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ノブナガ奇伝  作者: 天野眞亜
躍動する闇編(天文23年~)
102/284

82. 麗しきかな兄妹愛

お市様、出番がなさすぎて少し壊れたようです

 ふらっと現れた信純に、寺子屋の構想を話している時だった。

「ん? 騒がしいな」

「人気者は大変だねえ」

 くすりと笑う彼は何か知っているようだったが、足音と話し声はすぐそこまで来ている。

 それは男女の言い争う様子にも似ていて、俺は頭を抱えたくなった。

 こうも面倒事が次から次へとやってくる。もはや魔王のぶながの呪いとしか思えない。俺は俺なりに頑張ろうとしているのに、大いなる存在みたいなものが修正力を働かせているようだ。

 ストレスで、胃がキリキリする。

 そうじゃなくても毎晩、褥に侍ろうと企む女どもが待ち構えているのだ。

 奇妙丸がいるから子作りは当分したくない。抱き枕にするなら、帰蝶がいい。何度もそう言っているのに、側室にした責任を取れだの何だのと迫ってくる。片や義務感、片や押し掛け女房という余計な要素がなければ、両手に花だと喜ぶところである。

 そんなわけで、ろくに睡眠がとれていない。

 帰蝶は帰蝶で側室に遠慮しているのか、由宇ブロックが復活している。どうやら体調を崩していたようで、すっかり元気になったツヤツヤの顔で俺を阻む。

 俺、ノブナガ。織田家当主ぞ?

 守護職や岩倉織田氏も残っているが、尾張国で一番勢いのある武家の主ぞ?

「部下無双したい! 仕事も面倒事も全部ぶん投げたい!!」

「お兄様っ」

「うわああああきたああ」

「少しは落ち着きなさい、三郎殿」

 顔が見えなくても分かるぞ、信純。今の貴様は笑いをこらえている。

 そして先触れもなく乱入してきたのは案の定、お市と長益だ。すっかり年頃の娘になった妹を見ると感慨深いものもなくはないが、母親によく似た顔で睨まれるのは辛い。愛らしく微笑んでくれた昔が懐かしい。

 畳の上で仁王立ちになるお市の後ろで、長益が額に手をやる。

「……お市様。大人になった自分を見てもらうんじゃなかったんですか」

「お黙り、源五郎。お清にいい返事をもらえそうだからって、偉そうにしないでちょうだいっ」

「か、彼女のことは関係ありませんよ!」

「ほーら、動揺するところがあやしい。お清は、わたしの侍女なんだからね? わたしに隠れてコソコソするのはお止めなさい」

 腰に手をやり、びしっと指を突きつける。

 美少女は何をやっても似合うなあとぼんやり眺めていたら、隣でブフォッと噴き出す奴がいた。全員の視線を浴びても態度を取り繕う余裕もないらしい。口を手で覆っているが、明らかに爆笑している。全身が笑いで揺れている。

「又六郎…………お前、笑い上戸か」

「ひ、ひっ」

「いい。無理に喋らなくていい。何も言うな、頼むから」

 奴の完全に崩れた顔を見ていられず、俺は手で制した。

「お前らも座れ。立ったままだと、首が疲れる」

「失礼しました、三郎兄上」

「お兄様、今日はお願いがあって参りましたの」

「嫌だ」

「お兄様! 市のお願い、聞いてくださいませ!?」

「嫌な予感しかしない」

 本来なら、可愛い妹のお願いなら何でも聞いてやりたい。

 だが俺は嫌な予感は無視しないことにしている。前世では勘のいい方ではなかったが、政秀たちの死の直前には虫の知らせみたいなものがあった。案外、こういうのは馬鹿にならない。

 ゆえに俺は己の直感を信じる。

 そしてお市は頑なな俺の態度に業を煮やして、ずずいと迫ってきた。

「市を、側室にしてくださいっ。二人も三人も同じですわ」

「あーっはっはっはっは!! いてっ……く、くふふ」

 扇子で叩いてもまだ笑うか、信純こいつめ。

 キスをせがむような格好になってきたお市の頭を押し込み、胸に押しつける。ジタバタもがいているが関係ない。吉乃たちは仕方ないにしても、インモラルな関係だけはご法度だ。

「源五郎、教えてくれ。お市は酔っているのか?」

「いいえ、至って正気です。残念ながら」

 弟の苦い笑みが現実を突きつける。

 胃がキリキリする。頭も痛い。

「ほら。裳着の時に『これで嫁にいける』と叫んでいただろう?」

「発作は収まったのか、又六郎」

「なんとかね」

 目尻の涙を拭きつつ、微笑む信純。

 実はひどい笑い上戸だったなんて知りたくなかった。

 俺は史実として浅井長政との政略結婚を知っていたため、脳内で奴を何度かフルボッコにしている。有名な浅井三姉妹が生まれるまで、お市を抱きまくったに違いない。可愛い妹をくれてやったのにも関わらず、朝倉家に義理立てして信長を裏切った馬鹿だ。

 イケメンだか何だか知らんが、俺の妹を泣かせるなど許さん。

「兄上、兄上! お市様が痛がっていますっ」

「いいの、これはお兄様の愛なの。きっとそうなの」

 俺の妹がこんなに変態なわけがない。

 しばらく会わないうちに、妙な性癖に目覚めてしまったようだ。急いで力を緩めてやったら、うっとりと頬を染めた絶世の美少女が目を閉じていた。やばい、これ。何これヤバイ。

 思わず信長チョップをかます。

「な、何をするんですの!?」

「しくじった。涙目の上目遣いとか、ダメこれ危険。俺の妹が危険物」

「きゃあっ」

 ぽいっと投げたら、ちょうど長益が受けてくれた。信純はウケていた。

「楽しそうっすね」

「おう、犬。ナイスタイミングだ。こいつらを回収してくれ」

「今すぐ側室にしてくれるのなら」

「ダメに決まってんだろ。……利家、本気にしたら破門するからな。城から蹴り出す」

「わ、わんっ」

 青ざめて何度も頷いた利家だが、何か用事があったようだ。

 ハッと気付いて、いそいそと俺の傍にやってくる。

 興味津々でくっつこうとするお市は、発作が再発しそうな信純と長益によって阻まれていた。後ろから羽交い絞めの口封じとか、どこのAVかと言いたくなる。着衣の乱れは心の乱れとはよく言ったもんだ。

 着物、実にけしからん。

 現代感覚でいえば、お市も思春期真っ盛りだ。幼い頃から俺に一番懐いていたし、清州から出たくない一心で「側室」を訴えているのだろう。ちらっと那古野村の幸が思い出されたが、彼女にはもう弥五郎がいる。

 その名の通り、幸せになってほしい。

 いや、それよりも利家だ。

 あちらを気にしてマテの姿勢になってしまったので、耳を引っ張って催促する。近すぎると悲鳴を上げたお市が何故か興奮気味だが、知らないったら知らない。

 俺は至近距離で相手を睨みつけ、低く囁く。

「もったいぶってんじゃねえ。……もぐぞ」

「さ、佐久間殿がお目通りを願っているっす!」

「半介が?」

「一族の方っす」

 俺ははてな、と首を傾げた。

 そういえば佐久間一族の人間と個別に会ったことがない。まるごと俺の味方になると宣言したのは信盛だったが、時期が時期である。何かあると考えるのが自然だろう。

「三郎殿、私も同行させていただいても?」

「ああ、頼む」

 利家と長益が二人がかりでお市を連れ出し、俺と信純は別室へ移った。

 面会を望んでいた男たちはそれぞれ大学助盛重だいがくのすけもりしげ久六盛次きゅうろくもりつぐと名乗る。親父殿の葬儀で見かけた気もしたが、やはり信行に仕えていた家老たちだった。一族の主である信盛に反発したのではなく、あえて信行派として潜んでいたという。

 時は満ちたり。

 信行からの伝言を受け取り、俺は静かに頷いた。



 ここのところ、次々と新しい面子が揃ってきている。

 せっかく集めた子供たちにも、ろくに会えていない。寺子屋の構想は、将来の学校運営に繋がるだろう。卒業と同時に坊主資格がもらえるフザケた学校とは違うのだ。

 まずは読み書き、そして計算。

 貧乏な家ほど子供は多く、口減らしに困っていると聞いた。それから那古野村と那古野城の周辺には、職を求めた浮浪者が数多く集まってきている。開発が進んで綺麗になったものだから、近寄りたくても近寄れずに周りを囲むようにしてスラムが形成されていたのは驚いた。

 まずは飯を振る舞い、元気が出たところで長屋を作らせる。

 これは城壁の代わりになるのだ。有事の際には強制退去させ、代わりに兵を潜ませる。完全木造建築は燃えやすいが、長屋は城下町よりも郊外にあるから延焼の心配もない。

 子供のふるい分けは貞勝たちに一任した。

 身分は問わず、才ある者をどんどん採用する。貞勝のスパルタに耐えきれず、脱落していく者も多いと聞くから別の方法も模索中だ。何故か見目良い子供たちばかり多く集まるようで、俺に関する良からぬ噂が新しく広まっているのかもしれない。

 俺はロリコンでもショタコンでもない。

 震えながら閨の誘いをかけてくる奴は、橋介に回した。

 なんだかすごい笑顔で請け負ってくれたから、相応の教育をしてくれることだろう。ちょいちょいと顔を見せていた成政は馬廻衆の面子を引き抜いていく。一益や恒興の真似だというから、そのうちにスカウト集団を結成してもいいかもしれない。

 俺のために全国各地を回り、あらゆる情報を集めてくるのだ。

 夢はどこまでも広がる。

「その前に、一仕事すっかな」

 ぼそり呟いて、ニヤリと笑った。

次は稲生の戦いです


佐久間盛重:佐久間一族だが、信盛とは別系統。盛次の祖父・久六盛重の弟の孫にあたるので、盛次とは又従兄弟の関係。武を振るうことができれば何でもいい根っからの武闘派。

信行の家老として仕えていたが、稲生の戦いより清州勢に加わる。


佐久間盛次:信盛の従兄弟。

信行の家臣として仕えていたが、稲生の戦いより清州勢に加わる。信盛から密命を帯び、信行の側近という立場を得ながら裏工作を続けていた。

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