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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
躍動する闇編(天文23年~)
106/284

86. 床入り、川の字、女の意地

※一部、大人向けっぽい表現が含まれます

 せり出した屋根が邪魔で、夜空がよく見えない。

 だが俺は縁側に出ていくこともなく、二枚分の敷布団をくっつけた白い舞台の上に胡坐をかいていた。右手の盃には、吉乃が良い頃合で酒を注ぐ。左手は二の腕まで捲られて、ぎゅっぎゅっと奈江のマッサージを受けていた。

 酒精とは違う甘ったるい匂いに、頭がぼうっとする。

 帰蝶はもっと爽やかな柑橘系だ。とろりとした蜜を秘める花のような香りは、左右に侍る女たちのどちらなのか。この部屋で薄着の三人が会した時から、大して会話は弾んでいない。

「へたくそ」

「……っそのうち、上達するんだから。黙って、揉まれ、なさい」

 一生懸命なのは認めるが、ちょっと痛い。

「それと。俺は二人まとめて面倒見る、とか言った覚えはねえ」

「一緒がいいです」

「わ、わたしも」

 ふわりと笑む吉乃は成熟した女そのものだ。

 昼間は小栗鼠のようにちょこまか動き回るくせに、夜には別の顔を隠していた。時折、ちらりちらりと視線をやっているのが婀娜っぽい。どことは言わないが、男にあって女にないものと言っておこう。緊張してガチガチだった奈江のために、あえて娼婦のような振る舞いをしているのだろうか。

 色々な柵を除けば、大いに役得である。

 二人ともが俺を好いてくれていて、その体を自由にしていいと言う。頭の片隅に残っていた帰蝶への未練を、そっと押し込んだ。

 吉乃はともかく、奈江は初めてだから。

 片腕だけだったマッサージを全身に施しつつ、それぞれが絡み合う。三人ともが裸になる。何も知らない奈江を先に落としてやれば、後は本能に従うだけ。水音と濃密な性の匂い、女たちの嬌声が部屋に満ちていく。

 清州城の夜が、ひっそりと過ぎていく。


 すうすう、と規則正しい寝息をBGMに思考を巡らせていた。

 仰向けになって考え事をする時は腕枕をする。今回は両方が塞がっているので、迂闊に動かせない。賢者モードの俺は、早々に感覚を切り離していた。そうしておけば、うっかりいらぬ場所を刺激して再開・・する心配もない。

 帰蝶なら、という囁きはもう一度奥へ押し込んでおいた。

「眠らなくてもいいのですか?」

「お前こそ寝とけよ。明日も予定があるんだろ」

「それは、そうなんですけど」

 吉乃は口をもごもごさせている。

 遠慮がちな性格は、体を重ねた後でも変わらなかった。奈江は体力を使い切ったのか、ピクリとも動かない。できるだけ声を抑えているとはいえ、会話が聞こえて目覚めそうなものだが。

 なんとなく、顔にかかった髪を払ってやった。

 うにゃうにゃと寝言を呟いて、脇に潜り込んでくる様子は猫に似ている。普通に可愛いと思った。奈江もまた、俺が守るべき存在だと確かに感じる。

「むう」

「吉乃?」

「わたしも撫でてください」

 奈江さんばかりズルイ、と尖らせた口に触れてみた。

 みるみる真っ赤になる彼女は、少し前まで艶やかな舞を踊ってみせた人物と同一には思えない。あるいは俺と同じように、切り替えスイッチがついているのだろう。

 腕枕をしているので動かせる範囲は限られているが、少しだけ悪戯をする。

「あ、ん。くすぐったいですよ」

「くすぐっているからな。当たり前だろ」

「撫でるだけで……んっ、いいのに」

「止めるか?」

 からかい半分に問えば、小さな催促が聞こえてくる。

 可愛い。俺の嫁たちは皆、可愛い。

 そのまま突入してもよかったのだが、吉乃が最初の問いに答えを求めてくるので記憶を手繰り寄せる。思ったよりも疲れていたようで、思考が上手くまとまらない。

「もうっ」

 仕返しとばかりに頬を抓られて、ようやく少し冷めた。

「昔から長時間睡眠はしない方でな」

「ええと……?」

「長く眠らなくても平気、ってことだ。四半刻だけでも、眠りが深ければ回復する」

「ふわあ、殿様はすごいんですねえ」

「吉乃、寝ろ」

「やです」

「いつもより五割増しで、ふわふわした喋り方になってんぞ。眠いんなら大人しく寝とけ」

 素直に甘えてくるのは確かに可愛いが、と心の中で足しておく。

 一度は眠りに落ちたものの、目覚めた時に俺が起きていたから話しかけた。単純にそれだけのことだ。微睡の中で交わした会話は夢の出来事と思い込みやすいし、記憶に残らないこともある。

 幼子のようにむずがりながら、吉乃が呟く。

「あったかいなあ」

「そうか」

「もう置いていっちゃ嫌、ですよお。だんな、さま……」

「吉乃」

 最初の夫を殺したのは、俺だ。

 こいつを寵愛すれば、吉乃を得たいがために夫と父を亡き者にしたという噂でも広がっていくのかもしれない。帰蝶一筋と言えなくなった今、どう接するのが正解なのか分からなくなった。

 無性に触れたくなって、動かない腕に顔をしかめる。

「おい」

「ぐうぐう」

「奈江」

 しっかりと腕を抱きしめ、押し付けてくる柔らかさを堪能……しない。

「バレバレなんだよ。どんだけ深く眠っていても、ピクリとも動かない奴があるか」

「大きな声出さないでよ。吉乃ちゃんが起きちゃうじゃない」

「誰のせいだ、誰の」

「あのね、最初は本当に寝ていたの。目の前でコソコソ内緒話する二人が悪い」

 内容なんかあってないようなものだったが、奈江は気に入らなかったようだ。

 脇へ潜りこませた頭を薄い胸に乗せ、俺を見下ろしてくる。動いたせいでズレた布団を直しつつ、吉乃の様子を窺った。規則正しい寝息が聞こえてくる。狸寝入りではなさそうだ。

「あーあ、アテが外れた」

「何がだ」

 反射的に問い返してから気づいた。

 奈江が、尾張は清州城まで家出してきた理由を聞いていなかった。面倒臭がって後回しにしていたのだ。側室に上げておきながら、手も触れなかった理由でもある。

 改めて問えば、彼女は嫌そうに顔をしかめる。

「どうしても、言わなきゃダメ?」

「城から蹴り出す」

「か弱い女になんてこと……むぐっ」

「大きな声を出すな、って言ったのは貴様だろうが。なんなら側近の誰かに下げ渡してもいいんだぞ。世話になった蜂須賀がいいか?」

 口を塞がれたまま、ぶんぶんと首を振る。

 見開いた目が若干潤んでいる。虐めすぎたかと少し反省した。

「勘違いだったって気付いたから、言いたくなかったのよ」

「あん?」

「長島のお屋敷で、私に色目を使ってきたでしょう? ほ、惚れているのかなって。聞けば、尾張の殿様って女好きみたいだし。代々、側室から妾までたくさん」

「俺は違う」

「……だから勘違いだって言ったじゃない」

 言葉を遮ったことに怒るでもなく、奈江は沈んだ声でぼやいた。

 詳しく聞いてみると、俺が去った後から長島の情勢はどんどん悪化していったようだ。長雨で橋が流れ、家も田んぼもめちゃくちゃになった。長良川で起こした戦の影響もあって、河口周辺は酷い有様だったという。

 今年の蓄えは、臨時徴収と称して根こそぎ奪われた。

 そして一向宗の反乱が起きる。

 扇動したのは服部党で、城主を殺して後釜に座った。これで状況が変わると安堵したのも束の間、奈江を側室に迎えたいと言ってきたのだ。十郎に助けを求めるも、楠家は服部家と事を荒立てたくない。女一人で長島屋敷に目を瞑ってもらえるのならと、あっさり了承。

 現当主の服部友貞は、あまりいい評判を聞かない。

 伝え聞いた長島城主の無残な死に様からしても、残虐な性格に違いない。怖くなった奈江は、俺のことを思い出したようだ。こっそりと屋敷を抜け出したはいいが、どうやって川を渡ろうか悩んでいるところへ蜂須賀と川並衆に出会った。

 旅は道連れ世は情け。目的地が同じならと清州城まで送り届けてもらった。

「お前は馬鹿か?」

「ええ、ええ、馬鹿ですよ。女に不自由しないどころか、綺麗なお姫様にベタ惚れだなんて知らなかったんだもの。口が上手いのは血筋のせいよね……」

「どうせなら仲良くしたいって思うのは、人情だろ」

「吉乃ちゃんと三人で、さんざん仲良くしたじゃない」

「そういう意味じゃねえ!」

「ううん」

 オーケー、冷静になろう。

 これ以上騒いだら、吉乃の安眠を妨げてしまう。同じことを奈江も考えたらしく、罰の悪そうな顔で視線を下げている。全員が裸のままなので、ずりずり動くと色々当たって不味い。

「おい、動くな」

「寝る」

「なあ、奈江」

「濃姫様みたいに上品じゃないし、吉乃ちゃんみたいに可愛くないわたしなんか、明日にはどこぞの誰かに下げ渡されるんでしょ。もう分かったから。適当な慰めとかいらないし」

「拗ねるなよ。ちゃんと可愛いと思っているぞ。猫みたいで」

「褒められた気がしない!」

「分かった、分かった。続きは明るくなってからにしような?」

「うう~っ」

 これも一種の甘えなのだと思うことにする。

 どういうわけか、奈江に対する鬱陶しい煩わしいという感情がなくなっていた。現金なものだと己を嘲笑いつつ、しぶとくゴネている猫娘なえを宥める。俺を頼って危険な旅をしてきたのが本当かどうかは、蜂須賀に聞けば分かることだ。

 遠からず十郎とは一度、じっくり話さなければならない。

 それにしても、と思う。

 服部党について詳しく調べる必要が出てきた。長島を占拠されたのは地味に痛い。被害状況も気になるが、義銀様は血筋を重んじる傾向にある。俺に対して恩を感じていても、格下の武家に顎で使われていると考えていたら――。

 いや、岩倉織田氏に動きがないのも気になる。

 滝川一族とは別に、独立した諜報機関を設立してみるか。一益にはそろそろ表舞台へ出てきてもらいたいのだ。経理担当に貞勝、おっさん連中のまとめ役に勝介、長秀たち側近はほぼ軍事方面に偏っているため、インフラ整備などの不備が目立つようになってきた。あれもこれもと兼任させているせいだ。

 同時進行させている各事業を円滑に行う総合監督が要る。

 そんなことをつらつら考えているうちに、俺も眠りへ落ちていった。


帰蝶はすっきりモデル体型。吉乃は全体的に小さいが、出るところは出ているバランス型。奈江はむちむちボディの安産型。

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