9. うつけ者、蝮に遭遇する(前)
舎弟という遊び仲間を取り上げられた俺は一年間、大人しくしていた。
勉強に鍛錬に殊勝な態度で取り組み、さすがの大うつけも反省しているのではと周囲がほくそ笑んでいたのも知っている。かなり小馬鹿にした笑みだったけどな!
もう一度言う。大人しくしていたのは一年だけだ。
ちゃんと離れ離れになった舎弟たちとも連絡は取らずに、向こうから送られてきた文には「しばらく放っとけ」と返しておいた。遠回しの絶縁状にも見えるだろう。ふふん、実は違うのだ。
俺の「放置」は「考え事をしたいから構うな」である。
もちろん、その間に何もしなかったわけじゃない。
「若、戻った」
「おっ、様子はどうだ?」
「若様……」
上から降ってきた影に、わくわくしながら報告をねだる俺。
ちなみに野袴姿で忍者っぽい動きをしているのが滝川一益、後ろで額に手を当てているのは乳兄弟の池田恒興だ。遊び仲間認定されなかったおかげで、俺の傍にいることを許された貴重な人材である。
といっても、前世では存在すら知らなかった。
案外そこらにいるもんだな、俺の手駒。さすがは織田信長という名のチート。
「蝮は情報通り、そこの草庵に滞在中」
「お供の数は?」
「二名」
「は、もごご」
叫びそうになった恒興の口を押えつつ、俺も驚きを隠せない。
戦国の三悪党の一人が、こんな奥地へ来るのに供連れ二人だけっておかしくないか。内情は詳しく知らないが、一代でのし上がるのは生半可な事じゃ果たせない。内外で、かなりの恨みを買っていると思う。美濃の蝮と呼ばれた男の最期は、実の息子に殺されるという凄絶なものだ。
余程のことがない限り、親を殺そうって思わないだろ。
奴は、その先を考えなかったのか? 今孔明こと、竹中半兵衛に見限られるくらいだしなあ。当主としてダメ人間だったのかもしれない。俺はそうならないように気を付けよう。
重臣連中の大半には、見限られてるけどな!
「動く?」
「ああ、予定通りに行こう」
「私は反対です! ……罠かもしれませぬ」
また口を塞がれたいのか、恒興。
じろっと睨んだ途端に自ら口を覆って、くぐもった声で続きを述べている。だが、その可能性は俺もちゃんと考えた。考えたんだが、ナイスなアイディアが浮かばなかったんだ。
前世よりは脳内処理能力上がった気がしていたのに、残念無念。
「罠を張っているっていうことは、何らかの想定をしているってことだろ。俺たちが刺客じゃないって分かれば、殺そうとはしない……はずだ」
一益が深く頷く。
「この身に替えても守る」
「あ、止めないんだ」
「一蓮托生」
「よし、ついてこい。一益」
「はっ」
「私もお供いたします!」
いちいち声がでけーんだよ。抑えても叫んでたら意味がねえ。
見つかったらどうするんだ、こいつは。
今度は俺だけじゃなく、一益にまで睨まれていた。両手で口を塞ぎながら、なんだか涙目になっている恒興も必死なのは分かる。次期当主だから従ってくれるのか、俺自身に従っているのかはまだ判別できない。
舎弟どもと遊んでいた頃、恒興は小姓にして小姑だった。
乳兄弟がどんなものかを知らなかった俺は、城内でも利家だけを連れ回していた。とにかく口煩くで喧しい子供がついてくるので、ひたすら逃げていた。外でサボることが多かったのも、こいつから逃げる目的もあった。
乳兄弟とは同じ釜の飯ならぬ、同じ乳を飲んだ兄弟という意味だ。
この時代は、実母の代わりに乳母が子供の世話をする。ベビーシッターってやつだな。
そんでもって、恒興の母――「大御ち様」と呼ばれている――が俺の乳母だった。まあ、乳母の乳首を噛みちぎる赤ん坊の世話なんか、よくもOKしたと思う。命令だから逆らえなかったのかもしれないが、幼い頃の俺って残虐すぎるだろ。子供は無邪気に残酷レベルを軽く超えているぞ。
乳母は当然ながら、母乳がちゃんと出ることを最低条件とする。
噛みちぎり癖が治らなかったら、恒興にも新しい乳母がつけられたかもしれない。そう思うと、なんだか複雑な気分になる。いや、本当に覚えていないからな。本当だからな!
一益との出会いは、それこそよく覚えていない。
気が付いたらそこに立っていた、っていうのが正しい。前世を思い出す前に出会っていたのかもしれないが、怖くて聞き出せないままだ。ちなみに、利家も名前を知らなかった。聞こうとしたのをバレて、一益の方から名乗ってくれた。
感情が表に出にくいタイプなのか、笑った顔を見たことがない。
頬をつねったら、大体のイメージが沸くだろうか。
「顔が何?」
「いや、なんでもない」
笑えと命じたら、一益は笑う。
そんな顔を見たいわけじゃない。そんな命令をしたいわけじゃない。無表情がデフォルトの子供は正直怖いと思っていたが、見慣れたらそうでもなくなった。むしろ忍者かもしれないと考えただけで、全ての疑問の答えになってしまった。
俺、ノブナガ。忍者をゲットした!
そうだ、秀吉や家康にあって俺にもあって当然である。この時代は忍衆を抱えているのがステータスだからな。家督を継ぐ前にお抱え忍を持っているなんて、俺すごくね?
「頭上」
「んがっ」
「忠告が遅い!」
恒興、俺の代わりに怒ってくれるのは嬉しいが声デケェよ。
「何奴?!」
「そこにいるのは分かっているっ」
誰何の声が二人分、お供の人数と合致する。
俺は木の枝をしこたまぶつけてジンジンする額をさすり、両手を上げた。ホールドアップである。武器持ってないよー無抵抗だよー戦う意思もないよーのポーズを、残る二人も倣う。
おっと前方に、それっぽい建物を発見。
屋根にめっちゃ苔生しているのが風情あって良い感じだ。壁にも蔦植物がみっしり這って、遠くからは森と同化してしまうような庵がそこにあった。
滝川氏は忍一族だったかもっていう記事をみたので、やらかしました。
奇伝のキは、奇妙奇天烈のキ(今更感)
2/7 斎藤道三の記述を修正