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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
上洛偏(弘治3年~)
127/284

105. 京見物

最初に謝っておく。金森サンごめん。悪気はなかったんや…

※信長公記のネタを使っている上、今回も独自解釈が含まれます。町の復興は御所周辺など限定的に進んでいて、郊外は悲惨なものになっているイメージです

 新年を迎えて永禄2年、時の将軍・足利義輝との拝謁が許された。

 といってもアポイントを取ったら「よきにはからへ」という返事が来ただけである。

 俺が尾張国の統一に奔走していた間に京でも色々あったようで、室町中御門という所の斯波屋敷に拠点を移したようだ。斯波義銀を追放しておいて、斯波屋敷に向かうというのも皮肉な感じがする。

「せっかくだし、周辺もちょっと見てくるか」

「おっ、いいですなあ!」

 戦に行くわけじゃないので、お供に80人ほど連れていく。

 義輝公に献上する品物もあるし、荷物持ちから世話役までを厳選した。

 もうすぐ滅びる予定の室町幕府だからといって、身分の低い者ばかり連れていくわけにもいかない。筆頭家老の勝介、佐久間一族を率いる信盛が選ばれた。何故か信包が当たり前みたいな顔をして列に加わっているのは、もう諦めた方がいいんだろうな。

 身分に拘らない俺が身分を気にするっていうのもおかしな話だ。

「洒落者の殿に合わせて、一張羅を用意したぞ。わははっ」

「うむうむ。公方様の失礼にあたらぬよう、伴衆も見栄え良くしなくてはな」

「金森殿、さすがに派手すぎやしないか?」

「派手なものか! 殿の見事なご衣裳に比べれば、わしなど地味すぎるくらいよ」

 珍しく上機嫌な長近を、頼隆が気味悪そうに眺めている。

 複雑な心情を知ってか知らずか、京への道中は浮かれた野郎どもの賑やかな会話をBGMに比較的安全な旅になった。尾張国を出た途端に暗殺者が出てくるかもしれない、なんていう警戒は杞憂に終わって何よりだ。

 個人的に命を狙われるより、義輝公に会う方が怖い。

 だって剣豪将軍だぞ!? 畳に無数の刀を顕現させる(以下略)だぞ! もうすぐアンタ死ぬよと思っているのがバレて、ブレイモノーとか言われて、斬られそうになったらどうしよう。数えで5歳になった奇妙丸はともかく、茶筅丸と三七は父の顔も知らずに育つのか。そんなの嫌だ。

「…………なんて思っていた時期もありました」

「殿、どこを見ておられるのですか」

「空」

「いい天気ですなあ」

「そーだなー」

 呆れ半分の長秀に、のほほんとしている信盛。

 腹立つくらいにいつも通りの側近たちのおかげで、脱力しきった体が元気を取り戻した。なんということはない。アッサリと、本当にあっけなく将軍との謁見が終わった。


『尾張守護職? いいよ、あげる』


 現代風に表現すると、こうである。軽いな、オイ。

 後から聞いたところによると、京の都はちょっと前まで大変なことになっていたようだ。正確には将軍家と六角氏、三好氏辺りが揉めに揉めまくっていた。古来より続く朝廷は健在なんだが、武士社会となってからは世情にノータッチ。屋台骨グラグラの幕府でも、中央における権威は侮れない。幕府の後ろ盾があるんだぞ、は印籠並みの威力がある。

 やってみたいね、葵の御紋。

 そうだ、五つ木瓜紋のついた特別仕様の印籠作らせるかな。

 薬師いらずの健康優良体だからって、今後もそうとは限らない。腹痛、頭痛、歯痛の薬は丸薬として見分けがつくのか? 薬といえば富山――この時代は越中と呼ばれている――が有名だが、尾張国からは遠すぎるんだよなあ。いくつ山越えるんだよ、薬のために。

「日本の古都の名は伊達じゃねえなあ」

「ダテ?」

「ああ、街並みが見事だって言ったんだ。乱の傷跡はあちこち残ってるが、修学旅行の定番って言われるだけあるわ。……全然覚えてねえけど」

 前世と大きく違うのは、洋装の人がいないことだろう。

 と思っていたら、なんだか明らかに日本人っぽくないのが視界の端を掠めた。振り返っても見つからないので、気のせいだったかもしれない。宣教師に会いたい願望が見せた幻だろう。

「って、いたー!」

「殿!?」

 驚く家臣を置き去りにしてダッシュする。

 早くしないと見失ってしまう。その一心で、俺はひたすら呼びかけた。

「そこの洋装の男、南蛮人、宣教師じゃなかったらソーリー! ストーップ、ヘルプミー!!」

「……ハイ? ワタシですか」

「貴様デース!」

 びしっと指差し確認した俺に何を勘違いしたか。

 追いかけてきた家臣たちが刀の柄に手をやるので、慌てて止めさせた。黒い宣教師の服は和装と全く違う。欧米人の特徴である彫りの深い顔立ちは、平たい顔の日本人にとって異形以外の何者でもない。そういえば、天狗と間違えられた説もあったなあなんて懐かしく思い出しながら、呼吸を整える。

 やべえ、ガイジンと会うなんて前世以来だ。

「殿のお知り合いですか?」

「いや、初対面だ」

「ええっ」

「いいから黙ってろ」

 後ろからコソコソ問いかけてくるので、逆に落ち着いてきた。

 甦れ、前世の基礎教育! 英語は必須科目の一つだ。日本にガイジン来るなら、日本語覚えてこいよと鼻で笑っていてゴメンナサイでした。ちゃんと勉強していても、転生してまで記憶しているかは別問題だけどなっ。

「は、はろー、ないすとぅーみーとゆー」

 いやいやいや、ダメすぎるだろ!?

 口から飛び出した英語のあまりの酷さに内心で頭を抱えた。

 発音がなっちゃいない。全くできていない。そういえば、英会話をまじめにやったことなんてなかった。社会人になってからもガイジンに会ったら、後輩や同僚に押し付けていたツケがここに――。

「ハイ、コンニチハ。ワタシ、ドロステン言いマス」

「日本語喋れる外国人! ありがとうございます、神に感謝しますっ」

「感謝の祈りヲ捧げマショウ」

「ははーっ」

 後方で土下座衆が爆誕しているのは放っておこう。




「デハ、マタ……会う日マデ」 

「楽しみにしているぞ、トコロテン。しーゆー!」

 ぶんぶん手を振って別れる。

 宣教師と会えたのが夢じゃない証拠に、俺の手には十字架と聖書がある。仏教徒である自覚はないが、キリスト教に宗派替えする予定もない。だが、この聖書は外国語を学ぶキッカケになるだろう。

 パラパラとめくったが、当然ながら日本語訳はない。

「ふふ、フハハハハ!! これはいい、いいぞ!」

「恐れながら、殿」

 申し訳なさそうな長近に、俺は上機嫌で応じる。

「おお、待たせて悪かったな。さっさと宿へ向かうとするか」

「それもありますが、今の御方に貿易のことを話さなくてもよろしかったのでしょうか。危険をおして京へ参ったのは、南蛮との繋がりを得るためでもあったと愚考いたしますが」

「…………あっ」

「トコロテン殿を追いかけますか?」

「そんな名前だったか?」

「殿はそう呼んでおられましたよ」

 首を傾げても、当の本人はどこへ向かったかも分からない。

 興奮状態で会話していたので、内容もさっぱり思い出せない有様だ。頭を抱える俺に慰めの言葉をかけてくれる家臣たちも、全く話についていけなかったらしい。さもありなん。

「ま、まあ、収穫はあったから! な!?」

「はあ」

 気を取り直して本日の宿へ向かう。

 ちなみに上京室町通りの裏辻にある宿所だ。

 清水寺へ訪れたついでに素晴らしい眺めを堪能してきたが、碁盤の目のように整備された町並みはやはり美しい。建物修復の遅さはともかく、区画整備の正確さは是非とも参考にしたいものだ。臭くて不衛生な面はどうしようもない。あちこち歩き回るな、と言われた理由は何となく察している。

 と、そこへ尾張の使いを名乗る者がやってきた。

道家尾張守どうけおわりもりの使いとな? まあいいや、通せ」

「よろしいのですか」

「通せったら通せ。火急の用なんだろ。ヤバい奴なら、これで斬りゃあいい」

 この時、俺は酔っ払っていた。

 早々に目的を果たしたので、緊張の糸が切れてしまったのだ。今宵ばかりは女遊びも大目に見るとして、お供の半数ほどが不在だった。荒子城の一件で反省した俺は、刀をいつも持ち歩くようにしている。もちろん本当に斬るためじゃない。見せるためのものだ。

 どこぞのなんたらかんたら、っていう名工の品らしい。

 刀身の美しさはもとより、柄の馴染み具合がお気に入りだ。剣術は凡人クラスの俺でも、これなら達人になれそうだとまでは言わないが。

「あの……拙者は金森様か、蜂屋様に取次をと願ったのですが」

「構わん構わん。二人ともここにいる」

 べしべし、と酔っ払いからハリセン叩きに遭う長近たち。

 頼隆の方は屈辱で顔が真っ赤になっている。まあ、それが面白いのでからかっているのは否定しない。性格の悪さは信盛に影響されたのだ、俺は悪くない。

「よぉーし、名を名乗れ。くるしゅうない」

「は、那古野弥五郎に仕えております丹羽兵蔵と申します」

「おー、弥五郎か! この間、那古野村に行ったのに会えなかったんだよなあ。奴は元気にしているか? まだ幸に承諾もらってないのか?」

「は、はあ。元気にしております」

「兵蔵とやら、かまわぬ。仔細を話せ」

 長近が先を促して、兵蔵と名乗る男は慌てて語りだした。

 曰く、美濃からやってきた刺客が京の町に潜んでいるというのだ。わざわざ俺を狙うためにご苦労なことだ、と感心する。上洛に際し、最小限の供連れであることを好機と見たらしい。

「その話が本当だとして、兵蔵。何故、そやつらが刺客であると気付いた?」

「はい。拙者はもともと信長様の後を追って、京へ向かうところでございました。近江志那の渡しにて、妙な男たちと行き会いましてござる。何やら気になったので三河の者と偽って話を聞いたところ、美濃国は斎藤義龍様の使いであるとしか答えませんでした」

「ふむ」

「義龍の、なあ。それで?」

「拙者は一度気になると、どうあっても確かめねば落ち着かぬ性分でして。こっそりと後をつけ、奴らの宿まで突き止めたのございます。しかしながら拙者では警戒されてしまい、話が聞き出せませぬ。やれどうしたものかと考えあぐねておりますと、腹をすかせた子供がこちらを見上げておりまして」

「ええい、話が長いぞ! それでどうしたというのだっ」

「怒りっぽいのは寿命を縮めるぞ、ハンニャ」

「般若介ですっ」

 ムキになって喚くのを、まあまあと長近が宥める。

 護衛だから何だと言っていた割に、頼隆もそこそこ飲んでいたのだろう。なんだか頭痛がしてきたので、やや強めに叩いたら沈黙した。よし、これで静かになったぞ。

 開いた口が塞がらない兵蔵は、俺と目が合った途端に平伏した。

「そ、それで子供に握り飯を与える代わりに話を聞きに行かせました! 公方様に許しをもらい、信長様を鉄砲で討ち取ると言っていたそうでありますっ」

「声がでかい」

「ひいいぃ、申し訳ありません!!」

 小声で叫ぶという器用な真似をした兵蔵には、褒美を約束して奥で休ませる。

 道家尾張の用事も気になるが、そんなことよりも美濃から刺客が来ているのなら放っておけない。いよいよ義龍の奴、俺のことが邪魔になってきたということか。尾張国を追い出された恨みで、信安親子があることないこと吹き込んだ可能性もある。

 上洛の話がどこで漏れたかは今更問うまい。

 今回のことに限り、隠すようなことでもないのだ。むしろ、間諜から雇い主へ伝わるようにしている。義銀の隠れ蓑がなくなった今、尾張国を守るのは織田の力だ。

 清州三奉行の一つであったものが、尾張守護職にランクアップした。

「如何いたしますか、殿」

 長近に問われ、一考する。影に片付けさせるのは簡単だ。

「兵蔵は宿を特定した、と言っていたなあ」

「お戯れはお止めください、殿! 美濃衆であれば、某と面識があるやもしれませぬ。よくよく話して、国へ帰っていただきまする! 守護職をいただいたばかりで、刃傷沙汰は避けるべきでござる」

「あー」

 うん、眠くなってきた。

 そこで頼隆もぐうすか寝息を立てているし、俺も明日に備えて寝よう。隣では長近がまだ怒っていたが、頼隆よりも年配なのだから血圧上昇には注意してほしいものだ。いや、この時代に血圧を測る機械なんてなかった。やっぱり南蛮文化だ。トロステン・リターンズ希望。

「オヤスミ」

「殿! せめて床で横になってくだされ。殿!!」

「やかましいっ」

 カエルを潰したような声がして、静かになった。うむ、これで安眠確保だな。

 俺は満足して、今度こそ眠りについたのだった。

初めての上洛で美濃の刺客が追いかけてくるとか、ツイてるね!と思ったら書かずにはいられなかったんです。信長公記は、読み物としてもかなり面白いですよね。

刺客関連の話が詳しく書かれているのは、兵蔵本人に取材したからだと思われます。本当の用事はなんだったんでしょうね? この頃はもう太田又一が信長の臣下になっていますし、わざわざ尾張国からの使いを「尾張の使い」と称するのも変だなと思った(清州からの使いなら、まだ分かる)ので道家尾張のことにしました。

あくまでも個人的な解釈です。

歴史的見解はまた違うかもしれないので、物語の一環としてご理解ください。


道家尾張...尾張守山の住人。尾張守と名乗っていたが、信長が尾張守護職になったので尾張と称す。

 清十郎・助十郎という二人の息子がいる。

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