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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
上洛偏(弘治3年~)
107/284

87. 二丁拳銃は男の浪漫

短筒が出てきますが、ざっくり描写です

 信行が剃髪したのが、よほど衝撃的だったらしい。

 実母である土田御前が仏門へ入った、という報告を受けた。数人の侍女も殉じて、以前から誼を通じていた寺へ移りたいと言ってきている。

 隣で正座しているスキンヘッド(のぶゆき)には目もくれず、俺は一言。

「却下」

「何故ですか、兄上。それほどまでに母上が憎いのですか」

「あのなあ」

 グリグリと眉間をもみほぐしつつ、俺は思考を整理した。

 これでも前世では死ぬまでサラリーマンだったのだ。並列処理の事務仕事には慣れている。ごちゃっとしたオフィスの一角でなく、ゆったり寛げる城郭の和室という違いはあれども俺のやることは変わらないらしい。

 細かく指示するのは最初だけだ。

 あとは頼もしい家臣たちが勝手にやってくれる。マニュアルを作成したり、新事業の草案を作成したり、ここまで上がってくる陳情書に目を通したり、認可のサインを入れるのが俺の仕事だ。あれ……、多くね?

 あー、早くガキどもが大人にならねえかな。

 奇妙丸とゆかいな仲間たちに全部丸投げして、楽隠居したい。本能寺の変とかやめてほしい。モラハラに耐えかねた謀反だというから、明智光秀には優しくしようと思う。

「兄上」

 ハッ。

 いかんいかん、また思考が飛んでいた。

「俺個人の感情よりも、周囲の思惑を気にしろ。今度は土田御前を神輿にされたら、お前……戦えるのか?」

「そ、れは」

「世代交代はとっくに済んでいるんだ。親父殿の菩提を弔い、静かな老後を過ごしていただくのが一番だと思うぞ。兄貴の使っていた離れを改修する。親父殿の思い出が多く残る末森城なら、菩提を弔うのにいいだろう」

「確かに、兄上の言う通りです。私はまだ忌まわしい呪縛に囚われているのですね」

 寂しそうに自嘲する信行。

 周囲の奴らが俺を蹴落としたいがために、幼い頃から都合のいい情報だけを吹き込まれてきたのだ。信じていたものが全て砕かれる虚しさなど、俺には分からない。そんなことよりも、土田御前の異常な執着ぶりに危機感を覚える。

「信行。今、暇か?」

「これから母上の所へ行こうと」

「大却下」

 このマザコンめ。

 ジロリと睨めば、びくりと震える。

 こいつの味方は勝家くらいしか残っていないし、異母弟たちは信行に対していい印象を持っていない。ほとんど付き合いもないから無関心でもおかしくないのに、信包辺りは明確な敵意を持っているように思える。

 兄妹仲良くしろよ。兄ちゃんは悲しいぞー。

「イイモノを見せてやる。ついてこい」

 言いながら立ち上がれば、信行が大いに慌てる。

「お、お待ちください。当主が務めを放り出すなど」

「そっちのは終わったやつ。スケジュール管理はお濃に任せてあるから心配するな」

「本当に義姉上までこき使っているのですか!?」

 小姑うるさいのが増えた。

 吉乃と奈江も仕事を与えているのだが、火に油を注ぐようなものか。最初の頃は文句たらたらだった奈江も、算盤が楽しくなってきたようで演算術の上達が著しい。吉乃は長康をお供に、せっせと実家を往復している。そして津島では生駒家を贔屓しすぎだという不満が噴出していて、帰蝶たちも対応に追われている。

 これに長島との付き合いが加われば、もっと流通が盛んになるだろう。

 市場が活性化すれば、金と情報が回りやすくなる。

 いいことづくめではないが、発生する副作用の対処はお任せだ。そっち方面は詳しくないし、貞勝や信純たちがイキイキしているので問題ない……と思う。

 後ろの小言は全て聞き流すのも、門兵たちは見慣れた光景のようだ。

 何とも微笑ましい苦笑で見送られる。

「兄上、馬を」

「いらん。城下まで歩けばいいだろ」

 実は俺の愛馬がお見合い中。

 見事に成立するかどうかは神のみぞ知るというが、生まれてくる子供は奇妙丸に与えたい。幼い頃から慣れ親しんでおけば、意思疎通もしやすいというものだ。

「ず、随分と活気がありますね……」

 キョロキョロと落ち着きのない信行は、今日もテカっている。

 袴姿に剃髪頭は目立つということを忘れていた。行きかう人々が不思議そうに振り返るのを本人だけが気付いていない。聞けば、乗馬練習以外で末森城の外に出たことがないらしい。

 まさかの箱入り娘ならぬ、箱入り息子だった。

「兄上、あれは何ですか!」

「反物屋」

「では、あれは何…………あっ、食べながら歩くとは行儀が悪い。注意してきます」

「待て待て待て!!」

 襟首を掴んで、何とか引き留める。

 カエルをシメたような声が出たのは無視だ。そのまま問題児のぶゆきを引っ張って、近くの路地裏へ逃げ込んだ。表の大通りを逸れると、長屋が密集した居住区になる。那古野城も初期の城下町は臭くてたまらなかった。清州城下町はゴミ一つ落ちていない。普請奉行に任命した秀吉たちの健闘ぶりが窺える。

 猿に褒美をやるかどうか悩みつつ、信行に城下町ルールを叩き込む。

 反論は認めない。ここでは俺が法律だ。

 そもそも俺が自由にうろつくことができるように、城下町を整えようとしたのが始まりだった。商人は金になることなら何でもするし、俺は面白ければ何でもいい。両者の利益が一致して、混然一体となった大通りが完成したのである。

 食べ物から日用雑貨まで、何でも揃うのが自慢だ。

 ちょっとお高いが、津島翁のツテで呼び込んだ貸本屋も店を構えている。

 そのうち瓦版屋もオープンさせる予定だ。寺子屋を増やして識字率が上がれば、娯楽を求める声も出てくるだろう。木版印刷の技術はあるのだから、できないことはない。

「ん? どうした、信行」

「いえ、ちょっと眩暈が……してきました。兄上の考えていることが、途方もなくて」

「そうか? 三十郎たちは面白がって、続きを聞きたがるぞ」

 今から向かうところも、弟たちのアイディアが形になったものの一つだ。

 もくもくと煙を上げる建物に、嫌がる信行を押し込む。

「おーい、おっちゃん! 引き取りに来たぞ」

「おう」

 のそっと現れた男の手には黒光りする短筒が二丁。

 拳銃である。実現不可能と思っていた浪漫がそこにあった。

 現代で造られているものに比べたら玩具みたいなものだろうが、火縄銃からリボルバー式を生み出せたのは奇跡としか言いようがない。ちなみに細かい仕組みは俺も理解できていない。分解したらアウトだ。

「お、おお……っ」

「とりあえず形だけな。んで、弾はこっちだ」

「おっちゃん、マジ神!!」

「ぐえっ」

 感動のあまりに抱きついてしまった。

 バシバシと背中を叩いてくるので叩き返していたら、早く離れろという意思表示だったらしい。回転するシリンダーといい、撃鉄といい、再現率が半端ない。前世でも実際に触ったことのない近代武器がこうして存在していることが素晴らしい。

 そこへ信行が水を差すような台詞を吐いた。

「こんなものが役に立つとは思えません」

「ハリボテだからな、当然だ」

「は?」

「おっちゃん」

 顎クイすると、おっちゃんは奥からもう一つ持ってきた。

 今度は火縄銃を短くしたような形である。火縄を使う点も含め、基本的な構造は同じだ。全体の長さは三分の二ほどに縮められ、銃把は半分以下だ。片手で握り、素早い発射を可能としている。

「ふむ」

「てめえの手に合わせたから、握りは悪くないだろうが他の具合がよく分からん」

「確かに、実際に撃ってみんことにはなあ」

「裏に行くか?」

「ああ」

 近づくだけで汗の噴き出る鍛冶場を横切り、裏口へ出る。

 俺は新型鉄砲の試し打ちができることでワクワクしすぎて、大事なことをすっかり忘れていた。呆然自失となった信行は、おっちゃんの弟子に声をかけられるまで全然動かなかったという。

 鍛冶場で迷子になる奴、初めて見た。

声をかけられ我に返る→兄いない→(鍛冶場から)火刑連想して顔面蒼白

以上、ただの被害妄想だった件。


リボルバー式の実用化は考えていません、念のため

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