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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
飛翔編(永禄2年~)
151/284

125. 虎の威を借るうつけ

サブタイトルの本当の意味は次話にかかってくるんですが、しっくりくるのが思いつかなかった…

 これだけは言わねばなるまい。

 武田の忍による尾張国侵入は、おっさんの大嘘だった。

 攫われたはずのお艶は自分から尾張国を出て、甲斐国へ向かったのだ。定期連絡に妻へのラブレターが同梱されていたが、それでまんまと誘い出されたらしい。お茶目なところも魅力の一つ、なんていうふざけた言い訳込みの謝罪文が届いたので、読了後に破り捨てた。

「お濃!! 塩!」

「甲斐国に塩を送るのは、友好の証と思われるんじゃないかしら」

「オーマイガー」

 帰蝶の冷静なツッコミに、思わず崩れ落ちる。

 海も山もある尾張国にとって、塩はそんなに高級品でもない。むしろ栽培方法が確立されていない椎茸が超高級品で、松茸がそんなに珍しくもない現実に打ちのめされた。価値観が、俺の価値観が二転三転どころか、七転八倒している。

「だから、ごめんなさいって言っているじゃないの。わたくしだって騙された方なのよ?」

 優雅に茶を飲みつつ、全く悪びれる様子のないお艶。

 ちゃっかり奥様戦隊に加入して、ねねやおまつとも交流を深めているようだ。最近は刺繍と染めに凝っていて、そこから始まった奈江の簡単手染め教室が巷で話題を呼んでいる。

 意味が分からないって? 俺もよく分からん。

 多彩な文化が盛り上がるのはいいことなので、織田家として認可している。俺が派手好みであるという間違った情報のもと、金糸や原色を使った模様の織物も作られるようになった。さすがに金も手間もかかっているし、庶民層には手が出ないシロモノだ。

 俺が奨励したいのは江戸時代に流行った庶民文化なんだがなあ。

「カッコイイから許す」

「ありがとうございます!」

 黒が基調の陣羽織を愛用しているせいか、献上される品は黒系が多い。

 着物も黒なら、刀の鞘も黒、帯通しも黒、黒足袋に黒草履まで用意されていた。

 とにかく黒一色なら断ることもできるんだが、金銀の使い分けや各種色糸をふんだんに織り込んだ芸術品という名の努力の結晶を受け取らなかったらバチが当たる。着実に第六天魔王への道を歩んでいるような気がしてならない。そして愛する息子に討たれるわけだ。うん、別にいいか。奇妙丸にはマトモな道を歩んでほしいもんな。

 少しずつ発展しつつある街並みをそぞろ歩きしていると、一筋の煙に気付いた。

「お?」

 火事じゃない。鍛冶屋だ。

 武士の生命線である刀鍛冶は、城下町に必ず存在する。名工のいる町まで通う剛毅な者もいるらしいが、俺はあんまり気にしない。無名でも腕が良くて、きっちり仕事をしてくれる人なら問題ない。プロ技師には気難しい性格がありがちとはいえ、権力に物言わせたところで魂のこもった仕事をしてくれるか分からない。

 いい仕事には、ちゃんとした信頼関係が必要だ。

 そんなことを思いながら戸口に立ってみても、人気がない。鍛冶屋の主は不在なのだろうか。仕方ない、出直すかと踵を返した途端に声をかけられた。

「なんでえ、お前は」

「加藤のおっちゃん!? にしては若いな」

 那古野城下にいる鍛冶師はそろそろ五十になろうかという年頃だ。

 しかし、よく似ている。向こうはすぐに俺のことが分かったようで、目を細めて頷いた。

「……ああ、うつけ様か。話は聞いてる。中に入んな」

「いいのか? 神聖な場所なんだろ」

「そんなことも知ってんのか。本当におかしな殿様だなあ」

 しゃがれた声で言いながら、物珍しそうに俺を見る。

 ドワーフみたいなずんぐりむっくりの体つきは、腰が曲がっているせいだ。

 ずっと鋼を打ち続けていると、どうしてもそうなってしまうらしい。刀鍛冶志望でも、その過酷な労働環境に嫌気がさして逃げていく弟子もいるそうだ。この男も腰が曲がって、汗をかきすぎて禿げるわ、残った髪はチリチリになるわ、顔も火傷だらけ、腕や足もゴツゴツしていて同じ人間とは思えない。

 俺はむしろ、ドワーフっぽいのが嬉しくなる。

 昔の日本なのに、ファンタジー要素が含まれている感じがイイ。モンスター退治は無理だろうが、妖怪退治くらいはしていみたいな。探せば、そういう怪しい噂が見つかりそうだ。

「明日にでも城へ持っていこうと思っていたんだが、手間が省けた」

 煤けたボロ布をばっさー、と避ける。

「お、おおお……っ」

「正真正銘の大筒だ。おやっさん、じゃねえや。師匠のところは抱え筒を作ってんだろ? どうせ作るなら、同じもんを作ってもしょうがねえからよ」

 ドワーフが何か喋っているが、俺は黒光りする大筒に釘付けだった。

 紛れもなく設置型の大砲だ。しかも筒部分の厚みがすごいし、発射口もしっかり強化されている。これなら一発、二発で割れることもないだろう。最初に大砲を作ろうとしていた時、高熱に負けた筒が弾けてしまう問題に頭を悩ませていたのだ。

「問題は、どう運ぶかだなあ」

「んなもん、荷車で持っていくつもりだった」

「へ?」

「ここにあっても仕方ねえだろ」

 何を当たり前のことを、と言いたげなドワーフ。

「あのな、荷車は木製だぞ。大砲に火をつけたら、一緒に燃えちまうじゃねえか」

「積んだまま撃つのか?」

「そりゃあ、角度を決めるには荷車みたいなのがちょうどいい――」

「ふん、分かった。ちぃっと時間はかかるが、殿様の考えてる通りにできるようにしてみる」

「できるのか!?」

「やらなきゃ、この大筒が役に立たんろうが。こいつで稲葉山のお城に大穴を空けてやれ」

 筒を叩いて、そんなことを言う。

 織田軍の次なる標的は美濃の斎藤龍興、という噂はあちこちに広まっている。戦のにおいを嗅ぎつけて浪人が集まってくるので、治安維持の強化が必要だと評議会で話したばかりだ。即戦力が増えるのはありがたいが、命令に従えない輩は暴徒と同じだ。

 早い段階で集まってきた者は、まず簡単な試験を受けさせる。

 かなりゆるーい試験だから滅多なことでは落選しない。

 それでも落選者が皆無じゃないので、受け皿として遊撃部隊枠がある。それっぽい名前をつけただけで、突撃命令しか出ない捨て石集団だ。個人的にはあんまり好きじゃないが、統率力の高い軍隊を作るためには仕方ない。

 その捨て石集団に利太の姿があるらしいというのは、冗談であってほしいな。

 ふと気が付けば、ドワーフがこちらを睨んでいた。

「加藤清忠だ」

「あ?」

「昔、道三様に仕えていた。つまんねえ怪我して、戦えなくなったんだけどよ。たまたま同姓のよしみで、おやっさんに拾われたんだ。こんなののどこが気に入ったんだか、大事な娘までくれて……ガキまで生まれちまった」

「そう、だったのか」

 大砲を撫でながら、淡々と話すドワーフ(きよただ)を見やる。

 思わぬ縁があったものだ。彼はどんな気持ちで、大砲を完成させたのだろう。

「義龍も、龍興も、馬鹿野郎だ。風の噂じゃあ、道三様が美濃を託すと決めた相手は尾張にいるって話じゃねえか。それも尾張のうつけ様だってなあ。そんなら俺にだって、やれることがあらぁなってよ」

「清忠……」

「大筒を運べる荷車を作ってやる。だからよ、頼んだぜ。お殿様」

「ああ、稲葉山城に大穴空けてやる。約束だ」

 清忠は満足げに笑い、また大砲を撫でた。




 小牧山城へ戻った俺は、大砲を使った城攻めについて考え始めた。

 鉄砲はかなり普及しつつあるが、大砲はまだ知名度が低い。日本列島のどこかには存在していると思う。中世ヨーロッパでは使われていたんだから、日本に輸入されていないとは考えにくい。おそらく作るのが大変だとか、耐久性などの問題で広まっていないだけだ。

「大砲そのものは、荷駄隊と一緒に運ぶか。砲弾は完全に別口にした方がいいな。万が一ってこともある」

 砲弾は巨大な鉄玉だ。

 丸くてツルツルしている黒玉は滑りやすく、固定しないと落ちるかもしれない。大砲の認知度が低いということは、それだけ扱いに気を付けなければならないということである。必然的に進軍速度もかなり落ちるが、事前に運んでおくことができれば時間短縮を図れる。

「西美濃、寝返ってこねえかなあ」

 もう何度呟いたか分からない。

 ごろりと転がって、天井を見上げた。遠くでは子供たちの遊ぶ声がする。城内はこんなに平和なのに、俺はなんで人殺しの計画なんて立てているのだろうか。

 しかも大量殺人だ。現代日本じゃあ精神異常を疑われるレベルだ。

「ゲームだと思えば、ちょっと違うか? いや、そもそもゲーム感覚自体がダメか」

「信長様」

「うお!? って、なんだ。竹坊かよ」

「家康です」

「そっちこそ信長様とか他人行儀、な」

 ぶつくさ言いながら起き上がると、家康の後ろに見慣れない少年がいた。

 しかも、凄い顔で睨んでいる。子供には好かれるタイプだと思っていたんだが、例外もあるもんだなあ。家康に仕えている小姓らしき少年は、さっきから瞬きもしない。

「こら、鍋之助。見つめていないで、信長様に挨拶しなさい」

「お初にお目にかかります。本多忠高が子、平八郎忠勝です」

 ぺこちゃんと頭を下げたかと思えば、また睨みつける。

 うーん、戦国最強に敵意を持たれるようなことをしたっけ?

 同盟を結んだ後の雑談で、松平家臣団には織田家に反感を抱いている者も多いと言っていた。親父殿のとばっちりで恨まれるのは納得がいかない。しかも相手は戦国最強だ。生涯無傷の男である。毛深い体質なのか、モミアゲがすごい。髭を生やしたら全部繋がりそうだ。

 俺も何となく睨み返していると、横から救いの手が入った。

「こら」

「いたっ」

 叩いた。戦国最強にチョップしたぞ。叩いた方が痛そうだぞ、家康。

「何をするんですか、家康様」

「信長様に用があるのは僕。鍋之助は、付き添い。ちゃんと覚えてる?」

「平八郎です」

「うん、憧れの人に出会えたから緊張するのは分かるけど。熱く見つめているだけじゃ、何も伝わらないんだからね? 本当だよ」

「分かっています」

 打てば響く返事はともかく、なんだかおかしな台詞を聞いた。

 憧れの人と言ったか、今。誰のことだよ、一体。二人の言う「憧れの人」を探してキョロキョロしてみるが、中庭にも人影がない。隠れているとしたら滝川一族、一益辺りだろうか。あいつもいつの間に、そんな有名人になってしまったんだろう。

 織田軍の知名度がウナギ登りである。鰻食いたい。

「――…様、信長様」

「…………」

「三郎兄上」

「おう、どうした?」

 呼ばれていたので返事をすると、家康は疲れたような溜息を吐いた。

「話が一向に進まないので、用向きだけを伝えますね」

「え? なに、なんで怒っているんだ?」

「甲斐との同盟を結んだ、というのは本当ですか。三郎兄上の娘を、勝頼殿の正室にするという話でまとまったと」

「あンの嘘吐き親父がー!!!」

 娘はやらんと断言したのに、勝手に話を進めやがって。

 お艶を巻き込んだ謝罪文を送ってきたから、礼儀として返事をしただけだ。それ以外のことは何もしていないし、何も話していない。それとも温泉でのぼせて倒れたのを放置して、さっさと国へ帰ったのを逆恨みしたのか。

 甲斐の虎が聞いて呆れる。なんという心の狭さだ。

「ええっ、嘘なんですか? 甲斐国が後ろ盾についたので、僕たちはもう用がないと思われたら大変だって、家臣みんなから追い立てられるようにして急いできたのに」

「家康様はお役に立ちます、たぶん」

「たぶんって何!?」

「きっと」

 こてんと首を傾げる仕草は、忠勝がやると全く可愛くない。

 とても残念だ。そして暇さえあれば、俺を睨みつけるのを止めてほしい。そろそろ穴があくから。憧れの人というのは、家康の勘違いに違いない。きっと。

「……同盟、なあ。嘘から出た実っていうのもアリか」

「アリじゃないですよ! 三河のことも忘れないでくださいっ」

「安心しろ、清州同盟は健在だ。そっちと混ぜるつもりはないから」

「でも以前から、甲斐国との交流はあるんです。もともと今川家と武田家は政略結婚で結ばれた間柄ですし。その関係でまあ、色々と」

 俺は思わず半眼になる。

 それで織田家とも手を結んだぞ、とわざわざ家康の耳に入れてきたというわけか。全く、抜け目のない色ボケ爺である。諏訪御料人に生ませた息子の嫁にするとは、信玄も考えたな。嫡男の義信だったら年の差や正室の存在を理由に断れたのに、元服したばかりの勝頼には正室がいない。

 それでも一回り以上の年の差がある。よって、娘はやらん。

「改めて、甲斐に文を送るか……」

「だから三河のことも忘れないでくださいってば! なんなら鍋之助置いていきます。もうすぐ本格的に美濃侵攻を始めるんですよね。お役に立ちますよ、きっと」

「家康様?!」

「同盟の証として! 是非!!」

 ものすごい勢いで売りつけられたが、二人まとめて三河国へ帰ってもらった。

 真面目な話、家康の危惧も分からなくはない。乱を鎮めた直後に義元が死んで、独立したばかりで再び三河国内が荒れ始めているのだ。独立云々で今川家と敵対してしまった以上、頼れるのは尾張国の織田家しかいない。

 そこへ強大な甲斐国が割り込んでくると、三河国の立場がないのだ。

 属国扱いなら、いっそ諦めもついたかもしれない。対等な関係を望むと俺が言ったから、家臣ともども不安に駆られて城を飛び出してきたのだろう。ちょっと可哀想なことをしたな。

「それでも甲斐との関係は、捨てがたい」

 娘はやらんぞ、絶対に。

帰り道の三河主従

「酷いですよ、家康様」

「やっぱり鰻かな」

「聞いてます?」

「ああ、今からたくさん罠を仕掛けておかないと!」

「止めてください。鰻同盟とか呼ばれたらどうするんですか!!」



鍛冶師の見た目については、ねつ造設定を多分に含みます。

ドワーフみたいな姿になっていたらいいな、って思っただけです。

※大砲(大筒)の認識は、当時の常識とズレがあります。ノブナガは完全に憶測で語っていますが、この頃の九州では輸入した大筒が実践投入されていたはずです。


加藤清忠...加藤清正の父。美濃出身の刀鍛冶。

 ノブナガが「加藤のおっちゃん」と呼んでいる加藤清兵衛の娘・伊都と結婚し、今は小牧山城下の鍛冶屋で働いている。

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