118. やられたからやり返す
冒頭でざっくり伊賀(忍)事情説明
結論だけ言おう。
下山甲斐守の一件は、拍子抜けするほどアッサリ片付いた。
実は九鬼家の嘉隆サン――現当主は甥っこらしい――が、尾張国に来る前は三河国で世話になっていたらしい。道理で桶狭間決戦終わってすぐに接触図ってきたと思ったよ。隠居した後、三河まで来て尾張侵攻を狙っていた義元が死んだ。元康は三河独立宣言、信元は親信長派を主張。
彼らがどんな内容で俺のことを説明したかは知らない。知りたくない。
とにかく興味を抱いた嘉隆は尾張国の地を踏むことになった。海賊だけど、陸路で来たらしい。ロマンがねえなあ。そんな嘉隆を引っ張って伊賀の里まで行ったのに!
「伊賀の乱なんてなかったんや……」
俺はガックリと項垂れる。
誰が呼んだか松平元康(とゆかいな仲間たち)、伊賀に参上。
奴らは下山甲斐守の潔白と、俺がどんなにスゴイ人間かを熱く語り倒して、何故か嘉隆まで参戦して、一日で「伊賀惣国一揆」を説き伏せてしまったのだ。一揆といったら攻めてくるイメージしかなかったが、伊賀の里の組織名みたいなものらしい。そして上忍三家の服部家は、別系統の服部党の暗躍を前から苦々しく思っていたと話してくれた。
『あれを何とかしてくれるなら、伊賀は織田に敵対しない』
はい、確約いただきましたー!
よーしよし、俺がんばっちゃうぞ。
今回ばかりは元康に感謝だ。嘉隆も外交面で役に立つところを見せてくれたので、約束通りに織田軍への参入を認めた。まずは鉄甲船の建造から始めよう。どうせ住むなら海側がいいというので、海西郡の一部を貸した。貸したの。あげたんじゃないの。騙されたって顔するんじゃない、海賊が。
農民だって自分で耕して土地をゲットする時代だ。
土地が欲しけりゃ、自分で何とかするべし。結果を出してくれるなら、相応の待遇を約束するのは俺の流儀だ。海賊も忍も変わらない。兵農分離も順調に進んでいるし、この機会にちゃんとした水軍も編成しよう。嘉隆の働きに乞うご期待。
「おっと、向こうに子供たちの姿を発見」
もうすっかり見慣れた風景がそこにある。いいね、このアットホーム感。
清州で子供たちが生まれたせいか、俺の居場所はここだって強く思えるのだ。那古野では城外での思い出が多く、清州城ほどに思い入れがない。いつかは縄張りからこだわった城を作りたいものだ。
「あっ、父上ー!」
「ちー」
「あー」
「ぐっふう!?」
黒い三連星の突撃を受け、ノブナガに300のダメージ。
ちなみに内訳は奇妙丸が200で、茶筅丸と三七がそれぞれ50である。今年で6歳になった我が息子はともかく、腹違いのチビどもが双子化しつつある。半分は俺の血が流れているし、納得できないわけじゃない。ダブルでこられると、キツイっていうだけだ。
しかも指揮を執っているのが奇妙丸だというオチ。
あら、面倒見のいいお兄ちゃんね! って褒められて鼻を高くしているらしい。いつか、へし折ってやるぞを心に決めた。懐いてくれるのは本当に嬉しいんだけどなあ。
「びえああぁあああ」
「……うちの娘が懐いてくれないから余計に」
「申し訳ありません、上総介様」
「吉乃は悪くないよ」
「奇妙丸様……」
その台詞、俺のだから!!
後方ではすっかり親馬鹿に成長した乳母が咽び泣いている。なんだか昔よく見たシーンのような気もするが、俺の周りには男しかいなかったから全然違うな。6歳にして身内ハーレム築きつつある奇妙丸の将来が恐ろしすぎる。
「五徳、こわくないぞー。お父様だぞー」
「あああああああ」
「父上、諦めた方がいいと思います」
「ねー?」
「ねー」
なんだか同情めいた奇妙丸の下で、双子が以心伝心している。
「やっぱり戦なんか出るんじゃなかった。やること全部決まってたんだから、俺じゃなくても大将首取れたに決まってる。ああ、五徳~」
「ぎゃあああああ」
「吉乃、ごめん。父上と話したいから茶筅たちと戻っていてくれる?」
「分かりました、若様。行きましょう、二人とも」
「うんっ」
「あいっ」
奇妙丸の指示で、あっさり退場する愛しい家族たちが滲んで見える。
そういえば奈江は所用で出かけていると言っていた。帰蝶は那古野城の前田屋敷に招かれている。清州城には吉乃しかいないのに、お五徳が泣きわめくせいで誤解が解けない。
二人とも部屋の外へ出られるようになったのは喜ばしい。
だが俺の顔を見る度、お五徳が泣くのだ。理由は不明である。
「父上、そのうち慣れますから」
「泣かれることにか?」
「……ええと」
奇妙丸が目をそらし、俺はグレたくなった。
娘に嫌われたままの人生なんか苦界そのものだ。もう一人くらい娘欲しいなあと思っているし、次は帰蝶が生んでくれないかなあとか思っている。願えばきっと叶う! 目指せ、十人。一人あたり三人以上生めば、あっという間だ!
「父上」
「何だ、奇妙丸」
「母上は明日まで帰ってこないそうです」
「Oh,no」
「そういうわけなので、今日はぼくに付き合ってくださいねっ」
「ったく、仕方ねえなあ。リクエストは何だ?」
「将棋です」
「却下」
ぱあっと輝いた顔が、たちまちションボリになる。
だって仕方ないんだ。三歳からの英才教育は天才を育てるっていうし、もともと奇妙丸は天才だから何でも吸収するのが面白くて片っ端から思いつくものを教えていた。俺が見せるものは何でも興味を持ってくれて、将棋は特にハマった遊びの一つになった。
ここまで言えば、お分かりだろう。
奇妙丸は俺の実力を凌駕してしまったのだ。俺が弱いだけ、ともいう。
「五郎左とか半介とか、その息子とかいるだろ。勝介とか恒興とか」
「皆に断られました」
あー、一通り頼んだのね。そして最後の砦が俺なのね。
まだ体ができていないから、本格的な剣術は習えないからなあ。変な癖を覚えると後が面倒になるし、弓や槍は身長が足りないから無理だ。
「本を読むか」
「はい! あのですね、三国志が読みたいです」
「……奇妙丸、最初からそれを狙っていたんだろ。正直に吐けっ」
「ご、ごめんなさいいぃっ」
小さな頭を捉え、脇に抱えてこめかみをグリグリする。
後ろ手に何を隠しているのかと思えば、数冊の書物だった。この時代にも印刷技術があるにはあるのだが、坊主どもの専売特許になってしまっているため一般流通していない。それだけに書物といえば、写本がほとんどだ。
文字のヘタクソな奴が写すと、全然違う話になることもある。
そういう違いを見つけるのが面白くて、俺は同じ本をいくつも持っていた。それが三国志である。全冊揃えるのは厳しくても、違う写本を探すのは難しくない。譲ってもらったり、交換したりして、ちょっとずつ集めているのだ。
奇妙丸が持っているのは、俺のコレクションだった。
蜀の劉備がお気に入りなのである。信盛の息子は孫権が好きなので、時々喧嘩になるらしい。三国志ごっこを始めるなら、曹操や軍師連中も必要だなあ。
「父上、父上!」
「あ、悪い悪い。部屋で読んでやろうな。奇妙丸、ついてこい」
「はいっ」
久しぶりの親子団欒か。
と思って歩き出した時に、厄介事は降ってくるものだ。血相を変えて走ってくる小姓の姿に、奇妙丸の顔があからさまに歪む。こらこら、美少年がケッと舌打ちするもんじゃありません。
「小一郎を探してきます」
「仕事の邪魔だけはするなよ」
「ゼンショします」
あ、それはダメな方。
秀吉はさっさと改名しまくったのに、弟の小一郎はそのままだ。勘定奉行の貞勝直々の手ほどきを受け、実質的な奉行補佐になっている。一番忙しいのは春秋だから、夏の時期は比較的手が空きやすい。俺の息子のお願いを断れるかが心配だ。
奇妙丸と入れ替わりに、弥三郎が片膝をついた。
「申し上げます!」
「美濃か」
「はっ。再び国境付近に数百の兵が接近中です」
「第一次戦闘準備、急げ」
「ははっ」
ついノリで言っちゃったが、通じたようで何より。
これで何度目の小競り合いになるだろう。
「義龍が病床についた、っていうのはガセじゃねえのか?」
がしがしと頭を掻きながら、広間へ急いだ。
国境に迫る数百の兵は、とっくに偵察の域を越えている。国境を見張る恒興には、あくまでも「警戒」に留めるよう言い含めてあった。道三の庵を目指して、こっそり国境を越えたのも懐かしい思い出だ。
あの頃はまだ自由に行き来できていた。
斎藤軍の接近は4月から数回に及んでいる。定例評議会の最中に伝令が駆けこんできたこともある。5月は今川軍とやり合っていたので不在にしていたが、恒興隊と斎藤軍の交戦記録は着実に増えている。
いつもの広間には、報せを聞いたであろう家臣たちが集っていた。
城下町に武家屋敷を作ることを密かに奨励してきた効果が出ているようだ。有事の際にすぐ集まれるのは、迅速な対応に繋がる。
「あっ、信長様」
「……おい、この馬鹿犬をつまみ出せ」
誰が連れてきたんだ、余計な真似を。
溜息を吐いた勝家がずるずると引きずっていき、秀吉が小さく縮こまっている。大方、桶狭間の戦いで特別褒章を受ける功績によって、俺の勘気が解けたと思っているのだろう。それはそれ、これはこれだ。決戦を挑む前に首三つ取ってきて、盛重の仇も討った。
戦功に報いなければ、他の家臣たちにも影響する。
「しかし、斎藤軍もしつこいねえ」
「信純殿」
「おっと、失礼しました。三郎殿、決断をどうぞ」
「信純殿」
二度も名を呼んだのは渋い顔の信盛だ。
先の大戦において、様々な献策をしたのが信純だとバレてしまっていた。信盛にしてみれば、盛重を間接的に死なせた犯人みたいなものだ。必要な犠牲と言いたくないが、納得しきれないものがあるのだろう。気持ちはよく分かるので、信純の味方はしない。
「美濃国は……お濃の故郷だ。義龍はお濃の実兄であり、俺の義兄でもある」
喉の奥に苦さが溜まる。
だが盛重たちを死地に追いやった時ほどじゃない。幸いにして尚清と盛次は生還した。二人とも傷が癒えれば、戦線復帰も可能だと言っている。特に盛次は、俺の送った酒が効いたと言っていた。飲んでから、とても体が軽く感じたそうだ。
ヤバい酒じゃないはずだ、うん。アレは封印しておこう、念のため。
「だが義龍は、公方様のおわす京の町で……俺を狙撃しようと目論んだ。あまつさえ、今川義元を討つために桶狭間へ進軍中、俺の留守を狙って尾張国への侵攻を企んだ。よほど俺が目障りで仕方ないらしい。この尾張が、欲しくてたまらないらしい」
「…………」
「ここは俺たちの国だ。豊かになったのは、皆の努力のおかげだ」
「おおっ」
「義龍なんぞに渡してなるものかよ。せっかく息を吹き返した土地を、無法者の足で汚されてたまるか! 俺は尾張国を守る。皆、異論はないか!?」
「ございませぬっ」
「尾張国は、我らの土地ぞ!」
「そうだそうだ!!」
皆で守るべしと気持ちが一つになった時、すっと手が挙がる。
「殿、発言してもよろしいですか」
「ハチスカか。許す」
「は。……かつての我が主君、亡き道三様はこう申しておられました。美濃のことは、信長様に預けると。その約束、いつ果たしていただけるのでしょうか」
「美濃を?」
「蝮の道三の遺言か。いや、まさかそんな」
まとまりかけた場がたちまちざわつく。
蜂須賀を睨んでも、どこ吹く風だ。あいつにとっては、最後の台詞こそが本音だろう。舅殿が死んでから随分経った。義龍の子・龍興に美濃国の権利が渡ってしまった。だが元斎藤家の臣下にしてみれば、龍興が正統な後継者と認めたくないのだろう。
「静まれ! みっともなく騒ぐんじゃねえっ」
肘置きを刀でぶっ叩いて、注目を集める。
「俺は尾張国を守るために斎藤軍を叩く。その決定は覆らん」
「ですが!」
「やかましいわ!! ついでに美濃侵攻してもかまわんのだろう? それとも今川の大軍を討ち果たしたのは夢か幻か。織田の精鋭に腑抜けはいらねえんだよっ」
あ、ちょっと失敗。口が滑った。
今のナシと誤魔化す暇もなかった。家臣たちの目が怖い。戦場じゃないのに、武装すらしていないのに目がギラギラしている。紛れもない殺意を感じた。
視線だけで殺せるなら、俺は蜂の巣にされている。
「し、出陣の時期は追って知らせる! 解散っ」
言い捨てて逃げた。
情けないとか言うな。あのままちびったら、末代までの恥だ。
なし崩し的に美濃侵攻決定。
作者の妹の舅さんは初孫に泣かれまくり、二歳になるまで抱っこどころか触らせてもらえなかったらしいです