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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
上洛偏(弘治3年~)
116/284

95. 慶次とまつ

地図が苦手な人間が書いているので、投稿前で大幅に修正しています。

位置的に変だ、というご指摘ございましたら是非お願いします。あ、あと文章的間違いも発見次第、お知らせくださると助かります…

 荒子村は海東郡の村だが、春日井は村じゃないっていうことを失念していた。

 そもそも清州城のある清州村は、春日井郡の一つである。その春日井がデカすぎるのと、足元しか見ていなかった俺のミスだ。ならば全体図を、と思った先日の俺を殴りたい。

「だああぁ!! 地図が足りんっ」

 頭を掻きむしりながら古い手書き地図にへばりつく俺、ノブナガ。

 利昌との会見を終えてから日が暮れて、また日が昇って暮れるを何度繰り返したことだろう。春日井方面へ向かう前に、と地図の存在を思い出してよかった。また迷子になったら目も当てられない。

 そんなわけで地図を所望したところ、出てきた一枚の紙にキレた。

「なんで、こんな大雑把なラクガキしかねえんだよ。不便だと思わんのか」

「はあ」

「くそお、書いても書いても終わんねえじゃねえか。やっぱり、一人で来るんじゃなかった。無謀すぎた。那古野村の時だって、舎弟どもがいてくれたってのに俺は何やってるんだ」

 俺が呼べば、一益は来る。

 戦をする時には、詳細な地理情報を得るために手の者を走らせると言っていた。情報は金に等しく、鮮度と正確さが命だ。どれだけの情報を持っているかで、戦の勝敗は変わる。一見して不利な状況に思えても、集めた情報次第でひっくり返せる。

 だが俺は、一人で地図と格闘していた。

 春日井郡は広い。領地をたくさん持つ者ほど身分は高く、収入も大きい。豊かさの数値である石高はすなわち、年貢米の収穫量だ。秀貞ジジイはそれだけ強い権力を持つ家老だったわけだが、ここ数年で石高の上昇はみられない。

 それは清州村の外の様子で、一目瞭然だった。

「あ、意外に清州と荒子って近かったんだな」

 直通ラインを整備しようと考え、すぐに頭の中から消す。

 俺が側近として信用しているのは前田利家であって、前田利昌じゃない。あくまで広域図で見ると近く見えるだけで、俺が支配下に収めている尾張国だって小さい。美濃国と比較するのは怖いから止めておこうか。今川家は確か、三河以外にも複数の国を抱えていたはずだ。

 そんなビッグな敵とやりあったのか、織田信長!

「死んだ。詰んだ。終わった」

 机に突っ伏したいのを何とか堪える。

 今まさに墨入れしまくった地図が、俺に転写されてしまうではないか。

 さて、俺が何をやらかしているかを説明しよう。春日井郡の地図を手に入れたはいいが、ざっくり適当すぎてよく分からん上に大和守信友の支配下にあった部分が白紙だった。そんなBAKANA! 伊能ナントカっていう爺さんみたいに、自分の足で歩き回って詳細図を作るのも考えたが却下。

 村の境界線は実に曖昧なものだ。

 国境よりもあやしい。地図で決まっていると役人が言っても、地元民が「オラの土地」と主張したらそうなってしまう。昔の法律でそうなっているのだから仕方ない。自分で耕したら自分のもの、っていう理屈は分かりやすくていい。

「あーくそ、時間がねえって言ってんだろ。民との交渉してる間に、何か起きたらどうするんだ。何が起きるかって、そんなもん知るか!!」

「信長様、独り言が大きいですよね」

「……っし、川と街道は把握したぞ。農道を整備すれば、水路もひける! ついでに道路標識も立てさせよう。派遣した奴らが迅速に動けるようには必要だ、うんうん」

 朱色と墨でびっしり書き込んだ地図を見下し、俺は満足げに頷く。

 部屋を一つ貸し切って、作業場にしたのは正解だ。顔を墨だらけにした利太が、別の地図を慎重に紐へ吊っている。壁から壁に渡した紐に、木片と針金で作ったクリップで止めていくのだが、既に吊ったものに触れると墨が写ってしまう。

 木炭ペン(極細)の発明が待ち遠しい。

「信長様、自分が迷子になったからって言えばいいのに」

「うるせえ、クソガキ。利太って諱じゃねえか。とっくに元服してんのに、十才とかサバ読むにも程があんだろ。俺を馬鹿にしてんのか、ああん!?」

「いや、えっと……まさか、本当に信じると思わなくて」

「二度も言った」

 じろりと睨めば、利太はうっと詰まった。

「ほんとうはじゅうろくです……」

「遅えよ! もう知っとるわ!!」

「まあ、殿方は賑やかですわね。まつも混ぜてくださいな」

「お、おまつ様、そこはまだ!」

「きゃあっ」

 もう勝手にやってろ、の気分である。

 荒子城の主は前田利昌であり、一族の姫が城内をウロウロしていて誰が咎める。偉そうに啖呵切っておいて、春日井郡に足も踏み入れていない俺は何も言えない。

 生乾きの地図に突っ込んで、面白可笑しい顔になっていろ。

 子供の相手をしている暇などないのだ。利太は元服も初陣も済ませているので、存分にこき使っている。人材発掘は後回しにして、僧形の信行に情報収集を頼んでいた。

 その無駄に整った顔を使わずして、いつ使うというのだ。

「なんというか、その…………独特な絵を描かれるんですのね」

 隈取の姫が生えてきた、俺の脇から。

「なかなかの出来だろう?」

「え、ええ。書き込みがすごくて……文字に見える模様などが多いようですけれど」

「おまつ様、お部屋に戻ってください。信長様の邪魔になります」

「あら、どうして戻らなければならないの? お手伝いをしに来たのに」

 きょとんとする隈取の姫。やけに腰が低い小坊主。

 その二人を見るともなしに見て、俺はようやく違和感に気付いた。

 嫡男の子供(年上)が、傍系の子供(年下)に丁寧な言葉を使っている。信行情報によれば、利太は嫡男である利久の正室の実家から選ばれた子供らしい。そして、おまつは現当主である利昌の正室の姉が生んだ子供である。

 つまり、どちらも前田家の血を引いていない。

 おまつの母――利家の叔母――は斯波家臣の何某と再婚したため、利家の母がおまつを引き取って育てているそうだ。正式に養子として迎えれば、利昌の子になる。利太は利昌の孫にあたるから、世代が一つズレるわけだ。

 年下なのに世代が上とか、ややこしいな。

 何故か、おまつがにこっと微笑む。

「まつは役に立ちますわ」

「チェンジで」

 ことんと首を傾げる仕草は可愛らしいが、やはり我が妹には敵わない。

 これ以上帰蝶に寂しい思いをさせて暗殺未遂事件を起こされたくないし、二人の側室はかわるがわる搾り取ってくるし、奇妙丸とも遊んでやらないとまた鼻水をつけられる。家臣の裏切りフラグを潰すためにも、内政に手を抜くわけにはいかない。

 できるなら、一揆問題も穏便に済ませたいのだ。

 あれから楠家はうんともすんとも返してこないので、茶の風味がする飯もご無沙汰だ。かといって長良川を遡ると、義龍に警戒されかねない。それに長良川の一向宗は過激派組織という噂がある。

 おまつの母が斯波家臣と再婚したのなら、武衛様のことも慎重になる必要が出てきた。

 一度は助けた命だ。邪魔になったから、とあっさり切るのは魔王への一歩である。忍者じゃない方の服部党の詳細もまだよく分かっていない。情報通の津島翁が沈黙を守っているのは、俺の動向を見てから判断する腹積もりだと思う。

 そんなわけで、勧められても人の嫁(予定)に手を出すつもりはなかった。

「手伝いはいいから、顔を拭いてこい。その高そうな着物で部屋に入ってくんな。汚したらどうするんだ、勿体ない」

「きれいだと褒めてくださいませんの? 利家お兄様はいつも抱き上げて、くるくる回って褒めてくださいますのに」

「……あの馬鹿犬」

 何が、実家に全然戻っていないだ。

 俺のシスコンぶりに理解があると思ったら、奴も同じ穴の狢だった。しかも将来の嫁であるところが恐ろしい。犬のくせに光源氏計画とは図々しいにも程がある。春日井郡のことは、利家以外に任せよう。街道整備はそろそろ、他の奴に回してもいい頃だ。

「おまつ様は綺麗というよりも、可愛らしいです。とても!」

「ありがとう、慶次郎」

「ん?」

 今、何かが引っかかったぞ。

 訝しげな声の後に固まった俺を、二人の子供が不思議そうに見ている。そう、おまつと慶次郎だ。前田まつ、そして前田慶次郎利太。まえだ、けいじ。

 閃いた。

「ああーーーー!!!」

 前世の俺が大好きだった漫画の主人公だ。

 戦国時代をモチーフにした漫画は後にも先にも、あれ一つきりだった。どういう経緯で読むようになったかは思い出せないが、前田慶次という男の半生を描いた漫画だったのは間違いない。

 そして初恋のひとが、利家の幼な妻であるおまつだ。

 想いを伝えることなく終わったが、慶次にとって大事な思い出の一つになっている。利家の死後、窮地に陥ったおまつのために男気を見せるシーンは感動した。断片的にしか思い出せないのが悔しくてたまらない。あの漫画は二度と読めない。読みたくても四百年以上待たなければならない。

 だが、しかし!

 今まさに、ここに淡い初恋が生まれようとしているのかもしれない。漫画の実写版よりもスゴイぞ。俺は歴史の目撃者となっているっ。しかも、俺の予想が正しければ三角関係であるっ。

「の、信長様? 大丈夫ですか、生きてますか?」

「おう」

 そうだった。俺、ノブナガ。アイアム信長。

 歴史の目撃者どころか、歴史を変えた英傑の一人に数えられる存在に生まれ変わった。忘れようにも忘れられない事実に、腹を抱えて笑いたくなった。前田慶次こと、利太の初恋は実らない。何故なら、この俺が利家とまつの婚儀を成立させるからだ。

 利昌の奴め。どういうわけか、俺の側室に据えようと考えているからな。

 歴史が変わっちまうだろ、馬鹿め。

「利太」

「だから小坊主じゃないって、……え、あ?」

「前田の姫を送ってやれ」

「嫌です。まつは、信長様のお手伝いをするためにっ」

「そうしろと言われたからだろ?」

 ギクリ、と体を震わせたのは利太の方だった。

「前田の子供たちは、聞き分け良くて羨ましいぜ。さぞや親の教育がいいんだろうなあ。きれーな着物に、傷一つない身体、空腹で眠れなかったことなんかないんだろ? 俺に媚びを売るのは、大好きな『お兄様』に会えると期待しているからか?」

「そ、そんな、こと」

「おまつ様に八つ当たりしないでください。愚痴は、が聞きますから」

「俺は俺の大事な奴らが守れりゃあ、それでいい。大人の都合で振り回され、目隠しされたまま命令の通りに動くのは人形も同然だ。俺は人形まで守ってやるほど酔狂じゃねえ」

 おまつの見開いた目から、ぽろりと透明な粒が零れ落ちた。

 まるでお市を虐めているような気がして、おそろしく気分が悪い。だが、お市もまた織田の姫として可愛がられ、我儘放題に育った。綺麗な着物、甘いお菓子、美しい花や宝石が大好きだ。それだけじゃなくなったのは、彼女が懐いている帰蝶のおかげである。

 お市は今、とても頑張っているらしい。

 詳しくは知らない。だが帰蝶が嬉しそうなので、いいことなのだろうと思っている。おまつにも同じことを求めるのは酷だろう。漫画の世界と、現実は違う。俺が信長として生まれ変わってしまったせいで、変わってしまった部分もきっとある。

 蝋燭が揺れ、地図の影が揺れ、世界そのものが震撼したように感じた。

 できるだけ人目がつかないように窓のない部屋を選んだので、昼夜問わずに蝋燭が燃えているのだ。利太がいなくなっているので、おまつは戻ったはずだ。

「八つ当たり、か。はは、つくづく格好悪いなあ俺は」

 信長のくせに、信長らしくない俺。

 もう信長らしく生きようと思っているのか、二度目の人生こそは失敗したくないと思っているのか、自分でもよく分からなくなってきた。無性に、帰蝶の顔が見たい。吉乃の柔らかい身体が恋しい。鬱陶しいと思っていた奈江のヒステリーが懐かしい。

 奇妙丸の泣く声が、遠くで聞こえる。

 あれは寂しがって泣いていたんじゃなくて、俺が間違った選択をしたことを訴えていたのかもしれない。よくよく考えて行動したつもりだが、そうじゃないんだと怒っていたのかもしれない。

「うちの子、天才か」

 ぽつりと呟けば、信行の呆れ顔と目が合った。

 なんだかヨレッとしている。

「ただ今戻りました」

「おう」

「申し訳ありません。今日は特にこれといった情報は得られませんでした。さすがに五日以上も経ちますと、彼女たちも慣れてくるようで……その」

「何だ?」

「兄上は、どうやって女性をあしらってきたのでしょうか。気を抜くと、僧衣の中に入り込んでくるので逃げるしかなくなるんです。情報を集めるのも、なかなか難しいですね」

「肉食系かよ」

 同情はするが、替わってやれない。

 何故なら俺は前世も今も非モテ系男子だからだ! というのは胸を張って言えるものでもないので、こっそりと心の中で宣言しておく。泣いてなんかない。

早めに利太を出したのは、これを書きたかったから。

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