表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
雌伏編(天文13年~)
13/284

10. うつけ者、蝮に遭遇する(中)

「このような森の中に、子供が三人?」

 おいこら、ガキって言うな。

 前世の年齢を足せば、お前らよりもずっと年上なんだ。やっぱり成政か、利家あたりを連れてくればよかった。あの肉体美なら子供と侮るまい。

「言え、どこの家の者だ。素直に答えれば、帰る道くらいは教えてやろう」

「ぶ、無礼者!! このお方をどなたと心得るっ」

 あーあ、やっちゃった。恒興やっちゃった。

 三人並んで両手上げてるのに、国民的時代劇の名台詞を聞くとは思わなかった。しかも「このお方」って俺のことだしな。先の副将軍どころか、次の織田家(分家)当主である。

「さても是非聞いてみたいものだのう。そこの若造が、どこのお方であるか」

「と、利政様!?」

 草(だらけの)庵から、のっそりと出てきた坊主頭の男。

 こいつが美濃の蝮、斎藤利政か。

 修羅の国の人(おやじどの)を知っている俺でも、ちょっと怖いなあって思う風貌だ。眼光鋭く、体格もいい。武装はなくて、素手なのに肌がちりちり焼かれる。

 ヤバイ。

 同じことを考えたのだろう。一益が珍しく緊迫した表情でこちらを見た。

「若」

「絶対、動くなよ。蝮一人で、俺たち全員ヤれる」

「ですが」

 空気読まずに口答えをしてしまうのが恒興の常。

 そしてツッコミ属性はないはずなのに、思わず体が動いてしまった悲しい俺。すぱぁんと小気味よい音が弾け、森から鳥たちが一斉に飛び立っていく。

 利政が顎をしごいた。

「ほう、面妖な武器よの」

「武器じゃ、ない。ので、これ……どかしてクダサイ」

 一益、てめえもだ!

 計三本の刃が俺に向かっている。

 正しく咽喉を狙っているため、うっかり生唾も呑み込めない危険な状況だ。一益は一応間に入ろうとしてくれたのは分かる。だから傷ついたような目で、こちらを見るな。普段は無表情なくせに、こういう時だけ感情豊かとか狡いぞ。

「一益、お前が先だ」

「……はい」

 目で訴えても退かないので、命じるしかなかった。

 かなり間を置いて、渋々ながら刀を下げる。普通の日本刀よりも短いそれに興味がわいて、後でとっくり聞かせてもらおうと心にメモする。恒興が小刻みに震え始めた頃、ようやっと斎藤側の二人も下がってくれた。

 ああ、これで息ができる。

 安堵と共にハリセンを下ろせば、またお供衆がぴくりと反応していた。一益もだ。

「あー、これはツッコミ専用の道具ですよ。使用済みでよければ、お近づきのしるしにお納めください。斎藤利政殿」

「土産持参とはなかなかどうして、気が利いておるの。尾張のうつけ殿」

 ぎくり。

 ひいいぃ、バレてたー! やっぱりバレてたー!!

 内心では祭りの真っ最中だが、表面的には頬がひきつった程度に留めた。前世で鍛えた愛想笑い(ポーカーフェイス)をナメるなよ。このヘラヘラ笑いで、重臣おっさん連中を騙した実績もある。

 いや、一人だけいたな。

 親父殿が用意したお目付け役そのいち、林秀貞だ。

 なんかこう、最初からお前には期待していないっていうのか。ほとほと愛想が尽きたっていう感じで、事あるごとに信行を引き合いに出す嫌な奴だ。

 林のジジイにいわれるまでもなく、俺よりも信行の方が勝っている。

 その信行が妙なコンプレックスを抱いているのは、気になる。だが調べるのは、次の集会の報告を聞いてからにしよう。呪詛について何か分かっていればいいんだが。

 まずは目の前の蝮攻略。

 事前に実物を見たかっただけなのに、出会っちゃったね!

「一益、ハウス」

「はう?」

「下がれ、と言っている。俺の臣下を名乗るなら、それくらい知っとけ」

「……御意」

「恒興、お前もだ。冷静さを失ったら負け、というのを肝に銘じろ」

「分かりました」

 一瞬即発の空気だ。

 気が付いたら俺は、一益と恒興に守られていた。

 あくまで自然体の利政がしっかり締めているおかげで、お供衆は前に出てくることはない。力の差というよりも、主としての器の違いを見せつけられた気がした。

 実際、利政の方が遥か高みにいる。

 親父殿よりも上かもしれない。

 前世の俺なら、腰を抜かして動けなくなっているところだ。なのにノブナガの俺は、怯えじゃない体の震えを自覚している。強い奴に出会えた喜びを、生まれて初めて感じていた。

 絶対、勝てない。

 持てる全ての手駒を使いきり、あらゆる要素を用いても負ける。

「くく。これはまた、なんとも…………いい目をしておる。尾張の虎が羨ましいわい」

「尾張の虎?」

「お父上、信秀様の二つ名です」

 恒興が耳打ちで教えてくれた。

 なるほど、と頷く。分家でありながら、今川家や斎藤家と渡り合ってきた男だ。通称以外に二つ名があってもおかしくはない。俺が知らなかったのは、尾張国から出なかったせいだ。

 井の中の蛙を恥じるつもりはないが、尾張の外が無性に気になった。

 ちなみに、ここは美濃と尾張の国境にあたる。

 誰もそんなところに、蝮の草庵があるとは思わないだろう。俺もびっくりした。でも一益が調べた通りに、ちゃんと見つかった。ご本人様もセットでな。

「立ち話もなんだ。茶を点てるゆえ、飲んでいくがよい」

「待ってくれ、こいつらも」

「若様、我らは外でお待ちいたしております」

「心配無用」

 そこまで言われたら、俺も信じるしかない。

 斎藤側のお供衆も外で待機するため、利政と二人きりだ。まさか転生者だということまでバレたりしないだろうが、最悪の事態への心構えはしておく。

 なにせ、俺は可愛い娘を奪う「婿」だ。

 家同士の友好関係を結ぶには、政略結婚が一番なのは勉強したから知っている。漠然と、将来的に自分もそうなるんだろうなと思っていた。蝮の娘・帰蝶姫が信長の嫁になるのも、後世ではよく知られている史実だからだ。

 俺なら、一発殴らせろと言う。

 婿に選ばれた時点で、十分な吟味は終わっている。嫁に出してもいい相手だと分かっていても、殴ってやらなきゃ気が済まない。それが男親というものじゃなかろうか。

 利政の拳は、硯よりも痛そうだ。

 さっきぶつけたばかりの額がじんじん疼く。


この連載では、斎藤利政(道三)の娘は帰蝶。生駒殿は吉乃としています

ノブナガ発明品その1「ハリセン」...厚めの和紙を蛇腹に折るだけ。これで腕力がなくても大丈夫! ツッコミに最適な一品


2/7 斎藤道三の名前を「利政」に修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ