10. うつけ者、蝮に遭遇する(中)
「このような森の中に、子供が三人?」
おいこら、ガキって言うな。
前世の年齢を足せば、お前らよりもずっと年上なんだ。やっぱり成政か、利家あたりを連れてくればよかった。あの肉体美なら子供と侮るまい。
「言え、どこの家の者だ。素直に答えれば、帰る道くらいは教えてやろう」
「ぶ、無礼者!! このお方をどなたと心得るっ」
あーあ、やっちゃった。恒興やっちゃった。
三人並んで両手上げてるのに、国民的時代劇の名台詞を聞くとは思わなかった。しかも「このお方」って俺のことだしな。先の副将軍どころか、次の織田家(分家)当主である。
「さても是非聞いてみたいものだのう。そこの若造が、どこのお方であるか」
「と、利政様!?」
草(だらけの)庵から、のっそりと出てきた坊主頭の男。
こいつが美濃の蝮、斎藤利政か。
修羅の国の人を知っている俺でも、ちょっと怖いなあって思う風貌だ。眼光鋭く、体格もいい。武装はなくて、素手なのに肌がちりちり焼かれる。
ヤバイ。
同じことを考えたのだろう。一益が珍しく緊迫した表情でこちらを見た。
「若」
「絶対、動くなよ。蝮一人で、俺たち全員ヤれる」
「ですが」
空気読まずに口答えをしてしまうのが恒興の常。
そしてツッコミ属性はないはずなのに、思わず体が動いてしまった悲しい俺。すぱぁんと小気味よい音が弾け、森から鳥たちが一斉に飛び立っていく。
利政が顎をしごいた。
「ほう、面妖な武器よの」
「武器じゃ、ない。ので、これ……どかしてクダサイ」
一益、てめえもだ!
計三本の刃が俺に向かっている。
正しく咽喉を狙っているため、うっかり生唾も呑み込めない危険な状況だ。一益は一応間に入ろうとしてくれたのは分かる。だから傷ついたような目で、こちらを見るな。普段は無表情なくせに、こういう時だけ感情豊かとか狡いぞ。
「一益、お前が先だ」
「……はい」
目で訴えても退かないので、命じるしかなかった。
かなり間を置いて、渋々ながら刀を下げる。普通の日本刀よりも短いそれに興味がわいて、後でとっくり聞かせてもらおうと心にメモする。恒興が小刻みに震え始めた頃、ようやっと斎藤側の二人も下がってくれた。
ああ、これで息ができる。
安堵と共にハリセンを下ろせば、またお供衆がぴくりと反応していた。一益もだ。
「あー、これはツッコミ専用の道具ですよ。使用済みでよければ、お近づきのしるしにお納めください。斎藤利政殿」
「土産持参とはなかなかどうして、気が利いておるの。尾張のうつけ殿」
ぎくり。
ひいいぃ、バレてたー! やっぱりバレてたー!!
内心では祭りの真っ最中だが、表面的には頬がひきつった程度に留めた。前世で鍛えた愛想笑いをナメるなよ。このヘラヘラ笑いで、重臣連中を騙した実績もある。
いや、一人だけいたな。
親父殿が用意したお目付け役そのいち、林秀貞だ。
なんかこう、最初からお前には期待していないっていうのか。ほとほと愛想が尽きたっていう感じで、事あるごとに信行を引き合いに出す嫌な奴だ。
林のジジイにいわれるまでもなく、俺よりも信行の方が勝っている。
その信行が妙なコンプレックスを抱いているのは、気になる。だが調べるのは、次の集会の報告を聞いてからにしよう。呪詛について何か分かっていればいいんだが。
まずは目の前の蝮攻略。
事前に実物を見たかっただけなのに、出会っちゃったね!
「一益、ハウス」
「はう?」
「下がれ、と言っている。俺の臣下を名乗るなら、それくらい知っとけ」
「……御意」
「恒興、お前もだ。冷静さを失ったら負け、というのを肝に銘じろ」
「分かりました」
一瞬即発の空気だ。
気が付いたら俺は、一益と恒興に守られていた。
あくまで自然体の利政がしっかり締めているおかげで、お供衆は前に出てくることはない。力の差というよりも、主としての器の違いを見せつけられた気がした。
実際、利政の方が遥か高みにいる。
親父殿よりも上かもしれない。
前世の俺なら、腰を抜かして動けなくなっているところだ。なのにノブナガの俺は、怯えじゃない体の震えを自覚している。強い奴に出会えた喜びを、生まれて初めて感じていた。
絶対、勝てない。
持てる全ての手駒を使いきり、あらゆる要素を用いても負ける。
「くく。これはまた、なんとも…………いい目をしておる。尾張の虎が羨ましいわい」
「尾張の虎?」
「お父上、信秀様の二つ名です」
恒興が耳打ちで教えてくれた。
なるほど、と頷く。分家でありながら、今川家や斎藤家と渡り合ってきた男だ。通称以外に二つ名があってもおかしくはない。俺が知らなかったのは、尾張国から出なかったせいだ。
井の中の蛙を恥じるつもりはないが、尾張の外が無性に気になった。
ちなみに、ここは美濃と尾張の国境にあたる。
誰もそんなところに、蝮の草庵があるとは思わないだろう。俺もびっくりした。でも一益が調べた通りに、ちゃんと見つかった。ご本人様もセットでな。
「立ち話もなんだ。茶を点てるゆえ、飲んでいくがよい」
「待ってくれ、こいつらも」
「若様、我らは外でお待ちいたしております」
「心配無用」
そこまで言われたら、俺も信じるしかない。
斎藤側のお供衆も外で待機するため、利政と二人きりだ。まさか転生者だということまでバレたりしないだろうが、最悪の事態への心構えはしておく。
なにせ、俺は可愛い娘を奪う「婿」だ。
家同士の友好関係を結ぶには、政略結婚が一番なのは勉強したから知っている。漠然と、将来的に自分もそうなるんだろうなと思っていた。蝮の娘・帰蝶姫が信長の嫁になるのも、後世ではよく知られている史実だからだ。
俺なら、一発殴らせろと言う。
婿に選ばれた時点で、十分な吟味は終わっている。嫁に出してもいい相手だと分かっていても、殴ってやらなきゃ気が済まない。それが男親というものじゃなかろうか。
利政の拳は、硯よりも痛そうだ。
さっきぶつけたばかりの額がじんじん疼く。
この連載では、斎藤利政(道三)の娘は帰蝶。生駒殿は吉乃としています
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2/7 斎藤道三の名前を「利政」に修正