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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
上洛偏(弘治3年~)
125/284

103. 茶筅丸と三七

結局いいのが思いつかなくて、苦し紛れにつけた名前が気に食わないノブナガ

 戦後処理だ、出産だと走り回っているうちに春到来。

 無事に奈江も初産を終えて、三人目の男児が織田家に生まれた。正室と側室に一人ずつ平等に、と狙ったような振り分け方だが全くの偶然である。個人的には娘もほしいので、疲れている帰蝶を癒す名目でイチャイチャしている。

 夜泣きは狼の遠吠えだ。きっとそうだ。

 なるべく自分で育てたいという側室たちは、完全に寝不足である。ちゃんと乳母も用意したのに上手くやっていけるのか、ちょっと心配だ。それでも子供の声が聞こえる、というのはいい。

「三十郎たちも、こーんなに小さかったんだよなあ」

「そこまで小さくなかったと思いますけれど」

「お濃さん、今日も冷静なツッコミありがとうございます」

 一つの部屋に、三人の妻と三人の息子が揃っている。

 今日は家族団らんということで、乳母たちは席を外していた。

「ちゃーし、さーんち」

「まあまあ、若様。もう弟君の名を覚えられたのですね」

「うんっ」

「ちゃんと発音できていないけど。まあ、いいんじゃない」

 相変わらず素直になれない奈江の隣で、吉乃がうっとりと微笑む。

 それぞれ一人ずつ赤ん坊を抱えているのだが、双子のようにそっくりだ。もちろん息子たちのことである。たっぷり乳を飲んだばかりなので、二人とも満足げに眠っていた。一か月違いだが、吉乃の生んだ茶筅丸が次男になる。奈江が生んだ三七は三男坊だ。

「あなた、まだ落ち込んでいるのですか?」

「お濃、俺だー聞いてくれー。次の名前は、生んだ奴に決めさせるー」

「可愛らしくて好きですよ。ねえ、茶筅丸」

「覚えやすくていいじゃない? 三七は21日に生まれたんだから」

「慰めになってねー!!」

「なってねー」

「あなた、奇妙丸が真似をするので妙な言葉はお止めください」

 ばふっと帰蝶の膝に顔を埋めれば、奇妙丸も真似をしただけだ。

 うむ、可愛いので許す。息子と目が合い、ニヤッと笑った。

「まああ、若様が悪い顔をなさっておいでですっ」

「うつけは一人で十分なのに」

「奈江、三七が落ちそうになっていますよ」

「おやまあ、ホントだ。よっこいしょ」

「よっこいしょ? さんちち、よっこいしょ」

「三七だぞ、奇妙丸。さーんーしーち。ほら、言ってみろ」

「さーんちーち」

「三七」

「さんちちっ」

 言えていない。可愛い。うちの子可愛い。

 思わず吹き出せば、怒った奇妙丸のパンチ攻撃を受けてしまった。帰蝶には膝の上で喧嘩するなと追い出され、すぐに戻ってきた奇妙丸に膝を占拠される。ぬう、やりおるな。

 膝はあと二つもあるわけだが、赤ん坊を起こすのはしのびない。

 仕方ないので畳へごろりと転がった。嫁と子供たちが皆ちゃんと見える。俺の幸せの形だ。束の間の平穏と分かっているからこそ、大事にしたいと思う。

「ちっちーえー」

「ごっふ」

「わ、若様っ」

「ごろーん」

 腹の一撃はちょっと、かなりキツかった。

 ものすごく嬉しそうな奇妙丸の顔を見ていると、叱る気が失せる。叩くと言えない強さで頭をポンポンすれば、まるでコバンザメのように体をくっつけてきた。子供体温が心地いい。

 これから暑くなってくるので、こうしてくっつくのも今だけだ。

 早くも瞼を重そうな奇妙丸につられて、俺もだんだん眠くなってきた。そういえば、まともに眠ったのはいつ以来だろう。夜遅くまで執務に励んで、早朝には鍛錬の時間を増やした。奇妙丸の乱入で何かと中断させられることもあるが、今は自由にさせてやりたいと思っている。

 一つずつ覚えていけばいいのだ。

 面倒事は父がきっちり片付けておくからな。すくすく育てよ、息子たち。




 そうだ、久方ぶりに那古野村へ足を運んでみようか。

 たまには原点に帰るのも大事なことだ。そんな風に自分へ言い訳をして馬具を取りに行ったはずなんだが、どうして俺は肘置きを抱えて座っているんだろうな。

「此度のことは、真に申し訳なく……っ」

「いや、許さん」

「信長様っ」

「二度あることは三度ある。てめえの兄貴に聞いてみろ。罪悪感の欠片でも心の片隅にあるのなら、一考してやらんでもないぞ」

 不機嫌な俺をハラハラと見守る小姓たち。

 ひたすら平伏し、怒りをやり過ごそうとしているのは織田信清の弟・信益であった。影が薄くて自己主張しなさそうで、兄の陰に隠れて出てこない男が謝り倒しているのは訳がある。

 つい先日、信清が岩倉城主を名乗って城内に住み着いた。

 もちろん俺は許可していないし、それらしい話もしていない。城攻めに多大なる貢献をしたから、その土地を任せるなんてことはしない。少なくとも俺の代において、一度も前例がない。それなのに俺の従兄弟だからという理由で城に居座る。冗談としか思えない事後報告を受けて「即刻出ていけ」と返したら、何故か信益が面会を求めてきたというわけである。

「おい、那古野城に伝令を出せ。三十郎、勝介と共に岩倉城を奪還せよという急使を送るんだ」

「お止めください。そんな大事にするなどっ」

「黙れ、信益。……これでも数日間の猶予を与えたつもりだぞ? 今すぐ戻って、兄を説得するんだな。俺の前で這いつくばって詫びを入れ、頭を丸めるなら許してやってもいい」

「しかと、伝えます」

 信益は血の気の失せた顔で返事をして、フラフラと出ていった。

 ちょっと脅しすぎたか? しかし岩倉城は直轄地にすると決めた以上、他の奴が城主を名乗るのは大いに問題がある。同族だから贔屓にするのかと家臣団から文句が出るし、信清は民を大事にするタイプには見えなかった。

 そもそも信清たちの父・信康は、伊勢守信安の後見人を務めていた。

 信清と信安の仲が悪くなった原因も領地問題である。俺が大和守信友とやり合っていた頃に、信清が無断で領地を広げた疑いで信安を怒らせたのだ。主従の関係じゃなかったにしろ、領土の拡大は信用問題にも関わる。領地を減らされた方は収入も減るし、管理している役人たちだって困るだろう。

 勝手な行動は、多くの人間に迷惑をかける。

 そんな簡単なことも分からない奴が、ちゃんと土地管理できるとは思えない。

 那古野城主になった信広は筋の通らない話が大嫌いだ。信包も勝介から城主の心得を学んでいる。同族であることを持ち出すなら、こちらも弾正忠家の者を出してやる。

「いっそのこと、尾張国から追い出すか」

「では、そのようにいたします」

「任せた」

 イライラしていた俺はこの時、誰に何を頼んだのかを把握していなかった。

 数日後、武衛様が河内へ逃げたという報告が入ってくる。河内国じゃなくて、尾張国の河内地方だ。かねてより服部党が拠点としている地域で、今川軍が占拠している知多郡ともども取り返したい領地でもあった。

「吉良氏と結んで俺を追い落とそうってか。ふうん」

「呑気なことを言っている場合ですか! この機に乗じ、服部友貞を討ってしまいましょうっ」

「落ち着け、恒興。吉良氏って言ったら、三河守護職だろ。どっちが先に座るかで睨み合ってた奴と手を組むくらいに、俺が邪魔だったっていうことじゃないか。あの武衛様がそれだけの気概を取り戻しただけでも良か」

「よくありません。ええ、全くこれっぽっちもいいわけありません!!」

「あー、うるさいうるさい」

 恒興のヒステリーは何年経っても頭に響く。

「とりあえず河内に追い出したんなら良し、としとけ。んで、犬山の方はどうなった?」

「殿の脅しが効いたようで、信広様が到着する前には城から逃げ出しておりました。行方を追っている最中ですが、もう尾張国にはいないかと」

「人のモンに手を出すのも早いが、逃げ足も速いんだなあ。ちょっと感心した」

「殿!!」

 今、耳がキーンとなったぞ。

 恒興は変声期がなかったようで、男にしては高い声の持ち主である。よく通るから、戦場での号令に適している。俺の代わりに頼むと言えば、喜々として叫んでくれるから楽だ。

 とまあ、物事には一長一短あるわけで。

「岩倉城下町は手筈通り、復興を急がせろ。ああ、城は後回しにしろよ。あそこを戦場にしてしまったからには、町の復興が最優先だ」

「分かりました」

「河内に手をつけるなら、余計に西の要所はどこも万全としておきたい。それと浮野の戦いで考えていたことがある。次の定例評議会の議題に出すから、……耳を貸せ」

「は、はい」

 緊張した面持ちで恒興と信定がにじり寄ってくる。

「お前は呼んでないぞ、又助」

「そんな殺生な!」

「おまえに聞かせたら、すぐ記事になるだろうがっ」

「信長様の人望厚きゆえですよ! 皆が信長様の色んなことを知りたがっているんです。私はそれに答えているだけで」

「あ、やっぱり評議会になったら話すわ」

「信定貴様あああぁっ」

 恨みの遠吠えを聞きながら、俺はいそいそと厩に向かった。

 今度こそ那古野村に行くのだ。幸も適齢期を迎えているだろうし、弥五郎との仲も気になる。弥五郎といえば、すっかり那古野村に馴染んだようだ。信盛や長秀たちの後を継ぎ、那古野村発祥の新技術を広めるのに腐心していると聞く。

 貧乏侍から昇格してもいい時期だろう。

 それに寺子屋の第一次卒業生にも、ささやかな祝いの品などを贈りたい。頑張っている奴には褒美を与える。それはとても大事なことだと思う。

「まあ、やりすぎると贔屓だって言われるんだけどなあ」

 顎を撫でつつ、思案する。

 そうそう。生駒屋敷は改築が終了し、小折城と呼ばれるようになったらしい。大層な名前になってしまったが、今後は岩倉城の盾としても活躍できるに違いない。信賢とやり合うハメになったのだから、それくらいのことは当然である。ついでに奇妙丸のために馬を一頭贈らせるか。

 詫びの品でも、祝いの品でもいい。

 吉乃が元気な男児を出産したのを聞いて、家宗はとても喜んでいた。機嫌がいいうちに頼めるものは頼んでおく。それもまた交渉の内である。

そろそろ活版印刷やりたい

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