井家の使者がわずかに肩を揺らした。ちなみに若いのと、中堅くらいの組み合わせだ。あからさまに嫌な予感がする。だって年上が、年下の後ろに控えているんだぞ。

 若い方の身分が上、っていうことじゃないか。

「お目にかかれて光栄です。私は浅井家当主、浅井新九郎と申します。こちらに控えておりますのは浅井家臣――」

「遠藤喜右衛門尉にござる」

「うむ」

 鷹揚に頷いた内心では大フィーバー中だ。

 うおおおぉい、長政来ちゃったよ!? しかも遠藤とかいう家臣、すっごい敵視しているんだが大丈夫なのか。家康んトコの忠勝くんみたいに、憧れの人だからつい睨んじゃうって感じじゃないぞ。明らかに不本意です、って顔に書いてある。本当にどうやって尾張国まで来たんだ、行動力ありすぎだろ。

 こんな面倒くさい案件なのに、なんで信純も長秀もいないんだ。

 帰蝶は出てこられないし、貞勝は呼びに行った人間がブリザード攻撃受けそうだし、信盛は墨俣城で家老衆に側近全員不在、だという珍事である。ああ、一益を表舞台に出すんじゃなかった。いや、あいつは言葉が足りなさすぎて通訳が必要だった。

 せめて恒興、恒興はどこに行ったんだ。あ、また国境警備隊に戻ってたわ。

「殿、とーのー」

 小姓の誰かが後ろから小声で呼んでいる。

「あ?」

「若様が見ておられますよ」

 何ぃ、奇妙丸がおれの雄姿を見つめているだと!

 途端にシャキッと背が伸びた。キョロキョロして我が子の姿を探すような、みっともない真似はしない。相手が焦れるくらい悠然と構え、ふてぶてしい笑みを浮かべているのが織田家当主だ。

 侮られる上等、尾張の大うつけの図太さを見よ。

「そういえば、賢政の名は返上したのだったな。若いのに気概があることだ」

「三河の松平殿を見習ったわけではありませんが、いつまでも属国に甘んじているのは性に合わないのです。父の代ならいざ知らず、今は自らが立って戦わねば何も守れぬと思いました」

「守るために、主君に刃を向けたか」

「あのような者、主君の器ではござらん!」

「止めよ、喜右衛門。信長殿の前であるぞ」

 信長殿と呼ぶか、青二才め。

 家臣を諫める新九郎を前に、俺は目を眇めた。六角氏に戦を挑んだのが15歳だから、今は18歳になる。完全に独立したわけでもないだろうに、まるで北近江の主と言わんばかりだ。

 虚勢と決めつけるのは、早計か。

 少なくとも幕府より尾張守護職をいただいた俺の方が格上である。

 それが分からない頭脳なら、そもそも圧倒的兵力差で六角軍に勝つことはできない。ということは、あえて対等な立場をアピールすることで何かを得ようとしている。何かって、同盟くらいしか思いつかない。

 感情的な部分を抜いても、同盟結びたくないんだよなあ。

 甲斐・信濃を守ってきた実績があり、冗句が通じる信玄とは違う。半分くらい本気で娘のどちらかを嫁がせろと思っているのだろうが、俺が嫌だと言えば引いてくれる。代わりの品はいくらでも思いつくからだ。尾張でとれた塩は、内陸部にとって金と同じ価値がある。

 今の浅井と織田が同盟を結んでも、浅井側が一方的に得をするだけだ。

 そして俺たちは六角氏に睨まれるデメリット付き。

 敵を弱らせるために同盟を結んで、別の敵が生まれたら本末転倒だろ。越前の朝倉は斎藤家と仲良しというわけでもない。国境沿いで小競り合いが続いていると聞く。

「さてさて、どうしたものか。俺は気が短い方でなあ? 先程()議が終わったばかりで、所用が詰まっている。かといって、わざわざ遠くから俺の顔を見に来てくれた者を無下にすることもできぬ。そうさな、願いの一つくらいは聞いてやるぞ」

「き、貴様……っ」

「止めよと言っているだろう。いきなり謁見を申し込んだのに、すぐ応じてくれたことに感謝するべきだ。っと、そうでした。信長殿、急な訪れをお許しください。こちらにも切羽詰まった事情がありまして、どうしても貴殿にお会いしたかったのです」

「切羽詰まった事情、ねえ。六角か? 朝倉か? それとも西美濃の方々か」

 さすがの新九郎も笑顔が固まる。

 戦国時代を代表するイケメン武将というウリだが、信包たちの方が美形だと思う。信行に至っては、出家してからマダムキラーと化した。龍泉寺の道悦と聞いただけで、女たちは顔を染めるという噂が立つくらいだ。

 あいつ、そのまま女嫌いになりかねないな。僧籍だからいいのか。

 雑念はさておき、俺への返答に困っている新九郎をゆっくり観察してみよう。いや、あんまり見つめすぎると誤解を生みかねない。後ろの忠臣の目がだんだんスゴイことになっている。

 そっちのケはないからな!? 本当だからな!

「……そのように強気なのは」

「ん?」

「武田が後ろ盾となったからではないのですか」

「若いもんをからかってやろうと温泉に誘って、勝手にのぼせて死にかけた奴を頼みの綱と拝むほど落ちちゃいねえよ。つーか、老い先短い年寄りに頼って共倒れしたらどうするんだ」

「え……あっ、そうです、ね?」

「新九郎様! うつけの言葉に騙されてはなりませんぞっ」

「さっきからコソコソやかましいわ、遠藤何某。そんなに若いご主人様が大事なら、こんなところまで来る前に全力で止めろ。切腹して止める気概もないくせに、図々しく座ってんじゃねえ!」

「な!?」

 直経は怒りのあまりに顔を真っ赤にして、声を詰まらせた。

 織田家臣で見慣れた面だ。どうして何も言えないのかも分かる。人間っていう生き物は感情が極まると、たちまち脳内渋滞を起こすのだ。言いたいことは山ほどあるのに、言葉が出てこないっていう現象である。

 一説によると、親父殿はそれで頭の血管切れて死んだと言われている。

 怒らせたのは俺か、信行か。どっちでもいいよな、昔のことだ。

「おい、浅井の方々がお帰りだ。丁重にお見送りをしろ」

「はっ」

 小姓衆が動き出したのを見て、新九郎は大いに焦る。

「信長殿! わ、私はまだっ」

「言わなかったか? 俺は忙しい。ろくな準備もせず恨み言だけ並べて、賢しげな常套文句で俺を怒らせようとしても無駄だ。あいにくと、誹謗中傷には慣れている」

「そんなっ。そんなつもりではなく、私はただ――」

「同盟を結びたいなら、最初からそう言え。信長うつけ相手に小細工は不要!!」

 きっぱり言い捨てて、俺は謁見の間を後にした。

 ああ、無駄な時間を使ってしまったぞ。

 脳筋連中は戦支度を始めているっていうのに、俺が遅れたら加治田城が危機に陥る。最近の美濃国は動きが早い。やっぱり竹中半兵衛が軍師として立った、と考えるべきだろう。

 無駄に回数ばかり重ねていた国境線の小競り合いも格段に減った。

 ゼロじゃない辺りが頭痛の種だとしても、相手の動きが変わったことで警戒も強まる。スクランブル出動がなくても、緊張の糸を切れないからストレスがたまるという理屈だ。小牧山城ができてから、相当に家臣たちも煮詰まっている。

 俺が焦らないと決めたから、それに従っていただけである。

 溜まったストレスは遠からず爆発していた。やっぱり米五郎左は流石だ。

「犬山城へ兵の受け入れを始めさせろ。詳しい編成は、俺が犬山城に着いてから決める。それから例のものを優先して運び込め。くれぐれも扱いには注意しろよ?」

「承知しました!」

「あの『玉』もですか?」

「それがなけりゃあ、ただの鉄塊だド阿呆!」

「も、申し訳ありませんっ。すぐ運ばせます!!」

 という小姓衆とのやり取りがあって、数日後には犬山城に着いていた。

 浅井? 知らんわ。おうちに帰っただろ。

 イライラしていたので後事を託すのを忘れていた。城を出る時は必ず城代と留守居役を指名していくのが常だったのに、冷静さを欠いていたらしい。それもこれも、あの新九郎のせいだ。

 もう絶対にお市を嫁にやらん。あんなのに嫁がせて幸せになれるわけがない。

「そもそも政略結婚からして、俺は気に食わんのだ」

「しかし御方様は、美濃との」

「とっくに同盟無効になってんだろうが! てめえも叩かれたいかっ」

「ひいいっ」

 逃げていく家臣Aと入れ替わりに、信純が天幕に入ってきた。

「かなり荒れているねえ、三郎殿」

「おかげさまでな」

 ぶすっとむくれて、俺は地図を睨みつける。

 犬山城での合流から間をおかず、俺たちは飛騨川を越えた。蜂須賀は重い鉄塊と黒玉に文句を垂れていたが、何とか無事に運んでくれたようだ。それぞれ三台ずつ完成した。抱える方は五つだが、担当する者が自分で持っていくことになる。

秘密兵器(アレ)の披露には、ちょっと早すぎるんじゃないの?」

「試運転も兼ねている。ある程度の広さがないと、正しい飛距離も計測できないからな」

「それもそうか。ああ、甲斐にはそれとなく知らせておいたよ。事後報告になると、色々オマケしてうるさく言ってくるかもしれないから」

「助かる」

 信純不在時にそのありがたみを痛感したので、このツーカーな感じは安心する。

 そして気を緩めるには早いことも分かっていた。加治田城では佐藤紀伊守親子が織田方として守備についている。北方三里先にある猿喰城では、今にも兵が飛び出す気配だ。

 ちなみに俺たちが陣を敷いたのは伊木山というところだ。

 犬山城から西に位置しているが、木曽川沿いにある高い山である。

 小牧山城と違って、戦後も残しておくつもりはない。簡易要塞として砦を建築し、ほとんどハリボテのような砦内部で軍議を開いた。その最中に鵜沼城落城の知らせが届く。目と鼻の先に迫った織田軍の圧力に耐え切れなくなって、とうとう降伏を申し出てきたのだ。

 その際、加治田城の話を聞いた。正確には佐藤紀伊守忠能(ただよし)の娘について――。

「ふざけるな!!」

 突然の怒号に驚いて、その場にいた何人かが腰を抜かして座り込む。

「あーあ、地雷を踏みぬいちゃったか」

「佐藤紀伊守、なんということを……」

「一益、信純! 今すぐ城へ忍び込む準備をしろ。城攻めは中止だ。くそったれ、やっとれんわ! どいつもこいつも本当に守るべきものが見えてねえっ」

 脱ぎ捨てた兜を投げつけ、俺は軍議の場を後にした。

 何か言いながら近づいてくる奴は蹴飛ばしたので、どんな顔をしていたかは知らない。戦国最強ならともかく、俺程度の蹴りでどうにかなるとは思えない。どうしても戦をしたければ、勝手に出陣していけばいい。

「俺は知らん!!」

 砦を出て、森に入って、木の根っこに足を引っかけて転んだ。

 なんという無様か。したたかに打ったあちこちが痛い。痛くて、冷静さを取り戻した。いやはや、とんだ独裁者である。戦をやると言ったり、止めると言ったり、横暴すぎるだろう織田信長。

 それでも、絶対に嫌だ。

 認めたくない。

「織田に対抗して同盟を組み、人質として娘を差し出しておきながら内応を受けて…………織田に、下るか。普通」

 ならば徹底抗戦を覚悟し、織田軍に玉砕しろなどと言わない。

 娘を助けてくれ、と頼めばいいのだ。

 東美濃の城主たちがどういう力関係だったかは知らない。ざっくりとした情報は入ってきているものの、複雑な事情までは窺い知れない。だから同盟は、仕方なかったのだろうと思う。

 娘を差し出して、ようやっと加治田城と周辺は安堵された。

「ふっざけるなあぁ!! うああああっ」

 乱世の倣いとか知ったことか。

 娘は殺されるだろうが、本望だろうとか嘘でも言うんじゃねえ。無理しているのがバレバレなんだよ、我慢して笑ってんじゃねえよ。これだから政略結婚は大嫌いなんだ。

 仕方ないとか、諦めるとか、そういう問題じゃねえんだ。

「くそがああああああ」

 俺は吠えた。吠え続けた。

 己の無力さが憎かった。ほんのちょっと手を伸ばせば届きそうな距離で、理不尽な死を賜ろうとしている娘が哀れでならなかった。八重緑、という名前なんか知りたくなかった。

 吠えて、暴れて、力尽きて、いつしか俺は眠っていた。

 冷たい滴に目を開けたなら、満天の星空が木々の向こう側に広がっていた。

浅井との同盟に奔走したとされる不破サンは元斎藤家臣なので、まだいません。

お茶友に「長政嫌いか(笑)」と言われましたが、乱世を生きた武将らしくて好きです。本当です



浅井長政...北近江の浅井家を背負う若者。とっくに元服しているが、六角義賢の一字をもらった「賢政」なので返上した(同時期に、正室とも離縁)

 若くして頭角を現した者同士、ノブナガと上手くやっていけるのではと考えていたのに言葉選びを失敗して怒らせる。消沈して帰る途中、お市とボーイミーツガールはしない


遠藤直経...通称は喜右衛門。長政の決断、六角氏との戦いぶりに心酔した浅井家臣の一人。

 ちょっと気持ちが暴走して先代当主を追放した過去もあるが、全ては長政のためなので後悔していない。織田との同盟にも猛反対していたが、武田との同盟に焦った長政を引き留めきれずに同行した

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