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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
飛翔編(永禄2年~)
148/284

123. やさしい御城のつくり方

 家康たちが帰ってから、俺はまた美濃攻略について頭を悩ませることになった。

 清州同盟によって東の抑えは、なんとか大丈夫だろう。なにせ家康には、戦国最強と謳われるホンダム……じゃなくて本多忠勝がついている。他にも頼れる側近がいるようなので、ひとまず安心だ。信元も、これからは松平寄りの親信長派として外交に乗り出すらしい。

 大変心強い。余は満足じゃ。

「犬山城は、このまま信純(不在)に任せるとして」

 すっかりお馴染みの地図を睨みつける。

 信興はまだ末森城に置いておきたい。家康たちのことは信用している。何かあった場合、すぐ動ける身内がいると俺も助かるのだ。長利は不穏な空気を嫌がって、美味探求の旅に出てしまった。出陣続きの自分に比べて、長益は長期休暇をもらっているみたいでズルイというのだ。いや、長益は帰れなくなっているだけだから。勘違いするなと言っても聞いてくれなかった。

 小さい頃はもっと素直――でもなかったな、うん。

 フリーダムでマイペースなのが又十郎長利という男だ。無類の甘味好きで半ニート生活を送っているくせに、でっぷり太っていないのが不思議なくらいである。大食い大会を開いたら、ダントツ優勝してしまうに違いない。

「清州から出陣すると、遠いんだよなあ」

 まだ幼い子供たちのことを考えると、往復距離は短い方がいい。

 奇妙丸に全部取られたら、俺は何を支えに生きていけというのか。織田と斎藤のイイトコ取りをした長男は、文武両道の後継者として成長しつつある。なんかもう、早々に楽隠居も夢じゃないぞ。息子の方がより良く織田家を導いていける、と確信している。

 だが美濃はダメだ。

 身内同士で戦うのは俺の代で終わらせなければならない。龍興は奇妙丸の従兄弟になる。すっかり堕落して、どうしようもない馬鹿殿になりつつあるらしいが俺の知ったことか。それが本当なら好都合だ。さっさと攻め落として、しまえないのが辛い。

「城を移す! よし、決定っ」

 そう意気込んでみたものの、定例評議会での反応は鈍かった。

 清州城の居心地が良すぎるのだ。織田本家が代々守ってきた城、というのもある。那古野城下町をモデルとして、町と武家屋敷の組み合わせも上手く行っている。津島から来る商人に評判がよく、清潔で美しい町として名が売れてきた。

 居城を移すとなったら、また城下町の整備から始めなければならない。


『臭くてゴミだらけの町にはウンザリだ』


 家臣どもの顔に、そう書いてあった。

 キレイにしたのは秀吉たちなんだけどな! 指示したのは俺だし、商工会との交渉や国内流通を頑張ったから、今の清州城下における繁栄がある。

 でもなー、遠いんだよなー。

 このまま美濃国を放っておくわけにいかない。これは皆も了解している。いつでも出陣できますぞと意気込むのはいいが、稲葉山まで行くための兵糧が心配だ。一度は墨俣まで攻め入ったものの、大軍によって押し返されたのは記憶に新しい。

 秀吉が一夜城つくる気配もなければ、斎藤軍に隙が見当たらない。

「稲葉山城からどんどん兵を送りこめる龍興と違って、墨俣を中継点にしても編成できる兵力に限界がある。そこが問題だ。清州じゃ遠いんだっつーの」

 信純、早く戻って来いよー。俺のオツムじゃ足りねえんだよー。

 せっかくだから甲州金についても調べてこい、と言ったのは俺だ。定期連絡はちゃんと届いているし、信玄との謁見も近いうちに叶うかもしれない。ああ、羨ましい。

 中庭から見えるあの青を、信純も見上げているのだろうか。

「信州蕎麦、ほうとう鍋、味噌田楽……」

「饅頭しか出せませんよ」

「よく来た、伊右衛門。茶を寄越せ」

「その繋がりがよく分からないんですけど」

 ぶつぶつ言いながらも、ちゃんと茶を用意する一豊はいい奴だ。

 旅装束なので、またどこぞを歩き回ってきたのだろう。はて、何か頼んでいたっけなと首を傾げる。西春日井の検地には勝吉を行かせたような気がする。

 荒子の前田家も最近は真面目に農地改革に勤しんでいた。

 桶狭間の決戦以降、海側にも人員を割いている。こういうこまめな対応が、有事には役立つのだ。遠征途中で民の善意でくれる陣中飯の美味いこと、美味いこと。

 日々の蓄えを分けてもらうのだから、お返しするのは当然だ。

 まったく相互扶助とはよく言ったものである。服部党の一員らしき奴を捕まえた、と海東郡から報せが届いた時には開いた口が塞がらなかった。え、何? 前田家が農兵育成始めたの、と問い返してしまった。違っていてよかった。

 農民は農業だけに専念してほしい。

 そりゃあ臨時収入ほしいだろうけど、男手が減ったら年貢も減る。どんなに頑張ったって、女子供で広い田畑を維持できるわけがない。一年間の努力が実を結ぶ時、収穫された様々な食料に感謝するのだ。そう、美味いは正義。

 この饅頭、皮がしっとりもちもちで最高に美味い。茶の渋味がたまらん。

「僕、帰っていいですか」

「いやいや、待て待て。ちょうどいいところに来たな、右門」

 隠密行動していた時期の名で呼べば、一豊は居住まいを正した。

「厄介事ですか」

「面倒事だ」

「えー」

「嫌そうな顔をするなよ。俺とお前の仲だろう」

「だって三郎様、無理難題ばかり押し付けてくるから大変なんですよ。頑張っても、なかなか表向きの功績には繋がらないし」

「左門だって、そんなに功績を挙げていないぞ?」

「傳左衛門はいいんです。じっくり地道にコツコツやるのが性に合っているんですから」

 うむ、褒め言葉に聞こえない。お前ら、ダチじゃないのかよ。

 俺は一豊の野心を隠さないところが気に入っていた。人当たりの良さそうな顔をして平気で毒を吐いたり、腹黒い一面を見せたりもする。俺のところへ来るのに、土産まんじゅうを忘れない点も高ポイントだ。

「三郎様、城を移すアテはあるんですか?」

「唐突だなあ、オイ」

「宗吉様がぼやいてましたよ。殿は頭の回転が速すぎて、皆がついていけないって」

「いや、俺はふつ」

「普通じゃないですって。いい加減、認めましょうよ」

「…………ふつうだし」

「城を移すアテがないから、皆も納得しないんじゃないでしょうかね? どこに城をつくるとか、改修予定の城を明確にすれば、賛同してくれる人も出てくるはずです」

「採用!」

 俺は嬉しくなって、すぐさま緊急会議を招集した。


**********


 俺は再び、中庭へ呼び出した一豊と対峙していた。

「右門の嘘吐き!! めっちゃ反対されたわ!」

「そりゃあ反対しますよ。二之宮山って、ほぼ未開地じゃないですか」

「美濃攻略のための城なんだから、できるだけ近い方がいいに決まってんだろ。なんで奴らは分からないんだ。戦やりたい、出陣させろとやかましいくせに。我儘な奴らめ!」

「落ち着いてください、三郎様。よーく考えて、想像するんです」

「あ?」

 一豊は噛んで含めるようにゆっくり説明した。

 俺が築城候補地に挙げた二之宮山は、尾張と美濃の国境付近にある。

 確かに稲葉山城から最も近い。そこを居城として、織田本隊を出陣させれば最短最速で攻め込むことができるだろう。だが、きちんと整備された道がない。各地と繋ぐ街道を、城下町を一から作らねばならない。もちろん家臣たちが生活する武家屋敷のために、鬱蒼とした森を切り開かなければならない。木材が大量に出るので運ぶ手間は省けるものの、最終目標である稲葉山城攻めは何年先になるか分からない。

 何故なら整備されていない道は、とっても歩きにくいから。

「本末転倒です、三郎様」

「うぐぐ」

「何人の御家来衆が忙殺されるんでしょうねえ」

 一言も反論できなかった。

「ゆっくりしている間に、また国境付近が荒らされます。自国内を戦場にしないのが三郎様のやり方でしょう? やっと作物が育ち始めた土地を、滅茶苦茶にされてもいいんですか」

「よくない」

「ああ、そうそう。長益様のツテで茶畑を作り始めたんです。その国境付近の村になるんですが、それこそ傾斜の具合がちょうどいいそうで」

「伊右衛門、茶師にでもなるつもりか」

「あはは、さすがに門外漢なので無理ですよ。三郎様の飲んだ茶が、最初の茶葉です。お口に合いましたか?」

「ああ、美味かった」

 そういえば、上条城で飲んだ茶も美味かった。

 伊勢茶の流れをくむ茶葉が、尾張国でも作れるというのか。とても素晴らしいことだ。村の名前は内津というので、忘れないうちに俺メモ帳へ記した。これでますます国境付近を守らなければならなくなった。

「二之宮山がダメなら、どうしたもんかな。他に候補があればいいんだが」

「そうですね。小牧山なんかどうです? 春になると桜が綺麗ですよ」

「あのな、伊右衛門」

「岩倉城を廃城にしたそうですし、新しく城をつくっても問題ないと思いますけどね。砦を壊した木材も余っていて、周辺地域の復興もかなり進んで」

「よし、小牧山城だ!」

 岩倉織田氏を攻める時、なんだか気になって見上げていた山だ。

 どうして先に思いつかなかったのだろう。あそこなら、確かに清州城よりも美濃に近い。小牧山は標高もそれほど高くないし、あちこちで工事をしているので引継ぎもしやすい。いっそのこと、清州城下町を越える大きな町を作ってしまってもいい。

 しかも小折城とも近くなる。

 すっかり元気をなくしてしまった吉乃も少しは安心するかもしれない。築城は縄張りから始めなければならないのですぐ移ることはできないが、完成を楽しみにしてくれるだろう。

 改めて緊急会議を開き、またかよとウンザリ顔の家臣たちに通告した。

 今度は嫌よも聞かない。絶対に小牧山城を作るんだという気迫で挑んだら、あっさりと話が通った。それどころか皆が乗り気で、とっとと完成させて稲葉山に突撃する勢いになった。

「……あれ?」

「だから僕、最初に言ったじゃないですか」

「俺の知ってる織田軍と違う」

「ハイハイ」

 こうして永禄6年7月、新しい居城である小牧山城の落成式が行われた。

 三重の城壁のせいで山の中腹まで削ることになったが、構造上どうしても広さが必要だったのだ。広大な濃尾平野を見渡せる天守閣、執務全般を行う本丸、家族のための二の丸、そして客の接待や多用途目的に使えそうな三の丸。全体的な見栄えも考えて二の丸までが一の壁、三の丸と重臣たちの武家屋敷が二の壁、城仕えの者の居住区、馬術場と厩、その他施設を三の壁内とした。小高い丘に生える桜の木はなるべく残すようにしつつ、多数の曲輪を作らせた。そもそも軍事目的なので、ほとんどの曲輪に櫓が立つ。山全体を城の基盤としたのは、清州城にはなかったものを多く取り入れたかったからだ。

 俺にとって、はじめての城である。

 ここまで細かく指示したのも初めてだ。

 美濃攻略の間だけじゃない。これからも先もずっと、尾張の象徴として存在してほしいと願った。

※二之宮山は、現在の犬山市にある本宮山のこと(二之宮で調べたけど出なくて焦った)

※内津村は北春日井にある村で、内津峠で検索するとすぐ出てきます

※曲輪...土塁、石垣、堀などで区画した区域のこと(参照:wikipedia)

小牧山城の築城には丹羽長秀が奉行として命じられましたが、佐久間の文字入り石が城址から出てきたことで家臣たちに競わせたのではという説があるようです。この辺りをちゃんと書いてもよかったんですが、秀吉のお株奪っちゃうことになるし、歴史系転生主人公は普通にやるだろうなと思って端折りました。

えっ、ノブナガ? そんなこと命じるわけないじゃないですか、やだー

(家臣団の自発的行動です)


追記:小牧山築城後の小話を追加しました

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