第八十五話 音成
俺たちは軍を分け、行動を開始した。
前後して芦刈と晴気に伝令を出し、指示を与えている。
戦は伴わない予定だが、それでも軍を同時に多方面へ展開するのだ。
変に広がり過ぎないよう、気を付けねばならない。
よって今回、各部隊に監査役を付けた。
俺が居る本隊にもな。
各隊の大将、そして監査役はバランスを考慮して配している。
大将が若手なら監査役は老練の者を。
逆もまた然り。
この経験は、俺を含めた全員にとって非常に大きな糧となってくれるだろう。
* * *
俺が率いる本隊は藤津郡へ侵入、南下している。
戦をする気はないが、何があっても良いようにフル装備だ。
白石と須古を横目に移動していると、平井の一派が動きかけたがこちらの別働隊がそれを抑えた。
今は彼らと対峙し続けていることだろう。
そして俺は無事に藤津郡に入り、目下のところ最初で最大の友好者である音成左兵衛と対面を果たした。
音成左兵衛は小領主だが、この時代と地方によくある横の繋がりが殊の外強い者だ。
その繋がりを駆使して、近隣の小領主たちを集めてくれている。
音成左兵衛に実際に会い、その人となりに触れることが出来たのは大いなる収穫となった。
彼は今後も、余程の事が無い限り今後も俺たちを頼ってくれるだろう。
そして、彼と親しい近隣の小領主たちの心証も悪くはなるまい。
他の小領主たちの心底までは斟酌し兼ねるが、俺が藤津郡へ赴き、現地の彼らが挨拶に訪れた。
この事実が大きい。
それだけで有馬や平井への牽制となるのだから。
うん、やはり大きな収穫だ。
ちょっと無理してでも足を伸ばした甲斐はあったな。
* * *
先ほど、杵島郡に残してきた部隊から連絡が来た。
まあまあ順調、だそうだ。
高木能登と前田伊予。
これに百武志摩を付けて巡回させている。
と言っても、流石に他領へは侵入させてない。
あくまで視察に留めないとな。
後詰の意味もあるのだし。
周囲には何かを意図した動きである、とだけ解らせれば良い。
同様に、松浦郡に入らせた部隊も派手な動きはさせてない。
まだ連絡はないが、順調なら今頃……どの辺かな。
しまったな、地図が頭に入り切ってない。
ともかく、越前守をメインに置いて、芦刈に待機させてた鍋島豊前と成松刑部らが合流してる筈。
松浦郡の方は、可能なら相浦や草野といった友好勢力との繋ぎまで持っていきたいのが本音だが。
それでも無理はしないよう、言ってある。
ただ、鶴田と緊張が高まってる有田とは接触する。
そして、一部隊を領地に入れるところまで話がついてる。
そちらを率いる将は、成松刑部と堀江右衛門。
特に成松刑部の養家は松浦郡の出。
まだ若いが、堀江右衛門と共に動けば、その辺りも含めて良い経験となってくれるだろう。
* * *
音成で国人衆と面会し、滞留すること暫し。
あまり長居するのも良くないな。
と言うことで、せっかく藤津郡に来たのだからもうちょっと足を伸ばしてみよう。
音成から少し南下すると飯田に出る。
さらに海沿いに進むと伊福、そして多良に至る。
山の方に向かえば嬉野の勢力圏だが、この辺りはまだ音成の影響力が強い。
直接統治してる訳ではないのにこの具合。
いやはや、実に良い人物と巡り会えたものだ。
更に南下すると竹崎があるのだが、ここのカニが美味いと評判だった。
前世で。
いつかきっと食べに行こう。
そう心の中で決意して、流石に彼杵郡に近付き過ぎるので自重した。
さて、多良まで海沿いを進んできたが、ここからは山の方へ行ってみよう。
嬉野の使者とは前に会ったが、少しでも勢力圏に近付いてみたい。
有馬の圧迫を受けている嬉野は、味方に出来る可能性が高いからな。
しかし多良山系を進むのはまだ厳しい。
霊地として崇める修験者が多く、協力者には事欠かないのが救いか。
うーむ……。
よし。
迷ったならば、頼りになる家臣たちに意見を聞こう!
* * *
「反対です。」
「ちと厳しいかと存じます。」
「先方も、流石にそこまでは求めてないと思いますが。」
皆に諮ると大体こんな感じ。
うん、まあそうだよね。
「殿が行きたいと仰るならば、不肖この中務。全力で道を切り開く所存!」
「あ、いや。そこまでは……。」
中には溢れ返る忠義で吶喊を、なんて声もあったが流石にな。
「殿、深入りし過ぎは危険ですぞ。」
「そうだな……。」
むう、仕方ないか。
やはりここは、無理せずにおくとしよう。
元々そういう方針だった訳だし、俺自身が破ったら意味がないもんな。
よし、ぐるっと回って佐留志へ戻るとしよう。
* * *
杵島郡は佐留志城に戻って俺は思う。
藤津郡を遍く、と言っては過言だが。
概ね見渡しながら巡回することが出来た。
有馬や大村に対する牽制としては上出来だろう。
嬉野とも、接触は出来た訳だし。
何より、音成左兵衛という人物を見ることが出来たのが大きい。
うん。
欲張り過ぎるのも良くないな。
今回は良い遠征だった。
俺たちは一旦佐賀へ戻ることにする。
平井への牽制部隊の一部と、松浦郡の有田への援軍の一隊を残して。
次の標的は平井武蔵。
あと松浦郡。
同時進行的に、筑前や筑後にも手を入れよう。
あっちは、基本的に安房守たちに任せてあるけどな。
おっと、主水を通じての肥後もあったな。
あまり手を広げ過ぎるのは問題だが、情報は大切だ。
国内は修験者たち、国外は赤司党をメインにしている現状だが。
今後はもっと様々な角度から必要となってくるだろう。
考えることは山積みだ。
しかし、今考えることは全く別の事。
於安と於珠は大きくなったかな?
久しぶりに佐賀を長く離れた遠征だったから、会うのが待ち遠しい。
もちろん、奥さんにもね。
【音成】
現在の佐賀県鹿島市の南部に位置し、最寄駅はJR肥前七浦駅。
「おとなり」と読み「乙成」と言う当て字もあります。
古くは「おとなし」或いは「おとな」と読み、「音無」とも当て字されていました。
あと、面浮立で有名です。




