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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
上洛偏(弘治3年~)
120/284

98. 空気は読まない

今回もねつ造設定あります

 これだから脳筋どもは嫌なんだ。

 開ききった襖を境に、部屋の内外をみっしり占拠する土下座衆を見やった。真っ先にハリセンの餌食となった信行は、俺の後ろでしょんぼりと項垂れている。殺気を感じたと言っているが、あれでは正当防衛が成立しない。

 小山のような男が腰を上げただけだ。

「人、それを過剰反応という」

「ですが、痛っ」

 ハリセンを振るう俺は苦渋の面持ちである。

 何故なら、このハリセンは渾身の手書き地図だからだ。蛇腹の折り目を付けたのが、こんな風に役立つとは思わなかった。っていうか、役立つような場面を誰が想定しただろう。

「お前らは馬鹿ばかりか!!」

「申し訳ございません!」

「さっきから言ってんだろうが。人材不足、ジンザイ・ブソクなんだよ清州は! どうしても死にたいって言うから、ジジイどもの願い通りにしてやったのに何を勘違いしてやがる。期待通り、一族郎党皆殺しにした方がよかったのか。ああ?!」

 寺子屋を増設したため、一から育てる苦労は身に染みている。

 算術は俺が一番手慣れているとかで、ときどき手伝いに駆り出されるのである。貞勝は鬼だ、悪魔だ、冷血サイボーグだ。手習いの文字にしたって、美しい書き方ができるからと褒められてノコノコ出ていった先でガキどもの臨時講師である。うつけ先生とか呼ばれてんだぞ、羨ましいかコノ野郎。

 そんなわけで、既に教育を受けた大人は貴重な人材だ。

 嫌がる奴に無理を言いたくないのは、俺が優しいからじゃない。イヤイヤ仕事をする奴は当然ながらヤル気がない。気持ちが伴っている人間の半分以下程度しか役に立たない。使えないと分かっている労働力に支払う金などないっ。

 文官に支払う給料一か月分で、どんだけの貧民が飢えをしのげると思っている。

「こちとら慈善事業やってんじゃねえんだぞ、コラ。俺が、死にたくないから、町の発展やら何やら頑張ってるの。分かる? 分かったら返事!」

「分かりました!!」

 宗吉や信行も声を揃えての即応である。よろしい。

「んで、孫九郎」

「はっ」

「勝吉連れてこい、今すぐ」

「で、ですが」

「殺さねーって言ってんだろ。林一族が勝吉くらいしか残ってねえのは知ってるんだ。どいつもこいつも勝手に死にやがって、誰が許可した。俺の命令無視するなんざ良い度胸だな、コキ使ったる」

 宗吉の指示で、土下座衆の何人かが駆けていく。

 ここで従わなかったら、それこそ撫で斬りにされそうな勢いだったと後に宗吉は語った。だが、それくらいの気迫を持ち合わせているからこそ生涯の主君として仰ぐ決心がついたとも笑う。

 はたして林勝吉は、何かを覚悟した顔で現れた。

 やつれて頬のこけた儚げ美青年風の様相に、思わず額を抑えて呻く。

「おう、そこの小姓A。一体、何を吹き込んだ」

「わ、私は何もっ」

「どうぞ信長様の御心のままに、痛っ」

「ふっざけんなあああぁ!!」

「兄上。兄上、お気を確かに! 宗吉、その者を連れていくのです」

「今連れてきたばかりで」

「話は後からでもできましょう。今は兄上を落ち着かせるのが先です」

「う、うむ」

 本人を前にして失礼極まりない会話はさておき。

 俺が完全に落ち着くまで、少々の時間を必要とした。単位で表すなら一昼夜くらいか。言葉通りの叩き台として利太が、俺の傍らに控えて取引再開となる。

 ぽくぽくぽく、と小坊主の頭を鳴らした。

「うむ」

「うむ、じゃねえよ! なんで俺が頭叩かれる役なんだよ。緊急事態だって言われて、馬を飛ばしてきたのになんだよコレっ」

「それは俺がやった。二番煎じ乙」

「意味わかんねーし! うぐ」

 怒りのあまりに敬語がすっ飛んでいる小坊主を、また叩く。

 実は俺たちの動向が気になって、コッソリ後をつけていたのも知っているが言わないでおこう。もちろん親切心からじゃない。今後のからかいネタにとっておくのだ。他人の黒歴史って、熟した頃に語りたくなるんだよな。

「それはそうと話が進まんだろ、大人しく叩かれてろ。優しくしないから」

「しねえのかよっ」

「利太、うるさいですよ。静かにしなさい」

「あんたにだけは言われたくない!」

 天下一の傾奇者を叩き台にする信行、おそろしい子。

 すっかり場が和んだところで、俺は対する面々をじろじろと見てやった。先日のお返しである。盛重は見つからなかったのは仕方ないとして、勝吉の隣にニコニコ笑顔の少年が増えていた。この場で一番みすぼらしい格好をしているが、これでも岩倉織田氏に仕える家老の息子だという。

 山内一豊やまのうちかつとよ、俺も知っている戦国武将の一人がここにいた。

「なんでここにいんだよ、伊右衛門」

「もちろん呼ばれたのです、三郎様」

「私は呼んでいない……」

「ああ、それなら心の声かもしれません。耳がいいので」

 しれっと答える一豊に、勝吉が頭を抱えている。

 どうやら二人は知り合い、しかも仲がいい友達くらいの関係らしい。宗吉によって上条城に匿われてから、一豊はちょくちょく勝吉の様子を見に来ていたという。

 世を儚んで、自決しないように。

「私のことなど放っておけばいい」

「そうはいかないよ。友を大事にできない者は、人を従えることはできない。父上の教えだ」

「伊右衛門の親父さん、このことは知っているのか?」

「知るわけないじゃないですか」

 あはは、と笑っている場合じゃない。

 俺も頭を抱えたくなったが、宗吉が岩倉織田氏について知っていたのは、一豊が情報を流したおかげだろう。信安と事を構えることになったら、吉田城や上条城も警戒区域に入る。北から攻めてくる敵を受け止めるのが彼らの役目だ。

 ぬるくなった茶を啜った。

「なんだか最近、皆おかしいんですよね。普通に弾正忠家を潰す話をしていたのが、尾張国全てをもらう気でいるんです。まあ、美濃から援軍が来ればの話ですが」

「ぶほおっ」

 ちょうど正面にいた宗吉へ茶をぶちまけてしまった。

 激しく噎せる俺を介抱しようとする信行の手を止めさせ、暴れ始めた心臓を落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。俺は誰だ、織田信長だ。美濃はもう味方じゃない。帰蝶がいても、義龍は尾張国を攻めるというのか。

 あの男は実父と弟たちだけでなく、妹の血までも求めるというのか。

「ここで三郎様の身柄を確保して、義龍様に献上すれば戦回避できませんかね」

「何を言い出すんだ、伊右衛門っ」

「え? その方が君も安心するんじゃないの。いつ三郎様に殺されるかって日々怯えていたのは知っているんだよ」

「山内殿、それ以上は慎みたまえ」

 濡れた顔を拭きつつ、宗吉が口を開いた。

 勝吉は顔面蒼白になっているのに、一豊だけが平然としているのは何やら滑稽な気がした。空気が読めない阿呆には思えなかったが、ぺらぺらと口が回りすぎているのが引っかかる。後世に伝わる山内一豊という武将は、そんなに愚かな人間だったろうか。

 英雄として評価されるからには、相応の結果を残したはずだ。

「伊右衛門」

「はい」

「俺を連れていけば、本当に戦回避できると思うか?」

「無理ですね。尾張国まるっと属国になって終了です。その前に今川軍と武衛様の率いる軍勢に食い散らかされて、この世の地獄になります」

 俺は深く頷いた。

 まさしく俺が懸念していた通りのことを言われたからだ。そして親父殿が俺に託そうとしていたのも、牙を剥かんとする周辺諸国に対する守護の力だった。昔から厳しくしてきたのは強く育てようという親心だとか懐かしむつもりはない。

 俺は大事なものができたから、守りたいと思うようになった。

 尾張国は、俺が守りたいものの生きる土地だ。誰にも渡さない。俺じゃない誰かの方が上手く土地管理できるんじゃないかと思ったこともある。だが最早、戦わずして奪い取ることは不可能なのである。

「つか、義龍。美濃国も全てまとまったわけじゃねえのに、他国へ色気出してんじゃねえよ。戦に強くても、政治が上手くなきゃダメだろ」

「それ、三郎様が言っちゃいますか」

「言っちゃいます。だって俺、戦上手でもなければ政治が得意でもないし」

「信長様は恥ずかしくないのであるか」

「ん? 事実だからな。どうせ他人は好きなように解釈するんだから多少盛っても意味はない。俺はどこまでも凡人だが、誰よりも欲深い自信があるんでな。言っていい場所と悪い場所くらいは見分けがつく。ついでに人を見る目にも自信がある」

 仕事を丸投げして楽に生きるには、デキる奴を味方に入れるが吉。

 それなのに呆れたような、可哀想なものを見るような目で見られているのは何故だ。俺は何も間違っちゃいないし、俺よりもデキる奴がたくさんいるのも真実だ。あいにくと今回はうっかり忘れて側近どもを置いてきちまったので、僧籍に入った弟くらいしかいないのだが。

「信長様、そういう人だから皆がついてくるんですよ」

「小坊主に褒められても嬉しくない。美少女おまつ連れてこい、おまつ」

「褒めてねえし!! 連れてこねえし!」

「あはは! やっぱり面白いよ、この人。僕もついていこうかなあ」

「ついてくるか、伊右衛門?」

「あ、今は無理です」

「デスヨネー」

 ノリのいい奴は好きだ。

 ぽかんとしている勝吉の隣で、宗吉がこめかみを揉んでいる。一豊のお気楽な性格は、真面目な人間にはストレスを溜めかねない物件だろう。父親の顔を見てみたいが、信安に仕えているのならば敵対することになりそうだ。

 本当に義龍の援軍を得て、俺と戦をする腹積もりならば。

「あ、そうだ。服部党と組んだら、勝てますかね?」

「誰とだ!?」

「もちろん、三郎様とです。やっぱり身柄確保しないと無理かなあ。でも本人こんなこと言っているし、本当に怖いのは側近の皆さんかもしれないですよね。藪をつついて蛇を出すのは嫌だなあ」

「ついでに言っておくと、鬼柴田もなかなか怖いぞ。普段は石像同然だが」

「え? あの人は勘十郎様の言うことしか聞かないんじゃないんですか? それに勘十郎様は亡くなったと聞いていますけど」

 俺の隣でかちゃん、と茶器が鳴った。

「……伊右衛門」

「はいはい」

「お前、俺の家臣になるか。その身一つで」

「タダ働きは嫌です」

「美味い饅頭屋がある」

「ほほう、三郎様のオススメですか! それは期待できそうだなあ」

「伊右衛門、本気か? 盛豊もりとよ殿を裏切ることになるんだぞ」

 一豊は父の名を出されても顔色一つ変えなかった。

 肩を掴み、がくがくと揺さぶる勝吉にもニッコリと笑ってみせる。勝吉が虚を突かれて固まった拍子に、一豊の拳がめり込んだ。右ストレートを受けて、驚愕のまま勝吉が倒れる。

「三郎様」

「お、おう」

「こんな奴ですが、僕の大切な友なのです。彼の立場を守ってくれるというのなら、僕は三郎様の耳目になることを誓いましょう」

「伊右衛門!! 私がいつ、そんなことを頼んだっ」

「頼まれていないから、一つ貸しにしておこうか」

 暑苦しい友情を見せつけられて、俺は早くも食傷気味だ。

 そもそも勝吉の身柄を確保して清州城へ持ち帰るつもりだというのは、この若い二人には伝わっていなかったようだ。宗吉を恨んでも仕方ないが、俺の視線を受けて申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 取引にならんと笑えば、話が進まない。ここで恩義を感じてもらっても困る。

 心の伴わない忠義も、暑苦しい忠誠もいらないのだ。

「信長様!」

「おう、話はまとまったか」

 ぎゃあぎゃあと喧嘩していた片方かつよしに向き直る。

「私の知行は餅でいただきましょう」

「は?」

「亡き父上が申しておりました。信長様の野望は絵に描いた餅のようなものであり、とても食えたものではない、と。ですから、私はその餅をいただきとうございます」

 今度は俺がぽかんとする番だった。

 ややあって、信行と一豊が同時に噴き出す。

「傳左衛門。それ、あんまり美味しくないよ」

「知行はいらぬということですから、構わないのではありませんか? 見返りを望まず、人のために尽くすのも御仏の教えに沿うものです」

「お前らなあ」

 実は三人とも仲良しさんだろ、というツッコミは腹の中に収めた。

 信行と勝吉はともかく、どういう経緯で一豊が知り合ったのかは少し興味がある。聞くところによれば、清州三奉行と呼ばれながらも両家の険悪さは根が深いものだ。それぞれの主に仕える家老の息子同士が顔を合わせるなんて、普通はありえない。

「ただの偶然です、三郎様」

「心を読むんじゃねえよ、伊右衛門」

「美味しい饅頭が食べたくて店を探していたら、お腹をすかせた子供がいたんです。僕の饅頭を物欲しそうに見つめるものですから、仕方なく」

「勝手に話を作るな。私が、お前に、饅頭を与えたんだ!」

「ああ、なんだ。とっくに忘れたのかと思っていた」

 嬉しそうな一豊に、ぐっと詰まる勝吉。

 仲が良いのは美しきことかな。もう面倒なので、まとめて世話をしてやることにした。とはいえ、林一族の者は先の戦でほとんど亡くなった。勝吉は最初から上条城に匿われていたようだ。

 勝吉に盛重のことを聞くと、同姓の縁で話したことはあると言う。

「じゃあ、そいつらを連れ戻す役目を与える。上条城は北の要所だ。ここが落とされれば、敵は一気に清州まで攻めてくるだろう」

「冬までに工事を終わらせろ、というご指示であったな。承知した」

 勝吉だけは分からない顔をしていたが、一豊が小声で説明してくれたようだ。

 ぱっと俺の顔を見て、勢いよく頭を下げた。

 別に感謝されるいわれはないし、今後活躍できるかは本人の頑張り次第だ。一豊の存在がなかったら、清州へ連れ帰っていただろう。そして秀貞のことを知っている側近たちは、その息子としか見ないから肩身狭い思いをしたはずだ。

 宗吉には農地改革の話を改めて伝えた。

 必要な人員を寄越すから、よくよく話し合うようにとも言い置いておく。村の各地を走る水路は稲作にも重要だが、非常時の水確保にも役立つ。溜め池には魚を放し、周辺には食べられる草を植えてもいい。村の者が持ち回りで管理して、月一で役人へ報告を上げるのだ。

「毎月であるか?」

「何かあってからじゃ遅いだろ。日頃から連絡し合っていれば、いざという時に動きやすいもんだ。庄屋と役人の癒着に関しては、俺に策がある。そろそろ結果が出るはずだ。使えそうな案だったら、こっちに持ってきてやろう」

「ああ、なるほど。それで大うつけ」

「伊右衛門っ」

 ぽんっと手を打った一豊を、今度は勝吉が殴っている。

 帰蝶も妙なタイミングで納得するのだが、一体どういうことなのだろう。答えを求めて信行を見れば、なんだか悟りを拓いた修行僧のような顔で微笑まれた。頼まれても拝んでやらない。

饅頭侍の口調が初登場時と違うのは意図的なものです。

通常時は「僕」ですが、外では見下されないための「俺」になります。



林勝吉...秀貞の遺児。通称は傳左衛門でんえもん

 上条城に匿われたのは勝吉の才が、ノブナガの役に立つと信じたためである。後の禍根になるであろう者は全て道連れにした秀貞は息子に何も伝えぬまま死んだが、一豊という生涯の友を得た勝吉は武将として成長していく。


山内一豊...岩倉織田氏の家老である盛豊の三男坊。通称は伊右衛門(のお茶)

 たまたま饅頭の縁でノブナガと知り合い、友の勝吉を救うべく能弁を振るう。岩倉織田氏はもうダメだという認識から、ノブナガに自分を売り込んでおきたい野心もあった。勝吉以上にコキ使われて、ちょっと後悔する未来は視えていない。



一豊と勝吉について。

二人が知り合ったのは山城国らしいのですが、こちらの都合で出会いを早めました。林秀貞を追放せず、弟と一緒に死なせてしまったためです。一族の者ではないとされる林盛重が同時期に小坂宗吉へ城主の座を明け渡したことからしても、当時の林姓への逆風は強かったように思えました。

盛重の子孫は後に農業ですごく頑張ったようなので、これは使わない手はないと。

宗吉に秀貞の遺児を匿わせ、当分は出てくるはずのない一豊も引っ張ってきてしまいました。饅頭好きかどうかはともかく、うつけ餅やノブナガぷろでゅーす饅頭は当時の饅頭より美味いのは確かです(製法が違う)

一豊、勝吉ともに長男ではないので、この頃はまだ十代としています。

勝吉の方が年上なのに対等っぽく見えるのは、勝吉の立場が微妙なせいです。

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