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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
飛翔編(永禄2年~)
152/284

126. 次代を担う者たち

稲葉山城が遠い…


 永禄7年、武田と織田の同盟が正式に成立した。

 すったもんだの末に何とか、かろうじて盟約が結ばれたというのが正しい。すっかり気心が知れてしまった俺たちに、織田家を格下と見る武田家臣が噛みついて、すかさず信純がやり返す。ときどき信玄と俺が諫めるんだが、どうにも二人は相性が良すぎるらしい。

 仲良く喧嘩しな、ってやつだ。

 最終的に両陣営から怖い顔したのが出てきて、それぞれ連れて行った。

 恥ずかしいやら情けないやらで頭を抱える俺を、なんだか微笑ましそうに見ている信玄は、息子にもそういう目を向けたことがあるんだろうか。歴史通りに進むなら、信玄の死後に同盟は破棄される。勝頼率いる武田騎馬隊を、織田の鉄砲隊が撃ち殺すのだ。

「先のことは、分かんねえよな。……うん」

 桶狭間決戦を経て、開き直りに近い気持ちになれた。

 直前で投げやりになったのは否定しない。もうどうにでもなれと思ったのは、やっぱり今川義元(てき)がデカすぎたんだろう。無事に大将首を取れたからいいものを、俺がビビッていたままなら負けていたかもしれない。

 ぞっとしない想像だ。

「殿? いかがなされましたか」

「ああ、いや。何でもない。続けてくれ」

 今日は同盟締結後はじめての定例評議会だ。

 いつも月初に開くので定期会議とも呼ばれているが、一か月の頑張り具合を見定めるものなので評議会で合っていると思う。家臣同士で互いの状況を評価し合い、意見を戦わせる。納得すれば受け入れるし、気に入らなければ反論する。

 白熱していくと、家老衆から制裁(ときどき物理)が下ることもあった。

 俺は傍観者に徹して、意見を求められた時も小姓衆が対応する。

 それでも主君の機嫌は気になるようで、さっきみたいに家臣から様子を伺ってくるのだ。家臣からの求めに小姓が対応できるのは、事前に各地の情報を整理しているためである。評議会の数日前から深夜まではみっちりデスクワークだ。

 どうしても消えない目の下のクマは白粉で隠す。

 俺専用のパウダーを作るため、肌色に近いベージュカラーが開発された。いや、だからな? そういうところで文明開化起こさなくてもいいからと声を小にして言いたい。だって恥ずかしい。

「大体まとまったようだから、本日の評議会は」

 言い終える前に、ドカドカと荒々しい足音がやってくる。

「おい! 加治田城が落ちたぞっ」

「あー、なんか前にもこんなことあったなー」

「聞いているのか、三郎!!」

「うるっせえよ、馬鹿兄貴! 会議中に土足で上がり込んでくんなっ」

「ちゃんと草鞋は脱いだ」

「そういう意味じゃねえっ」

 きょとんとしている信広に腹が立って、思わず肘置きを殴りつけた。

 痛い。ものすごく痛い。綿が入っているはずなのに、手首まで痺れたぞ。

「殿、落ち着いてください。加治田城は落ちたわけでなく、丹羽様の調略にて城主が降伏をしてきたのです。これで東美濃からの足掛かりができましたね!」

 おめでとうございます、と広間で唱和する。

 今、さらりと説明してくれた頼隆を睨んだ。なんで知っていると言いたいのだが、おそらく評議会が終わった後にでも俺へ直接報告するつもりだったのだろう。最新情報は混乱を避けるため、まず俺に集めるよう指示していた。

「それを、このっ、脳筋馬鹿が……!」

「悩んでいる場合か? 犬山城に兵を集め、すぐさま北へ進軍すべきだろう。龍興が臣下の裏切りを放っておくとは思えん」

「ああ、確かにな」

 広間のざわつきが大きくなる。

 信広の意見に俺が同意したことで、家臣たちはすぐさま戦支度を始めかねない勢いだ。何事も早さを求める織田信長、というイメージが定着しつつあるせいか。彼らには急がなければ置いていかれる、と思っている節がある。

 置いていくに決まっているだろう。出遅れた奴を待っている余裕はない。

 のんびりしていて、新たな犠牲が増えるのはコリゴリだ。

 前の犬山城主・織田信清は甲斐国に来ている、と信玄からタレコミがあった。弟は死んだのに生きていたのか、としか思えなかった。どうするかとも問われて、任せると返事しておいたから今頃どうなっていることやら。

「又六郎」

「分かった。一足先に戻るよ」

 現犬山城主の信純が席を立ち、数人が追いかけていく。

「五郎左、よくやった。加治田城の者には金子を与えてやれ」

「そう仰ると思いまして、既に使者へ渡しておきました」

「さすがだな」

 一歩間違えば越権行為だが、長秀だからこそ許される。

 美濃国において加治田城に近い城といえば、鵜沼城と猿喰城である。加治田城周辺は戦場になるため、与えた金子が兵糧代になればいいんだが。尾張国境からは飛騨川を渡らなければならないので、また川並衆の世話になりそうだな。

 ついでに秀吉も連れていくか。

 小牧山城下の環境整備は、清州城下町とほぼ同じパターンで行っているらしい。そのせいで、以前ほど忙しくないと聞いている。たまには目立ちたい、とこぼしていたからちょうどいい。

「加治田は関の町も近いですし、手に入れておくに越したことはありませんぞ」

 広間に残っていた家臣の中から、そんな声が上がった。

「おお、鍛冶で有名な関か!」

「ちょうど、わしも新しい刀が欲しいと思っていたところよ」

「刃こぼれが気になるようではまだまだ。手入れはきちんとやっているのか?」

「当然だ! もののふの魂を粗末に扱うわけがないっ」

「分かった分かった。やる気があるのは十分伝わった。だが、今回は俺にも試したいことがある。編成はおって伝えるから、待機しておけ。以上!」

 俺の宣言に合わせ、鐘が数度鳴った。

 犬山城に近い者は自領に、遠い者は武家屋敷へと戻っていく。織田軍には兵が揃わなくても単身でついてくる戦馬鹿が多い。成政は俺のせいだと恨めしそうにしているが、だんだん戦功を立てにくくなっているのを逆恨みされても困る。

 命あっての物種だ。功に逸って重傷を負ったら、戦線離脱もありうる。

「あ、そうだ」

「どうした、三郎」

「まだいたのかよ、兄貴。ちょうどいいや、頼みたいことがある」

「そ、そうか! 可愛い弟がどーしてもと言うのなら、聞いてやらんでもないぞっ」

「じゃあ、いい」

「さぶろー!!!」

 織田家はどうして、面倒な奴が多いんだ。織田家臣もそうか。

 信広の遠吠えをBGMに、上条城へ使いを出した。今回の評議会に宗吉が欠席する旨を伝えてきたが、体調を崩しているわけでもなさそうだ。それこそ上条の兵を連れてこなくても、宗吉さえ来てくれればいい。

「量産計画も立てないとなあ。鍛冶工房は、どうやって拡張するんだ?」

「楽しそうですね、父上」

「まあな。……奇妙丸」

「はい!」

「お前は留守番だぞ。元服もまだなのに、出られるわけないだろ」

「えーっ」

「だから言ったじゃないですか、若様」

 奇妙丸の後ろで、げんなりとしているのは信盛の息子か。

 二人とも随分と大きくなったものだ。奇妙丸には乳母がいても、乳兄弟がいない。傳役は久秀に断られたが、そろそろ大人の存在も必要だろう。懐いてくれるのが嬉しいからと、親離れができないまま元服を迎えるのも問題だ。

 奇妙丸には、次代の織田軍を率いてもらわければならない。

「甚九郎だったか?」

「は、はいっ。右衛門尉信盛が子、甚九郎です! 父がお世話になっておりますっ」

 びしっと背筋を伸ばす少年が微笑ましい。

「お世話って……」

「父上、そこは流してあげてください。甚九郎の精一杯なんです」

「ひどいです、若様」

「愛があれば許されるんだよ、知らないの? 甚九郎」

 なんだろう。子供らしい無邪気さの裏に黒いものが見え隠れする。

 奇妙丸はまだ何か言いたそうにしていたが、お五徳の乳母が助けを求めてきたので甚九郎を伴って子供部屋へ向かった。二人の弟は二の丸から滅多に出てこないのに、奇妙丸は随分と活動的になったと思う。

「警備を増やすか……」

「承知しました」

「うわ?!」

「一益が一子、彦七郎一忠にございます。お初にお目にかかります、大殿」

「あ、ああ。一益の息子か。この間、元服したっていう」

 バクバクする心臓を着物の上から抑えつつ、息を整える。

 なんだか次々と人が出てくる日だ。現れた時と同じようにサッと消えた少年の影を見つめ、ぽりぽりと首の後ろを掻いた。ああいう若いのを見ると、急に年を取った気分になるな。

「俺、まだ三十路になったばかりなのに」

 満年齢なら、かろうじて二十代だ。

 前世と合わせたら、この時代の妖怪レベルになってしまうので考えない。出家した人間が長生きする傾向にあるのは、やっぱり穏やかな日々を送っているからなんだろう。戦に出ないし、隠棲生活はのんびり美味い物を食べて、趣味に没頭できる。

「早めに引退しよう。楽隠居万歳」

 あれ? そういえば、本能寺の変って家督譲ってからの話だっけか。

 首を傾げた俺に、上条城への使いを頼んだはずの藤八郎が駆け戻ってきた。よほど急いできたらしく、肩を激しく上下させながら俺を見上げる。

「もっ、申し上げます!!」

「何があった、藤八郎」

「今しがた、北近江の浅井家からご使者が参られました。殿への謁見を求められております」

「はあぁ!?」

 五月晴れの爽やかな空に、俺の素っ頓狂な声が響いた。

佐久間信栄さくまのぶひで...通称は甚九郎(幼名不明)

 信盛の長男で、奇妙丸の一つ年下だったことから遊び相手として城へ招かれる。何かと振り回される傾向にあり、ちょっと困った顔がデフォルト


滝川一忠たきがわかずただ...通称は三九郎。一益の長男だが、生母は不明。

 父・一益の命により、元服後から奇妙丸の影となった

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