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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
飛翔編(永禄2年~)
135/284

111. 内応の策

今回は少し長いです

 草を噛み噛み、武士の魂である刀を肩に担いで、ふらふら歩く浪人が一人。

 熊らしき毛皮で作られた羽織が、浪人が只者ではないことを物語っている。

「あれ、見なよ。やっぱり戦が始まるんじゃ」

「やだねえ。いつになったら平和になるんだか」

「お侍様の考えることは分からん」

「ひっ、こっち見た!」

 逃げろ逃げろと駆けていく農民たちに、俺は肩を竦めた。

 根無し草らしくしようと思って汚い格好をしただけなのに、あんな風に怯えられるなんて心外である。まあ、仕方ない。尾張国の一部だからって、ここら一帯はもう水野家の領域だ。

 天文23年の戦から、今年で6年目になる。

「今回はハゲ頭で許してやんねえからな」

 ぼそりと呟き、くつくつ笑う。

 その様子が不気味だと、暇人どもが嫌そうに囁き合った。身体能力は凡人でも、目と耳の良さには自信がある。そろそろ全容が見えてきた緒川城に目を細め、あちこちから聞こえてくる噂話に耳をすます。

 水野の殿様こと信元が今川軍に寝返るつもりだ。

 尾張のうつけはもう終わりだ。仕事がもらえると出ていった誰それは、二度と帰ってこれまい。可哀想に。うつけを信じたばかりに云々。

 やれやれ、他人事だからって好き勝手に広げてくれる。

 人の噂を利用した過去があるから、俺もあれこれ言える立場じゃないが。庶民レベルの認識が今川軍優勢に傾いているのは問題だ。何かあったら、織田家臣も一気にヤル気をなくすかもしれない。


『好都合とはいうけどね、三郎殿。信元殿が本当に裏切ったら、間違いなく籠城を勧められると思う』

『城に籠って勝てるわけねえだろ!』

『私が言いたいのは、綻びの生じた集団は「危ない」っていうことだよ』


 信純は腹が立つほど冷静だ。

 今川軍との戦いは避けられない。これは誰もが分かっていることだ。急速に発展した国を欲しがるのは当たり前のことで、チョーダイと言って全力で奪い取りに来るのが乱世の倣いである。

「かーっ、やだねえ。野蛮人思考。公家様っぽいのは見た目だけかよ」

 噂でしか知らない今川義元は、やっぱり白い化粧をするらしい。

 この時代に男が化粧をするのはおかしなことじゃない。貴族は男女問わず化粧をするので、朝廷に出向く際は武家の出身でも化粧をするのだという。移動時も馬じゃなくて牛車に乗ったり、御輿で運んでもらったりする。

 うむ、ミヤビはよく分からん。

 ついでに蹴鞠が得意なのは義元の弟だか息子だかで、義元本人はそれなりに武芸の嗜みもある。って武家なら普通に戦えて当然だろうと思うのは、俺が庶流の出だからか。生まれついての守護大名様は格が違うってやつだ。

「それでも義元の代で、領土拡大させたのは本当なんだよなあ。雪斎とかいう坊主がよほどスゴイ参謀だったんだろ。ケッ、坊主がナニホドのもんじゃい!」

 路傍の小石を蹴飛ばし、放物線を観察する。

 今回はお供もなく、完全なる一人旅だ。独り言に反応する従者すらいないので、ブツブツ呟き続ける変人である。自覚はある。だって遠巻きにした奴らが、そう言ってる。

「わっ、こっち睨んだ!」

「逃げろ逃げろ!」

「ころされるー」

 ヤラナイカ。やらねーよ。

 しかし、春になれば田植えの時期だっていうのに暇そうだな。秋の蓄えは冬に使い切るから、雪解けを待つ前に色々やることもあるはずなんだが。

 ぺっと草を吐き出し、竹筒の水を飲む。

「つっめてえぇ~」

 久しくアイスなんて食べていないが、頭がキーンってなった。

 暦はまだ1月で、雪がちらつかない日も十分寒い。暖房の効いた自動車は当然、この砂利だらけの道を走っていない。てくてく歩いているのは、馬を走らせるだけで凍りそうだからだ。義元の大好きな御輿には、火鉢を置いているんだろうか。牛舎ならともかく、御輿に火鉢は火事の元になりそうだなあ。……焼死すればいいのに。

 荒みかけた心が、城門を見つけて僅かに浮上した。

 今回の目的地、緒川城である。

「たのもーう!」

「何だ、貴様っ」

「あやしい奴め、どこの者だ」

「どこの者って此処の者に決まってんだろ。お前ら、目が潰れてんのか? はーい、ちゃんと起きてまちゅか~?」

「き、ききききっ」

 槍を握りしめて顔を真っ赤にする門兵をからかうのは楽しい。

 寒くて寒くてたまらないので、チキンハートもカチコチだ。要するに今の俺は無敵状態。雑兵ごとき何するものぞ。こんなナリをしていても俺、ノブナガ。ぴっちぴちの尾張守護職である。

「いや、ピッカピカ? 新米……あ、腹減ってきた」

 爆発寸前の門兵に、反対側に立っていたもう一人が近づいた。

「こいつの相手をするな。放っておけ」

「しかしっ」

ここがおかしいんだろ。適当になだめておけば、納得するさ」

「……そうだな」

 聞こえてるぞ、貴様ら。

 ちょっと睨めば門兵はビクリと体を震わせ、浪人はあっちだと槍で追い立てられた。穂先を向けられたら仕方ない。戦が近くなると、近隣から人が集まってくるものなのだ。立派な臨時収入になるから、豪農なんかも進んで参加しようとする。

 もちろん負け戦には出ていかない。勝てそうな方に味方するのだ。

 無理矢理に徴兵されていく場合もあるにはあるが、敵方の首を持ち帰るだけで報酬がもらえる。金一封や米袋を求めて、ショボイ装備で参戦する農民は飽きるほど見てきた。

 戦ではそういう奴らが真っ先に死ぬ。

 騎馬の方が早いのに、馬は危険を察知すると止まる。足軽は戦場の空気に飲まれて、どこまでも突撃する。走り出した足軽は急に止まれないから、命令が聞こえない場合もある。

「浪人も似たようなもんか」

 ぼそっと呟いて、城壁の影から移動する。

 馬鹿な門兵どもめ。俺は6年前に緒川城へ来ているのだ。しかも海側からの上陸で、城の裏手からの侵入を果たしている。要するに正面から入る必要なんてなかったのである。

 とはいえ、裏手門にも兵はいるだろう。

 忍の真似事よろしく、コソコソと敷地内を歩く。

「何者だ!?」

「げ、見つかった」

 反射的に両手を挙げた。

 背後の相手が何か言う前に、ゆっくりと回転する。手に持ったままの刀は地面に放った。戦う気がないことを示すためなら何でもする。俺はこんなところで死ぬわけにいかないのだ。

「の、信長様!?」

「あれ?」

 誰だっけと首を傾げたら、髭のおっさんが平伏した。

「お、おいおいおいっ」

「信元でございます! 6年前にお救いいただいた藤四郎信元にございますっ。申し訳ありません、申し訳ありません!!」

「へ? あ?」

「この首一つで済むならば、如何様にもなさいませ。いざっ」

「だー!! ストップ、信元。マテだ、待て待てっ。早まるんじゃない!」

 地面に座って、俺が投げ出した刀で割腹しようとするので慌てて止めた。

 見栄を張って太刀を持ってきたおかげで、信元は引き抜くのに四苦八苦している。横から取り返す俺、奪い取る信元、取り返す俺を何度も繰り返し、とうとう双方が息を切らして力尽きた。

「早まるな、って……言った、だろうが」

「もう遅いのです」

「はあ?」

「義元めに、従属の意を示す文を送ってしまいました!」

「あー」

 申し訳ありません、と信元が地面に這いつくばる。

 なんかもう、武士の誇りとかそういうのが完全に忘却の彼方だ。こんな城主の姿は誰にも見せられない。城の裏手にも誰がやってくるか分からない。落ち着かせるついでに信元に話を聞いてみれば、城を見回っていた途中らしい。

 俺みたいな浪人がうろつくようになったので、警戒を強めているとか。

「以前はそのようなこと、自分でやろうとも思わなかったのですが。信長様と側近の方々の絆を見て、心改めましてございます。城主として、水野家当主として、ただ座っているだけでは飾りも同然。それゆえ、裏切りも出たのだと猛省したのです」

「それにしたって一人で見回りするのは危ないぞ。キレた浪人に襲われたらどうするんだ」

「おお、信長様。お優しい信長様に、わしは何ということを……っ」

「殿!? こ、これは一体」

 ようやく家臣がやってきた。

「控えよ! 信長様の御前である」

「お、織田の……? それはまことですか。何故、緒川城に」

 信元がキリッと顔を引き締めて、俺が織田信長であることを証明する。

 ものすごく疑わしそうな目で見られているが、汚い浪人風の男にしか見えないだろうから気持ちは分かる。すると信元が腰にある竹筒の中身を分けてくれるように頼んできた。

「これか?」

「それと盃があれば……」

 申し訳なさそうな信元に頷き、俺は庭木に近づいた。

 直接口をつけるわけにいかない。衛生面の問題もあるが、野郎と間接キッスなんて絶対嫌だ。家臣の手前、信元に城内まで盃を取りに行かせるのもNGだ。

「葉をむしり取って何を?」

「ふんふふん」

 草船を作る手順で即席の盃ができた。

「ほれ」

「おおっ、これは椿の盃ですか!」

「小さすぎませぬか」

「信長様手ずからの品に文句を言うでない! さあ、これを飲め。さすれば分かる。毒入りと疑うなら、わしが先に飲んでくれるわっ」

「あ、殿っ」

 なんか信元って、勢いがついたらどこまでも走っていくタイプだよな。

 ぼへーっと見守っている間に、椿の盃を受けとった家臣も毒を煽るような顔で一気に干した。誓いの盃みたいになっているが、俺の証明に必要らしいから口を挟まない。うん、大人しく待ってる。

 家臣の目がカッと見開かれた。

「ほんのり香る爽やかな果実の風味、間違いない。これは……っ、織田軍の柑橘水!」

「そして、この太刀を見よ! 亡き信秀様より受け継がれし来国次の作である」

「おお!!」

「良く知ってんな」

「当然です」

 胸を張る信元に若干引きつつ、国次の名を記憶した。

 刀はよく切れるのが一番だと思っていたし、ウネウネ模様は見ていて飽きないので好きだ。俺の刀知識なんて、そんなものである。来国次が親父殿の遺品だというのなら、これから大事にしよう。今までぞんざいに扱っていたので、親父殿は草葉の陰で激怒していたかもしれない。

「ささ、信長様。このような寒いところではなく、城内へお入りください」

 お前が長引かせてたんだろ。

 と内心でツッコミをしてから大人しく招かれる。信元の勧めで蒸し風呂にも入り、旅の汚れを綺麗に落とした。すっかり温まって、ほこほこになった俺は上機嫌で城主の間へ向かう。

「そういや……」

 今川軍に寝返った、とか言ってたなあ。

 うっかり独り言が洩れそうになって、お口チャックの俺。脳内地図で信元の凸型ブロックが反転する。これで情勢が一気に変わってしまったわけだが、最重要案件が一つある。

 俺、ヤバくね? のこのこ大将首プレゼントしに来ちゃったよ?

 ザーッと血の気が引いた。湯冷めどころの話じゃない。今すぐ裾まくって逃げ出したいが、城壁ははるか彼方である。信元が「信長様である」とか叫んじゃったし、家臣の誰かが「ゲハハ、大将首ゲットだせ」と襲いかかってきたらどうしよう。旗が立ちまくりだ。まぎれもない死亡フラグだ。

 しかも! 唯一の武器である太刀を預けちまった、俺のバカバカ。

 厳密には、そのまま信元が持っていってしまったのだ。あれか、城主の間についたら「コレで切腹しろ」と言われる流れか。やっぱり死亡フラグしか立っていないぞ。どうすんだ!?

 幸いにして先導する小姓は、百面相している俺には気付かない。

「こちらです」

 襖が開いて、信元が平伏するのが見え、俺は上座に誘導された。

 とりあえず座る。融解したチキンハートが全力活動中である。泣きたい。逃げたい。死にたくない。口を開けば、死にたくないですと叫びそうな勢いである。武士の誇り? そんなものは欲しい奴らにくれてやる。俺はそんなことよりも、愛する家族の元へ帰りたい。

「信長様」

 震える声で、信元が口を開く。

「此度はまことに申し訳なく……、お怒りはご尤もでございます。二度も命を救われたご恩、決して忘れませぬ。何でもお申し付けください」

「二度?」

「先程、切腹を止めていただきました」

 あれはお前が勝手に、と言いかけて止めた。

 恩を感じてくれているのなら利用しない手はない。ひょっとすると、信元は俺が単独潜入したことも気付いていないかもしれない。どれも推測の域を出ない。ただの可能性でも縋る以外に生き残る道はない。

 震える腕を、肘置きに抑えつけた。めきり、と音がする。

「それで?」

「はっ」

「それで、貴様は何をしてくれるのだろうな。この俺に」

 何でもいいから家に帰してください。お願いします。

 内心では土下座の俺が何度も叫んでいるが、現実の俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「そういえば、おかしな話を聞いた。今川方に、義元めに味方すると」

「申し訳ございませぬっ。家臣たちの説得に押し切られたのも、わしの不徳の致すところで」

「もうよい。過ぎたことは言わぬ」

「ははっ」

「して、信元。この信長の首、持っていくか?」

 変な音がした。

 部屋には信元とその弟が揃っていたが、二人ともがギョッとしている。はくはくと口を動かしているので、さっきのは悲鳴か何かだったようだ。人間もあんな声出せるんだな。

 図星だったら嫌だし、ここはハッタリも必要か。

「三日経っても俺が戻らねば、鳴海城に向かっていた軍勢が緒川城を攻める」

「そ、そんな……!」

「兄者、どうするのだ。三日では間に合わぬぞっ」

「ええい、黙れ! わしは信長様を討つことなどできぬ。こうして直にお会いして、分かった。信長様は先代のぶひで様を超える御方だ。義元めは、我らが玉砕してもかまわぬと考えておるのは明白。……ああ、どうして従属の文など送ってしまったのか」

「甥っこのためだろ?」

 すると水野兄弟はばつが悪そうに顔をそらした。

 松平元康は将来、様々な文化をもたらした江戸幕府の祖になる。神様として崇められ、現代でも多くの人々が参拝に訪れる超有名人だ。そんな未来を知っているのは俺だけで、彼らは不遇の少年時代を過ごしてきた子供しか知らない。

 直接顔を見たこともないかもしれない。

 りんごのような頬をして、目をキラキラさせて、村の子供たちと駆け回っていた。

 長秀に肩車されて、空が近いと笑っていたのを彼らは知らない。本当に元康が征夷大将軍まで昇り詰めることができるかなど、俺には保証できない。

 こんなところで死なせたくない。

「俺が緒川城に来た理由、まだ話していなかったな」

「ですが、それは」

「貴様に義元へ内応の文を送るよう、指示するためだ」

「は!?」

「ど、どういうことですかっ」

「三河国の乱を鎮めるため、元康が転戦したのは知っているだろう? 今川軍の兵を使わず、三河の者同士で戦わせる。戦略としては正しいが、俺は気に食わんやり方だ」

 竹千代は優しい子供だった。

 そのまま成長したなら、戦の度に心を痛めていただろう。

「今回も信元、元康を先陣に据えて、義元は後方で待機すると考えられる。戦の大勢が決まった辺りで、ゆるゆると出向いていってトドメを刺すつもりかもな。無傷の今川本隊が尾張国を支配するから、貴様らに褒美は与えられない。自分たちの城を守って、褒美を求めるなんざ厚顔もいいとこだろう?」

 反論の声は上がらない。

 これも信純の助言によるものだ。

 あの腹黒い参謀殿は、ときどき人間かどうか疑いたくなる。奴は今川軍との戦いに出たことがないし、今川義元とも会ったことはない。それなのに義元の思考が手に取るように分かるらしい。

「那古野城は、俺の原点だ。あの地だけは絶対に渡せねえ」

「そういえば……信長様によって最初に救われたのが、那古野村と聞いております。今では様々な作物を育て、見たこともない農具であっという間に田畑を耕してしまうのだとか」

「ああ、それは牛に鍬を繋いだだけだ。牧草をしっかり食わせた牛に働かせるから、元気に耕してくれるぞ。それから石を拾って、水管理もきっちりしている。おかげで那古野村の米は高値で取引されるようになった」

「民の流した噂ではなく、本当のことだったのか」

 信元の弟が「ううむ」と唸る。

 織田家当主が土いじりをするのは信じがたい事実なのだろうが、ほとんど家臣や村の者にやらせたという真実は言わない方がいいらしい。俺の場合は、逆に信憑性が高まる。

 直接聞いた話だと報告すれば、受け取る方も信じる。

「俺専用の畑もある」

「なんと!」

「那古野村に、ですか?」

「俺は美味い物に目がなくてなあ。気になったら、とことん研究しないと気が済まん。花や菓子類は女が喜ぶし、酒や薬なんかも作っているぞ」

「…………」

「まあ、信じろとは言わんが」

 二人の驚く顔が面白くて、俺はニヤニヤ笑いが止まらない。

 俺プロデュースの様々な事柄が他国にとって魅力になるのなら、いっそ隠さない方がいい。小領主や豪族は利権欲しさにすり寄ってくるだろう。守護職・守護大名を名乗る武家は、いわゆる県知事みたいなものだ。統治する土地、臣従する者たちがいて成り立つ。一方的な搾取なんかさせるものか。こっちには堺系商人仕込みの交渉術がある。

 何度も裏切られて、尾張国が削られていった過去を持つ俺だから言える。

「義元さえいなくなれば、今川家なんぞ怖くもなんともない」

「策が、あるのですな」

 信元の目つきが、戦国武将のそれに変わった。

 絶望的だと思っていた戦況がころりと反転したのを、信元は間近で見ている。三段鉄砲のお披露目もここだった。正面からやり合うだけが戦じゃない。城攻めに遭っている友軍を救援する後詰戦争とは、そもそも敵軍に後ろから襲いかかる戦いだ。

 両軍が一度睨み合ってから開戦するので、奇襲にならないだけである。

 いわゆる武士らしい正々堂々の戦い、そんなのクソクラエだ。

「策はある。だが、貴様らに参加しろとは言わん」

「な、何故ですか!?」

「忘れたのか。元康の軍が先に来るんだぞ。そっちをどうにかしないとダメだろうが」

「しかしっ」

「ええい、やかましい! 男ならウダウダ言ってんじゃねえ。義元に従属の文を送っちまった以上、向こうだって内応策に引っかかったと思ってんだ。間違いなく、元康の軍が接触してくる」

「そこを、討てと」

 ごくりと唾を飲みこんだ信元を、ハリセンで叩こうとした。なかった。

 太刀を持ち出すと弟の方が何するか分からないので、とりあえず肘置きをぶん投げた。反射的に首をひっこめた信元の頭上を通過し、襖に当たって落ちる。

「甥っ子可愛くねーのかよ!!」

「可愛いですとも!」

 うむ、正直でよろしい。

 満足した俺は元通りに座り直したが、肘置きがない。エア肘置きは安定感が悪かった。水野兄弟の何とも言えない視線に耐えかね、ごほんごほんと咳払いをする。

「風邪ですか?」

「うるさい黙れ、俺はもう帰る。おうち帰るっ」

「お待ちください、清州までは遠うございます。近くへ来ているという信長様の軍勢まで、護衛をつけさせましょう。信長様の御身に何かあれば一大事でございます」

「不要だ。迎えはもう来ている」

 嘘である。

 だが二人がキョロキョロと周囲を見回すので、俺はまたニヤニヤ笑いが止まらなくなった。こういう素直なところは、元康の身内という感じがする。俺のやることに一喜一憂し、いちいち驚いてみせた子供はどんな大人に成長しただろう。

 生きていれば、そのうち会えるか。その日が楽しみだ。

嘘も方便

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