第八十一話 待ち人
「殿、周防より陶兵庫殿らが入国する予定との知らせが参りました。」
「そうか!」
漸く待ち人来る、か。
陶兵庫は、亡き大内様の下で奉行職を長く務めた、実務経験豊富で優秀な人材だ。
当家の実務改革に必要な人員として、下向を切望していた。
これまでは中国筋の動乱が激しかったのと、当人の意向で保留となっていたのだが。
遂に決心してくれたらしい。
「筑前経由で、恐らく来月初頭になろうかと。」
「うむ。解った。」
そう言えば。
「右衛門尉はどうしている?」
俺の従兄弟、右衛門は毛利に亡命。
その後は伝手を有意義に使い、今回の陶兵庫の下向にも心を砕いてくれた。
今回、一緒に戻ってくるのかな?
特に指示はしなかったが……。
「道案内も兼ねて、一旦帰国する由にございます。」
「ふむ……。」
成程、それも有りだ。
思えば苦労を掛け通しだからな。
一段落つかせるのも必要だろう。
そして今後のことは、色々詰めた後に本人の意向も含めて改めて考えればいい。
右衛門が着くころには、主水もやって来ているかも知れない。
一族重臣が揃ったところで、今後の方針を確認・指示するべきかもな。
* * *
さて、なんとなく先延ばしになっていた感があった神代からの人質、もとい留学生のことだが。
神代清次郎と千布因幡が、来週中頃にはやって来る模様。
年が明けてから色々バタバタしたから、まあ丁度良い時期ではある。
彼らには佐賀城内に住んでもらう。
水ヶ江周辺にと言う案もあったが、仮にも友好の証としての留学生だからな。
学問だけなら宝琳院でも良かったが、やはり城の方が良いだろうと結論付けた。
城内も改修が進み、多少広くなっている。
客人十数名を収容したとて、然程問題はない。
敢えて問題を上げるとすれば警備のことだが、これも抜かりはない。
このためだけではないが、新たに警固番役を組織。
城内検分の役目を担う特殊部隊で、隊長には馬渡三河を任命した。
準用も兼ねて、良い経験となるだろう。
* * *
そして、彼らを迎え入れる日がやって来た。
「刑部、どうだ?」
城門に立ち、山内の方角を望む。
傍らの石井刑部が、目を皿のようにして眺めていた。
石井刑部は弓も上手いことから、物見についても信頼が高い。
だからと言って、双眼鏡代わりにするのもなんだけどな。
「殿、来られました!」
「お、来たか。よし、大手に行くぞ。」
「ははっ」
表向きは留学生であり、仰々しく出迎えする必要はない。
しかし、やはり皆の興味は大きい。
だから、友好使節団に準じる者ということにして迎え入れることにした。
そうすれば、大勢で集まって歓迎してもおかしくないからな。
と、思ったが。
別に留学生でも、堂々と大勢で歓迎しても良かったのではないか。
そう思うが今更だ。
結果としては同じだしな。
お、来たな。
先頭は、千布因幡か。
こちらも俺を筆頭に、六郎二郎と壱岐守、播磨守などが勢揃いだ。
安房守と摂津守は所用があり、今日は居ない。
「お迎え痛み入ります。僭越ながら、この因幡めが露払いを務めております。」
「遠路ご苦労に存ずる。籠は、どうぞこちらに。」
千布因幡が口上を述べ、石井刑部がそれに応える。
今日の主役・神代清次郎は籠で来たようだな。
籠が開き、中から少年が出てきた。
中々利発そうだな。
「お初にお目に掛ります。神代大和守が三男、清次郎と申します!」
少年特有の、更に緊張も相まって甲高い声で、それでも立派に挨拶をしてきた。
俺の目をまっすぐに見つめてくる。
「ようこそお越し下された。当家は、貴殿方を歓迎致す。」
発言と同時に、周囲の家臣たちが一斉に跪く。
一糸乱れぬその様に、一瞬ビクッとしたが狼狽することはなかった。
良い胆力だ。
さすがは神代大和の男子か。
千布因幡も、そんな神代清次郎を頼もしそうに見つめている。
これは、確実に取り込まねばなるまいな。
「住居地に案内させよう。ささ、こちらへ。」
それはともかく、疲れもあるだろうから部屋に案内させよう。
荷物などを落ち着けたら、改めて広間で挨拶をしよう。
これから、楽しみだな。
* * *
「此度は、友好と交流のために参上しました。」
「改めて、歓迎致す。
山内と佐賀では色々異なる面も多いだろうが、ゆるりと過ごされよ。」
「はっ、有り難きお言葉に御座います!」
半刻ほど後、皆を広間に集めてお披露目した。
神代清次郎は正しくお客人。
丁重に持て成さねばならない。
彼は今回、正月早々元服したらしい。
ちょっと遅くなった理由はその辺なんだろうな。
せっかくだし、今夜の宴会にも参加して貰おう。
千布因幡も一緒に居れば大丈夫だろう。
歳が近い久右衛門を学友として、共に成長してくれれば有り難い。
そう見込んでみるが、果たしてどうかな。
* * *
さて……。
神代の誠意も確認できたことだし、次のステップへ移るとするか。
第七十六話で誤字修正と、第七十七話の一部を加筆修正しました。
特に読み直さずとも、本筋には影響ありません。




